大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとして虎ノ門ヒルズにて始動したインキュベーションセンター「ARCH(アーチ)」。企画運営は虎ノ門ヒルズエリアにおいてグローバルビジネスセンターの形成を目指す森ビルが行い、米国シリコンバレーを本拠地とするWiLがベンチャーキャピタルの知見をもって参画している。WiLの三吉香留菜氏が、アイシンの土井久明氏を迎え、同社の取り組みについて伺います。
TEXT BY Kazuko Takahashi
PHOTO BY Koichi Tanoue
根っからのクルマ好きが人事畑へ
三吉 アイシンは、アイシン精機とアイシン・エィ・ダブリュが経営統合した2021年を機に新たなスタートを切りました。まず御社の事業概要についてご紹介いただけますか?
土井 アイシンは自動車部品のグローバルサプライヤーです。eAxle(EV車の駆動システム)、HVトランスミッション、回生協調ブレーキなど、脱酸素社会に貢献し、クルマの「走る・曲がる・止まる」を支える商品から、パワースライドドア、パワーバックドア、カーナビといった皆さんがよく目にする商品まで、様々な自動車部品を開発・製造しています。
三吉 前身のアイシン精機の創業は1965年にさかのぼります。これまで自動車部品以外にも、住生活関連製品や福祉用品なども展開されていますね。
土井 はい。家庭用ミシン、ベッド、自動で日射を制御するシャッター、電動車椅子、エネファーム(家庭用燃料電池)、色素増感太陽電池、レーシック手術などに使うフェムト秒ファイバーレーザー、YY Probe(リアルタイム音声認識アプリ)、ユニークなところでは、カツオ一本釣り機、足裏マッサージ機と、多種多様な商品を展開しています。
三吉 そうした様々な技術やリソースをお持ちの御社が、2015年にイノベーションセンターを開設されました。
土井 イノベーションセンターは、コア技術とビジネスアイデアをもとにスピーディーに新規ビジネスにトライし、ビジネスを通した社会課題の解決を目指すべく設立されました。既存事業と新規事業それぞれに新たな価値の創出に注力していますが、新規ビジネスの方向性に絞ってお話しますと、社外との連携を強化しながら、モビリティ、エネルギー、生活環境の3領域に注力しています。
三吉 土井さんがイノベーションセンターの配属になったのは?
土井 一昨年の1月です。現在は世界最小の水粒子「AIR(アイル)」を活用した新ビジネスに挑戦しています。
三吉 新ビジネスの具体的なお話を伺う前に、土井さんのこれまでのキャリアについてお聞きしてもよろしいでしょうか。というのも、何度か転職をされているんですよね。
土井 私は静岡県浜松市の出身で、新卒で入社したのは地元浜松に本社のあるエンケイです。同社は世界最高峰のF1マシンにもホイールを提供しているアルミホイールのメーカーで、憧れて入社しました。幼少の頃にスーパーカーブームを経験し、大学時代は自動車部に所属したほどのクルマ好きなんです。同社では鋳造作業に1年、アフターマーケット営業に1年ほど携わり、いずれも貴重な経験をさせていただきました。ただ、なまじクルマが大好きなゆえに、ジレンマに陥りまして……
三吉 ……と言いますと?
土井 仕事にしてしまうと純粋に趣味としてクルマを楽しめなくなってしまいそうだなと。そこで思いきって手に職を付けようと、週末、専門学校に通い社会保険労務士の資格取得に向けた勉強をしながら、人にかかわる仕事にも興味があったので、人事部で働けたらと考えたのです。ただ、社内での転属がなかなか難しい状況だったので、ソニーの生産事業所であるソニー・ブロードキャスト・プロダクツ(現・ソニーグローバルマニュファクチャリング&オペレーションズ)の人事課に転職しました。
三吉 「今後は人事畑で働く」と強い意志を持って挑戦されたところがすごいと思います。
土井 ありがとうございます。同社に転職した1998年頃、ソニーは「Re Generation」(第二創業)を掲げ、全社を挙げて構造改革を進めている時期でした。人事も従来の年功序列型から変わる必要があるということで、人事制度改定とシステム構築に携わりました。
三吉 従来の制度を変える仕事というのは、心理的に大変なこともあったのではないでしょうか。
土井 そうですね。ただ、若くても成果を出せば見合った報酬が得られるというのはフェアなことで、必要な改革だと思っていました。また、2000年には、ビジネス環境の急激な変化に即応する為、国内生産体制を抜本的に変革・強化すべく、複数ある生産事業所を統合することになり、統合に伴う制度・システム統一にも携わりました。
三吉 複数社の合併みたいなものですよね。
土井 日本国内の13の生産事業所が、2001年に統合されました。
三吉 そんなにたくさん!
