2009年にミシュラン3つ星を獲得し、その星を返上するまでの10年間維持し続けることで世界的にも有名になった『鮨さいとう』が2024年3月、麻布台ヒルズ マーケット内に7店舗目となる新店をオープン。ランチタイムは予約なしでも入れる席を用意するなど「できるだけ多くの人に『鮨さいとう』の味を楽しんでもらえる店作りをしていきたい」と話す齋藤孝司氏。ブレることなくブランドを拡大していく齋藤流の戦い方を伺いました。
TEXT BY MIKO FUJITA
PORTRAIT BY AKIKO SATO
PHOTO BY KIPPEI MITSUYA
EDIT BY TM EVOLUTION.INC
illustration by Geoff McFetridge
——若手の活躍の場として、この10年の間に『鮨さいとう』の隣、中目黒ではLDHとタッグを組んで『鮨つぼみ』と『3110NZ by LDH Kitchen』をプロデュース、海外では香港、バンコクのフォーシーズンズホテル内に『鮨さいとう』、韓国人の弟子キム・ジュヨンのためにソウルに『十四(じゅよん)』を、そして今年、麻布台ヒルズのマーケット内に『鮨さいとう』と多彩な展開をされていますが、いずれも予約至難店となっていますね。『鮨さいとう』の味を守り、価値を下げずにブランドを広げるためにどのようなことを心がけていらっしゃるのでしょう?
いい店づくりの基本は「清潔感」と「あいさつ」
齋藤 ミシュランの1つ星を獲得した2007年から、出店の依頼をいただくようになりましたが、出店のために新しく職人を募集するというようなことはしていません。つけ場に立ってお客様とちゃんとコミュニケーションを取りながら鮨を握れる職人が育ったタイミングでしか出店の話は受けていません。
仕込みはどんな子でも2年頑張ればできるようになります。しかしながら付け場に立ってお客様とコミュニケーションを取りながらおつまみを出したり握ったりする際には、自分でその間合いを考え、自分の身体で覚えていかないといけません。仕込みは教えられますが、つけ場での立ち居振る舞いは見よう見まねから始まり、場数を踏んで自分で自分のスタイルを模索していくしかないのです。私が教えることができるのは、本当にシンプルなことですが、「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」「すみません」などはっきりとした声で挨拶や受け答えができる習慣づけをするということだけ。入社した時から口うるさくきっちり指導しています。清潔感とお客様が元気になる“良い気が流れる空間”。それが店作りで何よりも大切なことだと考えているからです。
握りはその職人だけのもの。私のコピーをする店ではなく、個性が花開く場所を作ってあげたい
齋藤 ここ数年出店のスピードが加速してきたのは、仕込みの実力だけでなく人前に立って鮨が握れるコミュニケーション力を身につけた中堅が増えてきたからです。中堅が増えることで私が細かく言わなくても彼らが若手を指導してくれる、ということで新しく人を雇うことができるという相乗効果もあってスタッフが充実してきました。独立して17年になりますが、ここ数年、やっと安定してきたと感じています。
中堅の職人たちにいつまでも仕込みやサービスだけさせておいては煮詰まってしまいます。そこで、実践の場として新しい店の店主にします。シャリの味、つまり米の水分量や酢の配合、煮切りやツメの味などは基本的には同じ、魚を仕入れる店も同じです。それでも、私と同じ握りになるかといったら、決して同じにはなりません。
カウンターは晒(さら)しの商売と言われていますが、自分自身をさらけ出して勝負する場所で、握りはその人そのもの。いかに自分らしくお客様をもてなすか……。その雰囲気により同じシャリ、同じネタでもお客様の感じ方は変わってくると思うのです。ですから、社内独立と捉え、「自分の好きにしたらいい」と伝え、敢えて口出しはしません。付け場に立つ職人を育てたり鍛えたりするのは私ではなく、お客様。私は彼らが立つ舞台を用意するだけでいいと思っています。
『さいとう』の味をもっと多くの人に届けたい。子供たちにも楽しんでほしい
——麻布台ヒルズでは、レストラン街ではなくマーケットの中に出店されましたが、予約しないで入れる席もあるとのこと。今までとは違う展開を考えていらっしゃるのでしょうか?
齋藤 若手活躍の場所ということは基本的には変わらないのですが、席数は他の店より少し多くして10席に。職人がふたり立てるようにしています。マーケットに開いたのは、買い物の合間にふらっと入って握りだけサクッと楽しめる、というような店にしたいと思ったからです。
もともと、麻布台ヒルズマーケットの店は、『やま幸』さん、『根津松本』さんと一緒になって「日本を代表するワクワクする魚売り場を作っていこう」ということで始まりました。なので、今後人手が充実してきたら、色々チャレンジしていきたいと考えていて、例えば、マーケット内に巻き寿司のテイクアウトの売り場も作りたいと考えています。実は、2年ほど前から『さいとう』仕様の巻き寿司ロボットを開発中なんです。シャリの量や巻く時の力加減など精密に再現できるので、私が巻くよりも上手いし、私よりも巻くのが早い、かつロボットだから疲れない(笑)。具はオーソドックスなものから、海老フライや焼き肉など、子供が好きな具も巻いてみたいですね。好きな具をいくつか選んでロボットに巻いてもらうとか、子供もワクワクするような『鮨さいとう』の“ロール鮨”、やってみたいと思っているんです。
いずれにしても今はまだスタートしたばかりなので、店主の滝本もお客様の前で握るコースの流れやつまみメニューを考えることで、いっぱいいっぱいなのではないかと。今後、慣れてきたらマーケットに出店した意味をもっと追及して、『さいとう』の味を知らない人にも気軽に楽しんでもらえるような、いろいろなアイデアを出してくれると思います。長い目で『鮨さいとう』と麻布台ヒルズの成長を見守りつつ、変化も楽しんでいただけたらと願っています。
※2024年6月現在の情報です。
※表示価格は全て税込価格です。
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