WHAT MATTERS FOR CHANGING CITIES

IDÉE創始者・黒﨑輝男が考える、魅力的な“場”を生み出すために必要なこと

IDÉE創始者として知られ、COMMUNE 246やみどり荘、IID 世田谷ものづくり学校など、つねに時代の最先端となる場所をつくり続けてきた黒﨑輝男。長年にわたり日本のクリエイティブの最前線に立ってきた黒﨑は、いかにして新たなムーブメントやコミュニティをつくってきたのだろうか。旧知の間柄という森ビル・杉山央との対話からは、慣習や経済原理に縛られ窮屈な場所になりつつある東京を変えるためのヒントが見えてきた。

interview by Ou Sugiyama
text by Shunta Ishigami
photo by Mie Morimoto

ワタリガラスと百姓から働き方を変える

——黒﨑さん、本日はよろしくお願いします。ぼくがまだ学生だった頃から黒﨑さんにはずっとお世話になりっぱなしでした。本日あらためてお会いできてうれしいです。

黒﨑 央ちゃんとはいろいろやったよね。メキシコのプロレスラーのお面を売る自販機をIDÉEの前に置いたり(笑)。伝説の自販機だったね。
 

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1/3「いろいろな人たちが集まるパーティの場で、初対面の黒崎さんを見つけて『ぼく、メキシコのマスクが大好きで、街を楽しくしたくて、銅像とかに被せてまわっているんです!』とプレゼンしたら、『きみ、最高だね!!』と。とんとん拍子で話が進み、IDÉEの店頭に設置させてもらう自動販売機プロジェクトにつながります」(杉山)
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2/3「IDÉEでマスク+Tシャツの自販機をおいたら、大反響となり『スタジオボイス』や『ブルータス』といったカルチャー誌に取り上げられたことをきっかけに、ラフォーレ原宿にも2号機が設置されたり、自販機とメディコムトイとコラボ商品つくったり、雑誌で共同プロジェクトが始まるなど、一気にカルチャー方面に広がりました」(杉山)
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3/3「ラフォーレ原宿に設置した2号機の前で記念撮影。自販機の中は、メディコムトイとのオリジナルコラボ商品。右は一緒にやっていた二階堂戒さん」(杉山)

——もう20年前の話ですね。あのときは飛び込み営業のようにいきなり黒﨑さんに企画を提案したんですよね。そしたら面白いからぜひやろうと言っていただけて。まだ自己紹介すらしていなかったのに(笑)。

黒﨑 面白いかどうかですべて動いていたからね。一般的には経済性を検討してから判断するけど、アイデアが面白いかどうかの方が重要で。当時は変な人がいっぱいいて面白かったね。チームラボの猪子(寿之)くんも来ていた。

——黒﨑さんのまわりには面白い方がつねに集まってくるんですよね。当時、工事中だった六本木ヒルズを紹介する施設として誕生した「Roppongi Hills Information Center / THINK ZONE」では黒﨑さんと一緒にカフェをやらせていただきました。アートのイベントを黒﨑さんと一緒に企画をさせていただき、猪子さんやライゾマティクスをつくる前の齋藤(精一)さんもよく来てくれていて、みんなが仲間みたいな感じで楽しかったです。この頃の仲間たちと、今でも一緒に遊んだり仕事をしたりしています。黒﨑さんは、いまは何をしようと考えているんですか?

黒﨑 いまは「みどり荘」のようなコワーキングスペース/シェアオフィスをつくっていて、働き方を変えたいと思っています。日本の働き方ってみんな一緒でしょう。みんないい会社に入って出世して年収を上げることばかり考えていて、そのために学校に通っている。そんなのつまらないし、もっと別の働き方があってもいい。たとえば建築家のル・コルビュジエの名前は本名ではなくて、「コルビュジェ」は「ワタリガラス」という意味。ワタリガラスが大陸間を渡るように、彼自身もいくつかの建築事務所を渡り歩いた末に自分の事務所を立ち上げていた。仕事を渡り歩くような働き方に注目しているんです。

——たしかにみどり荘にいる人は、いろいろな仕事をされている方が多いですよね。

黒﨑 あるいは「百姓」を考えてみてもいい。百姓っていまは少し貧しくてネガティブなイメージをもたれているかもしれないけれど、お米や野菜など作物をつくったり味噌や醤油をつくったり、工芸品をつくったり、たくさんのことをしながら生計を立てていた。だから「100 works」と言い換えることができると思うんです。それが江戸時代までの健全な働き方だったのかもしれない。ワタリガラス的な働き方と百姓のような生業のつくり方、そのふたつから社会を変えていけたらと思っています。

面白い人を集めるためには

——黒﨑さんご自身も、つねに多彩な方とさまざまなプロジェクトに携わられていましたよね。1990年代からずっとクリエイティブの中心にいて、ふらっと遊びに行ったら黒﨑さんがマーク・ニューソンと話していたこともありました。どうすれば面白い人が集まる仕掛けをつくれるんでしょうか?