土井 苦労もありましたが、他の事業所の担当者たちと会って話す機会が増えたのはとても良かったですし、やりがいがのある仕事でした。
本社系の人事にチャレンジするため、アイシンへ
三吉 ソニー・ブロードキャスト・プロダクツの生産事業所には何年くらい?
土井 約8年です。日本のエレクトロニクス分野が停滞し始めていたことと、キャリアを生かして本社系の人事に挑戦したいという思いから、2006年にアイシン精機(現・アイシン)に転職しました。入社してから7年間は、要員採用計画、若手育成ローテーション、幹部人材の配置、サクセッションプラン(重要なポジションの後継者を育成する施策)、グローバル人材育成、グローバルグレーディング制(海外子会社を含む全世界の経営幹部・管理職の序列を世界統一の基準で評価し、等級分けをする仕組み)の企画・提案などに携わってきました。
三吉 生産事業所の人事と本社の人事を比べてみて、どのような違いがあると感じましたか?
土井 事業所の人事では、ある程度本社から道筋が示されたものを現場ですり合わせ、導入や運用の仕組みを考えていました。一方本社の人事は、すべて自分たちで企画していく必要があります。
三吉 本社の人事は責任も影響力も大きいと思います。特に若手の育成やグローバル人材育成などは責任重大です。
土井 適材適所の採用・配置はもちろんのこと、若手が早いうちから海外経験できるような制度を構築したり、現地語の習得や現地の人々との交流が進むような駐在プランを企画したり。
三吉 とても重要なポイントだと思います。WiLのシリコンバレオーオフィスでは複数の日本企業から駐在員を受け入れているのですが、その方々が地元の起業家・投資家コミュニティに溶け込めるように、スタートアップの情報が集まるパーティーを紹介したり、WiL主催のイベントにご参加いただいたりしています。地元のパパ友やママ友のコミュニティーもそうですが、いかに社内の人間関係だけに閉じこもらないかということが大事なんですよね。
土井 ええ、そう思います。
三吉 2006年から人事で7年活躍されて、そのあとは?
土井 青天の霹靂で、経営企画に異動となりました。折しも事業再編の真っ只中で、世界で戦える真の競争力を身につけるため、当時、世界に約180あるアイシングループ各社の専門性を結集し、会社の枠を超え事業軸で総合力を発揮できる新たなグループ連携体制を構築していこうという時期でした。
三吉 組織変革において人事は必須の課題ですし、土井さんは複数の生産事業所の統合にもかかわりました。そのご経験を大いに活かせたのではないでしょうか。
土井 経営企画では、アイシングループの事業再編や経営統合、カンパニー制の導入、2021年のアイシン設立に至るまで、様々な案件にかかわりました。組織というのはあくまでも形で、第一義はそこで働く人たちが、志・意欲をもって挑戦できるステージを用意する事です。そういう意味ではそれまでの経験を活かした企画や提案ができたのかなと思います。
三吉 生産事業所の人事、本社の人事、経営企画と、勉強しなければいけないことが次々とあったと思います。新しいことに挑戦していくモチベーションをどうやって保っているのですか?
土井 常に好奇心を持ってやりがいを見つけています。やり遂げれば人事制度などの形として残るので、それも一つのやりがいです。また、自分一人で解決しようとせず、知識や経験が豊富な人から謙虚に学び、協力を仰ぐことも大事だと思っています。
三吉 私も知りたいことがあるとすぐにスタートアップ投資チームのメンバーに「この分野に秀でたスタートアップを知りませんか?」などと投げかけます。もちろん自分が何か聞かれたらお答えします。チーム全体でパフォーマンスを出すためにはそうした循環が不可欠だと日々実感しているので、とても共感します。
土井 人事はそれぞれカルチャーの違う部署の状況を把握しながら個々人とコミュニケーションしていく仕事なので、その経験が大きいかもしれません。
三吉 日本の大企業の中には「隣の部署と話をしたことがない」というところもあると聞きます。
土井 アイシンは自由な発想で新しいことに挑戦する風土がある面白い会社です。社内の風通しも良く、部署ごとに壁で仕切られていないんです。だから他の部署を一望できて、わからないことがあったら聞きに行きやすい。昔から続くいい社風だと思います。
理容・美容分野への活用から始まった超微細水粒子「AIR」
三吉 経営企画の仕事を経て新規事業開発に?
