Who Thrives in the Age of AI?

いま求められるAI人材とは?——グローバル教育機関「General Assembly」代表に訊く

生成AIブームの火付け役となった「ChatGPT」が米国で登場したのは、2022年11月のこと。それからAIはたった2年あまりで確実に、ビジネスの現場に浸透してきた。多くの企業が波に乗り遅れまいと、AIを用いた業務効率化やサービス開発に活用を模索するなか、AIとの向き合い方は業界の垣根を超えて重要なトピックとなった。今、注力すべきことは何なのか。日本市場におけるAI活用の課題と可能性とは? テクノロジーやビジネス分野の人材育成を手がけるグローバル教育機関「General Assembly(ジェネラル・アセンブリー)」代表のDaniele Grassi(ダニエリ・グラッシ)さんに伺います。

INTERVIEW BY Kotaro Okada
TEXT BY Noemi Minami
PHOTO BY Koichi Tanoue

政府や企業と連携するグローバルな教育機関

2011年、ニューヨークで誕生した教育機関「General Assembly」(以下、GA)。その始まりは、コワーキングスペースのような空間で、人々が実践的な知識やスキルを共有し合うコミュニティだった。

当時、多くの学生たちはスタートアップの創業に携わっており、自らの手で会社を立ち上げながら、ウェブサイトの構築方法やオンラインでの販売戦略、プロダクトのマーケティング手法などを手探りで会得し、その知識を共有しあっていた。そのなかでも重要な基盤となっていたのがコーディング/プログラミングだ。それが発展し、プロジェクトベースの短期集中型講義が開始されるようになった。大学とは異なり、「現場で必要とされるスキル」に焦点を当てたカリキュラムを提供することで、注目を浴びた。

現在では、シンガポールや中東、UKなど世界各国に拠点を持ち、それぞれの市場に合わせた教育プログラムを展開している。GAの大きな特徴は企業や政府との連携プロジェクトが中心に据えられていることだ。企業向けには、主に「アップスキリング」「リスキリング」「Hire-Train-Deploy」のための教育を提供。アップスキリングはチームの知識や技術を統一するための教育、リスキリングでは同じ企業内での職種転換のための再教育、そしてHire-Train-Deployは、企業のニーズに応じてトレーニングを実施し、職務に最適なスキルを持った人材を育成するもの。とくに「Hire-Train-Deploy」モデルは、採用が難しい職種や新規拠点の立ち上げの際に効果的で、企業にとって有用な人材確保の方法として注目されている。

代表のダニエリ・グラッシさんは、イタリア南部の小さな町に生まれ、環境的に教育へのアクセスが少ないなかで、奨学金で進学し、マッキンゼーでキャリアをスタートした。その後、会社の支援でビジネススクールへ進学し、デジタルや教育分野に特化してキャリアを重ねた。彼は、生まれこそ恵まれていなかったものの、人に恵まれ、サポートを受けながら教育のチャンスを得られたことが今の自分につながっていると話す。そんな背景から、GAにおいては、受講者自身の情熱を重視し、そこに「気づき」と「アクセス」を提供することを重要視しているそうだ。

「そんな私の個人的な経験がもとになり、GAの事業が始まりました。今でも受講生たちの情熱と成功ストーリーが私を駆り立てています」と語るダニエリさん。その彼が、AIとの向き合い方、そして日本企業とのビジネスを通して考察する、日本特有の課題と可能性について話してくれた。

「AIを知らない人」は「AIを知っている人」に置き換えられる時代

——流行や時代の変化によって人気の講座も変わってきていると思います。今はどんな講座の需要が高いのでしょうか?

