特集虎ノ門ヒルズ ステーションタワー

CONCEPT IN MOTION

複雑なコンセプトを、シンプルな「動き」へ——デザイナー・中村勇吾がつくるTOKYO NODEのアイデンティティ

今秋開業する虎ノ門ヒルズ ステーションタワー最上部につくられる、新たな情報発信拠点「TOKYO NODE」。人や文化の結節点(node)となることを標榜するこの施設のロゴをつくったのは、インターネット黎明期から活躍してきたウェブデザイナー/インターフェースデザイナーの中村勇吾だ。まず「動き」の検証から始まったというロゴは、いかにして生まれたのか? 森ビル新領域事業部の杉山央とともに、その道のりを辿り直しながらTOKYO NODEの可能性を考えていく。

TEXT BY Shunta Ishigami
PHOTO BY Koichi Tanoue
illustration by Adrian Johnson

杉山 虎ノ門ヒルズ ステーションタワーの高層部にオープンする「TOKYO NODE」は、森ビルが手がける新たな情報発信拠点です。約10,000㎡規模のフロアにはイベントホールやギャラリー、レストラン、屋上ガーデンなど複数の空間や機能があり、さまざまな展示やイベントを行っていくとともに、たくさんの方々と新たな文化を生み出していけたらと思っています。そんな施設のロゴを(中村)勇吾さんにつくっていただけたことは光栄でもあったのですが、初めに相談を受けたときはどう思われましたか?

中村 最初はちょっと不思議でした。ぼくは主にインタラクティブなプログラムやモーションをつくっているので、すでに存在するロゴやほかの人がこれからつくるロゴに対してモーションを考えることは多いんですが、アイデンティティをゼロからつくることはほとんどなかったんです。でも、オファーをいただいた杉山さんから打ち合わせでお話を伺うなかで、納得がいきました。

デジタルを前提とした新たなロゴの考え方

タワーの高層階に誕生する、イベントホール、ギャラリー、レストラン、屋上ガーデンなどが複合するまったく新しい情報発信拠点「TOKYO NODE」。ビジネス、アート、テクノロジー、エンターテインメントなどの領域を超え、リアルとデジタルの垣根を超えた発信ができる舞台となる。

杉山 最初の打ち合わせでは、TOKYO NODEについてご説明するとともに、どんなロゴをつくっていきたいかお話しましたね。

中村 これまでのロゴやアイデンティティは紙媒体で使われることが多く、その派生としてウェブやスマホ、映像といったオンスクリーンメディアが想定されていました。でも、今回は紙媒体中心ではなくオンスクリーンメディアやメタバース、3D空間での活用が重要な条件として指定されていたことが印象的でした。普段の生活を考えてみても、もはやぼくたちは紙よりデジタルメディアを見ている時間の方が長いですよね。当然といえば当然なのかもしれませんが、ロゴの依頼のあり方も変わっていくのだなと感じました。

杉山 実際にロゴのデザインに取り組むにあたって、最初はどんなことを考えられていましたか?

中村 実はTOKYO NODEという施設の名称やコンセプトを伺ったとき、ロゴとして表現するのが難しそうな印象を受けました。ノードとは、ネットワークのなかの結節点や交差点として現れるものです。だからノードを表現するならネットワークを表現したくなるのですが、そうするとロゴとしてはどんどん複雑な図像になっていく。ロゴやアイデンティティならばシンプルな方が好ましいので、ネットワークを表現していくと相反するものになってしまうんですよね。

杉山 たしかにネットワークを図にしようとすると要素がどんどん増えていきそうです。

中村 加えて、図像や形態としてのグラフィックはぼくの専門と少し異なっていましたし、表現としてやりつくされてしまっている印象もありました。そこで「動き」ならば新たな可能性を生み出せるんじゃないかと思ったんです。動きを記号にできるのではないか、と。

コンセプトを体現するシンプルで強い動き

杉山 動きを前提としてロゴを考えるのは中村さんらしい気がしますし、新たなロゴの考え方を提示していると思いました。実際に制作を進める上でも、早い段階から動きを考えられていたそうですね。

中村 早い時期からプログラムを書きはじめていましたね。もちろん提案では静止画も提示しますが、動きを見ながら整えていくというか。TOKYO NODEの概念をプログラム化して動きへと翻訳し、最終的に静止したロゴにしていく。

完成したロゴはシンプルながらネットワークの存在を感じさせるようなデザインとなっている。

杉山 ロゴをつくってから動かす通常のパターンとは、まったく逆のプロセスですよね。

デザインのプロセスにおいては、文字の太さや書体を変えながらさまざまなパターンが検討されていた。

プログラミングをベースに検討を進めていたため、動きのみならず文字の太さなどデザインもプログラム上で検証することがあったという。

中村 改めて見返してみると、最初のプレゼンからある程度完成形に近い考え方をとっていましたね。ある軌道上を線分が動くことをベースに、選の太さやつながり方を検証していました。文字の形は別のデザイナーの方にデザインしていただいていたのですが、当時はよく「文字をつくったらそうめんを流してみてほしい」と言っていました(笑)。頭の中で文字にそうめんを流してみて、どこかで引っかかったら綺麗な動きが生まれないからダメなんだ、と。これは引っかかる、これは引っかからない、とずっと話していました。