土井 時系列的には、経営企画に移って3年、社長随行秘書を2年、経営企画に戻って3年、その後、新規事業開発です。
三吉 社長秘書というのも青天の霹靂だったのでは?
土井 「なぜ自分が?」と思いました(笑)。伊原保守新社長(2019年退任)就任のタイミングで随行秘書4人のうちの1人に指名されたのです。4人交替で社長に随行し、随行しない間は政策秘書的な業務に従事しました。具体的には、各方面へのトップメッセージの発信、会談先の事前情報の整理、訪問する国内外の拠点の課題の抽出、各種イベント対応などです。
三吉 社長の目線にならざるを得ない環境ですから、得られるものも多かったのではないでしょうか。
土井 経営においていちばん重要なのは意志決定であることを伊原さんから学びました。情報が出尽くしてから意志決定をするのでは遅いので、ある段階で方向性を示さなくてはならない。その胆力がないと社長は務まらないのだなと。他にも勉強になることばかりでしたね。
三吉 新規事業開発への異動はどのような経緯で?
土井 アイシンには部署ごとに人材を募集する社内公募制度があり、事業開発が進んでいたAIRのプロジェクトの人材公募に手を挙げました。自分に不足していた事業部の経験を積みたいと考えたのです。
三吉 AIRについてご紹介いただけますか?
土井 冒頭でお話した通り、アイシンはミシンやベッドなどの生活産業も手掛けてきました。その一つであるベッド事業において、寝室空間の課題であった喉の渇きや肌の乾燥に着目した湿度調整システムを研究開発していました。ベッド事業はその後撤退が決まりましたが、開発したコア技術を活かしたビジネス探索を新規事業として行うことになったのです。そしてこのコア技術と自動車やオートバイの排ガス処理に使われているカートリッジの技術を組み合わせることにより、空気中の水分子を超微細水粒子に変換して放出する技術が誕生。この水粒子を「AIR(アイル)」と名付けました。
三吉 湿度調整の技術と、自動車やオートバイの排ガス処理に使われているカートリッジの技術、全く関係なさそうな2つを掛け合わせたところが面白いですね。
土井 そもそも自動車部品は技術の掛け合わせでできていますから、当社の得意分野と言えるのです。AIRの水粒子は、水蒸気の約1/600という小ささ。空気中の水蒸気をカートリッジを通じてAIRに変換するので、加湿器のように給水の必要がなく、結露することもありません。研究を進める中で、このAIRに保湿効果があることも分かってきました。そこで、まず理容・美容分野で商品化を進めることになりました。
三吉 一般的な美顔器のスチームは目に見えますが、水蒸気の1/600の小ささと言うことは目に見えないということですね。
土井 見えません。見えないところが販売するうえでの難しさであると同時に、価値でもあると思っています。AIRは微細な水粒子なので生体に相性が良く、理容・美容ビジネス以外の領域への展開も考えられます。そこで、未知の技術に理解と興味を示していただいた研究者や医師の皆様と協業体制を構築し、見えない水の確かさと可能性を多角的に追究しています。
三吉 理容・美容分野の商品展開はどのように?
