特集虎ノ門ヒルズ ステーションタワー

New Communities, New Cities

虎ノ門ヒルズのランドスケープが未来につなぐ真の豊かさとは?——「スーパーグリーン」建築家に会いに行く Vol.1

今夏、大きなニュースが飛び込んだ。〈グッドデザイン™〉アワードの「グリーン賞」に、虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー/レジデンシャルタワーが輝いたのだ。環境配慮における最高のお墨付きを、世界で最も歴史あるデザイン賞であるシカゴの〈グッドデザイン™〉賞から授与された両タワー。その外装を設計した建築家クリストフ・インゲンホーフェンとは一体どんな人物なのか? 彼が提唱する「スーパーグリーンⓇ」建築とは実際どういうものなのか? 取材班はドイツ・デュッセルドルフの自邸やオフィス、そして代表作の建築に足を運び、本人に話を聞いた。「クリストフ・インゲンホーフェンの美学」第一回目は、虎ノ門ヒルズのランドスケープの話から始まる。

PHOTO BY DANIEL SCHUMANN
TEXT BY MIKA YOSHIDA
INTERVIEW BY DAVID G. IMBER
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO
illustration by Adrian Johnson

デュッセルドルフは緑あふれる都市だ。森や林、公園に囲まれており、街なかでも鳥のさえずりが常に聞こえてくる。高い場所から街を見おろせば、実に多くの建物の屋上が緑化されている事に驚かされる。

オフィスにエアコンがない!?

インゲンホーフェン・アソシエイツのオフィス。

虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー及びレジデンシャルタワーの外装を設計したクリストフ・インゲンホーフェンは、この緑の都市を拠点に世界各地で活躍している。彼は地球の環境に包括的な取り組みを行う建物づくり「スーパーグリーンⓇ」を提唱する。単なる資源リサイクルや省エネ、排気CO2削減だけではなく、たとえば植物工学の科学者チーム等との協働を通じ、建物の内側にいる人はもちろん、建物の外部つまり町や地域、ひいては地球全体に快適な暮らしをもたらすのがこの「スーパーグリーンⓇ」という概念なのである。

建築やデザイン、写真の蔵書がオフィスのライブラリにぎっしりと並ぶ。これはその一部。

コンクリートなど、素材のライブラリ。ここ以外にも、オフィスの随所に様々な素材が置かれている。

白を基調とした穏やかで落ち着いた空間。壁には様々な国の人々を写した、ダイナミックなポートレート写真が。スイス人アーティスト、ベアト・ストレイリの作品だ。

代表作の一つがエッセンにあるRWEタワー(1997年竣工)。世界で初めてダブルスキン・ファサードを大規模に実現させた建物であり、ドイツ初のサステイナブル高層建築として知られる。今でこそ世界各地で普及しているダブルスキン・ファサードによる自然換気システムだが、インゲンホーフェンはその先駆者だ。

彼率いるインゲンホーフェン・アソシエイツのオフィスは、ライン河のウォーターフロントにある。大きなビルの1フロアを丸々占めるオフィススペースで、様々なプロジェクトが進行中だ。訪れた日は初夏の陽気。さわやかな空間で、所員たちがキビキビと働いている。「自然換気システムで温度調整されるオフィス空間、実際に体験されてどう感じられました?」とスタッフに尋ねられた時に初めて、ここにはエアコンが無いことに気づいた。なるほどサステイナブルな職場環境からこそ、グリーン建築は生み出される。それにしても、最新技術を駆使して自然の力を引き出すことで、これほど心地良い仕事環境が生まれるとは!

オフィスを構える地区<プランゲ・ミューレ>を、
みずから再開発

窓の外にはライン河。向かいには、多くのメディア企業が居を構える通称メディア・ハーバーが。

オフィスが入るビルは、プランゲ・ミューレと呼ばれる場所に建つ。1906年、ここに建造された巨大な穀物貯蔵庫・ベトンシロは当時繁栄をきわめたドイツの産業をいわば象徴する存在だった。が、第二次大戦後の産業解体と共に、ベトンシロ始めまわりの建物も荒れるに任されてしまう。