杉山 たしかに完成したロゴはそうめんも流れやすそうです(笑)。「動き」は勇吾さんらしさが表れる部分であり、その活動を象徴するものだと思います。勇吾さんはウェブ表現の第一人者として黎明期から活躍されていますが、最近はさまざまな場所で動きをデザインされてるな、と。

中村 昔はウェブサイトを動かしてダイナミックなインターフェースをつくろうとしていたのですが、途中から自分は「ウェブサイト」ではなく「動き」をつくりたいということに気づいたんです。必ずしもウェブにこだわる必要はないと思って、『デザインあ』という教育番組のデザインや企画、映像に関わるようになり、最近はゲームもつくりました。5月にリリースされた『HUMANITY』というゲームで、とにかく大勢の人を動かしたいという欲求からつくられたもの。何千人、何万人もの人がなめらかに動いている状態をつくりたかったんです。

『HUMANITY』は、プレイヤーが柴犬となって大量の人間をゴールへと誘導するアクションパズルゲームだ。

杉山 たしかに『HUMANITY』からは動きの気持ちよさを感じました。

中村 TOKYO NODEのロゴの動きも近いところがあるかもしれません。なんてことはないけど焚き火の炎をずっと眺めてしまうように、瞬間的な派手さではなく飽きずに見ていられることはアイデンティティとしても重要でしたから。

杉山 施設のロゴやアイデンティティって通常の広告や番組などと違って、数十年使われうるものだと思うんですが、デザインにあたってはロゴの耐用年数も考えるものなんでしょうか?

中村 昔ぼくは橋の設計に携わっていたので、土木に比べるとたしかにデジタルはものすごく短命なイメージがありますね(笑)。デジタルは新規性や先端性を担わされがちなので、永続的に存在することを前提としたデジタルクリエイティブが存在しにくいことも事実でしょう。ただ、考え方や構造原理をシンプルにしつつ飽きないものをつくりたいと思っていました。実は動きの感覚って昔からあまり変わっていないんですよね。たとえば昔のディズニーアニメの動きは今見ても魅力的ですよね。「アニメーション12の原則」と呼ばれるディズニーの手法はいまでも参照されていますし、きちんとつくられた動きの感覚は古びないものだと思っています。

空間の感覚が変わればUIも変わる

検討の段階では、ロゴマークのような形でネットワークを表現する案もつくられたという。

杉山 TOKYO NODEにはラボもありますし、ロゴにとどまらず勇吾さんとはこれからもコラボレーションの場をつくりたいです。

中村 こうした施設が「ラボ」をもつのも珍しいですよね。

杉山 森ビルだけでは新しいものを生み出す仕組みをつくれないので、専門性をもった外部の企業とチームをつくったんです。現在はテレビ局や通信キャリアをはじめとした企業が集まって、虎ノ門エリアを使ったサービスやエンタメをつくろうとしています。

中村 ラボがTOKYO NODEの大道具さんみたいな役割を果たすわけですね。TOKYO NODEでなにかつくりたい人のサポートもしてくれるというか。ぼくがTOKYO NODEでなにかやるとしたら、やはりデザインに関することかもしれません。具体的なイメージがあるわけではないですが、ぼく自身としてはすでにあるアイデアをどうすればもっと効果的に見せられるのか、どう演出していくべきなのか考えるのが好きなので、TOKYO NODEにもそんな関わり方ができるといいですね。

杉山 せっかく勇吾さんに関わっていただくなら、TOKYO NODEのUI(ユーザー・インターフェース)を考えていただきたいですね。複雑な機能をもった施設を訪れたお客様をどうやって誘導すべきなのかぼくたちも悩んでいて。実際に勇吾さんからロゴのご提案をいただいたときも、3D空間の中にロゴを落とし込むアイデアを組み込んでいただいていて、これからは施設を考える上でもVR空間のようなデジタルレイヤーを考えなければいけないのだなと思いました。

中村 VR空間をみんなが使うようになるのはまだ先のことかもしれませんが、人々の空間の捉え方は今後変わっていくと思っています。サインのつくり方も変わっていくのかな、と。たとえばこれまで施設の天井ってほとんど使われていませんでしたが、天井に目が向くような構造をつくれたらごちゃごちゃした案内サインをすべて天井に集約できるかもしれませんよね。とくにTOKYO NODEは複雑な要素をもった施設なので、ミニマルな展示を行おうしたときサインで台無しになってしまう可能性もある。スマートな解決方法を考えてみたいです。

杉山 現在はコロナ禍が終息したとも言われますが、単にコロナ禍以前のライフスタイルがそのまま戻ってくるわけではないと思っています。TOKYO NODEのような施設の体験も考えなおさなければいけなさそうです。

中村 展示の予約システムなどは広まっていますが、TOKYO NODEに根ざしたスマートな体験を生み出す仕組みがつくれたら面白いですよね。

継続的に都市へ価値を提供しつづけるためには

杉山 勇吾さんはTOKYO NODEのコンセプトを聞いて何を感じられましたか?

