VISUALIZING THE FUTURE/DESIRE

食の革命家・榊良祐は、「欲望」のビジュアライズで世界を変える

電通のアートディレクター・榊良祐が、「食のオープンプラットフォーム」をつくるべく立ち上げたプロジェクト「OPENMEALS」。同プロジェクトがSXSW 2019で発表した寿司をデータ化し転送する「SUSHI SINGULARITY」は世界中に衝撃を与えたが、意外にも榊は「食だけに興味があるわけではない」と語る。森ビル・杉山 央の連載「GAME CHANGERS」第3回では、榊と新たなレストラン開店を目論む杉山が、榊の食にとどまらない壮大なビジョンに迫る。

Interview by Ou Sugiyama
Text by Shunta Ishigami
Portrait by Katsumi Omori
Photo Courtesy : OPENMEALS

未来の可視化=欲望の可視化

──榊さんにはずっと前からお話を聞いてみたかったんですが、きちんとお話する機会がなくて。今日は榊さんの頭のなかを覗いてみたいと思っています。

 これまでは会ってもプロジェクトの説明ばかりでしたもんね。今日はよろしくお願いします。

──まず、榊さんが提唱されている「第5次食革命」についてお聞きしたいんです。榊さんはテクノロジーで食文化を変えようとされていますよね?

榊 良祐|Ryosuke Sakaki 電通 / Art Director / Design Strategist / OPENMEALS発起人。主にアートディレクターとしてさまざまな企業の広告キャンペーンを担当。現在は「広告クリエーターの能力を社会に解放する」をミッションとして縦横無尽に領域拡張中。近年の主なプロジェクトに、2023年開業予定の「北海道ボールパーク」開発プロジェクト、全都民配布の防災ブック『東京防災』プロジェクト、宇宙食市場共創プロジェクト「space food X」など。グッドデザイン金賞。D&ADほか受賞。広告クリエーターの枠を超えて活動を続けている。

 いきなり話が逸れてしまって申し訳ないんですが(笑)、ぼくはべつに食革命だけに興味があるわけではありません。「未来のビジュアライズ」なんです。「データ食産業」や「未来の食レストラン」のように誰も想像していなかった未来をビジュアライズすることで初めて、ニーズや欲望が生まれます。ぼくはこれを「欲望の可視化」と呼んでいるんですが、人間って想像できないものは欲望できないんですよね。

──その対象が今回は「食」だった、と。榊さんが一番遠い未来までボールを投げることで、みんながそこを目指して走りだせる。

 まさにそうです。だから最初は、実現性を度外視したアイデアを出します。地に足のついていないものをまず構想し、もう一度専門家に見せてレビューをもらう。実現できる部分とできない部分を精査して修正することで、アイデアを調整していくんです。だから勝手な空想の世界にならない。科学的に説明できるから納得度も高いし、ビジュアルはノンバーバルなので世界に発信すれば議論も起こりやすくなります。

──説明できるものになっているからこそ、受け入れられやすくなるんだ。

 ぼくらはこれを「Vision Oriented Method」と名付けています。この手法を使うと、業種を超えて産業そのものを共創できるんですよ。飲食産業に絞るとすでにバリューチェーンが定まっているので広げにくいですが、これからのフードテックは飲食産業はテックやヘルスケアのようにさまざまな業界がつながっていかなければいけない。この手法は、これからのものづくりにも適しているんじゃないかと思っています。

アイデアを洗練する「山手線検証法」

──榊さんから最初にこのアイデアを聞いたとき、嬉しいと同時に悔しくもあったんです。「アート思考」のように新たな発想でプロジェクトをつくられている好例だなと。

 本当にやりたいことはそこですからね。よく「寿司を転送している人」と思われているんですが、それはあくまでも“フック”です。まずは注目されないと、本質の部分を話せませんから。SXSWに出展したときも、「寿司のテレポーテーション」というコンセプトとインパクトのある見た目で人を引き寄せたうえで思想をきちんと伝えるよう心がけていました。

──相当戦略的にやられていますね。アートディレクターの仕事で培った経験も活かされているんでしょうか。

 そうですね。最近、プロフィールに「広告クリエイターのスキルを社会に解放する」ことがミッションだと勝手に書いていて(笑)。広告クリエイターのスキルとは、クライアントの課題や事情、世の中の空気感をマッシュアップしながら最高のソリューションを出すこと。この特殊な能力を広告業界のしきたりに縛られずに解放することで、何ができるのか実験してみたいんです。「OPEN MEALS」もクライアントがいないからこそぼくの自由な発想のなかでつくれたわけですから。

──面白いですね。アイデアをつくるときはひとりで考えるんですか? それとも誰かと話し合う?

