WHAT IS NEW JAPANESENESS?

Media Ambition Tokyo代表・谷川じゅんじが問う、テクノロジーと日本らしさ

唯一無二のアートとテクノロジーの祭典「Media Ambition Tokyo(MAT)」。同イベントは毎年巨大化し、8年目を迎える今年はさらに領域を広げ「日本博」のオープニングセレモニーの演出をも手がけるという。同イベント代表を務める谷川じゅんじは、その成長をどう見ているのか。同じくMATの立ち上げメンバーである森ビル・杉山央の連載「GAME CHANGERS」第6回では、これまでのMATの歴史を振りかえりながら、芸術祭の可能性のみならず都市とテクノロジーの関係性、これからの「日本らしさ」について訊いた。

Interview by Ou Sugiyama
Text by Shunta Ishigami
Photo by Takeshi Shinto

新たな展示空間としての「MAT」

──じつはこの連載で真っ先に話を聞きに来たかったのが谷川さんなんです。今日は「Media Ambition Tokyo」(以下、MAT)についてお聞きしたくて。8年前にMATを立ち上げた理由と、これから東京をどう変えていきたいか伺えたらなと。

谷川 話が大きいね(笑)。MATって「自分たちが見せたい作品を集めて東京でみせよう」が名前の由来だし。だからMATは常に進化し続ける。“美しいテクノロジーのメッカ”としての“東京”を発信、「TOKYO」に興味をもって実際に海外から足を運んでもらうためのアートアンドテクノロジーの実践的な仕掛けと取り組み、これを可視化することがMATの役割なんだと思うんです。もう10年以上経つけど、ミラノサローネのような海外大型イベントでWOW、チームラボ、ライゾマティクスをはじめとする日本人クリエイターが参画、それぞれ高い評価を獲得し始めてきた時代があったのね。一方で日本国内では一般の人々にその大型作品を見てもらう機会はほとんどなかった。これじゃ次世代は育たないって、ある日気づいたのね。

谷川じゅんじ|Junji Tanigawa スペースコンポーザー、JTQ Inc.代表。「空間をメディアにしたメッセージの伝達」をテーマに、GINZA SIXグランドオープニングやLEXUS店舗リニューアルのマスターデザインなど、様々な商空間の開発や企業ブランディングを手掛ける。独自の空間開発メソッド「スペースコンポーズ」を提唱し、環境と状況の組み合わせによって感動体験を生みだすデザインは多方面から注目を集めている。

──当時の作品って、アーティスト個人の制作物というより企業と一緒につくったものも多かったですよね。

谷川 そうそう。作品に対する意識も変わってきた時期だったよね。昔はスポンサーと一緒に手掛けた作品はスポンサーのもの、つまり企画でありプロモーションだった。だから展示期間が終われば消費され多くの作品は消えていった。しかし時代の変化から、作品はあくまでもアーティストの知的資本であり肖像権もアーティストに帰属することが一般化、知的財産権の在り処が見直されて、出品に対してもみんな積極的になってきたんだよね。

──“商業的”な作品を展示する試みとして、MATってかなり先駆的だったように思います。

谷川 当時、新国立美術館で行われている文化庁メディア芸術祭が盛り上がってきたことも大きかった。美術館は意外に閉まるのが早い。深夜に集まって作品を見れる場所なんて無かった。どうせ海外から作家たちも大勢来ているのだから場所をつくって裏番組をつくっちゃおうと。そんないくつかの要因が重なってMATが始まったのが2013年はじめことです。

──当初は実験的にスタートされましたが、回を重ねていくにつれ規模もかなり大きくなりましたよね。拡大に伴う変化は感じますか?

谷川 規模の拡大については、正直べつに感慨深くはないんです(笑)。もともとミラノサローネのようなスケールでアートとテクノロジーのイベントをつくりたかったわけですから。ミラノに行くと広大なメイン会場で展示が行われて、市街ではたった一週間の間に1,500以上ものイベントが開かれている。まさに街中がデザインで湧き上がっている。そういう空気って東京にはないでしょ。コンテンツ自体は東京にもたくさんあるのに、世界中から人が集まれる空間がないことにある種のジェラシーを感じていたわけで。もちろんMATも大きくなってはいるけど、こっちは10カ所なのに対して向こうは1,500カ所だから(笑)。

──もっと大きな世界を描いているんだ、と(笑)

