特集麻布台ヒルズ

NAITO CHESTNUTS

麻布台ヒルズ〈Dining33〉が大事にするローカル食材——東京・高井戸で育つ「栗」

東京近郊で作られた食材を積極的に取り入れている麻布台ヒルズのレストラン〈Dining33〉。今回はモンブランやデザートに使われる栗に注目。なんと杉並区高井戸で栽培されているのです!

PHOTO BY YOICHI NAGANO
TEXT BY MARI MATSUBARA
illustration by Geoff McFetridge



〈Dining33〉のペストリーで大人気の「モンブラン」や、デザートメニューの中で使われている栗は、高井戸で栗の生産・加工・販売を行なっている〈くりのないとう〉から届く。京王井の頭線高井戸駅から徒歩10分ほどの住宅街に、「くり」と書かれた看板がひとつ。門の後ろには栗畑が広がっている!

昔は杉の産地だった高井戸で、80年代から栗を栽培

高さ3.5mほどに揃えられた栗の木が400本弱植えられている。

ここは先代の内藤隆さんが1980年代初頭に始めた栗畑で、現在は息子さんの内藤雅一さんが引き継いでいる。広さ1.5ヘクタールの土地に8種、400本近い栗の木が植えられ、ふだんなら年間に約5トンの収穫があるそうだが……

「今年は例年の半分ぐらいしか採れず、過去10年で最低の生産量です。その原因はまぎれもなく近年の異常気象です。栗の木は本来10月第2週頃に収穫を終えるのですが、去年は猛烈に暑かったので、木が2度目の実をつけてしまい、それもかなり大きく育ったので11月まで収穫が続きました。そうすると木がすっかり疲れてしまい、今年は実がなる数が本当に少なかったんです。そこへ追い打ちをかけるような酷暑でさらに木が弱り、今年だけで10本以上も枯れてしまいました」(内藤さん)

10月初旬、青いイガがなっているのは二番栗。気温が高いと1年に2度、実をつけてしまう。

高井戸の一帯は江戸時代には杉の生産地で、「高井戸丸太」または「四谷丸太」と称されるブランド建材として出荷されていた。このあたりも1980年代半ばまでは一面の杉林だったそうだ。しかし木材需要の先細りを危惧した先代が一念発起して栗栽培に方向転換し、栗の木を植樹して現在に至る。

栗の収穫はお盆時期から10月まで

2代目の内藤雅一さん。サラリーマンを経て父親から栗農家を継いだ。

畑を訪れたのは10月初旬。収穫時期の終盤に当たるが、木の枝にはまだ青いイガがついていた。これは今年2度目についた栗で「二番栗」と言う。

「栗農家の1年はいつでも忙しいです。1月から3月までは毎日剪定作業、3月に肥料を与えて、4月には苗木作り。栗は5月から6月に白い花をつけて徐々に実を大きくしていき、早生種だと8月のお盆時期から収穫が始まり、収穫は10月まで続きます。収穫が終わったらお礼肥を与えて、11月には枯れ木を引っこ抜き、12月には落ち葉を集めます。剪定した枝は機械で粉砕してイガと合わせて堆肥にします。昔は焼却していましたが、今は近隣に迷惑なので燃やすことはできません。畑の一カ所に山のように集めたイガとチップ状の枝は天然のコンポストとなって、土へと還っていきます」(内藤さん)

収穫期には朝6時から、お手伝いの人員が5〜6人集まって栗拾いが始まる。ちなみに栗は完熟したものが落ち、それを収穫するので「栗狩り」とは言わず「栗拾い」なのだ。網のついたチリトリのような収穫カゴと専用の熊手で落ちているイガ栗を集めた後、ゴム手袋をはめた手でイガを剥き中の栗を取り出す。栗はまず水の中に沈めて、浮いたものは熟していないので取り除き、その後高圧洗浄機にかけ、水けを拭き取ってから選別機にかけて大きさごとに分けていく。

手前は今年集めたイガの山。右奥が1年経ったもの。2年以上経つと左のように黒い土に戻り雑草が生える。

イガは自然に分解されて堆肥となる。

専用の収穫カゴと熊手でイガ栗を拾い集める。

分厚い手袋をしてイガを剥く。

選別機にかけて、サイズごとに分類していく。

分別が終わった栗は冷蔵庫で3週間保存してから販売される。冷蔵貯蔵するとでんぷん質が糖に変わり、甘みがぐんと増すのだ。内藤さんの販売所では生栗のほか、切り込みを入れて圧力鍋で蒸し焼きにした「焼き栗」も販売している。

市場に出回らない、幻の栗?!