 現場を見てリアルなものを感じて、まずは自問自答です。ぼくは右脳的な発想と左脳的な発想を切り替えるのが得意なので、文章でロジカルに考える作業と自由にラフを描く手作業も交互に行なっています。こうしてつくったアイデアがきちんと世の中に受け入れられるものなのか、「山手線検証法」で答え合わせすることも多いです。

──「山手線検証法」……?

 山手線に乗って、すべての乗客にアイデアがきちんと届くか考えるんです。自分のアイデアを乗ってくる人の顔を見比べていると、アイデアと世の中の距離感を調整していける。

──だからわかりやすいアイデアになるんですね。

 ぼくの仕事はアート作品をつくることではなく世の中を動かすアイデアをつくることなので、この作業はすごく重要ですね。

ビジュアライズするから、多くの人を巻き込める

──そもそも「OPENMEALS」はどうやって思いつかれたんですか?

 最初は、CMYKを別のものに置き換えれば世界が広がると考えたんです。まずはプリンターのカートリッジの中身を醤油や酢、砂糖水に変えて、コーンスターチでできた食べられる紙にプリントしました。調味料を混ぜると結局どれも茶色になってしまうんですが(笑)、カラーバランスを変えるときちんと味も変わりました。

──革命的な瞬間ですね(笑)。

 これは「味」を「データ」に変換しているわけで、味をデータ転送できることに気づいたんです。その後、もっと掘り下げたいと思って味の研究者を探したところ、九州大学の都甲 潔先生という味覚の研究をされている有名な先生に行き着いて。企画書を送ったら興味をもっていただけて、研究室で直接お話を伺いながらほかの研究者の方も紹介していただけました。リサーチを続けるうちに3Dプリンターを使えばきちんと食べられるものをつくれることに気づいて、今度は3Dプリンターで食べられるものをつくっている方を探しました。食べられるゲルで3Dプリンティングを行なっている山形大学の古川英光先生にたどりつき、会いに行ったらまた興味をもっていただけて。

──榊さんの情熱にみんなが引き寄せられる、と。食の専門家や研究者ではない榊さんのもとに最先端の研究者が集まるのが面白いです。

 それこそがVision Oriented Methodなのかなと。これまではひとつの企業がR&Dを行なっていたけれど、ぼくらは超未来的な構想をまず出して、専門家を巻き込んでディテールを詰める。そこからビジュアルやムービーを世界に発信し、さらに多くの人を巻き込んでいく。こうすることで新たな産業をどんどんつくっていけるんです。

──クラウドファンディング的な広がりにも似ていますね。

 食に限らず、いままでのつくり方だと限界があるんですよね。昔はひとつの企業がひとつの産業に携わっていましたが、これからはたくさんの企業がつながりあっていかなければいけません。

場所をつくって「火」をつけること

──でも、立場や職種の異なる人が集まると「共通言語」がないから大変そうですよね。いつもどうやって作業を進められているんですか?

 ぼくらも最初は大変で、お互いが何を言っているのかぜんぜんわかりませんでした(笑)。ただ、ぼくが毎回ラフビジュアルをつくっていくようになってから議論がものすごく進みやすくなりました。ぼくは「ビジュアルは世界最強の羅針盤だ」とよく言っていて。ビジュアルなら誰もが意見を出しやすいから、みんなでアイデアをアップデートしていけるんです。

──面白いですね。榊さんの仕事って、昔だったらシド・ミードやSF作家のような人々が担っていた役割に近い気がします。

 ビジュアライズっていろいろなことに使えると思うんです。話したり文字にしたりするだけだと余白がすごく多いけれど、ビジュアルは逃げられない。この機械のノズルはいくつあって、どんなインターフェースデザインで、シリンダーが何色かとか、すべて決めなければビジュアルになりませんから。

──とはいえ榊さんは食の専門家ではないですよね。どうして細かい部分までビジュアルにできるんですか?

