NEW INFRASTRUCTURE OF SOCIETY

水素は脱炭素社会のインフラだ! 川崎重工がつくる未来のエネルギーサプライチェーン

新たなエネルギーとして近年注目が高まっている「水素」。液化することで運搬・貯蔵もより効率的になり、発電に利用する際には、二酸化炭素が排出されない、など、これまでの既存のエネルギーにはない強みをもっている。これまで航空機やガスエンジンの開発を手掛けてきた川崎重工は、実は、40年以上にわたり水素の技術を培ってきた。なぜ川崎重工は水素に注目し、どんな未来をつくろうとしているのか。同社が描く水素サプライチェーンのビジョンに迫るべく、川崎重工のソーシャルイノベーション共創拠点KAWARUBA(カワルバ)を訪れた。

TEXT BY Shunta Ishigami
PHOTO BY Koichi Tanoue

二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギー

石炭や石油など化石燃料を使用することで排出される二酸化炭素によって自然環境への負荷が懸念されるなか、いま世界中の政府や企業は脱炭素社会の実現を目指し、再生可能エネルギーのさらなる拡大やEV(電気自動車)への補助支援など、さまざまな取り組みを進めている。

なかでも環境に優しい新たなエネルギーとしていま注目されているのが「水素」だ。水をはじめとする多くの物質に含まれ、最も身近な元素のひとつと言える水素は、電気化学反応や燃焼反応によってエネルギーとして活用できる。何よりその強みは、使う時にCO2を出さないことにある。石炭や石油などとは異なり使用時には水しか発生しないため、産業・発電・モビリティなど幅広い領域で実用化が期待されており、脱炭素社会の実現において重要な役割を担うとされる。

鉱山や油田など特定の場所からしか採掘できない石炭や石油と異なり、水素は地球上のあらゆる地域から生み出すことが可能だ。地政学的なリスクも低いとされ、水はもちろんのこと、化石燃料や廃プラスチックなどさまざまな物質から水素を生み出せるため、新たな資源利用の道を切り開く可能性があるとして期待されてもいる。

加えて、電気と異なり水素は「ためて」「はこべる」ことも大きなメリットのひとつ。タンクなどに貯蔵することで長期間の保存や長距離の運搬も可能になるため、つくりすぎた電気を使って水素をつくり貯めておく、といった形で、これまでよりも柔軟にエネルギーを活用できる。太陽光や風力といった再生可能エネルギーは天候や季節によって発電量が大きく変動することが課題となるため、あらかじめ発電した余剰電力を水素に変えて貯蓄しておけば、再エネとの電力供給のバランスもとりやすくなる。脱炭素社会の実現に向けた再生可能エネルギーの活用を考えるうえでも、水素には大きなメリットがあるのだ。

水素の「サプライチェーン」構築を目指して

多くの企業が水素活用に取り組むなか、さまざまな挑戦を成功させている企業のひとつが川崎重工だ。船舶や航空機、バイクからガスタービンやエンジンの製造まで幅広い事業を手掛ける川崎重工は、水素エンジンの開発はもちろんのこと、水素を活用するサプライチェーンをつくりだそうとしている。

「日本は世界に先駆けて2017年に水素基本戦略を打ち出しており、2050年の水素社会実現を目標に掲げ、15年間で15兆円の投資を行おうとしています。ただし、日本全体が水素の活用を進めていくためには、〈つくる・はこぶ・ためる・つかう〉といったサプライチェーンが確立されなければ、需要に対応できないでしょう。そのため川崎重工ではサプライチェーンそれぞれの領域に対応するために必要な水素技術・事業の開発を進めています」

川崎重工 水素戦略本部 企画部 コミュニケーション課 加藤美政

そう語るのは、水素戦略本部 企画部コミュニケーション課の加藤美政だ。加藤によれば、川崎重工は2010年から水素活用を中期経営計画に組み込み、技術開発に取り組んできたという。水素の活用を広げるうえでまず同社が注力したのは、液化水素だった。水素はマイナス253度で液化させることで体積が800分の1まで小さくなるため、天然ガスのように液化した状態で流通させることで運搬効率も大きく上昇していく。

川崎重工は世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」を建造した。 提供:HySTRA ※川崎重工を含む「技術研究組合 CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA)」が、NEDO助成事業として実施

「日本での生産規模や効率を考えると、まずは海外で大量の水素をつくる必要がありました。海外でつくった水素を液化して日本まで運び、気化させることなくタンクに貯蓄しなければいけないわけです。私たちは1981年にアジアで初めて液化天然ガスの運搬船を建造した実績もあったため、これまでのノウハウを活かしながら世界初の液化水素運搬船をつくることに成功しました」

加藤がそう語るように、川崎重工は水素を安定的に海上輸送する技術実証に日豪政府や他の民間企業と共に取り組み、2022年春にオーストラリアで製造された水素を液化し、日本まで運ぶパイロットプロジェクトを成功させている。2023年には北海道で行われたG7気候・エネルギー・環境相会合において小樽港で世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」を展示し、欧米諸国から高い評価を受けるなど、国際的な注目度も高まっているという。

世界から注目される日本の水素技術

もちろん、単に水素をつくって運び、貯めれば自然に使われるようになるわけではない。安定的な活用先がなければインフラへの投資も進みづらく、結果として水素の普及も足踏みすることになってしまう。そこで川崎重工は、水素を〈つかう〉方法についてもさまざまな検討を進めているのだと加藤は語る。

