AR MAKES DETOURS FOR DIVERSE FUTURES

Niantic・川島優志がつくる、豊かな世界へつながるARの「寄り道」

〈Pokémon GO〉や〈Ingress〉を通じてARの可能性を切り開いてきたNianticの川島優志。同社はコラボレーションを加速しARによって「世界を楽しく見せる」ことを目指す。その先にはどんな世界が待っているのだろうか。森ビル・杉山 央の連載「GAME CHANGERS」第7回は、今年の7月にPunchdrunkとの事業提携によって衝撃を与えたばかりのNianticが見すえるARプラットフォームの未来をめぐって——。

interview by Ou Sugiyama
text by Shunta Ishigami
photo by Kaori Nishida

テクノロジー×ナラティブの可能性

——先日発表されたNianticさんとPunchdrunkさんの事業提携はエンタメ業界全体に衝撃を与えましたよね。どちらも大好きな会社なので、ぼく自身もすごくワクワクしています。

Punchdrunkさんとはいいパートナーシップが築けて、ぼくも嬉しいです。彼らは「イマーシブシアター」と呼ばれる没入型の演劇体験をつくっていますが、ぼくらが手掛けてきた〈Ingress〉や〈Pokémon GO〉もつねに現実空間での体験をつくってきたので、もともとお互いの哲学や世界観に対するリスペクトがあって。今回のパートナーシップでは、Punchdrunkのチームがストーリーやナラティブの部分を考えNiantic側がテクノロジーを提供して新しい体験をつくっていくつもりです。

川島優志  Niantic アジア担当副社長/早稲田大学を中退後、2000年に渡米。ロサンゼルスでの起業、デザインプロダクション勤務を経て、07年にGoogleへ入社。13年、Googleの社内スタートアップとして発足したNiantic LabsのUX/Visual Designerとして参画、〈Ingress〉のビジュアル及びユーザーエクスペリエンスデザインを担当。2015年10月にNiantic, Inc.の設立と同時にアジア統括本部長に就任し、2019年に副社長となる。〈Pokémon GO〉では、開発プロジェクトの立ち上げを担当。

——Punchdrunkの〈Sleep No More〉は倉庫やホテルを舞台に鑑賞者一人ひとりに異なる体験を提供することで「演劇」の常識を覆しましたよね。どちらの会社も新たな体験を生み出してきたわけですが、具体的にはどんなコラボレーションを想定されているんでしょうか?

すみません、これからの展開については秘密なんです(笑)。ただ、テスト中の体験では、フィクションとノンフィクションが溶け合うことで背筋がゾクッとするような体験になっています。いまはPunchdrunkとNianticがお互いに自分たちのルーツを探求しながら、テクノロジーやパフォーマンス、物語を新しい形で組み合わせていけないか議論しています。ゆくゆくはすべての街角でゲームをプレイできるような空間をつくることで、この世界をもっと生き生きとしたものにできたらなと。Punchdrunkはナラティブや物語へ非常に個性的なアプローチをしていますし、NianticはARやジオロケーションを活用する基盤をもっている。それらを使いながら、この世界の表面に現れない隠されたものを感じとれるような体験をつくっていきたいですね。

コロナが生んだ新たな「寄り道」

——Nianticさんは現実空間での体験をつくってきましたが、新型コロナウイルスの感染拡大によって人々はこれまでのように外に出かけられなくなってしまいましたよね。

Nianticは外に出て同じ場所に集まって遊ぶことを基盤としていたので、社内でもたくさんの議論を重ねました。どうすればプレイヤーのみなさんが安全に遊びつづけられるのか、どういうふうにぼくたち自身が変わるべきなのか、あるいは変わらざるべきなのか——そこで、外ではなく家でも遊べる機能を追加すると同時に、ソーシャル・ディスタンシングに気を配りながら外に出て体を動かすことで健康を維持できるような方向へとプロダクトを変化させていったんです。

