HOW TO BE CREATIVE IN THE UNIVERSITY

慶應SFC環境情報学部長でアーティスト・脇田玲が語る、次代の大学に必要な4つのクリエイティビティ

「SFC」の略称で知られる慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスは、インターネット黎明期から情報技術に注力し数多くのアーティストを輩出してきたことで知られている。同大学の環境情報学部長を務める脇田 玲もまた、エンジニアと大学教員を経てから作品をつくり始めた異色のSFC出身アーティストだ。じつは森ビル・杉山央もSFC出身であり、脇田とは同級生。異なるフィールドで活躍するふたりが語る、これからの大学と大学生に必要なものとは。

Interview by Ou Sugiyama
Text by Shunta Ishigami
Photo by Manami Takahashi

大学の仕組みを“ハック”する学部長

──脇田さんは、10月にSFCの環境情報学部長へ就任されましたよね。本当におめでとうございます。何か環境は変わりましたか?

脇田 すごく変わりましたよ。まず、教職員の皆さんが挨拶してくれるようになりました(笑)。同僚と話す機会が増えて、研究や教育など問題意識を共有できるようになりました。ただ、大学運営の仕事は予想以上に多く、予定が詰まってしまって、限られた時間のなかでどう自由に生きるかという課題が顕在化しました。

脇田 玲|Akira Wakita 科学と現代美術を横断するアーティストとして、高度な数値計算に基づくシミュレーションを駆使し、映像、彫刻、インスタレーション、ライブ活動を展開している。これまでに Ars Electronica Center, Mutek, WRO Art Center, 清春芸術村, 日本科学未来館などで作品を展示。2016年からは小室哲哉とのコラボレーション・プロジェクトとして Ars Electronica Festival や RedBull Music Festival で作品を発表。慶應義塾大学SFC 環境情報学部 学部長 教授。

──ぼくとSFCの同期である脇田さんが学部長になったのは、かなり感慨深いんです。社会が変わってきているんだなと。学部長としては史上最年少ですよね? 実際に就任されてみていかがですか?

脇田 SFCのなかでは最年少ですね。就任した当初は、大学運営の仕事とアーティスト活動のせめぎ合いになるなと思っていたんです。両者は相容れないものだと。ただ、2カ月経ってみて、大学の仕組みをアーティストとしてハックすることが私の仕事なのだと気づいたんです。そもそもSFCのミッションは大学の概念を拡張することですし、大学をこう捉え直せばこんな新しいことができるよねと自らリーダーシップをとって提示していかねばと考えるようになりました。

──学部長がハックのお手本を見せる意味は大きいですね。思えば、昨年脇田さんがミッドタウンで行なった展示「虚構大学SFC」もまさに大学のあり方を問う展示でした。

脇田 Speculative Fake CollegeでSFCという(笑)。虚構の大学の物語を作り、現実の大学の可能性を拡張するというプロジェクトです。あの展示は虚構の大学でしたが、同様のことを現実でやればいいと気づいたわけです。杉山さんや私が学生時代だった90年代のSFCは日本で初めてひとり一台のラップトップを推奨し、まだほとんど普及していなかった電子メールですべての事務的なコミュニケーションを実現しようとしていました。そんなことできるわけないと多くの人が思っていたことを実際にやってしまった。私もSFCのDNAを持っていますし、そういう破壊的なことを推進しなければいけないなと思っています。

──脇田さんの学部長就任は「変化」の象徴だと感じていたんですが、その変化こそがSFCの象徴でもあるわけだ。

脇田 今ある仕組みを最適化したり高度化していくのではなく、仕組みそのものをゼロベースで作っていくことが自分の仕事なのだと気付かされました。何もせずに任期を終えてしまってはダメだなと。大学のありうるかたち(Speculative College, Speculative University)をつくっていかねばと思っています。

エンジニア発、大学教員経由、アーティスト行き

──ぼくが立ち上げメンバーの一人になっているテクノロジーアートの祭典「MEDIA AMBITION TOKYO」では脇田さんに何度も作品を発表いただいていますが、もともと脇田さんはアーティストではなくエンジニアでしたよね。

脇田 大学卒業後は、CADのベンチャー企業で働きながらSFCの大学院で計算幾何学の博士号を取得しました。ウェブ系の企業やフリーランスでエンジニアとして数年働いた後、SFCに戻って教員になり、順当に昇任し、いわゆる普通の大学教員として授業をもったり論文を書いたり。研究者として生きていましたね。

──そこからなぜアーティストに転身を?

