「BMWと日本の名匠プロジェクト」第3弾として発表された「BMW X7 NISHIJIN EDITION」は日本を代表する伝統工芸品のひとつ、西陣織をBMWが誇る最上級のSAV「X7」に取り入れたものだ。美と技をつなぐこの実践は、いかなる意味をもつものなのだろうか。建築家の元木大輔氏が、伝統と革新に通底する価値の在り処を探る。
Edit & Text by Shunta Ishigami
Photo by SHINTARO YOSHIMATSU
「伝統」もかつては現在進行系の文化
「伝統」と「革新」は、しばしば対立するものと捉えられる。時間をかけて築き上げられた変わらない存在としての前者と、新たな技術や概念によって大きな変化をもたらす後者。その対立はたしからしくも思えるが、両者は本当に異なるものなのだろうか。
「いま伝統として捉えられているものも、かつては現在進行系の文化だったはずです。同時代の人々が試行錯誤を重ねて作品や概念をつくっていくなかで、その文化の頂点となる傑作ができたときに初めて形式が生まれる。千利休が茶道を確立したように、形式を引き継いでいくことで伝統が生まれるのかもしれません。傑作に向かってみんなで文化や作品を更新していくプロセスはいまとあまり変わらないし、むしろ昔の人もいまの人も同じことを考えながら作品をつくっているように思います」
そう語るのは、建築家の元木大輔氏だ。単管パイプに18金のメッキを施した家具やウレタンフォームをそのまま使ったソファなど、素材の本質を捉えながら独創的なプロダクトや空間をつくってきた元木氏は、京都の伝統的な織物である西陣織が内装に取り入れられた「BMW X7 NISHIJIN EDITION」を見て、形式ばった古いものと捉えられがちな伝統文化や伝統工芸も現在と共振しているのだと語る。
古墳時代に源流をもち平安時代から続く織物の最高峰である「西陣織」を、SAV(スポーツ・アクティビティ・ビークル)の頂点ともいえる性能をもち、ラグジュアリーを主眼に開発されたBMW「X7」と融合させたこの特別エディションは、「BMWと日本の名匠プロジェクト」第3弾としてつくられたものだ。「卿雲(けいうん)」と呼ばれる優美かつ雄大な雲の意匠を日本・京都・西陣を代表する織物の名門「加納幸」と各分野の名匠が自動車の内装へと落とし込むことで、世界でも類を見ないラグジュアリーに溢れた自動車が実現。そのクオリティの高さから、日本国内のみならず海外からも注目されている。
このプロジェクトの実践は、長い歴史のなかでつくりあげられた伝統(西陣織)と最先端のテクノロジーによる革新(X7)の融合を意味しているだけではない。元木氏が語ったように、両者は相反するものではなく、むしろつながっているものだと考えられるからだ。「BMW X7 NISHIJIN EDITION」はドイツと日本の国境を越え、分野の異なる熟練した職人たちの徹底したこだわりと技術をつなぐことで、現在から過去へ遡及するようにして伝統文化のもつ価値を更新しようとしている。
伝統工芸の価値を広げていく
「ぼく自身、かつて京都の伝統工芸のまつわるプロジェクトに参加し、西陣織の製造工程や漆・金箔の工房を回ったことがありました。西陣織の現場の技術を見て、とても手間暇のかかる伝統工芸品は日常的な消耗品ではなくハイエンドなプロダクトとしてつくられていたのだろうなと改めて実感させられましたね。西陣織と自動車というと一見異なるジャンルのものを組み合わせているように思えますが、同時代のプロダクトに最上級の技術を注ぎ込むという意味では、このX7も非常に正当なものなんじゃないでしょうか」
元木氏は歴史のなかで育まれた技術と先端的なプロダクトの組み合わせについて、誰もが実践できるものでもないと続ける。「技術の価値を知る人でなければクラフトマンシップを大切にしようとはなかなか思えませんし、文化への深い理解がなければクラフトマンシップを活かすこともできない。このラグジュアリーさが自動車のもつ魅力のひとつでもあると思いますし、BMWだからこそできることなのかなと感じました」。ひとくちに伝統や技術を守るといっても、ただ時を止めるように“保存”すればいいわけではないのだろう。クラフトマンシップを大切にすることは、つねに革新をもたらしつづけることでもあるはずだ。
元木氏自身も、オフグリッドシステムや3Dプリンティングなど多くの先端的な技術を活用したプロジェクトに携わることもある一方で、伝統的な日本家屋のリノベーションに取り組むことも少なくない。とりわけ建築やプロダクトのようにモノをつくる目線から見れば、両者に隔たりはないのだと元木氏は語る。つねに最新の技術が取り入れられながら進化していく自動車というプロダクトは、まさに両者をつなぐような存在ともいえるだろう。とりわけ今後はもっと「空間」としての自動車が新たな価値をもたらすのではないかと元木氏は続ける。