Daniele 設立当初はソフトウェアエンジニアリングから始まりましたが、その後スマートフォンが人々の生活の中心に定着してきたことに併せ、UXデザインの人気が高まりました。UXデザインは、技術的な前提知識があまり必要ないため、多くの人にとってアクセスしやすかったんです。ただ現在では、UXデザインはプロダクトマネジメントと統合される傾向にあり、特に米国や英国などでは需要が減少しています。

UXデザインブームの後は、SNSやIoT製品が登場し、様々な局面でデータ収集することが可能になり、その変化に併せ、データ分析、データサイエンス、ビッグデータといったデータ系分野へと関心がシフトしていきました。さらに、プロダクトマネジメントやデジタルマーケティングといった、より非技術系の分野にも広がっています。そして今、一番注目されているのがAIです。AIが普及するにつれて、データ分析やパイソン(プログラミング初心者でも扱いやすいオープンソースのプログラミング言語)に対する需要も高まりました。特にパイソンはAIの前提知識として非常に人気があります。

一貫してコーディングやプログラミングなどのソフトウェアエンジニアリングの需要は根強くありますが、近年ではエントリーレベルの職が減少する傾向にあり、それに合わせてGAの講座もアップデートしています。この背景には地政学的・経済的な要因もありますが、企業がAIを活用して生産性を高めようとしていることも大きな理由の一つです。より少人数で、より多くの成果を上げたいと考える企業が増えているためです。

——AIの進化により、従来のような高度な技術がなくても、ノーコードやローコードで開発が可能になってきています。必要な知識が大きく変わってきていると思いますが、今、AIについて最も学ぶべきことは何だと思いますか?

Daniele 難しい質問ですね。まず前提として、AIの進化は数カ月単位でフェーズが変遷しています。ChatGPTが登場した際は盛り上がり、多くの企業が巨額の投資を発表しましたよね。でも1年経つと、実際のビジネスインパクトは客観的に評価できる形では見えなかった。メールの下書きくらいには使えるけど、活用法や成果がはっきりとしない。そんななか、「AIエージェント」(自動実行や業務の代行など、あらかじめ設定された目標に向けて自律的に動くAIのこと)の登場が、企業に明確なメリットをもたらしました。生産性を上げて、より価値ある業務に集中できる。仕事のあり方を急速に変えていっています。でも、人間はここまで急激な進化には慣れていないんです。

——これまで文明の進化は、時間をかけて行われてきた。

Daniele そうなんです。でも今は多くの職業がAIエージェントで置き換え可能です。実際、AIが連携して、人間には不可能なスピードで改善し、成果をあげていっている。だからこそ、どんな職種の人でもAIリテラシーが必要になります。人間が不要になるわけではないけれど、「AIを知らない人」は「AIを知っている人」に置き換えられる時代だと考えています。

だから、私が伝えたい大事なことは2点です。一つ目は、CEOでも人事でも法務でも職種に関係なく、AIを学ぶ必要があるということ。1年後にはAIは必須な知識になると考えているので、今からAIを学べば優位に立てると思います。二つ目は、AIには多くのリスクがあるのを忘れないこと。倫理や持続可能性といった観点ですね。今は「AIファースト」で皆が走っていて、リスクへの理解が追いついていないと思います。ツールのメリット・デメリットを知らずに使うことは非常に危険です。

——多くの職業がAIエージェントで置き換え可能であり、エントリーレベルの職種で必要とされる技術教育の需要が減ってきているということですが、エントリーレベル職向けの教育を提供しているGAとして、この点をどうとらえていますか?

Daniele ちょうど2週間前、4大コンサルティングファームと同じ議論をしていました。彼らは、AIの力を借りれば、アナリストがより生産的になれると考え、新しい組織の在り方を検討しているそうです。それは確かにその通りです。でも、一つ問題があるんです。というのも、転職したり退職したりしていくアナリストたちがいる。結果、実際に現場で学びながら経験を積んでいる人たちの数が減少していきます。

——ダニエリさんはその減少のリスクをどう考えますか?