1950年代、1970年代の2度に渡っておざなりな修復が施されつつ、長年放置されていたこのインダストリアルな一帯に白羽の矢を立てたのが、インゲンホーフェンである。興味深いことに彼はこの一帯を「購入」し、1990年代から建物群のリノベーションに取りかかってきた。しかし修復・改築といっても容易ではない。ベトンシロ一つ取っても、歴史保存指定区域にあるため解体が許されないのは言うまでもなく、外見を変えるのも御法度、さらには内部工事のためにファサードをいったん「切開」することさえ認められないのだから。この厳しい条件下で、インゲンホーフェンは屋上からベトンシロを「切開」するという手段に出た。その「切り込み部分」を通じて、階段や窓などをすべて最新のものへと作りかえる。外観はレトロで美しいモダニズム建築、だが内部はハイテクを駆使したサステイナブルな職空間。現在この元・貯蔵庫には、放射線研究所や整形外科のクリニックなど、医療関係の企業や団体が入居している。

湾側から臨む。この一帯はプランゲ・ミューレと呼ばれる再開発地区で、向かって右手に見えるのがオフィスの入る建物だ。再開発を手がけているのはインゲンホーフェン事務所。 © ingenhoven associates / HGEsch

元・穀物貯蔵庫のベトンシロ。外部の螺旋階段はじめ、建造された1906年当時の外観を保ちながら、内部は最新技術を駆使したサステイナブルなオフィススペースに。

オフィスの向かいにそびえる建物もインゲンホーフェン事務所がリノベーションした。© ingenhoven associates / HGEsch

ベトンシロの向かいに建つビルには、インゲンホーフェン事務所のほかメディアやファッション、コンサルティングなど様々な企業が入居する。市内の中心から少し離れたこのウォーターフロントは、デュッセルドルフでも注目の再開発地区だ。インゲンホーフェンが設計した埠頭の複合施設ピア・ワンも、湾ごしに見える距離にある。プランゲ・ミューレやピア・ワンなどの湾に浮かぶ半島や埠頭を建築で有機的につなぎ、メディアなど新世代の産業の発信地に! それも、かつてライン川を中心に産業が栄えたデュッセルドルフの歴史を残し、未来へと継承させながら。

新しいものをただ作るのではなく、古いものをただ壊すのではない、巧みな技術や高い知見をそなえたヒューマンなリノベーションは、インゲンホーフェンの本骨頂。卓越した緑のデザインで世界的に高名な彼だが、実はオフィスを構えるプランゲ・ミューレそのものにも「スーパーグリーン」の真髄がひそんでいるのだ。

1906年のプランゲ・ミューレ。

オフィスが入居するビル。

かつては穀物の粉砕工場だった〈ベトンシロ〉。 © ingenhoven associates / HGEsch

スタッフが集うカフェテリアの壁に掲げてあるのは、虎ノ門ヒルズのビジュアルだ。

目指したのは、「人間らしい場所」をつくること

虎ノ門ヒルズ ビジネスタワーのグリーン。 © ingenhoven associates / HGEsch

さて、虎ノ門ヒルズのプロジェクトについて話を聞こう。

左から虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー、森タワー、レジデンシャルタワー。 © ingenhoven associates / HGEsch

虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー。緑が扇状に広がる。 © ingenhoven associates / HGEsch

季節ごとに植物の表情は移り変わる。 © ingenhoven associates / HGEsch

——ここ数年間はパンデミックに阻まれましたが、虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー/レジデンシャルタワーに2023年春、完成後初めて対面できたそうですね。ご感想は?

 東京で建築を設計することは、私にとって夢でした。それだけにパンデミックによって盛大なオープニングに出席できなかったのは残念でしたが、完成したタワーをくまなく巡り、記念ディナーにも参加でき、大変嬉しく思いました。

そしてやはり感激したのが、施工の質の高さです。骨身を惜しまず一丸となって最高を目指すというのは、これぞ日本の真骨頂に他なりません。そしてもう一つ、大都市・東京の中心で交通網も複雑なロケーションで、しかも多種多様な建造物に囲まれている。そんなエリアに、太陽のもとで1、2時間も読書などしてゆったりと寛げる場所が生み出された事が嬉しかったですね。「人間らしい場所」を作る、それが当初からの目標でしたから。

本プロジェクトが始まったまだ初期の頃、愛宕神社を訪れたのを覚えています。私の目から見て、この場所は何と東京らしい場所なのかと強烈な印象を抱きました。都市のど真ん中に丘があり、その上には神社が建っていて、周辺にはお寺や住宅もある。そこで考えたのが建物の中や周囲を直接つなぐ、小さな緑の回廊のようなものでした。回廊の上を抜けて中央のタワーに向かい、また次のタワーへ、プラザへ、そしてさらに町へ、というものです。実際に足を運んだ私は、「小径」が見事に実現しているのを目の当たりにし、大きな誇りを感じました。目指したものが具現化されていたのです。

