SHARING MAKES NEW SOCIETY

シェアリングエコノミー伝道師・石山アンジュが考える、社会の新しいルールづくり

官民の垣根を飛び越えてシェアリングエコノミーの普及に尽力し、シェアの“伝道師”として近年注目されているPublic Meets Innovation代表の石山アンジュ。シェアを通じこれからは「わたし」ではなく「わたしたち」が重要になると語る彼女が目指す社会は、いったいどんな姿をしているのか。森ビル・杉山 央の連載「GAME CHANGERS」第2回では、石山の取り組みに共感を寄せる杉山が、彼女のビジョンを明らかにする。

Interview by Ou Sugiyama
Text by Shunta Ishigami
Photo by Kaori Nishida

シェアの「伝道師」が生まれるまで

──本日はよろしくお願いします。アンジュさんはいまの時代を象徴する人なんじゃないかと思うんですよね。

石山 ありがとうございます。そんなこと言っていただけるなんて嬉しいです。

──「内閣官房シェアリングエコノミー伝道師」としての活動が注目されがちですが、もともとご実家がシェアハウスを営まれていたことで「シェア」に興味をもたれたんですよね?

石山 そうですね。実家がシェアハウスで、朝起きると知らない人が寝ているみたいな状況で。父が世界中を旅していたので旅先で出会った人を居候させていることもありましたし、父はサンバを演奏していたので常に家はホームパーティみたいな状態で(笑)。

──じゃあ子どものころからずっとシェアに馴染みはあったんですね。いまも「拡張家族」というかたちでいろいろな人と渋谷で生活されているそうですね。

石山 「血のつながらない家族」というモデルを実験していて、渋谷で約60人のクリエイターの人たちと一緒に共同生活をしています。一緒に子どもを育てることもあれば、一緒に仕事をすることもあるんです。

石山アンジュ|Anju Ishiyama 一般社団法人Public Meets Innovation代表、一般社団法人シェアリングエコノミー協会事務局長 / 内閣官房シェアリングエコノミー伝道師。1989年生まれ。シェアリングエコノミーの普及、規制緩和・政策推進・広報活動に従事。総務省地域情報化アドバイザーほか厚生労働省・経済産業省・総務省などの政府委員も務める。2018年10月ミレニアル世代のパブリックとイノベーターをつなぎイノベーションに特化した政策を立案し世の中に広く問いかけるシンクタンク一般社団法人Public Meets Innovationを設立。ほかNewsPicks「WEEKLY OCHIAI」レギュラーMC出演を務めるなど幅広く活動。Business Insider Japan 固定観念を打ち破り世界を変える「Game Changer 2019」46人に選出。国際基督教大学(ICU)卒、新卒で株式会社リクルート、株式会社クラウドワークス経営企画室を経て現職。著書『シェアライフ:新しい社会の新しい生き方』(クロスメディア・パブリッシング)

──プライベートな空間に他人が入ってくるのってわずらわしいこともあると思うんですが、気にならないものなんでしょうか?

石山 子どものころから他人が家にいる感覚が普通だったんですよね。ただ、社会人になってからシェアハウスで暮らしたり2012年ごろからAirbnbを使って海外でほかの人の家に泊まったりするなかで、普通の人にもこういうことができるようになったんだなと思いました。知らない人を家に入れるのってハードルが高いですけど、消費行動をシェアに変えるだけでそれが可能になるんですよね。宿泊するという消費行動はホテルもAirbnbも同じだけれど、Airbnbに変えただけで人との接点が生まれてこれまでとは少し違う人間関係を体験できる。これが民主化されたのは革新的だなと。

──他方で、お仕事の面でもシェアに関心をもつことになったと伺いました。

石山 新卒ではリクルートに入って、人材領域で大手企業さんの人事をクライアントとしながら、あらゆるHR領域のコンサルティングを担当していました。ただ、転勤や新卒採用のように個人の意志より組織の論理が優先されてしまう事例を見ていくなかで違和感が大きくなってきて。個人のチャンスも平等ではないし、もっと個人が自分の自由な意志で生き方を選択できるようにならないかと考えるようになったんです。

──リクルートにはどれくらいいらっしゃったんですか?

