大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとして、虎ノ門ヒルズにて始動したインキュベーションセンター「ARCH(アーチ)」。企画運営は虎ノ門ヒルズエリアにおいてグローバルビジネスセンターの形成を目指す森ビルが行い、米国シリコンバレーを本拠地とするWiLがベンチャーキャピタルの知見をもって参画している。第26回では、WiLの三吉香留菜氏が、テレビ東京の林克征氏を迎え、同社の取り組みについて伺います。
TEXT BY Kazuko Takahashi
PHOTO BY Ayako Mogi
アナウンサーからプロデューサーへ転身
三吉 林さんは2009年にテレビ東京に入社、アナウンサーとして活躍された後、番組制作やイベント事業のプロデューサーに転身されました。ARCHを舞台に2021年に始まった番組「巨大企業の日本改革3.0『生きづらいです2021』〜大きな会社と大きな会社とテレ東と〜」の立ち上げにも参画され、現在は同番組の新バージョン「ニッポン!こんな未来があるなんて 〜巨大企業の変革プロジェクト〜」も担当されています。そこでまず、そもそものお話からお伺いしたいのですが、入社以前からアナウンサーを志望されていたのですか?

林 克征|Yoshiyuki Hayashi テレビ東京 IP事業局 ビジネスソリューションチーム プロデューサー / 2009年テレビ東京入社。アナウンサーとしてスポーツ実況やバラエティ番組、ニュース番組などを担当。2020年現部門へ異動。イベント複合施設「Mixalive TOKYO」の立ち上げ、メタバース「池袋ミラーワールド」の運営、地方創生をテーマとする「田村淳のTaMaRiBa」のプロジェクトマネージャーなど多方面で活躍。国際唎酒師と熱波師の資格を保有する。
林 それが違うんです。もともとは体育会系の人間で、大学時代はひたすらアメリカンフットボールに熱中していました。毎日学ランを着て、第一ボタンまで留めていないと先輩やOBから怒られるという世界で過ごしていました。
三吉 飛び込むのに勇気がいる世界ですね(笑)
林 父親が体育会出身の人間だったので、自分も自然にその世界に入れたんだと思います。高校時代はラグビー部でした。
三吉 アメフトに熱中している方がアナウンサーになるための訓練をする暇はなさそうですが、どのような経緯でテレビ東京のアナウンサーに?
林 アナウンサーを目指す人は、一般的には大学時代からアナウンススクールに通って入社試験に備えるのですが、毎日アメフト漬けの私はもちろんスクールに通っていませんでした。そもそもアナウンス試験の時期はアメフトの試合のオンシーズンなので、本来は受験自体が不可能なんです。ただ、自分の場合はアメフトで大ケガをして練習にも試合にも参加できない状態になりまして、その時にたまたまテレビ東京のアナウンサー募集が目に止まり、数日後に試験があると分かって試しに受けてみたという……(笑)
三吉 じゃあ、ケガがなかったらアナウンサーにはなっていなかったかもしれないのですね。
林 正直言いますと、商社に就職したいと思っていたので、アナウンス試験は面接の練習のつもりでした。試験のときも「記念受験です!」と隠さず言いました(笑)。そしたら受かってしまいまして。
三吉 そうなんですね(笑)。きっとものすごい倍率だったと想像しますが、何が決め手になったと思われますか?
林 少し変わった人間の採用にテレビ東京がチャレンジした年だったのだと思います。そのピンポイントの年に自分が当たったんでしょうね。
三吉 などとおっしゃいますが、アナウンサーとしてニュース番組やスポーツ実況、バラエティ番組など、様々なフィールドで活躍されました。そうした方がプロデューサーに転身するケースはめずらしいのではないでしょうか。
林 プロデューサーへの転身は少ないかもしれませんが、広報などへの転身はよくありますし、むしろアナウンサーのままでキャリアを終える人は意外に少ないんです。