「徒歩から始まって馬、馬車、自動車、飛行機……と人間は移動手段を進化させてきましたが、自動運転のような技術が出てくることによって、移動空間のあり方も変わっていくと思っています。“移動”という目的だけに縛られるのではなく、車内の過ごし方も多様化していくはずですし、居心地がよい空間であることは当たり前になっていくでしょう。現代の自動車だっていい車になればなるほど乗り心地もよくなるし、ある種応接室のような空間として機能することもありますよね。移動手段ではなく人間が過ごす空間になっていく過程で、建築家が自動車と関わっていく機会も増えていくのかもしれません」
「BMW X7 NISHIJIN EDITION」の実践もまた、西陣織を自動車に組み込むものではなく、よりラグジュアリーでより居心地のよい空間をつくるために西陣織を活用するものといえる。それは現代のテクノロジーの発展やモビリティのあり方の変化に合わせて、伝統工芸のあり方を広げていくような試みでもあるのかもしれない。
「時間」をかけることで生まれる価値
「BMW X7 NISHIJIN EDITION」は最高峰の技術を掛け合わせることで生まれた、現代のラグジュアリーを体現するプロダクトだが、果たして「ラグジュアリー」なるモノや空間はいかにつくられるのだろうか。元木氏は「時間」や「手間暇」が重要なキーワードだと語る。
「クオリティーには2種類の側面があります。“大衆化”と“先鋭化”です。みんなに受け入れやすい低価格化やユーザビリティーを上げる作業は”大衆化”。一方でユニバーサルな価値観ではなく、いまだからできることや、手間暇をかけて、誰かのためだけにというクオリティーの上げ方があり、さまざまな要素を“先鋭化”させることでラグジュアリーなモノや空間が生まれるのだと思っています。たとえば800円の定食と8万円のコース料理は味が100倍違うから贅沢なわけではなく、多くの時間や手間暇、ホスピタリティがかけられているからこそ、後者がより贅沢なものになっていくわけですよね。このX7のボディカラーも特別なもので、時間をかけて4層に塗り重ねられていると伺いましたが、時間をかけてつくられているからこそ感じることのできる価値があると思います」
時間と手間暇をかけてつくること。たしかにそれは伝統工芸のイメージと合致するものだが、元木氏によれば、現代のSDGsのような潮流にもこの考え方は敷衍できるのではないかという。リサイクルから生まれるプロダクトはエコロジーや環境負荷の点から語られることが少なくないが、実際につくろうとすると時間も手間もかかるからだ。リサイクルにおいては分別のようにアナログな手作業が必要な面もあれば、今後は先端的なテクノロジーによってのみ実現するものも現れてくるだろう。膨大な量の時間と手間暇をかけてつくられているという意味では、それもまた一種のラグジュアリーとなっていく可能性はあるはずだ。
「時間」の視点からものづくりを捉えなおすことで新たなラグジュアリーのあり方を提案するように、元木氏はしばしば既成概念を軽々と乗り越えてみせる。伝統工芸だからといって古くて変わらないものではないし、自動車は移動手段ではなく空間としての側面ももっているし、SDGsのような新たな理念の実践にも伝統工芸に通ずるような価値の可能性が秘められている――「イノベーション」とは異なる価値の新たな結合をもたらすものだと説いたのは経済学者のヨーゼフ・シュンペーターだったが、元木氏はむしろ、異なるように思える存在や概念が、実はある面ですでにつながっていたことを明らかにしてくれるようだ。
「個人的に“イノベーション”そのものはあまり意識していないのですが、解像度を上げて見ることであらゆるものに改善点やつながりが見えてくる。少しの差異や気付きを突き詰めていくことで、当初思ってもみなかったような成果が生まれることもあります。かつて茶道が細かな動きひとつに至るまで厳格な形式をつくることで独自の文化を生み出したように、それは日本的なものでもあると思うんです」
世界を捉える解像度を上げていくことで、見えなかったものが見えてくる。非常に精緻で繊細な作業が求められる伝統工芸品の製作と、細部のパーツひとつまで拘り先端的な技術を注ぎ込む自動車のデザインの出会いも、これまで見えなかった密やかなつながりを可視化してくれるはずだ。「BMW X7 NISHIJIN EDITION」は伝統工芸品と自動車というふたつの領域を行き来しながら、伝統と革新がひとつづきのものでもあることを明らかにしているのだ。
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