脇田 2014年に教授になり、やっと自由に動けるぞというタイミングで癌になって数カ月入院することになったんです。このまま死んだら納得できないぞと思って過ごしているうちに、自然と残りの人生はアートをしようと考えるようになっていました。自分の研究してきたサイエンスとアートをつなげることで社会のあり方を自分なりに納得して死にたいなと。

脇田さんの新作〈PHATONS(フォトン)〉「来年の『MEDIA AMBITION TOKYO 2020』(2020年2月27 日(木)~ 3月8日(日)開催)では、光の粒子(フォトン)をテーマにした作品を検討しています。暗い部屋の中でも眼球には1秒間に約4000億個のフォトンが入り込んで網膜と衝突し、その衝突エネルギーが電気エネルギーに変換され、視神経を通して脳に伝わり「見る」という行為が成立しています。意識に上ることのない世界にとんでもない現象が隠れている。そんなフォトンの世界を想像していただく第一歩になれば」(脇田)

──いまでこそアートとサイエンスの融合を唱える人は多いですが、脇田さんには最初からその意識があったわけだ。

脇田 アルスエレクトロニカの総合芸術監督を務めるゲルフリート・ストッカーさんがたまたま私の作品を見てくれたんです。2015年のフェスティバルに招待していただき、そこでアルスエレクトロニカもアートとサイエンスをテーマにした展示を開いていて、世界中に同士がいることに気付かされました。翌年には小室哲哉さんとつくった8K映像と5.1チャンネルサウンドのインスタレーションをアルスエレクトロニカで発表することになり、アーティストとしての活動は新しい展開に向かい始めました。

──後悔したくないという気持ちが脇田さんを大きく動かしたわけですね。

脇田 死に直面したことで、それまで関わっていた情報をデザインするとか新しい素材をつくるといったテーマではなく、世界の仕組みへの興味が強まったのだと思います。論文を書くのも面白いのですが、作品を発表する方がコミュニケーションが生まれやすく社会にいい影響を与えているという実感があります。もう何年も論文は書いてなくて、いまは作品をつくる方向に完全にシフトしています。

──脇田さんの作品は第一にビジュアルがすごくきれいで、作品をよく知ろうとすると深いテーマがあることに気づかされるのが特徴だと感じます。どの作品も身の回りの現象や普段意識していないことを感じさせてくれるのが面白いです。

脇田 いまは光をテーマにした作品をつくっているんですが、学部長になって制作にかけられる時間が極端に短くなったことでむしろ集中できるようになりましたね(笑)。時間が限られることで、生産性がものすごく上がった。あとは、自分でなくてはできないことと人に頼んでやってもらうことの区別をしっかりとつけるようになりました。

──学部長になって作品が発表されなくなったら夢がないですもんね(笑)。

脇田 こうした活動も学生へのメッセージになればいいなと思っています。だからこそ、もっと作品をつくって発表し続けていかなければいけないなと。

デザインは「薬」、アートは「毒」

──近年は、ぼくらより下の世代からもSFC出身で面白いことをしている人がどんどん増えていますよね。新しい産業をつくってしまう人もいるし、SFCが新たな取り組みに出資できたら面白そうです。

脇田 まだ企画段階でしかないですが、じつはSFCとしてファンドを始めたいと思っているんです。テクノロジーではなくアートやデザインを対象としたファンドができないかと思っていて。シードになる以前の状態から資金を入れて、教育と研究とインキュベーションが混じったような活動を展開していきたいと思っています。

──すごい、ぜひやってほしいです!! その考え方にはものすごく共感します。個人的にも、5年先の未来をつくる人にお金がたくさん集まるのに10年先の未来をつくれる人には集まらないことへの葛藤があって。アートやデザインはAIやIoTよりもっと射程の長いものですからね。

脇田 社会が求めている新しい価値に投資したいんです。ディープテックは価値がわかりやすいですが、そうではないものにこそ投資したい。例えばアートであれば、商品としてのアートだけでなく、社会を変えるドライビングフォースとして投資する価値もあると思うんです。

──いまやアーティストと起業家の間の垣根もなくなりつつありますものね。

脇田 もっと流動的になればいいなと思っています。アートはテクノロジーのように社会の仕組みを変えられないかもしれないけれど、人間の認識は変えられる。物理的な変化よりも人間の内在的な変化の方がむしろ世界を大きく変える可能性がありますから。

──その姿勢は学生へのいいメッセージにもなりそうです。

脇田 ぼくが学部長に就任した際に発表したメッセージでも、これからはデザイン・アート・サイエンス・テクノロジーの4つすべてが重要だと学生に伝えました。デザインは問題を解決する「薬」で、アートは人間に刺激を与える「毒」。サイエンスは自然の叡智に気づき足るを知る「謙虚さ」で、テクノロジーはもっと人間を拡張させたいと願う「欲望」。現代においてクリエイティブであることとは、この4つを駆使できることだと考えています。