黒﨑輝男|Teruo Kurosaki 1949年東京生まれ。「IDÉE」創始者。オリジナル家具の企画販売・国内外のデザイナーのプロデュースを中心に『生活の探求』をテーマに生活文化を広くビジネスとして展開。 「東京デザイナーズブロック」「Rプロジェクト」などデザインをとりまく都市の状況をつくる。2005年流石創造集団株式会社を設立。廃校となった中学校校舎を再生した『世田谷ものづくり学校(IID)』内に、新しい学びの場『スクーリング・パッド/自由大学』を創立。「Farmers Market @UNU」「みどり荘」「COMMUNE 246」などの「場」を手がけ、新しい価値観で次の来るべき社会を模索しながら起業し続けている。2020年7月「TakigaharaCraft&Stay」(ホステル)を開設。新たな視点での地域再生プロジェクトが進行中

黒﨑 仕掛けというより、ノリですよね。つねにポジティブでいい方向にもっていこうと考えていて、面白いことがあれば勢いでワーっとやってしまいたい。いまは企業もきちっと整理されたものを好むけれど、ぼくのまわりには変なやつらがいろいろいて、人とのつながりで動いているようなところもある。落ちこぼれとか“普通”のルートから外れてるやつらを集めるのが好きなんだよね。いまはオープンスペースにホームレスの人々が入ってこないようにしたり商品を万引されないようにすることにコストをかけるけれど、どうすれば苦しい人や落ちこぼれの人をすくい上げていけるのか考えていきたい。

——とはいえ、黒﨑さんのように考えている人はあまり多くないと思うんです。どうやって黒﨑さんの判断基準はつくられていったんでしょうか。

黒﨑 ぼくは就職したこともないしアウトサイダーなんだよね。家族はいい学校に通っている人ばかりだったからああしろこうしろとうるさかったけれど、そこからすべて外れてしまった。親戚のなかでは鼻つまみ者になったけれど、結果的にかえって面白いことができた気がする。息苦しさがバネとなって、新しいことをやろうと思えた。だからこそ、落ちこぼれている人をすくい上げたい。

——マーク・ニューソンもそうですし、黒﨑さんは多くの才能を見いだされてきたイメージがあります。

黒﨑 フィリップ・スタルクもそうだね。ぼくが彼を初めて日本に呼んで、当時はまったくの無名だったけれど日本の企業に家具をつくってもらうコラボレーションを実施したり、マークにスタルクを紹介したり。有名無名も関係なく、ノリで動いていただけとも言えるんだけど(笑)。

——当時はインターネットがそこまで普及していなかったのがよかったのかもしれません。昔はとりあえずIDÉEに行けば誰かに会えて面白い話ができたけど、そういう面白い場所が減ってもいる気がします。

黒﨑 でも、今回の新型コロナウイルスによってまた状況が変わる気もしています。リアルな空間とバーチャルな空間が合わさっていく動きもあるし、ゲームやARのようなコンテンツも増えていく。これまでとは違う世界観ができあがって、新たな場所が生まれていくかもしれない。

施設をつくるだけでは場が生まれない

——思い返すと、自販機だけではなくぼくが「フキダシステム」という人と映像が交じり合うメディアアート作品をつくったときも黒﨑崎さんが後押しをしてくれました。ぼくの中では、あのとき思い描いていたことがチームラボボーダレスにもつながっているんですが、よく当時黒﨑さんは自分の仕事じゃないのに親身に考えてくださったなと。

黒﨑 面白い取り組みが増えていかないと、都市は変わっていかないからね。とくに不動産は企業や個人のものじゃなくて、社会のものでしょう。森ビルはみなが憧れるブランドだけど、そこにいろんな人が参加し、街全体が盛り上がっていくほうが文化的・デザイン的にも面白くなる。