Daniele 私がPowerPointをうまく作れるようになったのは、毎月何百枚ものスライドを作っていたからです。それをなくして、重要なのがAIに対してどうプロンプトを投げかけ、AIが生成した結果を受け取るかだけになったら、現場での経験を積めません。また、AIはとてもすごいスピードで70点のアウトプットをつくってくれますが、100点、それ以上の精度に高めることが、ビジネスにおける信頼を築くのです。クライアントとのパートナーシップは関わりを通じて何年もかけて築かれるものです。短期的にはアナリストを減らすことで節約できるかもしれませんが、10年後、20年後、30年後にどういう会社を作りたいのか、その未来のために今何が必要かという、長期的で戦略的な考え方が必要です。

日本市場の課題と可能性

——日本市場について伺います。日本市場の可能性をどう見ていますか? また、日本企業が直面している課題にはどのようなものがあると考えますか?

Daniele 日本市場は、GAにとって非常に重要な市場だと考えています。市場にアップスキリングの需要があるからです。理由の一つ目は高齢化です。これは、我々が展開している多くの国に共通する課題ですが、人口が高齢化すると、若い人材の確保が難しくなり、企業内にいる人材のスキルを高める必要性が増します。二つ目は、社員の平均勤続年数が非常に長いという点です。アメリカでは数年で転職することが一般的ですが、日本では平均の在籍年数が平均約13年と、長く同じ会社で働く傾向にあります。そういったなかで人材の成長と従業員の満足度維持のため、また企業としても、社員の継続的なアップスキリングとリスキリングが重要になります。

——確かに、日本人は一つの企業に長く勤める傾向がありますよね。ただ、テックスキルに関して多くの日本の企業では、重要な部分を外部に委託する傾向も見られます。その点について、どう思われますか?

Daniele 確かに、アウトソーシングの傾向はありますね。我々はシステムインテグレーターや大手コンサルなど、さまざまな企業と協力していて、彼らの社員へのトレーニングも行っています。なので、内部にテックチームがあるか、外部もあるかという点に対してはどちらでもいいと思っています。

ただし、世界的な地政学的状況の不確実性のなかで東欧、ラテンアメリカ、インドなどに技術チームを置いている企業は、長期的な信頼性の面で課題を感じていると思います。そのため、今後はテックチームを社内に戻すか、ハイブリッドな体制をとる企業が増えてくると予想できます。

——日本の企業文化のもう一つの特徴として、「ジョブローテーション」があります。人事主導で2〜3年で社員の部署が変わる文化です。こういった環境では、特定のスキルを深めづらいという課題もありますが、この点についてどうとらえていますか?

Daniele これまで話してきた通り、私は経験を重要視しています。他国の企業ではこのようなローテーションが十分に行われていないので、むしろ素晴らしいことだと思っています。人はだいたい2年ぐらいで職務をこなせるようになり、3年目には飽きてきたり過信したりすることもあります。イノベーションを起こすには、ある程度の居心地の悪さや新しいチャレンジが必要だと思うので、会社を変えなくても、2〜3年ごとに役割を変えるのは非常に良いことだと思います。

——ネガティブに影響する面はあるのでしょうか?

Daniele おっしゃる通りいくつかの課題もあります。一つ目は、スキルの深掘りができなかったり、以前の職務に関するスキルがすぐに古くなってしまう点。二つ目は、会社側の采配にかかっているところです。人事が配置を決める場合、「誰をどのポジションに置くか」がとても重要な判断になります。パフォーマンスの面だけでなく、その人のキャリア開発にとって適切かどうかも含めて考えなければなりません。

我々が提供している企業向けのAIなどの新しいコースでは、複数のレベルを設けて、社員自身が選べるようにしています。これにより、データやAIの分野で深く学びたい人材や、自主的に学ぼうとするモチベーションの高い人材を見極めることができます。しかし、企業は、個人のAIスキルを上げるだけでなく、その次の段階として、企業として“AIを使って何をするか”を決め、社内に普及させなければなりません。そのためには、ただ個人の業務を効率化するだけでなく、例えばAIに関心のある人や知識を持つ人を選び、部門横断的に起用していく必要があります。

