名店「オテル・ドゥ・ミクニ」のオーナーシェフとして長年、日本のフランス料理界を牽引してきた巨匠、三國清三氏がプロデュースするレストラン「Dining33」が、麻布台ヒルズ 森JPタワー 33階にオープンしました。この店を通じて伝えていきたい理念を、連載シリーズでお届けします。第1回目はお店のスタイルや料理のコンセプトについて三國シェフに伺いました。
TEXT BY Mari Matsubara
PHOTO BY Yoichi Nagano
illustration by Geoff McFetridge
——まず、三國シェフが「Dining33」のプロデュースを引き受けられた経緯をお聞かせいただけますか?
三國 僕は30歳の時に東京・四ツ谷に「オテル・ドゥ・ミクニ」をオープンしました。席数は80席、コース料理をお出しする「グランメゾン」というカテゴリーに入る店、いわゆる高級フランス料理レストランです。オープンの翌年には日本で一億総グルメ時代が到来します。以来37年間、リーマンショックやコロナ禍があっても、ありがたいことに昼・夜ともにほぼ満席の日々を続けることができました。大勢の従業員を雇い一人一人のお客様に密なサービスをするこうした形式のレストラン経営は、僕の中では70歳がひとつの区切りだろうと考えていました。料理人は体力的にも味覚的にも60歳がピークというのが僕の考え方で、あとは衰えていくのを経験値で補いながらやっていくしかありません。60代後半に差し掛かった時、そうそう将来もグランメゾンを率いていけないだろうと考え、2022年に「オテル・ドゥ・ミクニ」を閉めることにしました。
四ツ谷から麻布台へ、新たな挑戦
三國 僕自身は「オテル・ドゥ・ミクニ」の跡地に、自分一人が食材の買い出しから調理・片付けまで全てを担う8席だけのごく小さな店を来年秋に開く予定です。しかし、今まで働いてくれた従業員たちの今後をどうするか、と考えていた時、森ビルからお声がけをいただきました。記憶をさかのぼれば10年前、今は亡き森稔会長とお会いする機会があり、「三國君はどうしてうちのビルで営業しないの?」なんて言われたことがありました。あれから10年の時が経ち、そのことを森ビルの現社長である辻さんが覚えておられたのかもしれません。四ツ谷の店を閉めたタイミングでこの「Dining33」開業のお話を伺い、従業員の再雇用もしていただけて、渡りに船という感じでした。僕の名前には「三」の字が二つも入っていて、ここはビルの33階でしょう? 運命も感じました。
フランス食文化と伝統技術への完璧な理解の上に表現された「ジャポニゼ」
——Dining33のスタイルと料理のコンセプトをお聞かせください。
三國 ここは席数が198席もあります。日本各地でいろんな規模のレストランを運営してきましたが、これほど大きな場所は初めてです。森ビルの意向としては、アッパークラスだけでなく、若い方にも気軽に来ていただける価格帯を望んでいらっしゃいました。そこで「オテル・ドゥ・ミクニ」のようなグランメゾンではなく、ビストロだな、と直感しました。しかし、単なるビストロなら東京にいくらでもある。そこで思い出したのは、パリには100年以上の歴史をもつ風格ある「グランビストロ」が存在することです。ビストロではあるけれど、古参のメートル・ドテル(お客様を迎える給仕長)や熟練のバーテンダーがいてきちんとしたサービスをし、料理はクラシックをベースにしている。例を挙げればシャンゼリゼ通りの「Fouquet’s(フーケ)」のような店です。日本では初めての「グランビストロ」のコンセプトでやっていこうと決めました。
ソースは料理の命
三國 料理については、まず「ソース命」であることが特徴です。最近のフランス料理のレストランでは、ソースが軽視されがちでした。ライトな料理が好まれるというお客様側の理由だけではありません。ソースはごく少量なのにもかかわらず、ポルト酒やビネガーや肉汁、骨からとった出汁、ハーブなど実にたくさんの材料が必要ですし、お金も手間も時間も非常にかかるのでコスパが悪い。だからソースなしで食べられる料理を提供する風潮が生まれたのです。それはひとつのやり方で否定するつもりはありませんが、僕はソースを重視した料理を味わっていただきたいと思うのです。
そこには20年前、僕の料理を四ツ谷の店に食べに来て「ジャポニゼ」と評価してくださった恩師アラン・シャペルの言葉があります。ジャポニゼとは「日本化された」という意味で、「ミクニの料理は完全なフランス料理のベースを踏まえつつ日本化したものだ」と認めてくださったのです。フランス料理を日本風にアレンジした別物ではなく、エスコフィエが100年前に体系化して以来、脈々と受け継がれる近代フランス料理を踏襲しているのだから、ソースはなくてはならないものなのです。こうした僕なりの哲学を、「Dining33」の厨房に立つ津野一平シェフが引き継いで腕を奮ってくれています。
——人数分のお料理を大皿に盛って、お客様が各自取り分けて召し上がるスタイルだそうですね?
三國 それも私にとっては初めての経験です。ヨーロッパでは基本的に一つに盛られた料理を数人でシェアすることはあり得ません。ですが、不公平なく取り分けしやすいよう、一皿にポーションごとにきれいに盛り付けてお出しすると、お客様はお腹の空き具合に合わせて加減して取り分けることができます。そしてたっぷりと用意した別添えのソースを、お好みの量かけて召し上がっていただきます。ソースが絶品なので、二度三度とかける方もいらっしゃいます。皿数も、給仕が入る回数も減るのでサービスする側にとっては効率が良いですし、またお客様も自由度が高く、リラックスして食事をしていただけるというメリットがあります。ゆくゆくはサービスに余裕ができた分だけ、お客様の前で大きな塊肉を切り分けるとか、クレープ・シュゼットでフランベするなど、パフォーマンスにも力を割けるようになるのではと考えています。
ローカルな食材へのこだわり
——食材については、どのようなお考えですか?
三國 できるだけローカルな食材を使っていきたいと考えています。皆さんが想像する以上に、ここ東京の周辺から素晴らしい食材を取り寄せることができるんですよ。目の前の東京湾ではいいスズキが獲れますし、東京の農家は1万軒もあり、それぞれが少数品目しか栽培しませんが、ほとんど全ての野菜を東京近郊で手に入れることができます。「Dining33」では最初にお出しする「アミューズ」には東京産のトマトや小松菜などが使われていますよ。そのほか味噌も醤油も酒も東京近郊で作られています。
僕はイタリアのスローフード協会の委員も務めていますが、ヨーロッパでは一流のレストランはできるだけ地産地消を実現しようと努力しています。そうすることで輸送時のCO2排出量を削減できますし、生産者と顔が見える関係性を保ち、お互いの生活を守っていく。もちろん、ヨーロッパやアジアから食材を取り寄せることもありますが、こうした基本概念を「Dining33」でも踏襲していきます。実際にどんなローカル食材があり、その魅力はどこにあるのか、この連載の次回からご紹介していきます。
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