谷川 東京全体を沸かせるのは難しいけどね。でも5つのエリアで最先端のコンテンツを展示するとして、一区画につき100個の作品をプレゼンできたら全部で500個。そのレベルまで行けばミラノのような景色が見えてくると思う。だからほかのグローバルなイベントとかぶらないようにしているし、気候のことも考えて2月〜3月という時期を選んでます。東京の夏は耐え難いけど、冬ならついでに雪山や温泉にも行けるしいいよねと。

都市を変えるテクノロジー

──MATは仕組みも面白いと思うんです。たとえばキュレーターがいなかったり。

谷川 MATは「大人の文化祭」だとライゾマティクスの齋藤(精一)くんと話していて(笑)。ある種の紹介制みたいな形で、アーティストが自分の見せたいものを見せる場所がうまれてきた、つまり“しくみが生態系化した”ってことでしょ。それこそが「コミュニティ」じゃないのかな。旧来的な文化普及手法が終焉し新たな仕組みが誕生しつつあるってことなのだとも思うのね。昔は自分の不足や不満を埋めるように消費活動を行なうことが一般的だったけれど、現代では物質的な豊かさがすでに過剰な充足状態を生み出している。だからこそ、どうしても欲しい、どうしてもやりたいってことのほうがみんな大事だって考えるように変わってきたと思うんです。その変化がSDGsはじめサステナビリティやシェアリングエコノミーという意識を広げ、より永続的な社会システムを求めるようになったんだと思うんです。良く生きる=ウェルビーイングの重要性もそんな流れを汲んでいると感じているんです。

──その変化の基盤となるのが都市なのかなと。思えば5〜6年前から谷川さんは、これからの都市は流動化するとおっしゃってましたね。

谷川 変化はゆっくり静かに、そして劇的に進むでしょう。都市はその単位の集積密度が高いから変化も進化も反応が早い。人も空間もますます流動化していきますよ。かつてニューヨークの人々の移動手段が馬車から自動車に変わったことでライフスタイルや価値観まで変わってしまったように、自動運転が実装されたらまたライフスタイルは変わるでしょ。都心じゃなくて郊外に住む人が増えるだろうし、“時間”の使い方も“豊かさ”のあり方も変わっていく。そうした営みの進化を応援していくのが、テクノロジーだとぼくは思っています。そして進化を応援するテクノロジーをつくるのが日本は上手いと思います。たとえばゲームやエンタメなんて、一見カジュアルだけど哲学的なメッセージをもっていて多くの人の人生を変えてしまったりするでしょ? ローコンテクストからハイコンテクストまで、あらゆる人に学びや変化のきっかけを与えている日本、とても素敵だなと思います。

──マンガやアニメも人間の生活を豊かにするものといえそうです。

谷川 「ガンダム」シリーズや『AKIRA』のように、哲学的なものもある時期から増えたよね。こうした作品って発表されたときはよく理解されていなかったけれど熱狂的なファンが現れて、徐々に世の中に受け入れられていった。そういうふうに世の中はいろいろな軸に揺れながら進化していくんだと思います。その動きは非常に多元的なのだけれど、方向はひとつに決まっているというか。

日本らしさのアップデート

──谷川さんの話を聞いていると、「日本らしさ」が自分のなかでアップデートされていくのを感じます。

谷川 都市というOSをバージョンアップさせて時代の文化や産業を発展させてきたのが日本の進化スタイルなんだと思うんです。たとえば平城京では海を超えて大陸から文化を取り込んでストックし、平安京で熟成発酵させて「和」の礎を築き磨き上げた。その後は東京に都を移してまたOSをアップデートしていて、徳川家康の時代から400年進化し、それは今も続いているわけですよね。都市の起点には昔から神社仏閣があってそれらは今も重要な役目を果たしてる。いまや神道や仏教だけじゃなく、クリスマスやハロウィンなどいろいろなカオスが“文化のマルチタスク”ともいえる状況を生み出していて、人々はその状況を自然体で受け入れていたり。これから5Gのような高速インフラが実装されると、都市OSも更に頻繁にアップデートされるでしょうね。コミュニケーションのあり方が変わりコミュニティの重要性が益々ましていく。想像もつかないようなジャンプアップが起きるんじゃないかな。