三吉 そうなんですね。でも転身することに不安はなかったですか?
林 異なる分野への挑戦ですからリスクもありましたが、もともとが商社志望で事業を手がけたいという思いを持っていました。しかも異動先がライブハウスの立ち上げと運営に携わる部署でしたので、音楽好きということもあって希望を持って飛び込みました。
三吉 ライブハウスというのは、2020年、池袋に開館したイベント複合施設「Mixalive(ミクサライブ)TOKYO」のことですね。
林 はい。
三吉 音楽ライブだけでなく、マンガやアニメとミュージカルが融合した2.5次元演劇や、お笑い、トークショーなど、多彩なコンテンツの発信拠点です。どういう発想から生まれた施設なのでしょう?
林 テレビ東京のほか、講談社、キングレコード、ブシロードなど、いわゆるIP(Intellectual Property / 知的財産)を持つ複数の企業が、これからの時代は、テレビ媒体、紙媒体、グッズといった旧来のタッチポイント以外のところで人々と接する場を持つことが重要だという共通認識のもと、池袋の街と連携して誕生させた施設です。
三吉 林さんはMixalive TOKYOで発信するコンテンツ制作にも携わっているそうですね。具体的にどのようなコンテンツを?
林 最初に担当したのは、お笑い芸人さまぁ〜ずのトークライブを毎月開催し、同時にネットでライブ配信もする企画です。ところが、施設がオープンしたタイミングで新型コロナの感染拡大が起こりました。その中で集客して収益を上げなければならないわけで、今思い返しても地獄のような日々でした(苦笑)
三吉 コロナ禍がいちばんひどかったときは、リアルイベントが軒並み中止になりましたからね。
林 さまぁ~ずさんは人気芸人なので、生で見たいという方はたくさんいるんです。ただ、実際にライブを開催できるかどうか、施設運営に参画する各社をはじめ、施設のオーナー、豊島区など、各方面の意向を確認・調整する必要がありました。開催となった場合は、入客数をどのくらい制限するべきか、マスク着用のルールをどうするか、アクリル板をどう仕立てるのか、検査キットをスタッフのどこまで配るかなど、日々刻々と状況が変わる中で調整する必要もありました。
三吉 伺っているだけでも大変そうです。
林 ただ、コンテンツをネット配信で見るという文化がこれだけ広まったのは、間違いなくコロナ禍があったからです。地方に住む方や、子育てで忙しい方、病気や身体的な理由でなかなか外出できない方なども、ライブ会場の雰囲気をリアルタイムで共有できるのがネット配信の強みで、そうした新しいコンテンツのあり方を見出すことができたのは一つの気付きでした。
ARCHを舞台とした大企業の試行錯誤を番組に
三吉 「巨大企業の日本改革3.0『生きづらいです2021』〜大きな会社と大きな会社とテレ東と〜」の立ち上げの経緯も伺いたいです。番組ではambieやSPACECOOLなどWiLとおつき合いのある企業の新規事業も多く取り上げられ、注目度の高まりが事業拡大の一つの弾みになったと感じています。
林 番組のいちばんのテーマとして、大きな時代の流れである“共創”がありました。その最先端の場であるARCHで大企業の共創を取材していく中で、世の中にリリースされて脚光を浴びるプロダクトがある一方で、成果に至らなかった試行錯誤が無数にあることが分かり、そこにフォーカスしたコンテンツが一つの価値になるのではないか、というのが番組の出発点でした。
三吉 取材する側にとっては、明快な成果があった方がフォーカスしやすいはずです。そういう意味で、取材の際に気をつけていたことはありますか?

林 確かにマネタイズや新製品などポジティブな成果は取り上げやすいですし、あるいは失敗談でも笑えるような話題に落とし込む方法もあります。しかし、ARCHで行われている共創のテーマはいずれも社会課題の解決であり、人々が日々の生活の中で感じている「負」の解消を目的としています。それに対して企業がどう真摯にアプローチしているのか、事実をありのまま、公平な視点で伝えることを心がけていました。
三吉 社会課題の解決に向けての試行錯誤をストーリーとして伝えていくという……
林 その通りです。タイトルにある「生きづらいです」という言葉も含めて、多くの社会課題が噴出したコロナ禍の時代に正面から向き合った番組でした。
三吉 昨年の秋から「ニッポン!こんな未来があるなんて 〜巨大企業の変革プロジェクト〜」というタイトルに変わりましたが、生きづらくなくなったからでしょうか。
林 感覚的にそれはあって、企業の担当者を取材していても、いきいきとした表情や前向きな話が増えているんです。MCの加藤浩次さんも「そろそろ“生きづらい”から脱していいんじゃない?」とおっしゃって。結果的に真逆の意味のタイトルにリニューアルすることになりました。
三吉 「経済リアリティSHOW」と打ち出しているのも面白いなと思いました。
林 ありがとうございます。そこは大きなポイントで、番組は大企業アルアルの悩みや内情までをすべてリアルに描くことをコンセプトにしていますので、事業のど真ん中で試行錯誤している事業担当者に直接話を聞きます。台本は作り込まず、「社内の調整は難しくなかったですか?」「上司に止められませんでしたか?」など、会社にとっては言いづらいことも加藤さんがズバズバ聞いていく。赤裸々に語っていただいたときの表情を捉えていく。そこから見えてくる企業のカラーや姿勢をリアルにお届けしたいと思っています。
三吉 これまでの取材の中で、どんな表情が印象に残っていますか?
林 たくさんあり過ぎて(笑)。分かりやすいのは、ギュッと目をつむってしまったり、思わず上司と顔を見合わせたり……。アナウンサー時代に多くのインタビューをしてきたので分かるのですが、「事業が上手くいっていないのかな」とか「しっかり共創できているんだな」とか、手の動きや足の組み方などからも得られる情報はたくさんあるんです。聞き手の加藤さんがお笑い芸人であり、経済番組の担当を長年されているので、笑いの中で「実際はどうなの?」と本音を聞き出しつつ、ビジネスの核心を突いていくという、絶妙な引き出し方をしてくださることも大きいと思います。
三吉 そうした表情はプレスリリースの文字情報では読み取れませんし、インタビュー動画でもカットの対象でしょう。きちんと時間をかけて表情を捉えるところに番組としての価値を感じます。
林 実際、1社を取り上げる時間が長いですし、ピッチイベントは約30分の意見交換をほぼノーカットで伝えています。

