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メルカリ日本事業CEO・田面木宏尚が提唱する、「風の時代」を生き抜く会社と個人の関係性

メルカリ日本事業のCEOを務める田面木宏尚(たものき ひろひさ)は、カスタマーサービスや人事、プロダクト開発などさまざまなプロジェクトに携わり、メルカリというサービスを「社会インフラ」と呼べるレベルにまで育ててきた。田面木によれば、「風の時代」と呼ばれるいまこそ、会社と個人の関係から見直していかなければいけないという。アルバイトからキャリアをスタートさせ、つねに現場とユーザーの声に耳を傾けてきた田面木のことを親しみを込めて「タモさん」と呼ぶ親友の森ビル・杉山が、メルカリが支持されるいまの社会のあり方をめぐって話を聞いた。

interview by Ou Sugiyama
text by Shunta Ishigami
photo by Kaori Nishida

市場価値ではなくストーリー

——タモさん[編注:田面木氏の愛称]のことを最初に知ったのは2014年の「pixiv祭」でしたね。オープニングイベントのとき、巨大な櫓の上に突然サングラスをかけたDJが現れたと思ったら……。

田面木 ぼくだったという(笑)。あのイベントはほんと楽しかったですね。たしかチームラボの作品も展示されていましたよね?

——あの展示が発展して「チームラボ ボーダレス」になったわけで、あのお祭は重要でした。それ以降は六本木ヒルズの中で会うことも多かったですね、ふたりともファッションが好きだから。

田面木 UNDERCOVERとかでばったりね(笑)

——まずはファッションについてお話を聞きたいんです。ファッションでもライフスタイルでも以前は“映え”が良しとされていたけれど、最近かっこよさの基準が変わってきた気がするんですよね。

田面木 「地の時代」から「風の時代」になったと言われますが、ファッションにも風の時代を感じますね。メルカリはまさにその変化を体現していて、どんどんモノを循環させていく方が自然になってきている。特に若い子の感覚は変わってきています。

田面木 宏尚|HIROHISA TAMONOKI 早稲田大学を卒業後、GMOクラウド株式会社にアルバイトとして入社、CS業務からキャリアをはじめ、サーバーホスティング事業、および新規事業の立ち上げなどに従事。2010年にピクシブ株式会社へ入社し、取締役としてシステム開発、マーケティング、グロース等の事業統括に従事。2016年1月より株式会社アニメイトラボ代表取締役社長CEOに就任し、小売領域におけるIT事業推進を実行。2017年2月に執行役員としてメルカリに参画。2018年10月、執行役員メルカリ日本事業CEO、2020年9月、上級執行役員メルカリ日本事業CEOに就任。株式会社メルカリ

——ファッションブランドの考え方も変わってきていますよね。

田面木 Instagramでもさまざまなブランドのアーカイブアカウントが流行ってるよね。昔のコレクションの写真がたくさん投稿されていて、昔のデザインがアーカイブとして見直されているというか。ぼく自身もスニーカーをたくさん買うんですが、一足買ったら一足売るようにしていて。バトンを渡すように受け継いでいくんです。だからすごい丁寧に履いてますね。スニーカーは汚してなんぼという人もいるけど、ちゃんと防水スプレーをかけて大切にして。

——結果的にモノを大切にすることになるというのは面白いですね。タモさんはかなり前からスニーカー好きとして知られていますが、いまスニーカーブームはすごく盛り上がっていますよね。

田面木 かなりコモディティ化しましたよね。正直ここまでのブームになるとは思っていませんでした。昔からファッションは入れ替わりが激しいですし、トレンドもつねに移ろっていく。個人的には最近ヴィンテージが気になっていて。受け継がれていくものってすごくいいなと思うんです。自分が生まれる前からずっとこの世界にあるのかと思うとすごいなと。ロマンがありますよね。

——物事の表面的な市場価値よりも、それが背負っているストーリーが注目されるようになっていると言えそうです。

田面木 スニーカーや時計も最近はヴィンテージやアンティークのものを身につけるのが好きです。世の中にこれだけ物が増えると、希少価値が高いものに魅力を感じますね。アートが流行っているのも同じような理由なのかもしれません。