——毎年行われているリアルイベントの「Pokémon GO Fest」も、今年はバーチャル開催になり家の中でも参加できる仕組みがつくられていましたね。

これまでは世界各都市を巡回しながら開催していて、2019年の台北では32万人とかなりたくさんの方々に参加いただいていました。それを今回は世界中からオンラインで参加できるようにした結果、200万人以上の方が有料のチケットを買って参加してくれたんです。これまでは人数の制限があったり現地に行けなかったりと参加できない人も多かったのですが、世界中の人が参加できてすごくいいイベントになったと思います。なかには南極の昭和基地から参加してくださった方もいましたから(笑)。

英国発のイマーシブ・シアターPunchdrunkとNianticのコラボからは、テクノロジーとナラティブをかけ合わせた次世代型エンタメが生まれるはず。

——ぼくも家から参加したんですが、すごく楽しくて。新たなイベントのあり方が提示されていたなと。

今回家からでも参加できるようにしたことで、病院からでも参加できるとか、いろいろな発見があって。今後みんながまた外出できるようになればプロダクトも変化するので今回の取り組みを無駄と思う人もいるかもしれませんが、ぼくらは無駄だと思っていません。Niantic自体が「寄り道」によって新しい発見をしてもらうことを目指していますし、今回の「寄り道」もあとあと振り返ったらいい寄り道になるのかなと。コロナがこれまでのシステムを壊したことはつらいことでもありますが、新しい方向へ一歩踏み出す機会にもなりましたね。

リアルな空間へのこだわり

——コロナに配慮しながら新たなコンテンツを変化させる一方で、Nianticさんはやはりリアルへのこだわりがありますよね。

身体的な接触が減ることが人の精神にネガティブな影響を与えることが、最近の研究を通じて明らかになっています。一方で、新しい場所に行くだけでストレスレベルが下がって人生の満足度が上がるという研究結果もある。人と抱き合ったり肩を組んで歩いたり、あるいは未知の文化を楽しんだり。Nianticとしても、現実の世界がもたらすものはかけがえのないものだという認識は変わっていません。

——その姿勢が、いま進んでいる取り組みにもつながっている、と。

現在、スモールビジネスの支援を進めています。世界中から応援したいお店を募集していて、選ばれたお店をポケストップにすることで〈Pokémon GO〉上に登場させるんです。お店の存在に気づいてそこに足を運ぶきっかけをつくれたらなと。地域やコミュニティのもつ力はすごく重要なので、Nianticとしては少しでも地域の人々を応援していきたいと思っています。

——リアルな空間での楽しみや発見を促進するためにゲームがあるわけですね。Nianticさんの活用するARも、リアルな場所と紐づくことで力を発揮するものだなと。

ARについては、プレイヤーのみなさんと一緒に世界のマッピングを進めています。数カ月前から一定レベルのプレイヤーの方々はARスキャンが使えるようになっていて、各ポータルの360度撮影データを集めているんです。いま20万件ほどのデータが集まっているんですが、スキャンが世界中に広がることでまた新たな体験をつくれるなと。たとえば現実世界の物体の裏側にポケモンが隠れているようなこともできるかもしれません。リアルな空間のデータを集めていくことでARクラウドをつくっていきたいですね。

街がクリエイターの“キャンバス”に

——先日〈カタン〉とのコラボレーションも発表されていましたね。

〈カタン〉は現在βテスト中で、そのほかにも全部で10のゲームを開発しています。毎年数本ずつ公開していけたらなと。ぼく自身〈カタン〉の大ファンだったので楽しみです。β版ではチームに分かれて競い合うようになっていて、街を歩くのがすごく楽しくなると思います。

——すでに〈Pokémon GO〉で忙しいのに、ますます時間がなくなりそうです(笑)。エンタメの未来はどのように変わっていくと思われますか?

エンタメ自体は何千年も前から変わっていないと思うのですが、コロナの影響で技術の使い方や考え方は変わりましたよね。これまでは音や演出のクオリティを上げるために技術を使っていたけれど、遠隔の人とコラボレーションしたりより多くの人に体験を届けたりすることのほうが重要になるのかなと。たとえばYAMAHAさんも、遠隔で遅延なくセッションできるようなテクノロジーを追求しはじめていますよね。かつて日本を中心につくられたMIDIが世界標準の音楽フォーマットになって楽器をもたない人でも音楽をつくれるようになったように、今回生まれてくるイノベーションはエンタメをいままでより格段に多くのオーディエンスに届けるような革命的な進化を起こすかもしれない。