——プロジェクト進行中に、貴方はこの地を何度も訪れています。ご自身の体験も反映されているのでしょうか。

 ある時、虎ノ門ヒルズ 森タワーのホテルに泊まっていたのですが、弊社のプロジェクト・マネージャー、マルティン・ロイターと森タワーの小さなガーデンに腰かけ、明るい太陽のもと時間を過ごしていました。たしか日曜でしたね。その時、必要なのはまさにこれではないか、と閃いたのです。木々、そして太陽のある場所だ、と。ここから発展させていったのですが、最終的に大変良いものが出来上がったと自負しています。

ビジネスタワーのロビー。背の高い樹木を眺めながら。 © ingenhoven associates / HGEsch

ビジネスタワーとレジデンシャルタワーにおけるグリーン部分の総緑地面積は約7,800㎡ 。2階の高さまでは樹木や低木が、それより高い部分には背丈の低い植物を。標高と風への露出という観点から選ばれた植物が植えられている。64.5%のグリーン代替率と、建築環境総合性能評価システム「CASBEE」でもカテゴリー内で最高ランクの「S」評価を達成した。

いずれのタワーも、サンシェードまたバルコニーとして機能する白い粉体塗装アルミニウムで仕上げられたデッキを特徴とし、レジデンシャル タワーの突出したデッキには植栽された緑のスペースも有している。

タワーは階段状のテラスで地上ゾーンに向かって扇状に広がっており、ストリートレベルの広場の上に公共の緑の台地がある。この台地は歩行者用に確保されており、3 つのタワーすべてを結びつけ、カフェやレストラン、ショップ、広々としたロビー、オフィス タワー内のコワーキング スペースへのアクセスを提供する。 エクササイズエリアや穏やかな噴水をゆったりと楽しむように誘うベンチも。「すべてが猛スピードで動く世界有数の都市・東京にあって、いくつもの心落ち着くゾーンによるバランスを提供する場所なのです」とインゲンホーフェン・アソシエイツは解説する。

「ギブバック」の精神

虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー。 © ingenhoven associates / HGEsch

虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー/レジデンシャルタワーに「グリーン賞」を授与した〈グッドデザイン™〉アワードは、シカゴ・アテナイオン博物館が主催するデザイン賞だ。1950年に始まったというから今から73年も前になる。立ち上げたのは、建築家/教育者にしてフランク・ロイド・ライト設計〈落水荘〉の施主エドガー・カウフマンJr.、チャールズ&レイ・イームズ、エーロ・サーリネンといったモダンデザインの先駆者たち。近年設けられた「グリーン賞」は、先進的な作品や提案、コンセプトを通じサステイナブルな地球環境と人類の健康に貢献する個人や団体に対して与えられる。

虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワー。 © ingenhoven associates / HGEsch

——虎ノ門ヒルズ 森タワーをはじめ、シドニーで設計されたオーストラリア初のサステイナブル高層建築〈1ブライ〉(2011年竣工)の巨大な階段や、〈デュッセルドルフ大学経営学部棟〉(2010年竣工)のテラスなど、貴方の建築では、自然や外界を人々に心地良く享受させる、美しくデザインされたパブリックスペースが常に印象に残ります。

 私たちの事務所では「ギブバック(give back)する」という言い方をします。森だとか農地だとか、元々何かがあった場所に建物を建てるわけですが、代わりに私たちは建築家として何かをお返ししたい。プラザか大階段か、屋上庭園、植生もしくは生き物でも(笑)。自然から生み出されるものを、人類と地球に「ギブバック」していきたいのです。

シリーズ「クリストフ・インゲンホーフェン」Vo.2では、日々の仕事や暮らし、ファミリーについて、自ら設計した自邸で語ってもらいます。

profile

クリストフ・インゲンホーフェン|Christoph Ingenhoven
1960年ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。アーヘン工科大学卒業後、ハンス・ホラインに師事。1985年よりインゲンホーフェン・アソシエイツを率いる。早くからエコロジカルでサステイナブルなデザインに注力しており、国際的な賞も多数受賞している。代表作に「シュトゥットガルト中央駅」(ドイツ)「1 Bligh」(オーストラリア)「マリーナ・ワン」(シンガポール)など。