THE FUTURE OF TECHNOLOGY AND ART

チームラボ・猪子寿之と落合陽一が見据える、デジタル化時代の「身体」と「質量」の先にあるもの

現在東京シティビュー(六本木ヒルズ 森タワー 52階)で開かれているメディアアートの祭典「Media Ambition Tokyo 2021」(以下、MAT)。去る4月27日、チームラボ・猪子寿之と落合陽一の対談イベントが開催された。最先端のテクノロジーを使いながら次々と新たな作品を発表し国内外で活躍するふたりは、いったい何のために作品をつくりつづけているのか。緊急事態宣言に伴い誰もいなくなった東京シティビューのなか、MATの理事も務める森ビル・杉山央によるモデレーションのもと行われた対談の模様をお届けする。

moderation by Ou Sugiyama
text by Shunta Ishigami
photo by Kaori Nishida

質量のあるものはダサい

——落合さんと猪子さんはもう10年以上の付き合いということで、本日はおふたりにいろいろなお話を聞けたらと思っています。まず最近の活動についてですが、猪子さんはついこの間マイアミから帰ってこられたそうですね。

猪子 アメリカでぼくらの作品を扱ってくれてるPACEギャラリーのCEO、マーク・グリムシャーがスティーブジョブズのパートナーであったローレン・パウエル・ジョブズのサポートを受けて「Superblue Miami」という広大なアートセンターをつくったんですが、その空間がチームラボとジェームズ・タレルとエス・デブリンの作品で構成されていて。ぼくらは東京やアジアでは、自分たちで場所をつくってチケットを売って経済的に成り立たせていたんですが、彼らがそれに影響を受けて、ぼくらがアジアでやっていることを欧米社会にプラットフォーム化して入れていくようなモデルをつくったんです。

猪子寿之|Toshiyuki Inoko チームラボ代表。1977年生まれ、徳島市出身。2001年東京大学工学部計数工学科卒業と同時にチームラボ創業。大学では確率・統計モデルを、大学院では自然言語処理とアートを研究。チームラボは、アートコレクティブ。2001年から活動を開始。集団的創造によって、アート、サイエンス、テクノロジー、そして自然界の交差点を模索している国際的な学際的集団。アーティスト、プログラマ、エンジニア、CGアニメーター、数学者、建築家など、様々な分野のスペシャリストから構成されている。チームラボは、アートによって、自分と世界との関係と新たな認識を模索したいと思っている。人は、認識するために世界を切り分けて、境界のある独立したものとして捉えてしまう。その認識の境界、そして、自分と世界との間にある境界、時間の連続性に対する認知の境界などを超えることを模索している。全ては、長い長い時の、境界のない連続性の上に危うく奇跡的に存在する。/ニューヨーク、ロンドン、パリ、シンガポール、シリコンバレー、北京、台北、メルボルンなど世界各地で常設展およびアート展を開催。東京・お台場に《地図のないミュージアム》「チームラボボーダレス」を開館。

——チームラボは世界的なアーティストと肩を並べていてすごいですよね。落合さんはチームラボの作品をすべて見られている「チームラボ・フリーク」ですが……。

落合 流石にまだマイアミは行ってない(笑)。でもシンガポールは行きましたよ、あれはよかった。

落合陽一|Yoichi Ochiai メディアアーティスト。1987年生まれ、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了(学際情報学府初の早期修了)、博士(学際情報学)。筑波大学デジタルネイチャー開発研究センターセンター長、准教授・JSTCRESTxDiversityプロジェクト研究代表。IPA認定スーパークリエータ/天才プログラマー。2017年〜2019年まで筑波大学学長補佐、2018年より内閣府知的財産戦略ビジョン専門調査会委員、内閣府「ムーンショット型研究開発制度」ビジョナリー会議委員、デジタル改革法案WG構成員、文化庁文化交流使、大阪・関西万博テーマ事業プロデューサーなどを歴任。Prix Ars Electronica、SXSW Arrow Awards、MIT Innovators Under 35 Japanなど受賞多数。写真家・随筆家など、既存の研究や芸術活動の枠を自由に越境し、探求と表現を継続している。落合陽一公式ページ(外部サイト)

——海外の人の反応はいかがですか?