石山 3年半ですね。次はクラウドワークスという会社に転職して、IRや経営企画のアライアンス、広報、政策紹介に行き着きました。クラウドワークスはスキルシェアのサービスを提供する会社で、個人と個人が仕事をしたり企業と個人が仕事を受け合えたりするサービスに関心があって転職したんです。そこからより一層シェアに関心をもつようになりました。

「わたしたち」こそが豊かさのシンボル

──シェアについて気になっていることがあるんです。「独占したい」とか「得をしたい」といった人間のもつ欲望と、分け合うというシェアの思想でコミュニティをつくることは相反するものじゃないんでしょうか。

石山 すべての人にシェアを勧めているわけじゃなくて、オルタナティブな社会を目指すためのひとつの選択肢としてシェアの考え方やそのためのインフラが整っている必要があると思っているんです。今後経済が停滞していく可能性が高まっているなかで、これまでの資本主義社会のようにお金を稼げば幸せになれるというモデルは追求できなくなっていく。だからこそお金や社会的地位がなくても人との関係性のなかで安心な生活を送れるインフラが必要なんじゃないかと。地方創生も一緒で、これまでの日本は経済大国として大きな政府が公共サービスを提供してきましたが、それが機能しなくなってきた。だからこそシェアという仕組みがオルタナティブなインフラとして存在すべきだと思っています。

──なるほど。心の豊かさをつくっていくコミュニティをシェアによって実現していくことなのかなと思いました。

石山 そうだと思います。リーマンショックでお金の価値が揺らいだことで、豊かさの概念がパラダイムシフトを起こそうとしていますよね。一昔前は個性やオリジナリティが尊重されましたが、現在のように多様な自己実現が認められるようになると同じ考え方の人を見つけたときのほうが嬉しくなる。「わたし」ではなく「わたしたち」という主語が豊かさの象徴になっているんです。コミュニティもシェアハウスも、人と一緒であることが嬉しい。でも以前のように企業や学校、住んでいる地域によって強制的に一緒にさせられるわけではなくて、いまは趣味や価値観によって「みんな主義」を形成できる。

──人と人とのつながりは、テクノロジーによっても変わってきているんでしょうか?

石山 テクノロジーの影響は大きいですよね。昔はいわゆる「コミュ力」がないと人とつながりにくかったけれど、いまは誰でも自分の価値観や個性をオンライン上で表現して人とつながれるようになったと思います。それに、組織にとらわれず個人間で仕事やサービスのやり取りができるようになったのも大きいですね。いまは企業からではなく個人から直接野菜を買ったりできるし、個人同士で仕事もできる。個人間の経済活動が組織を介さずにできるようになったのは、テクノロジーのおかげなんじゃないでしょうか。

信頼をアップデートする必要性

──たしかに、働き方もだいぶ変わってきてますもんね。これからは大企業も副業を許していくようになっていくでしょうし。

石山 そうですね。シェアの話をすると、よく「フリーランスを増やす」とか「ひとりで生きていける人を増やす」と捉えられることが多いんです。でもわたしが目指している社会は「みんな主義」で大きくなっていく社会。そういう意味では、企業や国に頼っていたものをどう再分配しながら個人間のコミュニティで担保できるのかを考えていたりします。

──みんな主義の社会では、資本主義社会より人とのつながりが重要になりそうですよね。

石山 資本主義のなかでは、人に頼らずお金ですべて解決することもできましたからね。ある種そこにつながりをもちこんでいくと、人とのかかわりが必要になるのでもちろん面倒くさい面も出てきます。この前落合陽一さんとも話したんですが、だからこそ「信頼」の再定義がいま求められてるのかなと。わたしたち一人ひとりが信頼をアップデートすることで信頼できる対象の幅が広がれば、もっと人を頼れるようになる。どうすれば信頼の幅を拡張できるのかは目下のところの関心でもあります。

──そういうふうに世の中が進化していくと、いろいろな生き方を選べるようになるのかもしれませんね。

石山 そうあってほしいと思います。シェアだけでいまの人口1億2,000万人を守るのは難しいですから。今後超中央集権的な世界から分散的な世界に移行していくなかで、どうすれば痛みを伴わないようにステップを踏んでいけるのかは気になっていますね。

