Primordial Future Forest

個展「藤本壮介の建築:原初・未来・森」@森美術館(7/2〜)の見どころを聞く|❶ 予習編

森美術館で7月2日(水)からスタートする建築家・藤本壮介の大規模個展を前に、そのタイトルに込められた思想を藤本さん本人に伺いました。この「❶ 予習編」に続き、展覧会開幕後には具体的な展示内容についての「❷ 解説編」をお届けする予定。

PHOTO BY MIE MORIMOTO
TEXT BY MARI MATSUBARA
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO

「2025年大阪・関西万博」の《大屋根リング》設計で話題を集める建築家・藤本壮介。その初の大規模個展が森美術館で開催される。展覧会のタイトルにある「原初・未来・森」とはいったいどんな意味なのか? 展示の準備が佳境に入った事務所に押しかけてお話を伺った。

藤本壮介の「森」

——展覧会のタイトルに「森」という言葉が出てきます。これにはどんな意味が込められているのですか?

藤本 森美術館での開催だから、と言うわけではなくて(笑)。今回、展覧会をやるにあたってあらためてこれまでの仕事を思い返しているうちに、自分がずっと考えてきたことや、つくってきた建築を「森」という言葉で説明できるのではないかと思い至りました。そのことを順を追って説明しますね。

藤本壮介|Sou Fujimoto 1971年北海道生まれ。東京大学工学部建築学科卒業後、2000年に藤本壮介建築設計事務所を設立。個人住宅から大学、商業施設、複合施設、ホテルまで世界各地でさまざまなプロジェクトを展開。「2025年大阪・関西万博の会場デザインプロデューサーを務める。2014年にフランス・モンペリエ国際設計競技最優秀賞のほか、世界各国の国際設計競技にて最優秀賞を受賞。

藤本 僕は北海道上川郡の東神楽町という、旭川の隣の小さな田舎町で生まれ育ちました。父が開業していた病院の近くに河岸段丘があり、20mぐらい落差のある傾斜地には雑木林が広がっていたんです。幼い頃、そこが僕の遊び場でした。空間的、体験的に森が身近にあった。その町で高校まで暮らし、大学に進学するために上京しました。田舎から急に都会に出たわけですが、なぜだかすぐ東京の街が好きになりました。建築を学び始めてしばらくすると、その理由がわかってきたんです。僕が住んでいた東京の街はどこもくねくねと曲がった狭い路地が入り組んでいて、小さい住宅や大きなビルがごちゃごちゃと並んでいる。樹木は少ないけれど、家々の軒先に植木鉢が並んでいたり、看板が飛び出していたり、雑多な建造物やもので構成されている街。その様子が、どこか雑木林や森のつくられ方に似ているなと思えたのです。

展覧会で展示される予定のブダペストに2021年に竣工した《ハンガリー音楽の家》の模型。

藤本 森の中にいると、鬱蒼とした木々に取り囲まれているけれど、閉ざされているわけではなく、自分の足でどこにでも歩いていけますよね。東京のごちゃついた界隈も、電線や建物や看板で囲われているように感じるけれど、自由に歩き回れる。自然の森と、人工物の極みである建築は正反対のものとして捉えられがちですが、案外、ぐるっと回ってどこか繋がっているように感じたのです。