猪子 だいたい一緒ですね、人間なんで。今回チームラボは5つの作品を展示していて、新しい『質量のない雲、彫刻と生命の間』という作品も展示しています。生物と非生物の境界を考えたとき、生物学上の定義ではなくエネルギーの秩序が高いものが生命現象なんじゃないかと思って。エネルギーの秩序を場につくることでただの泡の海に“生命”が誕生するという。天井でも床でもない不自然な中空に塊ができて、塊が壊れても勝手に治っていく。生命と同じように自己治癒するわけです。まるで質量がないかのようなおかしな空間が生まれて、その中に出入りできるようになっています。

——雲の中のようにも見えますし、生命のようにも見えますね。質量といえば、落合さんとぼくの間で印象に残ってる猪子さんの発言がありますよね。

落合 「質量のあるものはダサい」でしょ。名言だよね。猪子寿之の墓石に書きたいもん。質量のない自然へ回帰した瞬間を記念して——。

アートを見る人の状態を変える

——それはたしか10年以上前の発言だったと思うんですが、いまはすっかり質量のないものも評価される時代になりましたね。猪子さんは「スーパーネイチャー」という概念も提唱されていましたが、この作品もその文脈にあるのでしょうか。

猪子 超自然的な現象をつくりたいなと思っていて。いま六本木でサウナとアートの展覧会も行なってるんですよ。これまでアートは高級な場所や権威のある場所に置くほうがいいとされてきたけれど、東京からはそんな場所がなくなりつつある。だからサウナによる超温冷交代浴によって観に来た人たちの脳を特殊な状態=最高級の状態にしてアートを見せる展覧会を開きたかった。脳が特殊な状態にある人に見せたい作品も、超自然的なものだなと。グローバルなアートの世界とはべつの価値軸で作品を見せたかったんですよね。

——すごい。みんなアートを見せる空間のことは考えますが、空間に入る人間の状態からつくろうとするのは珍しいんじゃないでしょうか。

杉山央|Ou Sugiyama 森ビル株式会社 新領域企画部 / 一般社団法人MEDIA AMBITION TOKYO理事/学生時代から街を舞台にしたアート活動を展開し、2000年に森ビル株式会社へ入社。タウンマネジメント事業部、都市開発本部を経て六本木ヒルズの文化事業を手掛ける。 2018年「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」企画運営室長として年間230万人の来館者を達成。世界で最も優れた文化施設等におくられるTHEA Awards、日経優秀製品サービス賞 最優秀賞等を受賞。 現在は新領域企画部にて、これからの都市生活に必要な文化施設等を企画している。一般社団法人 MEDIA AMBITION TOKYO 理事。

落合 サウナに入って“ととのえる”人たちと、海外で大麻ビジネスが盛り上がっているようにドラッグを突き詰めたりしてる人って、東洋と西洋の違いだなと思った。サウナは北欧でも盛んだけどね。LSDは西洋のヨガなんだと言われることもあるから。人々がサウナや大麻に期待しているものってメディアアートに求めるものとも似ている気がするし、そういう意味では現状の海外で大麻ビジネスをしている人がメディアアートに投資することが今後増えてもおかしくはない(笑)

猪子 座禅とかサウナは肉体を突き詰めていくけど、ドラッグは脳に直接働きかける。面白いね。

落合 違う身体感覚で世界を観たいと思うのは、万国共通の興味なんだろうね。いま北九州で「環世界の遠近法」と題した展示を行なっているんですが、生物の持つ環世界とサウナって近いなとも思います。サウナで“ととのってる”ときに見える世界は普通の世界と違うし、犬やイルカの気持ちになるとどう世界が見えるんだろうな、とか。アンモナイトとか超面白いですからね。1億5,000万年前のアンモナイトを寄って見ると石なのか、「ネイチャー」なのか「デジタルネイチャー」なのかわからない。紀元前につくられた中国の銅鏡の裏の宇宙の形を示している模様もフラクタル的なコンピュータの基板にしか見えないんですよ。そういうものに触れながら時間と空間で環世界の遠近法を考えていくのが最近のテーマです。

テクノロジーが先か、つくることが先か

——おふたりはどういった発想から作品をつくられるんでしょうか。どちらも高度なテクノロジーを使っていますが、表現とテクノロジーどちらが先なのかなと。

落合 ポエティックな作品をつくるときはあまりテクノロジーのことは考えてないですね。今回MATで展示している『物化する地平線』も水平線をなぞって風景を上書きしたい、つまり観念上の線である水平線を物化させてみたいと思ってつくったもので、テックのことは考えていなかった。あるいはやりたいことが先にあってそのためのテックをつくることもありますね。