人と人をつなぐインフラとしてのメルカリ

——風の時代のなかで、メルカリはもはや社会インフラのひとつになりつつありますよね。タモさんは昔からそういう世界をつくりたかったんでしょうか。

田面木 まさにそうです。創業者の山田進太郎は日本の人たちにとって不要なものが貧しい地域の贅沢品になるような状況を知って、その格差を解消するためにメルカリを立ち上げました。誰かにとって不要なものがべつの誰かの価値になる世界です。山田進太郎はそれを世界全体に広げようとしているんですよね。

——メルカリはいまアメリカでもかなり成長していますよね。

田面木 おかげさまで、アメリカではスーパーボウルにCMも出稿させていただきました。メルカリがアメリカで盛り上がっているのも、新型コロナウイルスの影響で買い物自体が大変になっているので、モノを大事に使おうという気持ちが強まっている影響が大きい気がします。

——いまはモノとモノの交換ですが、モノ以外や人と人がつながるような世界をこの先に見据えているんですか?

田面木 メルカリは月間ユーザー数が1900万人なので人口カバー率でいえばかなり少ないのですが、もっと普及すればそんなにお金を使わなくてもいい世界が来ると思うんです。それにメルカリのような二次流通が活性化すると、一次流通も活性化するんですよね。かつて「裏原」と呼ばれたムーブメントが起きたころも、一次流通が盛り上がったことで古着市場も盛り上がっていた。一次流通と二次流通は相関しているんです。みんながモノを大事に使って循環させると資源も大切にできるし、モノが流動的になれば一次流通も加速して日本の経済も活性化するでしょう。それに最近は寄付機能を実装していて、自治体などにも寄付できるようになっています。もともとメルカリって人と人のつながりが強いんですよね。杉山さんは使ってる?

——ぼくは後輩にあげちゃうので……(笑)

田面木 出品してくださいよ(笑)。出品すると、人のつながりを感じられますよ。自分と同じような属性の人が買ってくれることがあって、取引の過程でいろいろなやりとりが生まれて。ぼくも以前オーディオを買ったとき「このケーブル使うと音がぜんぜん違うから入れておきますね」とか「次はこれを試したほうがいいですよ」とかいろいろ教えていただけて嬉しかったですね。

——同じ志向の人がつながるんだ!

田面木 顔は見えないけど、趣味を通じてモノが行き渡っていくループのなかに自分たちがいる実感が生まれるんです。現代は人と人のつながりが希薄だと言われるけど、モノを通じてつながりが生まれるのはいいことですよね。手紙が入っていて、文通相手が見つかることもあるみたいです。

——メルカリではユーザーの方々が集まるリアルなイベントも開かれていますよね。

田面木 いまはオフラインイベントを開けませんが、お客さまとお会いする機会はたくさんつくっています。ぼくは「VOC」がすごく大事だとよく言ってるんです。VOCとはVoice of Customer、お客さまたちの声のこと。ぼく自身がカスタマーサービス出身だからでもありますが、メルカリのサービスはC2Cなので一つひとつの取引がユニークで、いろいろな声が集まるんですよね。イベントで直接お客さまから直接意見をいただくこともあります。「なんであの機能消したんですか」「手数料もっと安くなりませんか」なんて言われることもあって。ユーザーがCEOに直談判する感じです。

——実際にいろいろなサービスも増やされてますもんね。

田面木 お客さまからたくさんのご要望をできる限りインプットし、UXとして総合的に判断してサービスに反映されていくのが大事だと思っています。出品に関するご要望はたくさんいただいているので、代行サービス等も検討しています。いまは「あとよろメルカリ便」という出品した商品の保管と、売れたあとの梱包・発送を代行する配送サービスはすでにあるんですけど。サービス改善は日々地道な努力を重ねています。

個人のやりたいことが会社のやりたいことへ

——タモさんご自身は、今後どんなことをしていきたいんですか?

田面木 昨年緊急事態宣言が発令されたときに、すごい危機感というか、人生短いかも、って思って、それ以降自分が個人としても何をすべきかずっと考えていて。だからファッションブランドをつくりたいとか、スニーカーをつくりたいとか、音楽をつくりたいとか、昔からやりたかったことはやっちゃおう!と、ひとつずつ進めています。

——もう実際に進められてるんですか!?