 ぼくがすべて描いているわけではないんです。多くのCGクリエイターや専門家とチームを組んでいて、だからこそぼくのディレクションが活かせる。

──榊さんはビジュアルのディレクターということですね。それはプロジェクト全体についても共通しているように思いました。

 ぼくらのミッションは、アイデアの構想をビジュアライズして多くの人をインスパイアすることですからね。R&Dを行ないたいわけではない。アイディエーションとビジュアライズ、そしてプロデュースがぼくの主な役割で、実際につくるのは専門家や技術者の方々だと思っています。

──ひとつの事業に全身全霊をかける人もいますが、榊さんはむしろバトンタッチしていくというか。

 そうですね。そのためにも、場所をつくって「火」をつけていくことが大事なんです。だから「OPEN MEALS」でも、アイデアをアウトプットする常設のレストランをつくりたくて。フードテックって、いろいろな技術は出てきているのにアウトプットする場がないんですよね。

──レストランはぼくもぜひつくっていきたいと思っています。一般の人が新しいアイデアに触れられる場所ができるのはいいことですよね。

 そこからさらにアイデアを深堀りして開発を行なう人が現れるかもしれないですからね。ぼくらは未来を可視化し、欲望を可視化し、新しい産業をつくることに注力したい。ひとつの分野でそれがある程度できたらべつの産業に目線を移すほうが、ぼくの能力的にもスタンス的にも合っている気がしています。

産業を超え、未来をアップデートする

──今後はどのような活動を予定されていく予定ですか?

 食のプロジェクトもそうですが、事業化を考えた表現だけでは限界も見えてきたので、今後はアートの文脈にアプローチしたいとも思っています。いろいろな技術者の方にお話を聞いていると、事業にはならないけど形にして多くの人に伝えたほうがいいと言われるアイデアも生まれてきていて。より感覚にアプローチできるアートの文脈のなかで、ありうる未来の可能性を世界に伝えていきたいですね。

──いますぐにはビジネスにならなくても、さらに先の未来をアートという形で提示していくわけですね。

「OPEN MEALS」に限らず、次はどんな分野でシンギュラリティを起こせるかリサーチも続けています。たとえばいま注目しているのは「スリープテック」です。食と睡眠はどちらも人間の根源的な欲望ですし、メーカーやIT、流通など、食に多くの産業が紐付いているように、睡眠にも多くの産業が関わっています。医療機関や寝具メーカーだけでなく、たとえば自動運転が普及すれば自動車産業も睡眠とかかわってくるはずです。

──面白いですね。食と睡眠、どちらも人間には欠かせませんからね。

 でも、これまで「睡眠」に大きな変化は起きていないんですよね。100%必要なのに、市場もめちゃくちゃ大きいのに。食は誰もが一日3回コンタクトするとんでもないコンテンツでしたが、睡眠は一日の3分の1を費やすさらにとんでもない市場です。テクノロジーを導入してアップデートしていく余地はかなりあるでしょうね。

いま、一年間で人類がとる食事の総量は7兆食もあって、毎日の食事に100%満足している人は2〜3%しかいないといわれています。ほとんどの人がなんらかの不満を抱えているわけです。睡眠も同じで、自分の眠りに100%満足している人はあまりいないでしょう。睡眠の質を上げることは、人生の質を上げることでもあります。だからこそ、超未来的なビジョンを示したい。食に限らず、さまざまな未来をアップデートしていけるといいですね。

杉山 央|Ou Sugiyama
2000年に森ビル株式会社へ入社。タウンマネジメント事業部、都市開発本部を経て、森アーツセンターでは六本木ヒルズの文化事業を手掛ける。18年6月に開業した「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」の企画運営室長。一般社団法人MEDIA AMBITION TOKYO理事。