中村 すごく野心的だと思いました。ぼくは六本木ヒルズの森美術館や東京シティビューが好きでよく訪れているんですが、街の中の大きな複合施設に文化的拠点をつくったのって森ビルさんが最初に始めたような印象があります。その最新形がTOKYO NODEなんだなと。

杉山 TOKYO NODEは文化施設のなかでもさらに不思議な場所かもしれません。虎ノ門はグローバルビジネスセンターになろうとしているエリアですし、そこに美術館でもエンタメ施設でもビジネスの展示会場でもない場所ができるわけで。

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1/446階にあるメインホール「TOKYO NODE HALL」。皇居を臨む東京の眺望を背景に、全世界に向けた発信ができる。リアルの会場とヴァーチャル配信をハイブリッドで行うようなXR時代を想定した最新のホールとなる。
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2/4GALLERY 360度の没入感を演出できるドーム型天井の「ギャラリーA」、1,000㎡を超える大空間の「ギャラリーB」、天高12mの「ギャラリーC」など、それぞれのギャラリーの特徴を活用することでアートの展示から体験型展示まで幅広いイベントに対応することができる。
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3/4SKY GARDEN & POOL 地上250mという都内随一の高さにあるオープンエアガーデンとインフィニティプール、世界トップレベルのシェフが手がける2つのレストランを配する屋上では、ファッションショーやパーティなど様々なイベント開催が可能です。東京を見渡せる、唯一無二の環境を提供する。
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4/4TOKYO NODE LAB クリエイターとの研究・共創の場として開設されるラボ。XRライブ配信が可能なボリュメトリックスタジオを備え、新たな都市体験やコンテンツを創出するプロジェクトが計画されている。TOKYO NODEは単なる施設ではなく新しいものを生み出す「組織」であり「活動体」でもある。©Canon Inc.

中村 正体不明ですよね。ここからどんな施設に育っていくのかわからない面白さがあります。

杉山 境界から新しいものが生まれると思っているんです。既存のジャンルや概念が組み合わさる境界でこそ、新しい動きが生まれる。結節点とはまさにそんな場所です。TOKYO NODEは人と人の結節点であり、既存ジャンルの結節点であり、同時に虎ノ門という場所は交通の結節点にもなっています。

中村 建築としてもサイドビューが印象的でした。巨大な屋根裏部屋のようなイメージを抱いたんですよね。普通の家の屋根裏がなんだかよくわからない空間としてあるように、巨大施設の上に何が起きるかわからない屋根裏部屋があるというか。やはり虎ノ門はオフィスっぽいイメージが強いですが、これまで虎ノ門のイメージとはあまり結びつかなかった子どもやおじいさんおばあさんなどが、集まる様子を見てみたいですね。このプロジェクトはいつごろから始まったんですか?

杉山 虎ノ門ヒルズ ステーションタワーのプランができあがったのは7〜8年前で、その頃から高層階に自分たちで文化を生み出す場所をつくろうと考えていました。ただ、もっと漠然としたアイデアしかありませんでしたね。そこからコロナ禍を経てオフィスの価値も見直されていくなかで、人と人が交流して新たなものを生み出すことこそが都市の喜びだという根源的なコンセプトまで立ち返り、唯一無二の体験をどう生み出すか考えていくことになりました。

中村 文化施設をつくることは最初から決まっていたんですね。

杉山 不動産デベロッパーとして、課題を感じていたんです。かっこいいコンセプトを考えてピカピカの建物をつくっているだけでは、同じようなお店が増えて同じような街ができあがってしまう可能性がある。もちろん便利になるのが悪いことではないし多くの人が求めていることでもあるんですが、不動産デベロッパー自らが積極的に新しいサービスやエンタメ、体験を生み出していくべきだとぼくは思うんです。だから森ビルは森美術館のような施設を運営したりアートを街づくりに取り入れたりしてきたのですが、TOKYO NODEはその考え方をさらに拡張し、この街にしかない価値をどう生み出せるか考えています。

中村 森ビルの施設って気合を感じる部分が多い気がします。東京の都心部を精密に再現した巨大な模型を置くための謎の部屋があるとか(笑)。直接的な利益に結びつかないところにもすごい情熱を注いでいますよね。

杉山 森ビルは東京を世界一の都市にしたいと思っているので、自分たちの施設だけが発展するのではなくて、東京そのものの価値を考えていく必要があるんです。施設をつくっておしまいではなく、ぼくたちは長期にわたって都市に対して責任をもっているし、継続的に都市の価値を高められるような取り組みを続けていきたいと思っています。

profile

中村勇吾|Yugo Nakamura
ウェブデザイナー/インターフェースデザイナー/映像ディレクター。多摩美術大学教授。2004年にデザインスタジオ「tha ltd.」を設立。主な仕事に、ユニクロの一連のウェブディレクション、KDDIスマートフォン端末「INFOBAR」のUIデザイン、NHK教育番組「デザインあ」のディレクションなど。