空間でも、その店のコンセプトを語る店、第二弾は〈蕎麦前 山都〉。デザインは2022年に急逝した日本が誇るインテリアデザイナー、橋本夕紀夫さんだ。彼の遺作となった店はどのようにして生まれたのだろう。
TEXT BY YOSHINAO YAMADA
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO
illustration by Geoff McFetridge
蕎麦と酒を楽しむ〈蕎麦前 山都〉は、代々木上原、六本木に続く3店舗目を麻布台ヒルズ タワープラザ 3階に構えた。日よけ暖簾の先から昼夜ともに人々の賑わう声が聞こえるように、オーナーの中村悌二さんは「本気で街を作るという麻布台ヒルズの思いに共感し、何十年も街に愛される店を目指しました」と語る。
長い時間をともにした盟友との仕事
料理人の活気ある姿が目に飛び込んでくるオープンキッチン、店内中央の盆栽が載る大テーブルでは人々が語らい、それを囲むようにテーブルと個室を配する。デザインを担当したのは日本を代表するインテリアデザイナーの橋本夕紀夫さんだ。ザ・ペニンシュラ東京、ハイアット リージェンシー 瀬良垣アイランド 沖縄、八芳園 白鳳館などの名ホテルをはじめ、飲食店、物販店、クリニックなどの幅広いデザインを手がけたデザイナーだが2022年に急逝。〈蕎麦前 山都〉は橋本さんの遺作となった。橋本さんと旧知の仲で何十年も仕事をともにしてきた中村さんは〈蕎麦前 山都〉のオーナーであるとともに、プロデューサーとして幅広い仕事を手がけてきた。これまで橋本さんとはプロデュースした空間のインテリアで協業してきたが、意外にも自ら運営する店では初めての依頼だった。
「橋本さんとは長い時間を共有してきました。一緒にいろいろなものを見て、何度も旅行をともにした間柄。同世代ですから価値観も共有していて、多くを語らずとも互いに考えていることがわかってしまう。僕は橋本さんの持つ大胆な空間構成、素材に対するこだわりが大好きでした。橋本さんは他の事務所と違って、担当者ではなくご自身が窓口になる。直接すべてを伝えられるからデザインもあっという間に仕上がりました」
長く愛されることと少しの個性を表現した空間
中村さんは橋本さんの「朴訥としたデザインが好きだった」と振り返る。中村さん自身もやはりシンプルで整然としたデザインが好きだという。
「僕は模型を作らない人をあまり信用していないんです。今回も丁寧に模型を作ってくれて、二人でそれを見ながらああだこうだと話したことは幸せな記憶。蕎麦屋は日常的で庶民的な業態ですから気取って何かを表現するような空間は必要ない。トレンドに左右されず、何十年たってなお、いい店だと言ってもらえる店を作りたいと明確に伝えました。けれど同時に店であるからなにか大胆さ、ここにしかない個性もほしい。そう伝えると橋本さんは中央の吹き抜けにバーっと格子を構成するアイデアを出してくれて。スケッチがまたとても上手いんですよ。さすがだなと思いました」
蕎麦屋らしく骨太な印象を受けるのは、日本では古くから親しまれた栗材をテーブルに使うから。厚みがあって硬い材がタイムレスな魅力をもつ。既製品だというタイルも、まるでこの空間のために誂えたかのようにしっくりと馴染む。空間は明快でシンプルだが、独特の奥行きをもつ。
スタッフとゲストの活気が満ちる店を目指して
「店はやはり人が入って空間が成り立つもの。人が入って圧倒的に居心地が良くなって、僕たちの仕事は成立します。テーブル上の盆栽は、この店で唯一出した強いこだわりです。葉の部分はフェイクグリーンですが、枝振りは一年前から準備をしたもの。あとはスタッフの活気を店内に伝えたいとお願いしました。デザインの修正を経た模型ができて、2〜3週間後かな。橋本さんの訃報が届きました。彼はなによりクライアントのいう言葉の本質をくみ取る力がある人だった。だからデザインも早かったし、なにより呑み助でしたから。これが一番大事なんですよ。よく飲みましたね」
結果として橋本さんの遺作となった〈蕎麦前 山都〉を「長く続けることこそが僕のミッション」だと中村さんはいう。
「僕たちはいまもこの空間を通じて繋がっているように思います。お金を掛けた高級感という価値観ではなく、何のストレスもなく心地のいい空間であることがこの店の誇り。おかげさまでいまは満席の日々ですから、橋本さんは天国で思った通りだと笑ってくれているはず。これからは麻布台ヒルズの日常をサポートする食卓を目指したい。僕は料理もデザインも近視眼的であることを大切にしています。手が触れるカウンター、座る椅子、テーブルに並ぶ食器、料理はもちろんサービスするスタッフまで。だから橋本さんとは木材の樹種から箸置きまでなにを選ぶか話し合ってきました。その信頼がこの店には宿っているのです」
SHARE