猪子 ぼくもテクノロジーが先にあるわけじゃなくて。もともと自分の肉体と世界が一体なのに肉体が世界から分離しているかのように人が振る舞ったり思ったりしてしまうことに興味があって、レンズというものが境界を生むからレンズではない空間の切り取り方を模索したかったんです。2010年くらいまでは境界が生まれず肉体が自由になる空間の切り取り方の論理構造を模索していて、ただ、その論理構造の話は難解なので、あまり周りからは理解されていなくて……。

落合 パースペクティブを変換したいって話だよね。すごくわかる。

猪子 そのわかりやすい集大成が「チームラボボーダレス」だった。加えて2010年代は肉体ごと作品のなかに入ることで世界との連続性を感じさせようと思って、光の彫刻をつくったり水を使ったり錯覚をつくったり。あとは時間の連続性についても認識の境界があるような気がしていて、どうすれば人は自分が生きた時間より長い時間を認識できるのか興味があるんです。だからテクノロジーじゃなくて、自分と世界の関係への関心が先にありますね。

落合 風景と身体、人の持つ環世界、「内なる身体」と「外なる身体」の関係をどう融和させるかは東洋美術の基本スタイルだからね。猪子さんの話は俺のテーマとも重なってると思う。博士から助教までの間はマター(物質)とイメージ(映像)の間のストラクチャー(彫刻や構造物)をどうやってつくれるか、物質と情報の間の構造を研究していて、プラズマで空中に直接描く映像とか、音響的に浮かんで作る形とかを開発したり表現に使ってました。そこから2015年くらいにフレームのないメディアを人間は欲しがっているという結論にたどりついた。そしたら飽きてきちゃって、次第にもうちょっとポエティックなものとかコンテクストとか見立ての方が面白いなと思うようになったんですよね。侘とか寂とか茶室とか。

現代社会は身体を排除しすぎている

——おふたりとも先端的なテクノロジーを使っているのに表現しているものは非常にプリミティブですね。それを人間が美しいと思ってしまうのはなぜなんでしょうか。

落合 人間には質量への憧憬があるからね。質量ってダサいけど、質量性がないと認識できない大きさみたいなものに惹かれるのは質量に意味を感じるからでしょうね。VRで100メートルの建物つくっても楽しくないわけだし。

——どこまで行っても人間は質量のある存在ですからね。

落合 その憧憬のヒントがアナログとデジタルの境界面にあると思う。人間の脳みそはデジタルだし網膜もデジタル(離散的)だけど、外界の感覚器の末端点は目も耳もアナログマテリアルだよね。目のレンズにしろ耳の毛にしろ、周波数を物質で変換している。例えば高速にスキャンできてレンズのいらないデジカメの映像を中心に見ていたら世界の見え方は変わると思う。これまで生物は速い動きを認識するために昆虫が複眼になるとか時間方向ではなく空間方向に進化させてきたけど、デジタルで時間方向へ転換できるようになったからわけのわからないものが今後もっと増えてくると思う。

猪子 同じことに興味があって、ぼくは脳が時間を合成してると思ってて。現代人はレンズに写したものを見すぎていて時間が瞬間だと思っているけど、たとえば大和絵って相当長い時間を脳内で合成しないとああいう風景にならないよね。レンズがなかった時代はもう少し過去までさかのぼって脳内で合成しながら世界を見ていたんじゃないかと。

落合 カメラオブスキュラ以前、あるいは、そういうものを用いなかった歴史。例えば、時間や空間を瞬間の積み重ねとして捉えるのは現代的だよね。いまは瞬間で記録したものを瞬間で渡しすぎている。大和絵における「すやり霞」みたいに時間の経過を一枚の絵に収めるようなことって体の外ではよく起きていたはずなんだけど。

猪子 いま見ていることは、過去の0.1秒で見ているものの合成になってしまっているが、身体の移動も含めもっと長い時間の合成だったんじゃないかと。身体を排除しすぎてるよね、現代の認識は。

落合 写真も昔は一枚撮るのに5〜10分かかっていたわけで。まさに時間の積分。その間じっとしていられない人はブレて写真から消えちゃうわけで、そのくらいの世界観の方が面白いかもしれない。

「投機」だけでは見えないもの

——最近アートの領域では「NFT(Non-Fungible Token)」が話題ですが、おふたりはどう思われますか?