──アートは「毒」! 面白いですね。本質を突いたメッセージでもある。

脇田 もっとも、薬は英語でドラッグ(drug)ですから、デザインだけ摂りすぎても危険だと思っています。この4つのバランスをうまくとっていくことがこれからは重要ですよね。杉山さんのように自由な活動を行おうと思ったら、4つすべてを意識しなければいけないですし。AIもIoTもSDGsも、その本質はこの4つが織りなす文脈のなかに見いださねばならないでしょう。

コミュニケーション力=語学力ではない

──世界と日本を比べてみたときに、日本が勝負できる可能性はどこにあると思われますか? テクノロジーでは海外に負けることも増えていますが、ぼく自身は日本の強みもまだあると思っていて。

脇田 難しい質問ですね。世界の人々と仕事をすると、日本独特の感性があることに気づかされます。テクノロジーやスピード感では負けることが多いけど、感性を使って勝負できる可能性は大いにありそうです。

──繊細な感覚で空間をつくる能力は高いですからね。クリエイティブの領域が空間へ広がると日本人が強みを発揮できる部分も大きそうです。

脇田 個人的には、一人ひとりが自分のコミュニケーションの軸になるものをもってほしいと思っています。20世紀はコミュニケーション力=語学力と考えられていた時代でした。いまでもSFCでは外国語教育に力を入れていますし、もちろん語学力が高いにこしたことはありません。ただ、一方でいまは外国語が話せなくても、スマホやPCを使って自分の作品やポートフォリオを見せればコミュニケーションできる時代でもある。自分の活動こそがコミュニケーションのエッセンスなのです。自分のもっているプレゼンテーションの在り処を自覚することが重要であって、単に英語力だけ鍛えても世界の才能とは太刀打ちできないですから。これからの学生には語学力ではない力こそが海外で戦っていくためのキーとなることに気づいてほしいです。

──ぼく自身も英語が苦手なので、そう言っていただけると心強いです(笑)。これまではコミュニケーションがテキストベースで行われていましたが、それも変わってくるということですよね。

脇田 コミュニケーション能力のあり方そのものが変革の時期を迎えているのだと思います。実際、杉山さんも「チームラボボーダレス」などご自身の取り組みでその変化を実感されているんじゃないでしょうか。

──たしかに、チームラボの猪子(寿之)さんもまったく英語は話さないですからね(笑)。でも、作品を通して猪子さんの思想を知り、世界中から多くの人が彼の周りに集まってくる。

脇田 どんな人にもコミュニケーション能力はあるのだと伝えたいんです。語学力とコミュニケーション力が同一視されている状況は変えていかねばと思っています。デザインは言語ですし、アートもまた言語なのです。

──一方で、今後アーティストとしての目標などはあるんですか?

脇田 アーティストとしてはまだ駆け出しなので、つねにサイエンスと結びつけながらも自分らしさをつくることがネクストステップでしょうか。サイエンスは科学者だけが考えるものではありませんから。“名詞”ではなく“動詞”としてのサイエンスをアートによって実現したいんです。学部長になったことも含めて自分のなかではすべて連続してつながっているので、あまり「ネクストステップ」みたいなものは考えていないのも事実なんですが。

──脇田さんらしさは見えてきている気がするので、すごく楽しみですね。

脇田 ただ、目下のところは、繰り返しになりますが、大学そのものをアートとして再解釈しなければいけないと。とくに日本の大学を取り巻く生態系は硬直化しているところが大きな問題です。受験は傾向と対策のプレイになっているし、単位を得ること=学習と勘違いしている人も多い。本当の知能とは何かという問いを取り戻す必要があります。「いい学校に入れば幸せになれる」といった幻想がいまだに強いのも事実でしょう。だからこそ、アーティストが大学でクリエイティビティを発揮できる余地はまだまだたくさんあるのではと思っています。学部長の自分がこんなことを言うと、自分の首を締めることになるかもしれないんですけどね(笑)

脇田玲「PHOTONS」 会期 ~2020年2月2日(日) 会場 清春芸術村 光の美術館 住所 山梨県北杜市長坂町中丸2072 TEL 0551-32-4865 OPEN 10:00~17:00 休館日 月(祝日の場合は翌平日) 観覧料 一般1500円 / 高校・大学生 1000円 ※清春白樺美術館の入館料を含む

杉山 央|Ou Sugiyama
森ビル株式会社 新領域企画部。学生時代から街を舞台にしたアート活動を展開し、2000年に森ビル株式会社へ入社。タウンマネジメント事業部、都市開発本部を経て六本木ヒルズの文化事業を手掛ける。 2018年 「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」企画運営室長として年間230万人の来館者を達成。世界で最も優れた文化施設等におくられるTHEA Awards、日経優秀製品サービス賞 最優秀賞等を受賞。 現在は、新領域企画部にて未来の豊かな都市生活に必要な文化施設等を企画している。一般社団法人 MEDIA AMBITION TOKYO 理事。

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