自動車メーカー以外からも参入が相次ぎ、急速に発展している「自動運転技術」。私たちの社会にまったく新しいクルマが登場するのはいつ頃になるのか——。日米を拠点に世界各国で自動車産業の動向を取材するジャーナリストの桃田健史氏に、最新の動きと今後の見通しを聞いた。
TEXT BY HIROKUNI KANKI
Photo by GraphicaArtis / Getty Images
自動運転の夢は、1939年に始まった!?
クルマを自動運転させる発想は、1939年のニューヨーク万博にまで遡る。GMブースの「フューチャラマ」(未来社会を実体験できるジオラマ)に、まだ当時のアメリカになかった高速道路が描かれた。都市間の超高速移動を安全に行うために「オートメイテッド(自動化)」の機能が提唱された、と桃田健史氏は著書『自動運転でGO! クルマの新時代がやってくる』(マイナビ新書)で触れている。
それから70年以上の年月が流れたが、現状でも自動運転に関する明確な定義はないと桃田氏は言う。自動運転車の量産化に向けた流れが加速し、国やメーカーが「これが自動運転です」と銘々にアピールし始めたのがここ数年の動きだった。
「クルマや部品などの各メーカー、半導体メーカーなど、多岐にわたるプレイヤーたちが、ビジネスチャンスがあると考えて自動運転に押し寄せていますが、本格的な自動運転の普及までの道のりは、まだまだ初期の段階にあります。自動運転とは何を指すのか、定義を整理するための指標がようやくつくられたのが2013年です。
これは厳密な規格ではありませんが、米国自動車技術会(SAE)、米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)、ドイツ連邦道路交通研究所(BASt)という3つの機関が協力して作成し、各国に共通して当てはめられるような基本案でした。行政やメーカーなどが共通言語で喋るための叩き台となっています」
その「基本案」によれば、主体をドライバー側に置くのか、システム側に置くのか、という2つの視点を軸に、手動運転(レベル0)から始まり、運転支援(レベル1)、部分自動運転(レベル2)、条件付き自動運転(レベル3)、高度な自動運転(レベル4)、完全自動運転(レベル5)と、5段階で自動運転の適用範囲が進むことが記されている。
こうした叩き台がつくられた背景には、自動車メーカーの「焦り」があると桃田氏は見る。というのも、ひと口に自動運転と言っても、そこには2つの全く異なる文化の衝突があるからだ。
クルマメーカーとIT企業、それぞれの思惑
「自動運転をめぐっては、2つの大きなトレンドが世界にあります。1つは、自動車のメーカーが培ってきた『先進運転支援システム(ADAS=Advanced Driver Assistance System)』の発展です。ぶつからないクルマ、自動ブレーキといった技術を徐々に積み上げ、徐々にレベル2、3とステップアップするトレンドで、ゆくゆくは完全自動運転になったらいいという技術進化です。日本やドイツの自動車メーカー、自動車技術の進化を牽引する会社が同じように取り組んできたものです。
もう1つが、いきなりレベル5(完全自動運転)を目指すトレンド。例えば、以前まで『Googleカー』と呼ばれていた研究です。手がけたのはアルファベット社(Googleの持株会社)ですが、ここからスピンアウトしたウェイモ、日本だとヤマト運輸と『ロボネコヤマト』の実証実験をするディー・エヌ・エーなどが当たります。こうしたトレンドは、この3年ほどの間で世界中に生まれてきました。
徐々に自動運転をやろうとした自動車メーカー、あくまで新しいトランスポーテーションの1つとして自動運転を考える企業。2つの異なるトレンドが繋がってきました。昨年末にホンダがウェイモとの連携を発表したように、これまで敬遠してきた存在が無視できなくなったのでしょう」
たった3年で状況が変わった背景には、ビッグデータ解析や人工知能の発展などもあるが、最も後押ししたのは別の理由だった。
「認知、判断、操作。これがクルマを運転するときの基礎ですが、自動運転でも同じです。自動運転でいちばん大切なのは、認知する『目』にあたるセンサー。ADASを備えた現在の自動車には赤外線センサー、1つないしは2つのカメラ、ミリ波レーダーなどが装着されていますが、それらとは違う高性能な『ライダー(LiDAR)』(Light Detection and Ranging=電波の代わりに複数本のレーザーを使って物体の検知や距離を測るレーダー)の価格がこの数年で低下しました。クルマの周囲の状況が詳細に読み取れるようになったのに加え、判断するCPUやGPUといった演算装置が賢くなり、レベル5を目指すトレンドを後押ししたのです」
今後、自動運転は社会へ着実に根付くのか。桃田氏は「足りないのは、そもそも自動運転が必要か?」という議論だと力説する。
高齢化社会における「都市インフラ」に?
「自動運転は、交通システムの1つのかたちに過ぎません。世界中で共通のシステムではなく、地域性が強いものになるでしょう。人口、年齢、所得の分布、経済発展の程度に合わせた地域交通と同じく、社会状況ごとに『ここにはあったほうがいいかな』という場所から実用化されるはずです。
日本はこれから高齢化率が上がる社会なので、自動運転が運用されていく場合もあるでしょう。その際も目的意識をしっかり持ち、コストとの兼ね合いで導入を考えるべきだと思います」
クルマが発明されて1世紀以上。社会の中で交通やクルマのあり方が大きく変わってきているのが現代だ。「自動運転の普及も、高齢者による運転の問題も、自分自身が当事者である意識を持つことから建設的な議論が始まる」と桃田氏は結んだ。
桃田健史|Kenji Momota1962年生まれ。ジャーナリスト。欧米、中国、東南アジア、中東などを定常的に巡り、自動車、IT、エネルギーなどの分野を取材。ダイヤモンド、日経BPなどの経済メディアや自動車関連メディアで多くの連載を持つ。レーシングドライバーの経歴から、日本テレビなどで自動車レース番組の解説も行う。著書に『アップル、グーグルが自動車産業を乗っとる日』『IoTで激変するクルマの未来』(ともに洋泉社)『エコカー世界大戦争の勝者は誰だ?』(ダイヤモンド社)『未来型乗り物「超小型モビリティ」で街が変わる』(交通新聞社)など。
桃田氏の最新著書『100歳までクルマを運転する』(洋泉社)は、75歳以上の高齢者講習のやり方が変わった2017年3月の道路交通法改正をきっかけにつくられた。「地域によって状況や課題が違うはず。地域全体で高齢者ドライバーの運転を考えもらうきっかけにしてほしい」
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