特集虎ノ門ヒルズ ステーションタワー

COURTYARD-LIKE MARKET

トンネルを抜けるとそこは「食の中庭」だった!——〈T-MARKET〉をデザインしたワンダーウォール 片山正通に聞く

東京メトロ「虎ノ門ヒルズ駅」と直結した虎ノ門ヒルズ ステーションタワーが10月6日に開業する。改札と同じフロアの地下2階には食をメインとした27店舗が立ち並ぶ〈T-MARKET〉が誕生。デザインを手がけたのは片山正通率いる〈ワンダーウォール〉だ。いったいどんな空間になるのだろう?

TEXT BY Mari Matsubara
PORTRAIT BY MIE MORIMOTO
illustration by Adrian Johnson

東京メトロ日比谷線「虎ノ門ヒルズ駅」の改札口を抜けるとアトリウム越しに〈T-MARKET〉のアーチ状のゲートが見える。

——このプロジェクトに携わることになった時、まずどんなコンセプトを考えたのですか?

片山 オファーをいただいたのは2020年春のコロナ禍でした。経済活動も人々の動きもストップしてしまった時期に、あらためてこのスペースがどういう場所であることが望ましいか、森ビルさんと一緒に再検討したんです。単に区画の割付があり、そこに一律に飲食・物販のテナントを詰め込み、どれくらいの収益性が見込めるかという発想から入るのではなく、コロナ禍後の世界を見据え、何かもっと新しいことにチャレンジしなければと。そこで、ここにポータル・プレイスをつくるというゴールが設定されたところで、我々はデザインをはじめました。〈ワンダーウォール〉は、全体環境部(共用スペースや施設空間の床・壁・天井などのプラットフォームデザインやゾーニング)といくつかのテナントを担当しています。

都心の地下にぽっかりあいた「中庭」のような場所

片山正通|Masamichi Katayama 1966年生まれ。インテリアデザイナー。ワンダーウォール代表、武蔵野美術大学空間演出デザイン学科教授。最新作にTHE TOKYO TOILET 恵比寿公園トイレ(2020年)、奈良の1日1組の宿「翠門亭」(2022年)、建築デザインから手がけた「NOT A HOTEL EXCLUSIVE HIROO」(2023年)がある。wonder-wall.com

片山 OMA設計の、テクノロジーの力強さと近未来を感じさせるビルの足下に、あえて逆のベクトルの空間が広がったらいいんじゃないかと思ったんです。ビジネスシーンから離れてほっとひと息つける憩いの場所。目的があってもなくてもふらりと立ち寄れて、どこにたたずんでいても居心地がよい都市空間のど真ん中に突如現れる「庭」。そんな場所がここにあったら素敵だなと思ったんです。同時に、地下鉄駅の改札を抜けて初めて出逢う「街」のような存在になればと考えました。

——そのコンセプトは空間デザインに具体的にどう反映されているのですか?

片山 今回はデザインをするというよりは、ここを利用する様々な人達を想像しながらキーワードである「街」や「庭」をどう作っていくかを考えました。たとえばエントランスにはドアを設置せず、トンネルを抜ければいつの間にか〈T-MARKET〉に入っているようなアプローチにしています。

それぞれの店も碁盤目状にきっちり並ぶのではなく、店同士、あるいは店とパブリックスペースの境界線を曖昧にして、自由に回遊できるようになっています。自然発生的に街が形作られていくイメージだったので、最初から「区画」的な考え方を強く押し出したくなかったんです。また各テナントに備えられたイートイン席以外に、どの店のお客様も利用できる「共通席」が中央部に約140席あります。例えば、一人用のお籠り席もあれば二人で向かい合う席があったり、くつろげるソファシートや商談もできそうなテーブル席など、様々なシーンを受け止める席を〈T-MARKET〉のあちこちに設けています。