三吉 先ほどアナウンサーとしての観察眼について語ってくださいましたが、どうしたらそれが身につくのでしょう?
林 私の場合はプロデューサーになってから気づけたことが多いです。「アナウンサーのときは、相手がこういう表情をしたら、自分はこういう反応をして話を引き出していたな」と客観的に考えるようになるんです。また、アナウンサー時代は「話を引き出したら、あとは制作スタッフにお任せ」でしたが、今は制作も担っている。そこで養われるものがあるんじゃないかと思っています。
三吉 パーツだけでなく、広い視野で全体を見渡すようになったと。
林 そうです。「全部自分でやる」というのは今まさに挑戦していることで、一気通貫で携われるプロジェクトに積極的に取り組んでいきたいです。
三吉 「全部」というと?
林 企画・立案して、企業に提案してスポンサー契約を取り付け、番組の構成案を書き、構成案を制作の現場につないで自分も撮影に携わり、精査をクリアして放送に持っていく。場合によっては自分も出演する。放送後もプロジェクトの責任者として事業を発展させていく。その全部です。
三吉 関わる人の数がものすごいことになりそうです。でも、Mixalive TOKYOの立ち上げの際も関係各社や自治体やお客さんとの間でありとあらゆる調整にあたられたわけで、その調整能力を遺憾なく発揮される様子が想像できます。
林 ありがとうございます。

graphic recording by Karuna Miyoshi
日本各地の地方創生プロジェクトを始動
三吉 林さんがプロジェクトマネージャーを務める「田村淳のTaMaRiBa」の活動についてもご紹介いただけますか。
林 テレビ東京と日本IBMがタッグを組んで進めているコミュニティプロジェクトで、様々な企業と連携し、「一過性ではない、短期間ではない、より具体的な」地方創生プロジェクトに取り組み、そのプロセスをネット配信と地上波を組み合わせて追いかけています。
三吉 「東京からいちばん遠いまち」をアピールする島根県江津市の地方創生を目的としたTaMaRiBa江津プロジェクトは、「2024年度 プラチナ構想ネットワーク プラチナチャレンジング賞」と「令和6年度 地方創生応援税制(企業版ふるさと納税)に係る大臣表彰」を受賞しました。番組はどのような経緯で始まったのでしょう?
林 前身はMixalive TOKYOの立ち上げとともに始動したプロジェクトで、当初は池袋を拠点に、豊島区や地元の企業と一緒にMixalive TOKYOで展開するコンテンツを盛り上げていこうという主旨でした。ところがコロナ禍によって取り上げるコンテンツがない事態となりました。そこで、池袋の企業や日本各地の人々との共創にフォーカスしたプロジェクトへとアップデートしていきました。