「当社の産業用ガスタービンは水素100%燃焼から天然ガスとの混合燃焼までさまざまな燃焼方法に対応可能なラインナップを揃えており、水素エネルギーの普及に合わせて、混焼率を高めていくこともできます。水素が大量に導入されるまでの間の過渡期においては、こうした〈つかう〉選択肢を提供することで水素社会の実現を牽引していきたいと考えています」

すでに川崎重工は2018年に神戸市で水素ガスタービンを利用し、市街地にて水素燃料100%で発電を行い、水素由来の電気と熱を近隣のスポーツセンターや展示場に供給。据え付け以来、無事故で運用している。これは世界初の取り組みで、世界80カ国からのべ1万人近い人々が視察・見学に訪れるなど、国際的なインパクトも非常に大きいという。その結果、ドイツやベルギーの電力会社での水素ガスタービンの導入も進んでいるなど、日本に留まらず同社の技術は世界中に広がっているのである。

神戸市のポートアイランドに建設した水素ガスタービン発電設備の実証プラント。水素による電気と熱を世界で初めて市街地に供給した。

「日本の水素技術は、世界的に見ても先進的なものだと感じます。私たちが2010年に水素技術の開発に着手した際は、国際間での水素運搬はほとんど検討されておらず、水素は“地産地消”すればいいものだと考えられていました。しかし、2021年に私たちが実際にオーストラリアから日本への運搬を実証できたことで、潮目も変わってきました。国際間の流通が現実的なものとなったため、水素社会というビジョンの説得力も高まったのです」

そう加藤が語るように、川崎重工は自社事業の開発のみならず、世界的な水素社会の実現においても大きなインパクトをもたらしうる存在と言える。それは同社が単に液化水素運搬船などの製品開発だけでなく、〈つくる・はこぶ・ためる・つかう〉の「サプライチェーン」の構築を標榜しているからでもあるだろう。

「近年、水素エンジンの開発に取り組む企業は少なくありませんが、社会インフラとしての水素サプライチェーンのビジョンを打ち出している企業は当社だけだと考えています。もちろん私たちだけでこのサプライチェーンを構築し運用できるわけではありませんから、パートナー企業の方々や政府、自治体などさまざまなステークホルダーと連携しながら仲間を増やし、水素社会を実現していきたいですね」

多くの人が水素に触れるためのきっかけづくり

東京都主催「羽田 みんなのみらい 水素エネルギー展」では、「水素のお兄さん」として知られるとびchan.による子ども向けワークショップ(提供:東京スイソミル)も開催された。

今後、新たなエネルギー源として水素の活用が広がっていくことは間違いないだろう。他方で、企業だけでなく一般の人々が水素を実感できる機会が少ないことも事実だ。川崎重工は、より多くの人々に水素を身近な存在として感じてもらうべく、多くの取り組みを進めてもいる。

同イベントでは、実際に水素をエネルギー源として車のおもちゃを動かすワークショップ(協力:トヨタ自動車株式会社)も行われ、子どもたちが水素に触れる機会が提供された。

「私たちが昨年開設したソーシャルイノベーション共創拠点、KAWARUBAでも水素活用を促進するプログラムに取り組んでいます。企業の垣根を超えた実装を行える場は日本にまだ少ないため、複数の企業が連携しながら水素活用を行える仕掛けづくりも進めていますし、KAWARUBAでは東京都や大田区、川崎市と協力しながら、一般の方々が水素について学び、実感できるイベントも実施しています」

川崎重工 水素戦略本部 企画部 企画課 藤田雅和

同じく水素戦略本部 企画部 企画課の藤田雅和がそう語るように、水素社会を実現するためにはまず多くの人々に水素そのものを理解してもらい、その可能性を実感してもらう必要がある。今年2月にKAWARUBAが入居する羽田イノベーションシティで行われた東京都主催の「羽田 みんなのみらい 水素エネルギー展」では水素で焙煎したコーヒーや水素コンロで焼かれたバーベキューが提供されるなど、生活者レベルでその価値を実感できるプログラムも多く展開された。

イベントでは水素コンロを使って焼かれた軍鶏が提供(協力:株式会社H2&DX社会研究所)されていた。水素コンロで焼くと通常のガスコンロとは異なり水分が失われづらく、柔らかい仕上がりになるのが特徴だ。

「今回のイベントには小学生など若年層の方々も多く参加してくださいましたし、専門的な知識をお持ちの方だけに留まらず、水素の魅力を実感いただける機会を増やしていきたいと考えています。もちろん、水素はエネルギーのひとつですから日々の生活や街の風景は大きく変わらずに、これまでと同じ生活を送りながら、環境負荷を大きく下げることができるかもしれません」

水素エネルギーを普及させ、すぐ先の未来で脱炭素社会を実現すること。それは新たなプロダクトやサービスだけで到達できるゴールではなく、一人ひとりの意識が変わっていくことも必要不可欠だろう。藤田は「水素に触れてもらえる機会をつくり、仲間を増やしていきたいです」と述べる。子ども向けの教育プログラム設計から、水素エンジン、運搬船、果ては世界に広がるサプライチェーンまで──広範な水素事業を手がける川崎重工は、脱炭素社会の実現に貢献する新たなソリューションを生み出そうとしている。