ARCH PARTNERS TALK #28
インテリアのサンゲツが、アーバンファーミングの実証実験を開始。オフィスでのコミュニケーションを促す“農体験”とは?——サンゲツ × WiL 三吉香留菜
大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとして虎ノ門ヒルズにて始動したインキュベーションセンター「ARCH Toranomon Hills(アーチ)」。企画運営は虎ノ門ヒルズエリアにおいてグローバルビジネスセンターの形成を目指す森ビルが行い、米国シリコンバレーを本拠地とするWiLがベンチャーキャピタルの知見をもって参画している。WiLの三吉香留菜氏がサンゲツの新拠点を訪問し、幸迫淳子氏と國吉奈於氏に同社の新規事業について伺いました。
TEXT BY kazuko takahashi
PHOTO BY Ayako Mogi
2024年4月に事業創造推進室が始動
三吉 今回はARCHからほど近い、日比谷公園に隣接するロケーションにて2024年3月に誕生したサンゲツの拠点「PARCs Sangetsu Group Creative Hub(以下、PARCs)」にお邪魔しました。同社の新規事業に携わるおふたりにお話を伺っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
幸迫・國吉 よろしくお願いします。
三吉 早速ですが、インテリア業界のリーディングカンパニーである御社が新規事業として開始された「インドアファーミング」のプロジェクトについてご紹介いただけますか?

幸迫淳子|Junko Kousako サンゲツ 事業創造推進室 事業創造推進課長。北海道大学卒業後、サンゲツへ入社。住宅・商業分野の営業担当を経験。2度の産休後、バックオフィスでの新役割開発を経て、マンションディベロッパー担当を主としたレジデンシャル営業二課を立ち上げ責任者を務める。2024年4月より、新規事業開発を行う事業創造推進室を立ち上げ、新規事業の探索・創出に挑戦中。
幸迫 インドアファーミングの前段として「アーバンファーミング」という考えがあります。アーバンファーミングは、都市部の遊休地を使って野菜やハーブを栽培する都市型の農活動とそのライフスタイルです。ニューヨークやロンドン、コペンハーゲンなど欧米の都市部では盛んに行われています。私たちが「アーバンファーミング」と今回実証実験を行う「インドアファーミング」両方に期待するのは、複数で“農体験”を共有することによる「コミュニケーションの活性化」と「場づくり」で、その文化やサービスを日本で広めていきたいと考えています。
三吉 私は2人の友人と一緒に都内某区の貸し農園で様々な野菜を育てているんです。それもアーバンファーミングと言えますか?
幸迫 収穫した野菜は売らずにご自分たちで分け合っていらっしゃるのですよね?
三吉 そうです。
幸迫 まさにアーバンファーミングです。すでに実践されているのですね。
三吉 家のベランダでプチトマトを育てたりするのもアーバンファーミングでしょうか?
幸迫 そうですね。農業とは違い「誰もが自宅やコミュニティファームなどで仲間と野菜を育てたり、食べたりする、都市部における農的なライフスタイル」をアーバンファーミングとして捉え、その効果に着目しています。その活動を屋内で展開できないかと考えて実証実験しているのが「インドアファーミング」です。
三吉 具体的な取り組みと効果については後ほど詳しく伺いますが、インドアファーミングを含む新規事業を推進する部署は、昨年新設されたと聞いています。おふたりはそれまでどのような業務に携わっていたのでしょう?
幸迫 サンゲツの本社は名古屋で、全国各地に支社と営業所があります。私は新卒で東京支社に配属され、最初はハウスメーカーなどへのカーテンの営業を担当し、次いで商業施設への壁装材や床材などの営業、さらにマンションのデベロッパーへの営業部署の設立と責任者の経験を経て、2023年の下期に新規事業プロジェクトのリーダー4人のうちの1人に任命されました。社内のアセットを使って新しいことができないかと考えるプロジェクトで、約半年間の活動ののち、リーダー4人のうち1人が室長として、私が課長として、昨年4月に新設した事業創造推進室を始動しました。

國吉奈於|Nao Kuniyoshi サンゲツ 事業創造推進室にてオープンイノベーションを軸とした新規事業創出を担当。横浜市立大学総合科学部(現・国際商学部)卒業後、2016年に入社。西関東支社にて勤務後、関西にて大手ゼネコンや設計事務所を担当しホテルや病院、商業施設等の非住宅案件に関与。2024年10月より現職。プライベートでは5児の父として奮闘中。
國吉 私は新卒で西関東支社に配属され、最初は横浜エリアのハウスメーカーやリフォーム事業者などへの営業を担当し、次いで関西支社に移り、ゼネコンや設計事務所、ホテルやオフィスビルなど非住宅案件への営業を経て、昨年10月に今の部署へ配属となりました。
三吉 國吉さんが入られるまでは、事業創造推進室のメンバーは2人だけだったのですか?
幸迫 はい。室長と私で新規事業の探索を行うなかでアーバンファーミングに取り組むスタートアップ、プランティオ社と出会い、共創に乗り出すタイミングで國吉が加わりました。
創造した空間でいかに新たな価値を生み出せるか
三吉 事業創造推進室の立ち上げから1年を待たずにスタートアップとの共創に乗り出したということですが、そのスピード感には驚きです。大企業ほど「自前で」となりがちだからです。