つまり、スキル、個人のモチベーション、そして企業のニーズ。この三つをいかに高度にマッチングさせるかが重要です。多様な企業の在り方がありますので、一つの完璧な解決策があるわけではありません。しかし、より良い仕組みをつくれば、個人にとっても企業にとっても、より良い未来を築けるはずです。

——GAは日本でも森ビルなどいくつかの企業と協業していますが、日本と他国のクライアントの関係とはどのような違いがありますか?

Daniele 日本の企業と提携していて感じるのは、他国の企業に比べて関係性重視型だということです。他国では、必要なトレーニングを提供したらそれで関係が終わる、もしくはその後に必要であればコンタクトをとってくることが多いです。それに対して、これまでやりとりをしてきた日本企業は、まだ実際にプロジェクトを開始していないパートナーであっても、関係性を大切にしながら、より包括的なビジネスパートナーシップを築こうという姿勢が強いです。

——GAは現役受講生やアルムナイ(卒業生)が実際に集い、コミュニティを醸成する場である「キャンパス」を世界の各地に設けています。東京は人口密度が高く、キャンパスを設置するには良い条件が整っていると思います。仮にGAのキャンパスが東京にできたら、どのような変化やインパクトがあると考えますか?

Daniele キャンパスを持つことで、テクノロジーと起業家精神の交差性を持つコミュニティが自然に生まれると思います。人が集うことで生まれるつながりは、真に価値があるものです。これまでもキャンパスで新たなアイデア、スタートアップ企業、プロジェクト、友情が生まれたケースを数多く目にしてきました。これはオンラインの講義だけではなかなか生まれてこなかったものです。東京での拠点の設置については、ポップアップ形式か、長期的なキャンパスか、あるいは小規模なキャンパスを複数持つかなど、実際に検討を進めているところです。いずれにせよ、東京のビジネスコミュニティにおける新たな火種になることは間違いないと思います。

全てのステージの人に寄り添い、可能性を広げていく

——GAの今後の戦略や展望について教えてください。

Daniele 我々は今、対象とする人の範囲を拡大することに完全にフォーカスしています。エントリーレベルの人々の支援だけでなく、キャリアの中盤に差しかかっている人たち、さらには今回初めて、AIのような新しい領域を学ぶ人たちのサポートも始め、世界中で広げていきたいと思っています。今年は、新たにサウジアラビア、ヨルダン、そしてモンテネグロにキャンパスを開設します。完全に新しい地域、新しい市場で、そこにはまだ存在していない職種、たとえばデータサイエンティストやUXデザイナーなどを創り出すことにとてもワクワクしています。

——まさにDanieleさんが大切にしている「気づき」と「アクセス」の提供になりますね。

Daniele そうなんです。我々は日本でもGA受講を個人と企業の両方に働きかける必要性を感じています。2年ごとに新しい役割に挑戦する人、昇進したい人、転職を目指す人など、キャリアの「次のステップ」を踏み出したい人を支えること。そしてそのために、政府・企業・個人のいずれとも連携して支援すること。これこそがGAの未来です。GAは、キャリアにおける全てのステージの人に寄り添い、次の機会をどう見つけるか導くことができることを誇りに思っています。

ARCH|虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー


ARCH
は、世界で初めて、大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとする組織に特化して構想されたインキュベーションセンターです。豊富なリソースやネットワークを持つ大企業ならではの可能性と課題にフォーカスし、ハードとソフトの両面から、事業創出をサポート。国際新都心・グローバルビジネスセンターとして開発が進む虎ノ門ヒルズから、様々な産業分野の多様なプレーヤーが交差する架け橋として、日本ならではのイノベーション創出モデルを提案します。場所=東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー4階