──そういう意味では、どんな進化がありうるのか実証実験を行なう場所としてもMATは機能しそうです。

谷川 MATの期間だけ集中的にいろいろなコンテンツを展示し、多くの人からフィードバックがもらえたら、新たなプロダクトやサービスの実験場にもなりうるかもしれない。MATは企業の方々に協力いただき開催場所をドネーションしてもらっているんですが、その方々にとっては都市空間が流動化するなかで、自分たちのアセットがどんな機能を実装すれば、より良いシステムがつくれるのか簡単に実験できちゃったりするわけです。お互いのギブ&テイクがあることでMAT自体もより継続性が増してくると思います。

──もはや企業の研究所の中だけで実験していても意味がないですしね。β版の段階から世の中に出すことでアップデートさせていくというか。

谷川 MATを期間限定の都市OSとして考えてもいいんじゃないでしょうか。もはや都市はハードウェア主体で進化するわけじゃないし、そこで暮らす人の感性で進化していく。だからどんなコンテンツが集まれば時代の変化を感じとれるのかキャッチアップしたいですね。

──MATが人間中心の都市をつくっていく実験場になればいいですよね。

谷川 しかもそれを楽しくポジティブに、が大事。おしゃれで素敵じゃないとね。利便だけのテクノロジーの進化や都市の変化だったら自分と関係ないと思っている人たちにも興味をもってもらいたい。そのためにも、参加しやすい空気と仕組みをもっと考えていきたいです。

Media Ambition Tokyo の会場にて(Photo Courtesy: JTQ Inc.)

ハイテク=ハイセンス

──日本らしさという意味では、今年行われる「日本博」のオープニングをMATが手がけられるんですよね。

谷川 3月14日に行われるオープニングセレモニーのパブリックビューイングにまつわる演出を、MATとして手掛けることになりました。上野公園エリアでテクノロジーを使いながらセレモニーを拡張させようと思っていて。

──個人的にもすごく嬉しいんです。日本博って能や歌舞伎といったいわゆる伝統芸能や日本美術が中心的に扱われてきたけれど、MATによる新しいテクノロジーを使った表現も「日本の文化」として捉えられたわけですよね。

谷川 日本博には「日本人と自然」と「縄文から現代」というふたつのテーマが設けられているんですが、まさにぼくたちが担うのが「現代」と「自然」の部分だと思っています。上野公園の環境も取りこんでいくという意味でもそうだし「デジタルネイチャー」という視点でも「日本人と自然」にアプローチできるんじゃないかと。プロジェクションマッピングやドローン、いろんなテクノロジーを使いたいと思っています。

──乞うご期待ですね。テクノロジーにも日本らしさは表れるものなんでしょうか。

谷川 この前「LOVOT」に触れたときにも思ったんですが、デバイスやUIを通じて情を湧かせるアプローチは日本のものづくりの真骨頂でしょう。「AIBO」もそうですが、愛情を注げるテクノロジーを日本はこれまでも上手にたくさんつくってきましたよね。ある方に教えてもらったんですが「ハイテク」って「ハイセンステクノロジー」の略なんですって。速い・強い・すごいみたいな「ハイテク」とは異なった豊かで美しい未来を、センス=感性を組み込むことで生み出せるんじゃないかと。MATでもハイセンステクノロジーをもっと追求していきたいですね。

──まだまだMATが進化していきそうで楽しみです!

谷川 定量的にも定性的にも進化させていけたらと。定量的な面では、開催場所を増やしたい。いまの拠点数ではまだ世界のメディア関係者やクリエイターから興味をもってもらいづらいので、スケールを大きくしたいんです、みんなのチカラで。定性的な意味では、実験的で先鋭的なものだったりやってみてうまくいかなかったりするものを許容することで、もっとポジティブな空気を醸成していけたらいいなと思っています。そもそも、2013年なんて作品の完成が間に合わなくて本番中ずっと真鍋(大度)くんが座りこんで調整してオーディエンスとおしゃべりしていたくらい自由な場所だったわけですから(笑)

杉山 央|Ou Sugiyama
森ビル株式会社 新領域企画部。学生時代から街を舞台にしたアート活動を展開し、2000年に森ビル株式会社へ入社。タウンマネジメント事業部、都市開発本部を経て六本木ヒルズの文化事業を手掛ける。 2018年 「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」企画運営室長として年間230万人の来館者を達成。世界で最も優れた文化施設等におくられるTHEA Awards、日経優秀製品サービス賞 最優秀賞等を受賞。 現在は、新領域企画部にて未来の豊かな都市生活に必要な文化施設等を企画している。一般社団法人 MEDIA AMBITION TOKYO 理事。