——当時は気づいていませんでしたが、黒﨑さんが場をつくってくれたから若者が自由に動けたんですよね。いまはリアルに会えなくてもいいと思っている人が多いけれど、見えにくい場のプロデュースが大事なのだなと感じます。

黒﨑 リアルに会って心を通わせて、みんなの意見が一致して盛り上がれば楽しい場が生まれていく。それが重要です。べつにお金なんてどうにかなるし、友達とか取引先とか地位も関係ない。企業は放っておくと自由さを失ってしまうから危険だよね。施設をつくるときは環境をつくるだけではダメで、人のつながりや情熱のようにベタなものや、一緒にご飯を食べる関係性、さまざまな要素を散りばめることで初めて面白い空間が生まれていく。

——いま森ビルは新しい施設をつくっていて、アーティストや起業家などが集まって、ここから新しいアイデアが発表される場所にしたいと考えています。従来の美術館やインキュベーションオフィスという概念さえ崩して、さまざまなものが溶け合う場所にしたいと思っているんです。美術館からビジネスが生まれたり、そこに行かないと得られない体験があったりと。

黒﨑 めちゃくちゃなものとかブラックホールみたいなものとか、とにかく変なものがいっぱいあるといいね。必ずしも100点満点を目指せばいいわけではなくて、なんでもいいからとあれこれ受け入れていくことがかえって勢いにつながることもある。わざと完璧じゃないものを入れる感覚が重要というか。優等生ばかりだと面白くないので、バランスを崩していく。一歩引いた目線ももちながら、バランスを見ていくことが大事です。

問題設定こそが重要な問題だ

——最近の東京は元気がないと言われることも多いですよね。もちろん地方も面白いですが、個人的には東京を盛り上げたい気持ちもある。黒﨑さんは日本の将来をどう捉えてますか?

黒﨑 2019年のラグビーワールドカップを考えてみると、日本代表チームの監督は外国人だったし選手も外国人がとても多かったけれど、試合のときはみんなで君が代を合唱していた。そこに日本的な精神をぼくは感じる。歴史やそこにある精神みたいなものが重要というか。ちょうど最近石川県小松市の滝ケ原町に通っているんだけど、多様な苔が鑑賞できる苔庭があって、そこをどうにか残したいと思ってるんです。古民家をクラウドファンディングで改修したり、限界集落の土地を買ってアトリエをつくったり

——苔庭って歴史を感じますし、まさに日本の美しい風景ですよね。。

黒﨑 たとえばホワイトハウスの芝生と苔庭を比べてみると、ぼくの感覚からすれば苔の方に自分の知の原点を感じるんですよ。深いところで先祖とのつながりを感じるというか。その原点を押さえつつ。めちゃくちゃな遊びを取り入れていくことが重要なのかなと。

——街を盛り上げようとするとついクオリティの高さに目がいきがちですが、どうすればワクワク感をつくっていけるのか考えたいんですよね。六本木ヒルズは前例がなかったのでチャレンジできましたが、いまは前例があるので動きづらくなりつつある。

黒﨑 何かを変えようと思ったら、まずは問題設定を考えることが重要でしょう。新型コロナウイルスによって社会の変化が10年早まったと言われるけれど、いま何を問題として捉えるのかこそが重要な問題だよね。多くの企業はとくに問題設定なんてせずに儲かればいいと思っているかもしれないけれど、まずは前提を疑うことから始めなければ変化は起こせない。つねに問いかけながら新しいことをやっていくしかないと思っています。実際に、央ちゃんは小さな問いを投げかけつづけてきたことでチームラボボーダレスのような施設も生まれて、森ビルの新たなカルチャーが形づくられたわけでしょう。一つひとつ小さな問いかけをつなぎつづけていくことこそが重要なんです。
 

杉山 央|Ou Sugiyama
森ビル株式会社 新領域企画部。学生時代から街を舞台にしたアート活動を展開し、2000年に森ビル株式会社へ入社。タウンマネジメント事業部、都市開発本部を経て六本木ヒルズの文化事業を手掛ける。 2018年 「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」企画運営室長として年間230万人の来館者を達成。世界で最も優れた文化施設等におくられるTHEA Awards、日経優秀製品サービス賞 最優秀賞等を受賞。 現在は、新領域企画部にて未来の豊かな都市生活に必要な文化施設等を企画している。一般社団法人MEDIA AMBITION TOKYO 理事。