展覧会では、部分模型や完成形、アンビルトのプロジェクトも含め、大小さまざまな模型が多数展示される。

藤本 それから1994年に大学を卒業して6〜7年、何もしないでぶらぶらしていた頃、自分の建築のベースをじっくり考える時期だったんですが、当時「複雑系」という考え方が注目され、本も複数出版されて流行し始めていました。ざっくり説明すると、これまでは、たとえば街をつくるには土地を碁盤の目に整備して、何丁目・何番地と番号をつけたように、どんな分野でも複雑な世界を単純化して捉えようとしていたのですが、これからは複雑なものを複雑なまま捉えることができるのではないか、という考え方です。またその少し前に、ノーベル賞を受賞した化学者・イリヤ・プリゴジンがイザベル・スタンジェールとの共著で出した『混沌からの秩序』(1987)という本からも影響を受けました。世界にいきなり線を引くのではなく、自然の混沌の中にやわらかい秩序が生まれてくるという考え方なのですが、そのどちらにも「森」の話が出てくる。森は、木が規則正しく等間隔に植わっているわけではなく、適当にさまざまな種類の木が生えているけれど、隣の木との距離感や、下草の生え具合とか、気候風土など、複雑な関係性の中にある秩序をもって木が生えているわけです。二つの考察から、これからの時代の建築には「森」という概念が欠かせないのではないか、と思うようになりました。幼少期の原体験としての「森」と、東京の街で感じた「森」、そして異分野の学究が捉えた「森」が繋がって、面白いなと。今では、自分が何かプロジェクトに向き合う時に思考をいったん立ち戻らせる場所が「森」なんです。

進行中のプロジェクトについての資料をボードに貼り出した一角。

——そう考えると、藤本さんの過去作には「森」を感じさせるものがたくさんありますね。たとえば白い立方体の家が複数寄り集まって形成される《児童心理治療施設》や、ステンレス鏡面仕上げの社宅群《せとの森住宅》、《武蔵野美術大学 美術館・図書館》などを連想します。

《児童心理治療施設》2006年 北海道 ©︎Daichi Ano

《せとの森住宅》2013年 広島県 ©︎Iwan Baan

《武蔵野美術大学美術館・図書館》2010年 東京都 撮影:阿野太一

藤本 《児童心理治療施設》は立方体の家をある密度で並べると、家と家の間にいろんなスペースが生まれて、それはまるで枝を広げた樹木の木陰のようだねとクライアントと話していたら、ドイツ語で「木」を意味する「バウム」から別名「バウムハウス」と呼ばれるようにもなりました。《武蔵野美術大学 美術館・図書館》は最初から「本の森をさまよい歩く」というのが設計のコンセプトでした。目当ての本を探すだけではなく、予期しなかった本に出逢えるような図書館でありたいということであの形になりました。《太宰府天満宮仮殿》では屋根の上にリアルに木を植えました。それぞれのプロジェクトにおいて「森」から思考を始めたわけではありませんが、どこか僕の潜在意識の中に「森」があるのでしょうね。

《太宰府天満宮 仮殿》2023年 福岡県 撮影:前田 景

——藤本建築の概念の根底にある「森」を、今回の展覧会で驚きをもって見せるのが、最初の展示室「思考の森」ですね?

《思考の森》(展示風景予想図)© Sou Fujimoto Architects

藤本 300㎡を超える大きな空間を、1,000個以上の模型やアイディア素材などが埋め尽くします。初期の頃から現在進行形のプロジェクトまで、アンビルドに終わったものも含め、完成形だけでなくそこにたどり着くまでの思考のプロセスも一つ一つ模型にして展示しているのでこれだけの数になります。展示台に置かれたり、天井から吊るされたりする模型の間を鑑賞者は縫うように歩き、思考の森をさまよう体験をします。圧倒的な物量でインパクトを与える、驚きの空間になると思います。

藤本壮介の「原初」と「未来」

——タイトルにある「原初・未来」についても、その意味するところを教えてください。

藤本 20年ほど前に「プリミティブ・フューチャー」という短い文章を雑誌に寄稿したことがありました(注:「建築文化」2003年8月号掲載)。若い頃、建築は未来をつくるものだと思っていたのですが、ところで未来とはなんだろう?と、大学を卒業してぶらぶらしていた時期に考え込んでしまった。SFみたいに空想を膨らませて描くものが未来なんだろうか? 自分が目指すべき未来とは何なのかと。考えているうちに、建築とは人間の文明と共にずっとあるもので、建築の未来を思考するには、過去にさかのぼるしかないのではと思うようになりました。建築のはじまりに立ち戻り、そこから未来を照らし返すということを常に念頭に置きたい。なので、僕にとって「原初」と「未来」はセットなのです。

