麻布台ヒルズの“街づくり”に参加するイギリスのデザイナー、トーマス・ヘザウィック。「現代のレオナルド・ダ・ヴィンチ」とも称される超多忙の彼だが、ロンドンのスタジオでのロング・インタビューが実現。彼の創作源から最新プロジェクトまで、大いに語ってもらった。
TEXT BY Megumi Yamashita
PHOTO BY Yuki Sugiura
edit by Kazumi Yamamoto
illustration by Geoff McFetridge
子供の頃から人が作ってきた「場所」に興味を持っていました。街を歩きながら、人は何故こんなに味気ない場所ばかり作ってきたのかと思っていました。個々の建築を見ても例外はありますが、想像力に乏しい似たり寄ったりのものばかりではないかと。私はロンドン育ちですが、ここは都会でも自然を身近に感じることができます。外を歩けば土の香りが感じられるし、木や植物に癒されます。
「場所」を作るということ
そんなことで、私はいつしか「自然」と「場所」の関係について考えるようになりました。木をよく見てみてください。木はそれ自体が小規模な建築であり、複雑性を備えています。一方、人が作る建造物はこの80、90年間で細部へのこだわりをなくし、単調なデザインのものが増えています。だから「場所」も個性を失い、つまらなくなってしまったのです。
作品に植物を使うことは、大学を卒業したばかりの頃、イギリスのニューカッスルの広場のプロジェクトで最初に試みました。できる限り大きい木を広場に植えたのです。このプロジェクトでは多くのことを学びましたが、特に重要に感じたのは、かつて道路だったところが、木を植えることで人が憩える「場所」になったことでした。もちろん木には二酸化炭素を吸収するカーボンオフセット効果がありますが、当時はそうしたことなど知らずに取り組んでいました。ただ、何かきちんと意義のある「場所」を作りたかったのです。
以前、スタジオのそばに馬がいる警察署があり、そこの女性騎馬警官と話をしたことがあります。馬には人を落ち着かせる力があり、ストリート暴動のような緊迫した状況でも、騎馬警官が現れると収束に向かうそうです。馬は人間よりも大きく“生きている”もの。同じように木も大きくて“生きている”ものです。人々を包容し、安心させる力があるのでしょう。一方、近年、建物はどんどん大きく豪華になっていますが、その多くが人間にとっての適性サイズである“ヒューマンスケール”を逸脱しています。だから「場所」に対する感情的なコネクションが薄くなっているのです。
麻布台ヒルズを緑で包む
森ビルから麻布台ヒルズのプロジェクトに声をかけていただいたことは、本当に光栄なことでした。「緑に包まれ、人と人をつなぐ『広場』のような街」という全体のコンセプトは、私が追求してきたものと合致しますが、東京の中心部にどのように自然を組み込むか、ただし、どこにでもあるような特徴のない場所だけはダメだ、と肝に銘じてのぞみました。そして、プロジェクトを通して森ビルからも多くを学びました。
都市によっては、高い建物だけ、低い建物だけというように同じタイプの建物が集約されているケースがよくあります。でも東京は異なるリズムを持っていますよね。高いものがあると思えば、低いものがあり、独特のリズムがあります。高層ビルだけが集まるところには光が入りにくいですが、低層があればそこに光が入り、ヒューマンスケールのものを作ることができます。
麻布台ヒルズの場合は、まずランドスケープを計画してから3棟の超高層タワーが配置されています。また敷地にはかなりの高低差があり、この地形もランドスケープに生かされています。生活の場、働く場、ショッピングの場、ギャラリー、お寺、学校などがありますが、全体の空間のトーンと雰囲気に統一感を持たせ、シームレスなランドスケープを目指しました。
具体的にはグリッド状のトレリス(柵)やパーゴラ(つる棚)のような構造を取り入れ、そこに植物を植えるというアイデアです。低層部のルーフトップやファサードを含む敷地全体を緑化し、広場から続けて建物の上と下を歩き回ることができたら素晴らしいのではと考えたのです。屋根がある歩道もありますし、どこまでが屋内でどこからが屋外か曖昧なデザインです。果樹園やエディブル・ガーデンもあります。自然をできる限り取り込んだヒューマンスケールな場になると思います。
日本の工芸技術にもインスピレーションを受けています。それは特に細部、内部のディテールに生かされています。非常に複雑で大きな施設なので、アイデアは各所に散らばっています。20年ほど前に鹿児島の寺院からデザインの依頼を受けました。その時、日本の自然素材へのアプローチと、職人の技にとても影響を受けました。驚くべき技術です。寺院は建つことはなかったのですが、以来、いつか日本の職人たちと仕事がしたいと思っていました。それが麻布台ヒルズでようやく実現しました。日本は仕事のクオリティの高さだけでなく、仕事の早さも驚きです。他の国とはかなりの差があります。