土井 一昨年ヘアケア用の「Hydraid(ハイドレイド)」、昨年スキンケア用の「WINDSCELL(ウィンセル)」をローンチしました。Hydraidは、カラーやトリートメントなどの薬剤浸透時間を活用し、髪の内側まで水分を浸透させ、素髪の状態が整うことで薬剤も綺麗に入るという理容機器です。髪に入り込んだ水分は定着し、柔らかさやツヤが持続し、カラーの仕上がりの質を高め長持ちさせます。
三吉 髪の染め上がりは見た目にも明確ですし、トップサロンのスタイリストの間で評判になれば拡販の可能性が広がりますね。
土井 おっしゃる通りで、すでに都内トップサロンを中心に57台を販売し、一都三県にて拡販中です。実績を重ねてブランド価値を高めていきたいと思っています。WINDSCELLは「水で肌を施術する」という新しい発想で展開しているクリニック用美容機器です。肌に塗布したビタミンCなどの美容成分の浸透をAIRがサポートすることで、保湿と導入の効果を実現し、シワ・シミの改善、炎症緩和といった肌コンディションの改善が期待できます。こちらは100を超えるクリニックから引き合いをいただき、現在7つのクリニックに採用いただいています。
三吉 先ほど研究者や医師の皆さんとの協業についてお話されましたが、目に見えない技術だからこそエビデンスや研究者のお墨付きが重要になってきますね。
土井 その通りで、微細な水粒子をどうやって計測したらいいのか、効果をどう裏付けるのか、といったことを一つひとつ検証していく必要があります。アイシンはもともと研究機関や大学と共同研究を重ねてきた会社で、例えばベッド事業も、研究者の知見を取り入れ、「眠りモニター」や「姿勢診断」といった眠りの質を数値化するシステムを開発し、様々な商品を提供してきました。つまり当社がこれまで蓄積してきたネットワークが新規事業開発における強みになっているのです。
食品、農業、バイオ、ヘルスケア、ものづくりなどの分野で新用途開発を推進
三吉 理容・美容以外の新領域におけるAIRの活用についても聞かせてください。
土井 AIR事業の可能性としては、食品(栄養価、味、食感、風味アップなど/保存性向上/フードロス低減)、農業(野菜の発育促進/収量アップ/鮮度保持)、バイオ(麹菌・乳酸菌など微生物の増殖促進・培養時間の短縮/有用物質の収量・収率向上)、ヘルスケア(除菌/ウイルスの不活化/消臭/炎症の緩和/ドラッグデリバリーシステム)、ものづくり(生産性向上/新規加工技術の創出)など、生活の様々な場面での活用が期待されており、現在ビジネスパートナーを幅広く募集し、新用途の開発を行っています。
三吉 商品化が視野に入っているものもあるのでしょうか。
土井 あります。AIRによる麹菌培養を共同研究している静岡大学、伝統製法で天然乳酸発酵茶を製造している静岡県の長峰製茶とタッグを組み、さわやかな酸味と柑橘系の香りが特徴の“アタラシイ飲料”を開発しています。茶葉の発酵工程にAIRを活用することで、乳酸発酵が促進され、果実のような華やかな香りと、すっきりとした味わい、シャンパンのような色合いになるのです。
三吉 食事の際に、お酒は控えたいけれど甘いジュースはいやだし、ただのお茶だと物足りないし、ノンアルコールビールという気分でもないし……という時によさそうですね。飲んでみたいです。
土井 ええ、ぜひ。「TEA WINE」という商品名で来春にMakuakeクラウドファンディングサービスにて限定先行販売する予定です。
三吉 理容・美容、食品、農業、バイオ、ヘルスケア、ものづくりと、AIRの用途は驚くほど幅広いですね。その中から何をスケールさせるかというところが悩みどころだと思うのですが、どのように優先順位をつけていますか?
土井 課題に対して効果の価値が大きいものを優先しています。例えば発酵に関して言うと、お茶だけでなく、お酒、味噌、醤油など、様々な発酵食品あります。その製造工程における課題に対してAIRを活用することで、どれだけの大きな効果が得られるか。そうした視点で優先順位をつけながら取り組んでいます。
いずれの開発においても我々のテーマは、「誰もが心身ともに健康で快適に暮らせる明るい社会の実現に貢献すること」。例えば美容領域では、体の外側から肌のお悩み解消に貢献する。食品領域では、体の内側から健康増進を支援する。より生き生きと豊かな人生が送れるような何かをAIRを通じて提案していきたいです。
ARCHを通じて協業先を探索。AIRをさらなる高みへ
三吉 AIRの可能性を広げていくうえで、協業先の探索や外部の情報収集は必須です。ARCHへの参画はそうした目的から?
土井 おっしゃる通りです。協業によってどのような新しい価値を提供できるかの仮説を立て、ARCH、アクセラレーター/VCのPlug and Play JAPAN、大学や研究機関からの紹介など、多角的に協業先を探索しています。この1年半の間にアプローチした企業は37社。現在10社と秘密保持契約を結んだうえで、バイオ・食品・工業といった領域で協業しながら新用途開発を進めています。なお10社のうち4社はARCH会員企業です。
三吉 ARCHを活用してみていかがですか?