幸迫 事業創造推進室の設立以前に新規事業プロジェクトを経験したお話をしましたが、このときにいろいろと試行錯誤した末に、「自社だけでできることには限界がある。スタートアップや他企業と組んで新しい価値の創造に挑戦すべきではないか」という考えに至ったのです。ARCHへの参画もそうした理由からでした。
三吉 なるほど。スタートアップの探索はどのように?
幸迫 企業とスタートアップを結ぶ事業社に相談し、プランティオを紹介していただきました。
三吉 仲介の事業社にはどんなリクエストをしたのですか?
幸迫 サンゲツは2030年に向けた長期ビジョンとして「スペースクリエーション企業」への転換を掲げ、これまでの「モノ」を販売する事業モデルから、空間デザインを通じ「コト」を提案・販売する新たな事業モデルへの変革を進めています。つまり「デザインして終わり」「施工して終わり」ではなく、創造した空間でいかに新たな価値を生み出せるか。そのチャレンジを共にできる相手を探索したいと伝えました。
三吉 スペースクリエーションの一環として、アーバンファーミングに着目したわけですね。

幸迫 そうです。折しもサンゲツは昨年3月、新たな価値創造の拠点として、ここ日比谷にPARCsをオープンしました。「PARCs」の「C」には、「Communication」「Co-creation」「Challenge」など「C」を頭文字とする複数の単語の意味が込められています。このオープンに伴い、社内の有志でPARCsをどのような場所にしたいかを議論するワークショップを行ったところ、「部署や職種を超えてコミュニケーションできる場」「外部の人たちと交流ができるオープンな空間」「クリエイティブな発想が促進される場」といった意見が多く集まりました。同時に、こうした「場づくり」が全国のどのオフィスにおいても共通課題であることが浮き彫りになりました。そして課題と向き合うなかで、プランティオが開発を続けている「インドアファーミングユニット」と出会い、我々のコンセプトとの親和性を感じて共創を開始しました。
ARCHでインドアファーミングの実証実験を展開
國吉 インドアファーミングユニットとは、先進的なIoT/AI技術を搭載したテーブル型のプランターで、プランターの土の状態をセンサーが感知し、専用のアプリに「そろそろ水をあげましょう」「間引きをしましょう」などと通知をしてくれます。このユニットをオフィスに導入することで、野菜を育てるという共通の農体験を通じたコミュニケーションの活性化を目指しており、実証実験も始めています。
幸迫 実証実験の第1弾はARCHで行いました。ARCHの担当の方に「ARCHにインドアファーミングユニットを期間限定で設置できないか」とお願いしたところ、わざわざ弊社に足を運んでいただき、現物を見てくださったうえで、依頼から1カ月ほどでARCHに設置してくださいました(2025年4月中旬〜7月中旬までの3カ月間)。
三吉 ARCHで実証実験を行ううえで、気をつけたことはありますか?
國吉 ARCHには、ほぼ毎日通われている方、週に1、2回通われている方、新規に参画された方など、様々な会員の方々がいらっしゃいますので、できるだけ偏らないように、いろいろな方が参加できるようにと心がけました。
三吉 目的とするコミュニティーの形成やコミュニケーションの活性化につながったという手応えは?

國吉 4月の種まきから収穫までの3カ月の間に、会員同士の新たな交流やコミュニケーションが生まれたと感じています。実は蒔いた種がすべてうまく生育したわけではなく、ハツカダイコンなどはヒョロッとしたものしか採れませんでした。そうした失敗を笑い合う楽しさや、「次の機会は絶対に成功させよう」といった一体感が生まれるのも、インドアファーミングの一つの効果ではないかと思っています。
三吉 私は「収穫祭」に参加させていただいて、採れたてのしその葉をいただきましたが、大変おいしかったです。実証実験の第2弾はここPARCsで行われ、現在インドアファーミングユニットの中で元気に野菜が育っています。ユニットでは主にどんな野菜が育つのですか?
幸迫 しその葉をはじめ、バジル、ルッコラ、リーフレタス、ミツバなどです。三吉さんにおいしいと言っていただきましたが、自分たちで種蒔きから育てた野菜の味は格別です。
三吉 確かに普段口にする青じそとは違いました。えぐみがなく香りがすばらしかったです。
幸迫 何の種を蒔くかも参加者同士で話し合って決められるので、コミュニケーションはそこから始まります。
三吉 専用アプリでは、「野菜の妖精 ベジ子」という管理者名で農体験の参加者を応援したり、寄せられた質問に答えたりしています。この仕組みを作った背景についても教えていただけますか?
國吉 インドアファーミングの目的はコミュニティーの形成やコミュニケーションの活性化にありますので、「水をあげました」「ありがとうございます」といった単純なやり取りだけでなく、参加者同士で対話が盛り上がるような仕組みにしたいと考えました。それをARCHのメンターである渡瀬ひろみさんに相談したところ、「キャラクターを作ったらいい」とのアドバイスをいただきました。運営側として私がコメントを入れることも多いのですが、「國吉からのお知らせです」などとすると、どうしても堅苦しくなり、監視されている気分になる人もいると思います。「野菜の妖精 ベジ子」を誕生させたおかげで、「ベジ子が専門家に聞いてみるからちょっと待っててね」「こうするといいよ」などと気楽なやり取りができるようになりました。