田面木 スニーカーはサイズ展開が必要でとにかくお金がかかるので、まずは加水分解して履けなくなってしまったスニーカーをリプロダクションする個人プロジェクトを始めています。ぼろぼろになったスニーカーをメルカリでいくつも買って、バックパックをつくろうとしていて。

——面白いですね! タモさんらしいプロジェクトでもあるな、と。

田面木 それ以外に、音楽もいまつくっているところです。

——えっ、タモさん音楽つくれるんですか!?

田面木 実は昔ちょっとかじってまして。ぼくはプロデューサーのような立場で、いろいろなクリエイターが集合して制作しています。ストーリーをつくって、こういう設定のアーティストだからリリックにはこういうキーワードを入れたいとお願いして。昨年末からとりかかって、すでにMVの撮影も済んでいます。

——タモさんはプライベートも楽しんでいるのがすごいですよね。長期的には今後どんなことをしようと思っているんですか?

田面木 メルカリって組織にはトップダウン型じゃなくて個人がボトムアップでサービスをよくしていこうとする空気があるので、その組織運営やリーダーシップのあり方を社会全体へもっと広げていけるといいなと思っています。ぼく自身も田舎から出てきて劣等感も強いしあまり自信もない人間で、いわゆるカリスマ経営者みたいな感じではないのですが、僕にしか持っていない強みもある。中央集権的ではない「風の時代」なら、そんな自分でも自分にしかない部分を活かしていろいろなことにチャレンジできる気がするんです。

——いわゆる「仕事」って会社からやらされるものというイメージもありますが、個人のやりたいことが会社のやりたいことと重なっていて、個人の行動を通じて会社ごと大きくなっていけるのが理想的ですよね。

田面木 もちろん、簡単なことではないと思ってます。「風の時代」や「個人の時代」と言われるとはいえ、まだ時間はかかると思います。メルカリとして大きなミッションを掲げている以上、自分自身のミッションも大きくしていかなければと思っていて。自分のやりたいことが会社の成果にもつながるような流れや仕組みを自分自身でもつくっていきたいですね。

——共感します。これからの会社と個人は対等な関係を築くべきですよね。

田面木 会社の権威に乗っかって仕事するだけでは通用しなくなっていくと思うし、社会人ならこうあるべきというのは大人がつくった決まりだから本当はいらないですよね。エレベーターに乗ったときの立ち位置とか本質的ではないことで若者の貴重な時間を潰しても意味がないし、そんな環境ではイノベーションも生まれません。若い人が新しいものをつくるわけで、そのためには不要なルールや慣習はなくしていかなければいけません。もちろん無法地帯にしても意味がないので、一定のガードレールのような仕組みはあったほうがいいと思うんですが。

——人も次の時代へバトンを渡すように移り変わっていくものなのかもしれないですね。

田面木 「風の時代」だから、というわけではないですが、ぼく自身が同じポジションにずっと居座るのもおかしいと思うんですよ。これからの若い世代にもメルカリは使ってほしいし、ぼくが思いつかないようなことを20代の人たちが考えてくるわけなので、若い世代の意見が上がってこないような仕組みはまずいですよね。

——場をつくってレールを引いているわけですね。森ビルとしてもぜひメルカリさんと一緒に何かつくりたいです。

田面木 メルカリ祭をやりましょうって以前話してましたよね(笑)。お客さんとのイベントが定期的にあって、話を聞いて肌感覚を身につけられることが大事なのに、いまコロナ禍によってお客さんと触れ合えないことがすごくつらくて。だからメルカリ祭をやるならVOC祭にしたいですね。

——フェスのなかにたくさんブースがあって、いろいろなプログラムがあると楽しそうですね。やりましょう!

田面木 リアルフリマもやりたいし、メルカリ教室もやりたい。メルカリのすべてを体験できるようなイベントになるといいですね。また櫓を組んで、ぼくはその上からみんなの話を聞こうかな(笑)
 

杉山 央|Ou Sugiyama
森ビル株式会社 新領域企画部。学生時代から街を舞台にしたアート活動を展開し、2000年に森ビル株式会社へ入社。タウンマネジメント事業部、都市開発本部を経て六本木ヒルズの文化事業を手掛ける。 2018年 「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」企画運営室長として年間230万人の来館者を達成。世界で最も優れた文化施設等におくられるTHEA Awards、日経優秀製品サービス賞 最優秀賞等を受賞。 現在は、新領域企画部にて未来の豊かな都市生活に必要な文化施設等を企画している。一般社団法人MEDIA AMBITION TOKYO 理事。