三吉 テレビ局と企業が「組む」という発想に新しさを感じます。その意義をどう感じていますか?
林 確かにこれまでは、企業がスポンサーとしてテレビ番組に出稿したり、テレビ局が企業の活動や商品を取り上げたりという関係性が主流でした。しかしこのプロジェクトは、「共創の価値」をテレビというプラットフォームを使って拡大していく可能性を、日本IBMとテレビ東京の両社が共有して実現させたものです。
三吉 既存のコンテンツを取材しに行くのではなく、共創事業を通して取材対象となり得る魅力的なコンテンツを生み出していく。いわばコンテンツの自給自足で、自分たちが目指す成果がより実現しやすくなる気がします。
林 中でもプロジェクトマネージャーを務めた長野県伊那市の地方創生プロジェクトでの経験は大きかったですね。
三吉 「伊那の日本酒プロジェクト」ですね。
林 そうです。コロナ禍による観光客減やお祭りの中止で日本酒の需要が減ってしまった伊那市のお悩みを受け、伊那市役所や、伊那の酒蔵各社、さらには立教大学、養老乃瀧、東洋製罐などの企業とともに、日本酒缶の商品開発や日本酒イベントを実現させ、そのプロセスを自分も番組に出演して伝えました。プロジェクトの肝は何か、番組のピークはどこか、誰にフォーカスするのか、アナウンサーとプロデューサーの両方の立場が分かるので、とてもやりやすく手応えがありました。
三吉 つまりパーツとしての役割と、全体を見渡す役割と。
林 制作の現場に寄りすぎても、セールス担当やスポンサーに寄りすぎても番組の中立性は保てません。そのバランスを取る人間が双方の立場をどれだけ理解しているか、ということです。
三吉 中立性というのは、とても難しいことではないでしょうか。
林 難しいですが、様々な立場の人たちと健全な議論を闘わせることでバランスを取っていくことが重要で、自分たちのチームはそれができていると思います。
夢は、テレビ東京、地方、企業などが連携しての酒蔵経営
三吉 取材の対象でもあるARCHを林さんご自身はどのように活用していますか?

林 先ほど触れた島根県江津市のTaMaRiBa江津プロジェクトでは、クラブツーリズムと共にARCHの入居企業と江津市の方々とを結び、江津市の公園のリブランディングなどについてアイデアを交換。そこで出たアイデアが実装に至りました。また、私個人のアイデアをARCHでプレゼンしたり壁打ちさせてもらったりもしています。他企業の新規事業担当者とプライベートのおつき合いも増えました。お酒を飲みながら話す中で刺激を受けることがたくさんあり、単に取材者と取材対象という関係ではそういう機会は得られなかったと思います。ARCHに出入りする方々は何かと突出した方々なので(笑)、自分が超えたいと思うラインが底上げされます。
三吉 今後はどんなことにチャレンジしたいですか?
林 TaMaRiBa江津プロジェクトは今後も関わっていきたいのですが、個人的に挑戦したい領域は酒蔵の経営です。経営が厳しい酒蔵の事業を承継してテレビ東京として運営できたらと夢見ているんです。テレビ局の従来の仕事は、事象を追いかけて視聴者にお見せすることでした。しかし時代が変わる中で、他企業やスタートアップとの共創を図りながら新規事業開拓に乗り出すことが重要では、と考えています。番組プロジェクトを通じてならより具体的なことができる気がしていて、様々な地域の重要なコンテンツである日本酒をテーマにそれができないかと夢見ています。
三吉 林さんは国際哳酒師の資格を持っているそうですが、それも生きてきそうですね。
林 そう思います。TaMaRiBaの新たなプロジェクトとして、山口県岩国市のインバウンド誘客プロジェクトも始動しました。「世界でいちばん、外国人が日本酒を学べる町」をコンセプトに、岩国市、岩国の5つの酒蔵、4つの大学、ANAやGodivaなど企業各社と連携しながら、商品やイベントを企画し、そのプロセスを配信し、国際交流の促進や観光消費の拡大を目指しています。WiLさんも一緒にやりませんか?(笑)
三吉 確かに日本酒はツーリズムも担えるコンテンツですよね。
林 世界的にお酒を飲まない人が増えて、日本酒も需要が減って困っている酒蔵がたくさんあるんです。でも大事な日本の文化ですし、コミュニケーションを円滑にしてくれますし、何よりおいしい。日本の伝統的な酒造りがユネスコの無形文化遺産に登録される見通しになったこともあり、絶好のタイミングだと思っていて。テレビ局員が番組の中で起業してスケールさせて地方を盛り上げていくという、今まで誰もやったことがないことにチャレンジしたいです!
三吉 応援しています! 貴重なお話をありがとうございました。

三吉香留菜|Karuna Miyoshi
東京大学法学部卒業後、ベイン・アンド・カンパニーにて戦略コンサルティング業務に従事。中期経営計画・M&A戦略策定/DD、ポートフォリオ変革支援など全社戦略の策定・伴走を行う。2022年にWiLへ参画し、東京オフィスLP Relation担当Directorとして大企業の変革・イノベーション創出支援を行う。グラフィック化スキルを活かし、大企業向けワークショップのビジュアライズも担当。

ARCHは、世界で初めて、大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとする組織に特化して構想されたインキュベーションセンターです。豊富なリソースやネットワークを持つ大企業ならではの可能性と課題にフォーカスし、ハードとソフトの両面から、事業創出をサポート。国際新都心・グローバルビジネスセンターとして開発が進む虎ノ門ヒルズから、様々な産業分野の多様なプレーヤーが交差する架け橋として、日本ならではのイノベーション創出モデルを提案します。場所 東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー4階
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