人をつなげる「体験」をつくる
「場所」を人とつなげるには、そこでどんな「体験」ができるかを考えることも大切です。パフォーマンスや演劇の世界では、次から次にさまざまな体験をしていきます。麻布台ヒルズでもどのように異なる体験ができるかを考えました。ルーフのあるルートを歩けばそこに一つの体験があり、道を上って進めば、そこにもまた別の体験があるような。店やパビリオンの上を歩いたり、ランドスケープの中を散策しながら、考えたり、感じたり。そんな体験を提供できればと思っています。
設計にあたっては、非常に正確な三次元のコンピューターモデルを作りました。森ビルのチームと共にヴァーチャル・リアリティーを歩き回り、体験を共有しました。こうしたデザインツールによって、私たちはバーチャルであっても、そこにいる時の「感情」の疑似体験がある程度できるようになりました。ですから、リアルでもわたしたちが望んだものが表現できることを願っています。予期せぬこともあると思いますが、そういったサプライズも結果的におもしろい効果をもたらすものです。
自然が人にもたらす効果
バイオフィリア(1984年に米生物研究者エドワード・O.ウィルソンが提唱した「人は自然とのつながりを求める本能的欲求がある」という概念)のことを、最初はフェイクサイエンスぐらいに思っていました。ところが実際に学んでみると、自然と触れ合うことは、視覚に止まらず感覚や感情にも影響をもたらすことを知りました。こうしたことを通して、私は「感情」は「機能」であると考えるようになりました。ほとんどの人はそのことを忘れており、逆に感情的コネクションを感じない場所作りの方が良いとされているかのようです。私のスタジオで行なっていることは高度な機能主義ですが、「感情は機能」と捉えた上での機能主義なのです。
いくつか例を挙げてみましょう。上海で手掛けた《1000 Trees》は、巨大な複合施設のプロジェクトです。構造上、800本にも及ぶ柱が必要になるため、その柱の上部をプランターと合体させ、そこに木や植物を植えました。それらは年間何トンもの二酸化炭素を取り除き、酸素を作り出す効果がありますが、それ以前に植物は建物に人間味を与えるからです。植物は風を受けてそよぎ、建物に陰影を映し、動きを与えます。これを「グリーンウォッシュ」(見せかけの環境配慮)などと批判する人がいますが、意図の本質がわかっていないのです。温室効果ガスの排出を最小限にしたいのなら、何も作らなければいいということになります。でも、私たちは必要とされている「場所」を作っているのです。コミュニティの中心となり、長く愛される場所になるようにと。人々が建物やランドスケープにどのような反応をするか、それを各プロジェクトで観察し、常に学んでいます。
シンガポールの《EDEN Project》も、植物を多用した住居プロジェクトです。ロビーがインドアガーデンになっており、そこからエレベーターで上階へ行くデザインになっています。どの階のアパートメントもベランダガーデン付きです。三面の窓を開けると風が通り抜ける自然換気を採用しているので、エアコンをあまり必要としません。
レイチェル&スティーブン・カプランは1980年代に「注意力回復論(attention restoration theory:ART)」を提唱しました。人間は自然と触れ合うとその複雑さやリズムなどによって気持ちがリフレッシュされ、注意力が回復するというものです。自然が身近にあると早く元気になるのです。確かにそうだと思います。今、観葉植物が大人気なのも、そのためでしょう。スタジオにもかなりの数の観葉植物を置いていますが、プランター《Stem》は私たちがデザインしたものです。
ニューヨーク、マンハッタンの桟橋のプロジェクト《Little Island》についても少しお話しましょう。このプロジェクトは当初、既存の公園にパビリオンを建ててほしいという依頼でした。でも、それは本当にニューヨーカーが求めているものなのかと考えました。必要とされないものは作りたくないですから。そこで、同じ面積のものを、桟橋のように川の上に建てることを思い付きました。桟橋自体を緑豊かな公園にして、そこにパフォーマンススペースがあるものを提案したのです。
ところが政治の板挟みになり、このプロジェクトは何年も止まってしまいました。ロンドンの《Garden Bridge》もそうでしたが、特に公共性があるプロジェクトは政治が絡んできます。最終的には二人の政治家の尽力で実現が叶いました。何事も否定したり、批判して止める方が、実現するより簡単です。だから、都市には自身の政治的キャリアより、市民のウェルフェアを優先するリーダーが必要なのです。