内藤さんの販売所で売っている「焼き栗」。ホクホクと甘く、いぶした香りがかぐわしい。

「私たちの畑では化学肥料を使わずに、山梨県の養鶏場から鶏糞を分けてもらってそれを堆肥とともに与えています。有機肥料を使うと土の中の微生物がそれを食べ、その微生物を虫が食べる。虫が動き回ると土が耕され、雑草が生えやすくなる。雑草が根を生やすことでさらに土は柔らかく、水はけも良くなり、結果的には栗の木も根を生やしやすく、養分を十分に摂ることができる。いい循環が生まれるのです」

左)まだいくつかは樹上に残っていた今年の栗。 右)栗の上部のとがった部分が雌しべの跡。食べる部分は種子で、イガが果実にあたる。

父から畑を引き継ぎ、現在は栗のジェラートや栗粉入りパンの製造にも積極的な内藤雅一さん。

「私たちの栗は市場に出回らず、近隣の昔からの常連さんや、毎年楽しみに買いに来られるお客様にお売りするだけなんです。コロナ禍以降はネットで予約して来ていただくようになりましたが、おかげさまであっという間に売れてしまいます。あとはキャンプで山梨へ訪れた時のご縁から、現地のお店に栗のジェラートや栗粉のパンなどを作ってもらい、ここで販売しています。三國清三シェフだけは特別で、10数年前から毎年栗を納入しています。地産地消をモットーに、東京産の和栗の香りの良さを解って使っていただけるのは嬉しいことです」(内藤さん)

くりのないとう 東京都杉並区高井戸(住所非公開)。2024年の栗の販売は10月末で終了。

高井戸で採れた栗を使う理由とは?

栗はまず茹でてバターと水飴と牛乳を加えマシンでペースト状にしたものを、漉し器を使って人力で裏ごしていく。これがモンブランの表面を覆うマロンクリームになる。

内藤さんの栗だから「ないとう栗」。そう名づけたのは〈Dining33〉の監修を務める三國清三シェフ。先代の頃からのお付き合いだ。現在は〈Dining33〉のシェフパティシエを務める浅井拓也氏が内藤さんから年間約150㎏の栗を仕入れている。

「内藤さんの栗はまず粒がとても大きいんです。そして自然農法だから安心して使うことができます。それから畑が近いということも、ないとう栗を使う大きな理由です。栗は香りが命。産地から距離が近いほど、ホクホクとした香りも損なわれにくいのです。デザートプレートでは、新鮮な栗をそのまま薄くスライスしてトッピングにしています」(浅井シェフ)

〈Dining33〉のパティスリーで購入できる「モンブラン」。10月から翌年3月頃まで、栗がなくなるまでの限定販売。樽のような形がポイント。マロンクリームにはモンブランらしい味わいを出すためにフランス産の栗ペーストも混ぜるが、ないとう栗の割合が多い。中には焼メレンゲとクレーム・シャンティイ(=ホイップクリーム)。トップにはないとう栗を蒸してそぼろ状にしたものをのせている。

10月のディナーのデザート。「モンブラン」にバニラアイスと茹で栗のスライスを添え、鬼皮をローストした香りを封じ込めたスプーマ(泡)を。中央の薄いチュイルにも栗粉を使っている。11月のランチにもないとう栗を使った別のデザートを出す予定。

2022年に惜しまれながら閉店した〈オテル・ドゥ・ミクニ〉で2007年から勤務、現在は〈Dining 33〉のシェフパティシエを務める浅井拓也氏。

Dining 33


住所=東京都港区麻布台1-3-1 麻布台ヒルズ 森JPタワー 33F 電話=03-4232-5801(予約受付時間11:00〜22:00) 営業時間=11:00〜15:00(L.O.14:00)、18:00〜23:00(L.O.22:00) 不定休 ランチコース¥6,600(税込、別途サービス料12%)、ディナーコース¥11,000(税込、別途サービス料12%)