猪子 「アート」のなかの話ではない気がしていて。もちろん実際にはアートのなかの人たちも興味をもっているけれど、金融面の動きのほうが強いですよね。実際にいまお金が動いているのも昔からのアートコレクターというよりビットコインのような暗号通貨で儲けた人が次の投機先にしているような印象を受けます。これまでのアートとはあまり連続性がないようにも思える。

落合 建築屋とかディベロッパーっぽい視点から見ると、ディスプレイをどんどん置くような展示が増えるんじゃないですかね。8Kの大きなディスプレイにアート作品を表示させて、それが本物だと証明するためにNFTを使うことは増えそう。現物の作品を施工しなくていいから楽ですよね。

猪子 でも実際にアートを所有しなくてもいいと思えるのってアートを好きになったことない人の意見だと思ってしまう。

落合 べつに体験したいと思っているわけではないからね。

猪子 いま人気の美術館に置かれている作品って巨大な彫刻やインスタレーションなど、複製コストが高くてコピーできないものばかり。だからこそたくさんの人が作品を観るために美術館へ足を運ぶわけですよ。ビジネスマンがNFTについて言っていることは投機的な側面が強すぎて、アートの現実に即していないように思えるときもあります。サーティフィケーションの代わりとしては便利だけど。

落合 お金を稼ぐためにアートがあるのではなくて、世界の真理や世界への違和感、絶望を解放するためにアーティストは作品をつくっている。生きるために作品を作ることと投機っはハマらない。

猪子 投機の話ばかりになってくると、いま生きているアーティストの活動とは関係がないものに思えてしまう。

質量として残していくこと

——落合さんは先程フレームのないメディアについて語ってましたが、この数年はたくさん写真も撮られていますよね。これはどういう意図なんでしょうか。

落合 僕にとっては写真はフレームというより物質ですね。メディアアートって壊れるし動画で記録するとその物質性が失われる。だから数百年もつものが欲しくて、和紙の上にプラチナプリントで写真を印刷しています。和紙にプラチナプリントは600〜700年くらいもつんですよ。これよくいう話なんだけど、「質量のあるものは壊れる、質量のないものは忘れる」。暗号通貨のウォレットの鍵なんて何度忘れたかわからないし、インターネット上のほとんどのものは忘れられてしまう。忘れない方法としての写真という物質に興味があるんです。フレームで切り取るというより岩に掘ったりする感じに近いですね。

——物質として保存するわけですね。

落合 猪子さんは石掘りそうだから(笑)。俺は和紙にプリントして箱に入れておこうかなと。これもまた侘寂。

——いつかふたりのコラボレーションも見てみたいですね。落合さんは昔チームラボに入り浸ってもいたわけですし。

落合 そうだそうだチームラボ入れてくださいよ。最近気づいたけど、僕はチームでモノをつくるのに向いていなくて、映画監督にはなれるかもしれないけどチームをマネジメントしながらゴールに向かうことができない。だから人に頼み込むしかなくて。

——落合さんはずっと自分で作品をつくってますもんね。

落合 さっきまでそこでAfter Effects使いながら「レンダリング終わんねー」って言ってたからね。誰かにつくってもらったやつを見ているだけだと飽きちゃう。頭と手を同時に使っていかないと気が済まない。去年もその辺で木工してたし。

——猪子さんの場合は作品制作のゴールってあるんですか?

猪子 ぼくはあんまないですね。つねにアップデートされていく感じです。

落合 この対談、一年に一回くらいやると脳がデトックスされていいですね。またやりたいです。猪子さんとは2週間に一回くらいエンカウントしてて、このまえも秋葉原で自転車に乗ってたら猪子さんも自転車に乗ってたし。「猪子さんも自転車乗るんですね」って聞いたら「チャリ乗るしかないよねー」って言ってて。

猪子 ちょっとぼくのモノマネしながら言うのやめてくれないですか?(笑)

——このふたりが自転車で並んでるのはすごいですね(笑)。では、これからも年に一回は集まっていきましょうか。今日はありがとうございました!

Media Ambition Tokyo 2021」 場所 東京シティビュー(六本木ヒルズ 森タワー 52F) 期間 〜2021年6月8日(火) 時間 10:00~20:00(最終入館 19:30) ※営業時間短縮 ※営業時間などの予定が変更になる場合があります。

杉山 央|Ou Sugiyama
森ビル株式会社 新領域企画部。学生時代から街を舞台にしたアート活動を展開し、2000年に森ビル株式会社へ入社。タウンマネジメント事業部、都市開発本部を経て六本木ヒルズの文化事業を手掛ける。 2018年 「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」企画運営室長として年間230万人の来館者を達成。世界で最も優れた文化施設等におくられるTHEA Awards、日経優秀製品サービス賞 最優秀賞等を受賞。 現在は、新領域企画部にて未来の豊かな都市生活に必要な文化施設等を企画している。一般社団法人MEDIA AMBITION TOKYO 理事。