朝、昼、夜でムードが変わる、「時間」を味わう

ゲートは奥行き6mほどのトンネル。低く抑えた天井高のトンネルを抜けると、いつの間にか〈T-MARKET〉に入り込んでいる。

——毎日ここに来てランチをする人も、好きな席を選んで、日替わりで違う店からオーダーして楽しめるんですね。

片山 そう、使い方を限定するのではなく、この場を訪れる人が自由に選択できるようにしたかった。「ここまでがA店の領域で、ここから先はB店ですよ」ときっちり区切るのではなく、目的なく立ち寄った人が角打ちでお酒を楽しみ、マーケット内を移動しながら人と出会えたり、交流が生まれたり。それこそが「街」の醍醐味ですから。無法地帯じゃ困るけれど、いいあんばいの自由度があった方が街はおもしろいと思うんです。

片山 もう一つ、こだわっているのが「光」です。ここが中庭なら、屋外だから朝、昼、夜と1日のうちに光の変化があるはずなので、「時間」を作ることが大事だと考えました。それを体感できるよう、全体の天井照明の色や質を調整し、朝は朝らしく、昼は昼らしく。夜はこれまでの商業施設の常識では考えられないほど暗くして、LEDのテーブルランプで手元をほんのり照らす。室内に居ながら、自然な時間の流れを感じて欲しいと思いました。

同時に「音」にもこだわりました。選曲は音楽プロデューサーの松浦俊夫さんにお願いし、施設全体の音響設計は音響エンジニアのzAkさんにお願いしました。さらに、各テナントから聞こえる音楽や食事を作る音、お客さんの会話などが混じり合って自然なノイズが生まれることを期待しています。

片山 ここでは店舗ごとの営業時間がまちまちなんです。朝から営業するカフェもあれば、昼頃から開店するレストランもあり、逆に夜は早々と閉めてしまう店もある。その際も無機質なシャッターを下ろすのではなく、あえて蛇腹式の横引きシャッターにして、閉店後も店の中が見えるようにしています。ヨーロッパの街並みで見かける、あの感じです。

——お話を伺うと、店同士の境界線が曖昧だったり、パブリックスペースが広く取られていたり、自由度が高い空間ですね。それだけに個性の異なる27店舗を束ねるのは難しかったのではないでしょうか?

片山 それぞれのテナントを担当するインテリアデザイナーの方々とも話し合いながら進めているので、難しくはなかったですね。〈T-MARKET〉のコンセプトに共感してくれる良いテナントが横でつながったこともあり、開業前からイベントを行なったり、どんな街にするか話し合ったり、オープンしてからのコラボレーション企画を考えたりしていると聞きました。活気ある商店街のようですよね。

トンネルの先に広がる、ワクワクする街

店同士の境界線が曖昧で、通路が真っ直ぐではないので、探検する面白さがある。

——飲食の複合施設をデザインするのは、片山さんにとって初めてのご経験だったと思います。今、どんな期待感がありますか?

片山 虎ノ門ヒルズ ビジネスタワーにある〈虎ノ門横丁〉の成功が一つの布石になっていると思います。横丁は縦軸横軸で整然と区切られた碁盤の目スタイルで、いつ行っても賑やかで楽しい印象。一方、〈T-MARKET〉は、よりリラックスしたイメージで、様々なテンションを受け止める、より多様性の高い場所と言ったらいいでしょうか。目的があっても、なくても、なんとなくあそこにいけば快適に過ごせるというような場所になればいいなぁと。時間帯によってムードが異なり、来るたびにお気に入りのスペースが見つかり、新しい出会いがあり、ワクワクするような発見に満ちた場所になるはずです。

毎朝通りがかる人、たまにしか訪れない人、わざわざやって来る人。食事を楽しむ人、買物する人、仕事をする人。もちろんインテリアデザイナーとして関わってはいますが、最終的にいろんな人が〈T-MARKET〉を作っていく。早くこの「街」が動いている状態が見たいですね。人が集うようになって、初めて街は生き生きしてきますから。