──いまはちょうど過渡期にあたるってことですね。

石山 過渡期は長いでしょうね。30年くらいあれば一部の人がブロックチェーンをつかったサービスだけで生きていけるかもしれないですけど、地方にいるおばあちゃんがその仕組を使えるようになるにはもっと時間がかかる。わたしは昔から一部の人だけがイノベーションを享受してることに納得がいかないタイプで(笑)。イノベーションはすべての人がきちんと享受できるべきだという意識が強いし、だからこそ“官”と民”をつなげていろいろなセクターと協働していきながらイノベーションを社会に実装していかないといけないなと思います。じつは、シェアとルールって相反するものなんですよね。信頼だけで成り立つからルールなんていらないというのが、シェアの極端なパターン。本当はそこに賭けてみたい気持ちもあるけど、いまは過渡期だからこそ、極端な方向に走るのではなくうまくシステムを設計することでシェアとルールという相反するものを同時に実現したいと思っています。

新しい社会をつくる新しいルール

──なるほど。社会のなかで新しいルールをつくっていく必要がある、と。アンジュさんがいま手がけられている「Public Meets Innovation」(以下、PMI)もそのために設立されたものですよね。

石山 まさにそうです。新たなルール形成の必要性を感じていましたし、ベンチャー企業からすると政府って遠くてどこで何が決められているのかわからないし、往々にして自分たちが知らない間に規制がつくられてしまうことに課題も感じていました。ベンチャーはいまの民主主義のシステムにお金と票をもっているわけではないので、政策に対する影響力がない。特にイノベーションの担い手である20〜30代は政策に声を届ける機会がなく、世代間の壁も大きくて。

──PMIでは若手官僚や弁護士、起業家が集まって活発に議論を交わしていますよね。ぼくも昨年末から3〜4回参加させていただいているんですが、みんなPMIを通じて世の中を変えていくぞというモチベーションが高くて驚かされました。

石山 イノベーターと政策をつなげる場が必要だと思っているんです。ブロックチェーンのようにこれまでルールがなかったものが産業化される時代においては、起業家にもパブリックなマインドが求められる。PMIを立ち上げようとするなかで、イノベーター側と官僚側の認識がずれていることにも気付かされました。官僚も好きで規制をしているわけではなくて、どちらも社会をよくしていきたいというビジョンをもっているわけですから。

──PMIができたことで、イノベーターと官僚が同じ方向を向けましたよね。あの場にいると、社会的なルールを変えられる可能性が感じられました。

石山 ありがとうございます。PMIは、若い世代が社会ビジョンを政策として立案するシンクタンクになっていきたいと思っているんです。いまは初年度なので、まずはコミュニティをつくることや多くの人々にわたしたちの活動を知ってもらうことに注力していきますが、今後はいろいろな課題に対して政策を提言できる機関になっていきたいなと。

──具体的に政策を提言をしていくというのは面白いですね。森ビルもまちづくりに取り組むなかで既存のルールが気になったり規制緩和できたらいいのにと思ったりすることもあるので、ぜひ今後も参加していきたいと思っています。

石山 ボードメンバーに入ってくださっているメルカリの小泉社長も、これからの起業家には、産業をゼロから責任をもってつくる意志が必要だと話していて。産業をデザインすること自体を考えると、絶対ルールメイキングの視点をもつことが重要になる。

──すごい面白いことが起きてるなと感じます。これからもPMIの活動を見守っていきたいですね。

石山 ありがとうございます!まずはミレニアルペーパーというかたちで、家族を起点にミレニアル世代300人で考える次の社会ビジョンを発表したいと思っています。10月1日に発表する予定なので、それに向けて活動を続けていけたらと思います。

杉山 央|Ou Sugiyama
2000年に森ビル株式会社へ入社。タウンマネジメント事業部、都市開発本部を経て、森アーツセンターでは六本木ヒルズの文化事業を手掛ける。18年6月に開業した「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」の企画運営室長。一般社団法人MEDIA AMBITION TOKYO理事。