《Little Island》は現在は植物も成長し、市民にも愛され、活き活きと輝いています。ボランティアに支えられ、女性のジャズ・フェスティバルなど、様々なプログラムが催されています。私たちはプラットフォームを作りました。そして地元の人たちががそこに命を吹き込んでいるのです。それこそ私たちの目指すところで、ほんとうに喜びを感じます。
環境に与えるインパクトを考える
イギリスでは、戦後に建てられた建物は、戦前に建てられたものに比べて取り壊される確率は2倍になっています。戦後のものの方が新しいのにです。なぜでしょうか? それは愛されていないからです。もちろん中には例外はありますが、ひどく凡庸な建物が増えてしまったことが要因でしょう。わたしたちは今、深刻な環境問題に直面しています。建築の専門家たちは温室効果ガスの排出をいかに削減するか議論を重ねていますが、物事の本質を取り違えているように見えます。人々に愛されるものでなければ、建物も取り壊される可能性が高くなり、結果として温室効果ガスも排出されるのです。
それに加えてショッピングのオンライン化で、地方都市のシティセンターは衰退を続けています。孤独が蔓延し、人々は分断されています。イギリスのノッティンガムの中心にある70年代に建てられたショッピングモールもその一つです。建て替えが決まり、取り壊しが始まっていました。ところがコロナ禍で業者が倒産し、解体工事が途中でストップしてしまった。そこでこれ以上取り壊さず、残った旧モールの骨組みを利用した緑豊かなパブリックスペースなどを提案しています。
カーボンを内包する建物を解体し、新たにゼロから建てるには膨大なエネルギーが必要で、また大量の二酸化炭素が排出されることを意味します。新しく一見カッコよく見える施設かもしれませんが、地元の人たちが本当に望んでいるものでしょうか。ショッピングも勉強もオンラインで事が足りるのに、なぜ人は店や学校に行くのでしょうか? 家で仕事ができるのに、職場に行く目的はなんですか? それは人と会うためですよね。人が集まってアイデアを交換し、気持ちを共有し、何かが生まれていく。そのためには、より人間的で、知性を備えた「場所」が必要なのです。
共感を得るモノや建築、場所とは?
“Long life, Loose fit”も私の信条です。「長い間、フレキシブルに使えるものを作る」ということです。カリフォルニアの《Google Bay View》はビャルケ・インゲルス率いるBIGと共同デザインしたプロジェクトです。Googleは20年後、30年後もここにいるとは限らないと明言していました。そのため可能な限りフレキシブルな建物をデザインしました。取り壊さずに改装しながら長く使うことができるようにと。環境への配慮という点では、地中熱を利用したヒートポンプで地面からエネルギーを取り出し、屋根全体がソーラーパネルになっています。
電気自動車《Airo》のデザインでは、単なる自動車以上のものを提案しました。このプロジェクトは公共スペース、交通手段、道路などは何のためにあるのか、改めて考える機会にもなりました。現在、世界中で10億台以上の車が使われずにただ駐車しています。その一方、都市部では生活の場が不足しています。そこで、駐車してる間は車内で食事をしたり、仕事をしたり、ゲームをしたり、寝たりもできるようなマルチ機能なデザインを考えました。ついでに走りながら他の車から出る排気ガスを吸い上げて浄化するという機能もつけてあります。
もしかすると、私は過剰なデザインをする人間だと思われているかもしれません。が、自分は人々の共感を得るモノや建築、場所を作ることにしか興味はありません。本当の課題が何かをよく考えた上で、それぞれのプロジェクトに取り組んでいます。そこまであれこれ趣向を凝らさなくてもいいという意見もあるでしょうが、やはり面白くなければ人を惹きつけられません。では、人が共感してくれるための要素とは何なのでしょうか? 建築雑誌で素晴らしく見える作品が、一般の人たちの共感を得られるわけではありません。優秀なコラボレーターたちと試行錯誤しながら、私はそれを探し続けています。
トーマス・ヘザウィック|Thomas Heatherwick
1970年、英国生まれ。へザウィック・スタジオ創設者。1994年にスタジオを設立。建築、都市計画、プロダクトデザイン、インテリアデザインといった幅広い分野で活躍。現在は200名ものスタッフから成る、固定的なスタイルを持たないデザイン集団として世界各国から注目を浴びている。〈麻布台ヒルズ〉では6ヘクタールの複合施設の低層部などのデザインを担当。
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