そのことを体現したのが、展覧会の最後のセクション「未来の森 原初の森-共鳴都市 2025」です。

《未来の森 原初の森-共鳴都市 2025》(展示風景予想図)© Sou Fujimoto Architects

藤本 これは東京湾の上に立つ巨大な立体都市で、大小の球体が無数に寄り集まっているような形をしています。

「共鳴都市2025」の球状の建築を描く藤本氏。

丸い泡が積み重なっているような形状の架空都市は、「2100年に現実化するかな、もうちょっと先かな?」とのこと。

——球体の空間が連なっているという発想は、どこから来たのですか?

藤本 近代以降の都市において、人の移動は基本的に「歩く」か、「車や乗り物に乗る」しかないわけです。その基本に則って都市計画が考えられています。そしてこれまでの近代建築は、大まかに言えば床を積み上げてエレベーターで垂直に繋げればいいという考え方でほぼ固定化しています。でもこれからの時代、ドローンもあるし、もしかしたら人間が空を飛ぶことも近い将来現実化するわけで、そうすると都市や建築のあり方はガラッと変わりうる。平らな床を積み上げ、その中に全ての人を押し込めるという従来の考え方が、人間社会を画一化してきたとも言えるでしょう。特にコロナ以降、人々の暮らし方や働き方が多様になり、ますます人間のさまざまな活動を標準化・単純化することはよくないなと思うようになりました。じゃあ、どうすればいいのか、ずっと答えが見つからなかったのですが、今回の展覧会で「未来に向けて何か提言はないんですか?」と請われて、あらためて真剣に考えたら夢が膨らんでしまった、その結果が「共鳴都市2025」なんです(笑)

藤本壮介の「球体」と「円環」

——「平らな床の積層」へのアンチテーゼが「球体」ということでしょうか?

藤本 大雑把に言えば「同じ大きさの床を積み上げた、ガラスの壁をもつ四角いビル」である近代建築を、暮らし方が変わったのにそのまま引き継ぐだけでいいのか? という疑いは、現代の多くの建築家が持ち続けています。それに対する僕の一つの提案が球体でした。「歩行」か「車移動」を前提としなければ、球体から球体へと飛び移ることができるし、道路も碁盤目状である必要がなく、それぞれの空間がバラバラな大きさでも構わないわけです。展覧会の会場では壁2面を使って、この球体が連なって構成された都市の中での1日を体験できる動画を投影します。

展示に使われる予定の無数の球体。20台の3Dプリンターをフル稼働させて続々と制作されていた。

藤本 球体もそうですが、円環も僕にとっては一つの重要なテーマです。多様性はいいことだけれど、いろんなものが好き勝手にバラバラでいる状態はあまり良くない。多様だけれど繋がっている、たくさんあるけれどなんとなく一つにまとまる、という状況をつくることが建築に求められている気がします。「大阪・関西万博」の《大屋根リング》にもまさにその思いが根底にあります。すべてをがっちり囲い込むのではなく、円環状でありつつも出入りが自由な開放的な場所をイメージしています。

「2025 年大阪・関西万博 大屋根リング」模型(展示風景予想図) © Sou Fujimoto Architects

——展覧会では《大屋根リング》の一部が5分の1のサイズで展示されますね。そのほか、具体的な展示の解説は、展覧会が始まった後にお聞きしたいと思います。

※ つづきの「❷ 解説編」は7月中旬公開予定

事務所の一角にポリカーボネート波型ボードで覆った簡易な小屋が立っており、入り口には表札が。

「藤本壮介の建築:原初・未来・森」


会期=2025年7月2日(水)〜11月9日(日)会期中無休
開館時間=10:00〜22:00(火のみ17:00まで)
※ ただし9月23日(火・祝)は22:00まで(最終入館は閉館時間の30分前まで)
会場=森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
お問い合わせ=050-5541-8600(ハローダイヤル)