graphic recording by Karuna Miyoshi
あらゆる場所でウェルビーイングな空間を
三吉 ARCHの使い勝手はいかがですか?
國吉 自分たちと同じように新規事業に携わり、同じような課題や悩みを抱えている方々と意見を交換できる場で、実証実験にも皆さんが協力的に参加してくださいました。メンタリングの体制も含めてありがたい環境だと思っています。
幸迫 ARCHにいる方々はそれぞれがチャレンジャーで、私たちと同じような困難にぶつかり、それを乗り越えて新たな価値を生み出そうとされているので、お話を伺うだけで勇気をいただけます。
三吉 事業創造推進室の今後の活動についても聞かせてください。
幸迫 インドアファーミングユニットが今の形になるまでには、プランティオにおいて様々な試行錯誤があり、当初の試作機は木枠のプランターでした。私たちは同社が蓄積してきた成果やノウハウを活用させていただきながら、共に技術開発や製品改良に努めています。今後も実証実験と改良を重ね、いずれは「コミュニケーション活性化サービス」として事業化できたらと考えています。
アーバンファーミングの未来像については、オフィスでのインドアファーミングだけでなく、学校、福祉施設、マンションなどにも範囲を広げられないかと考えています。サンゲツというと内装材のイメージが強いかもしれませんが、グループにはエクステリアを専門とする会社もあり、屋外のスペースクリエーションにおいてもアーバンファーミングの概念を取り入れていくつもりです。さらにコミュニティー形成という観点で言うと、弊社は全国に支店や営業所がありますので、地域の活性化につながるようなコミュニティーづくりに貢献できないかと考えています。
三吉 昨今は「ウェルビーイングな町づくり」などに取り組む自治体が増えているので、自治体との共創も考えられるかもしれませんね。

幸迫 弊社が掲げている「すべての人と共に、やすらぎと希望にみちた空間を創造する。」というパーパスは、まさにウェルビーイングの目指す方向と一致するものだと考えています。都市、都市以外の地域、住宅、商業施設、オフィス、学校など、あらゆる場所でウェルビーイングな空間を実現していきたいですね。
三吉 最後に、今日ぜひお伺いしたいなと思っていた質問があるのですが……いちばん好きな野菜は何でしょうか? 私がいちばん好きな野菜はトウモロコシです。
幸迫 一つ選ぶとなると悩ましいですが、トマトでしょうか。札幌の実家に家庭菜園があり、そこで採れるトマトが甘くて最高においしいんです。夏休みに夏野菜を収穫しに行くのが子どもたちの楽しみになっています。
國吉 実は私も自宅の隣の貸し農園で野菜を育てているんです。そこでも育てているのですが、私は沖縄出身なので、ゴーヤーが好きですね。
三吉 今のお話だけでも野菜にまつわる思い出やストーリーが人それぞれにあることがわかります。コミュニケーションやコミュニティーの中心に据えるにふさわしいテーマだと感じました。
幸迫 野菜というテーマは好き嫌いも含めていろいろな話ができるので、実証実験の参加者の方々にも「好きな野菜は何ですか?」と聞くようにしています。
三吉 そうなんですね。これからも試行錯誤が続くと思いますが、活動を応援しています。

三吉香留菜|Karuna Miyoshi
東京大学法学部卒業後、ベイン・アンド・カンパニーにて戦略コンサルティング業務に従事。中期経営計画・M&A戦略策定/DD、ポートフォリオ変革支援など全社戦略の策定・伴走を行う。2022年にWiLへ参画し、東京オフィスLP Relation担当Directorとして大企業の変革・イノベーション創出支援を行う。グラフィック化スキルを活かし、大企業向けワークショップのビジュアライズも担当。

ARCHは、世界で初めて、大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとする組織に特化して構想されたインキュベーションセンターです。豊富なリソースやネットワークを持つ大企業ならではの可能性と課題にフォーカスし、ハードとソフトの両面から、事業創出をサポート。国際新都心・グローバルビジネスセンターとして開発が進む虎ノ門ヒルズから、様々な産業分野の多様なプレーヤーが交差する架け橋として、日本ならではのイノベーション創出モデルを提案します。場所 東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー4階
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