——テクノロジーによって、これまで以上に多くの人が自身のアイデアを表現しやすい時代になっているようにも思います。ARも新しい表現のプラットフォームになっていくかもしれないですね。

Nianticとしても、ARのプラットフォームをつくって世界をつなげられたらと思っています。ゲーム開発を進めながらプラットフォーム開発にかなりのリソースを割いていて、じつは一部のクリエイターのみなさんを対象にテストを行なっているんです。来年には、クリエイターの方々がNianticのプラットフォーム上でさまざまなものをつくれるようになりそうです。

——それはすごい! 街全体がクリエイターのキャンバスになりますよね。そのためにはデバイスの進化も重要でしょうか?

そうですね。NianticはQualcommさんとARグラス開発のパートナーシップを結んでいますし、少しでも現実世界から外に出られるようなデバイスをつくれたらと。ARグラスが広く普及するには時間がかかるかもしれませんが、数年以内に実用的なものは出てくると思っています。新しいテクノロジーは最初違和感を抱かれるけれど、みんな急速に慣れていくでしょう。Nianticもその日に向けて、ハード・ソフト両面でどう進めていくのがいいか模索していますね。

歩くことで世界は楽しくなる

——楽しみだなあ。NianticさんのつくるARプラットフォームはエンタメだけでなく多くの領域に変化を起こしそうです。

ARは“ツール”になっていくと思っているんです。たとえば交通標識が全部ARに取って代われば膨大なコスト削減になるし、地球温暖化やエネルギー問題の解決にもつながるかもしれない。コミュニケーションにおいても、目の前の人がどんなことを考えているのか伝わりやすくなるかもしれません。

——都市に与える影響はとくに大きいですよね。ぼくはARがスマートシティの鍵を握っていると思うんです。

いまは都市のあり方自体が問われていますからね。コロナ禍を経て、車道を封鎖して人や自転車が通りやすい道に変える都市も増えています。思えば最初にぼくたちが〈Pokémon GO〉を発表したときに人が一気に街に出てきて迷惑をかけてしまったことがありましたが、大都市になるにつれて街はたくさんの人が集まれる場所ではなくなってしまっていたわけで。都市デザインを問い直す取り組みは今後も増えていきそうです。

——人々の生活スタイルも変わりますものね。

〈Pokémon GO〉もじつはシニアの方々がたくさんプレイされていて。シニア層は新しいテクノロジーに対して及び腰になりがちですが、きちんとデザインされていればどんどん使いこなせるんだなと。もしかしたら老眼鏡感覚で若い人よりも先にARグラスに慣れてしまうかもしれないし、地方でどんどん新たな取り組みが受け入れられていく可能性もある。実際、Nianticも都市デザインや建築関係の方からお声がけをいただくことが増えています。

——おお! それは森ビルとしてもとても気になりますが……ぼくらの「日常」も変わっていきますね。ARはスマートシティだけでなくこの世界そのものを変えていくのかもしれないですね。

ARって世界を異なるチャンネルから見せてくれるものだと思うんです。〈Pokémon GO〉ならポケモンが見えるし、〈カタン〉ならさまざまな資源が見える。世界を楽しく見せてくれる技術です。たとえ経済的に世界が悪くなっていったとしても、世界をもっと楽しく見る方法はつねにあるはず。世界はただ歩くだけでも新しい未来のきっかけをもたらしてくれるものですし、Nianticもみなさんと一緒に歩いていけたらなと思っています。

※初出=プリント版 2020年10月1日号

 

杉山 央|Ou Sugiyama
森ビル株式会社 新領域企画部。学生時代から街を舞台にしたアート活動を展開し、2000年に森ビル株式会社へ入社。タウンマネジメント事業部、都市開発本部を経て六本木ヒルズの文化事業を手掛ける。 2018年 「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」企画運営室長として年間230万人の来館者を達成。世界で最も優れた文化施設等におくられるTHEA Awards、日経優秀製品サービス賞 最優秀賞等を受賞。 現在は、新領域企画部にて未来の豊かな都市生活に必要な文化施設等を企画している。一般社団法人MEDIA AMBITION TOKYO 理事。