土井 AIRに興味を持ってくださる企業から声をかけていただいたり、ランチ会を通じてAIRをアピールさせていただいたり、気軽に声をかけられるコワーキングスペースでアプローチを重ねたりと、様々に活用しています。本社のある愛知県ではそこまでのつながりを得ることは難しく、大変貴重でありがたい場です。また、外部人材の活用法や、コンサルの評判など、社内では得がたい情報に触れる場にもなっています。外部のアクセラレーターの活用に関しては、会員企業3社から苦労も含めた具体的なお話を伺うことができ、大変参考になりました。
三吉 ARCHがいわば“出島”のような役割を果たしているのですね。昨年(2023年)2月には、ARCH事務局主催で、愛知県の「イオン常滑」にてARCH会員9社19名が参加しての「ARCH遠足」が行われたと伺っています。
土井 当社は、広い商業空間内の移動などに活躍する小型モビリティ「ILY-Ai」や、人手不足対策に貢献する食事運搬ロボットの実証実験をイオン常滑で実施するなどしていました。その様子を参加企業の皆様に見ていただきました。普段ARCHで行うディスカッションとは異なり、実際に視察・試乗していただきながら感想や活用イメージを伺うことができ、良い刺激になりました。
三吉 実際の現場での企業間交流は非常に有意義だと思います。
土井 もう一つ有意義な企業間交流として、セブン&アイ・ホールディングス様からお声がけをいただき、同社の新規事業「オンライン越境学習」に当社の若手メンバーが参加しました。普段触れることがない社会的養護出身者の生の声を聞き、困りごとに向き合い、仮説検証しながら独自の解決策を考え抜く良い機会をいただきました。また、事業立ち上げ時の苦労話なども伺うことができ、「誰のためなのか? 失敗の数だけ成功に近づく、結果は後から(まずは人間として正しいか否か)」など、企業内で新規事業を立ち上げる難しさについても学びを得ることができました。
三吉 土井さんは企業間交流の先頭に立って外部とつながっています。先ほどの人事のお話の中で「他の事業所の担当者たちと話す機会が増えたのはとても良かった」とおっしゃっていましたが、会社の枠を超えて外部の人と意見をすり合わせてこられたご経験と今のご活動の共通性を感じます。
土井 そうですね。思えば経営企画も社長秘書も各部署に足を運んで調整したり巻き込んだりする仕事で、今はそれを社外の人たちとやっている感じです。すべての経験が今につながっていると思います。
三吉 アイシンは2030年度に向けた新たな経営ビジョンを策定しました。その内容と、新規事業の今後の展望は?
土井 ここ数年、クルマの電動化や自動運転の進化など、次世代技術の開発が急速に進んでおり、異業界からの新規参入も相次いでいます。そうした中、アイシンは「“移動”に感動を、未来に笑顔を。」という経営理念のもと、事業構造の変革を図っています。具体的には、2023〜25年を“中身”を変えて“力”をつける「フルモデルチェンジ」の変革期と位置づけ、成長領域へのリソーセスシフトを推進し、新規・次世代商品創出のスピード感を高めています。方向性としては「People(人に寄り添う)」という新たなカテゴリーを設定。モビリティ&エネルギー事業で培ったアセットを活用し、人々や社会の困りごとを解決する“課題解決型”の新事業を探索していきます。
三吉 新規事業をけん引していくうえで、どんなマインドが必要だと思いますか?
土井 商品に対する思いの強さと、困りごとを解決したいという思いの強さ、まずこの2つが大事だと思います。そしてとにかく現場に足を運ぶ。謙虚な姿勢で臨む。自画自賛ではなくメディアを含めた外部に成果を認めてもらい、社内に応援者を増やしていく。自分の場合はこうしたことを心がけています。
三吉 興味深い取り組みを様々ご紹介いただき、ありがとうございました。最後に今後の目標を聞かせてください。
土井 無限の可能性を秘めたAIRの技術を引き続き育てていきます。美容・理容領域は、現在の国内BtoBビジネスを軌道に乗せ、今後は海外やBtoCの展開も視野に入れて事業規模をスケールしていきたいと考えています。さらに美容・理容以外の領域へも可能性を広げていきます。そのための戦略的なアライアンス強化や、外部人材の積極登用などにもチャレンジし、よりスピーディーな成長を目指します。将来的には、どこにでも何にでもAIRがある世界を実現したいと思っています。
また、いずれは経営戦略に戻ることになると思うので、新規事業がより進みやすいような体制づくりにチャレンジしたいです。そして社員もその家族も幸せに成長できるような環境を整備し、アイシンのフルモデルチェンジに貢献していけたらと思っています。
三吉香留菜|Karuna Miyoshi
東京大学法学部卒業後、ベイン・アンド・カンパニーにて戦略コンサルティング業務に従事。中期経営計画・M&A戦略策定/DD、ポートフォリオ変革支援など全社戦略の策定・伴走を行う。2022年にWiLへ参画し、東京オフィスLP Relation担当Directorとして大企業の変革・イノベーション創出支援を行う。グラフィック化スキルを活かし、大企業向けワークショップのビジュアライズも担当。
SHARE