英国発のインテリアショップ〈ザ・コンランショップ 東京〉内に同店としては日本初のレストラン〈Orby Restaurant〉が誕生した。ショップと合わせた総面積は約1,300㎡、バーも併設する大箱は、麻布台ヒルズという土地に根ざす近隣住民や生活者はもちろん、遠方から足を運ぶフーディーやナチュラルワイン愛好家まで広い層に支持され好スタートを切っている。店づくりについて〈コンランショップ・ジャパン〉代表の中原慎一郎さん、ヘッドシェフの紺野 真さんに話を伺った。
TEXT BY KEI SASAKI
PHOTO BY NORIO KIDERA
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO
illustration by Geoff McFetridge
——まずは麻布台ヒルズのプロジェクトに参加された経緯からお伺いできますか。
中原 僕が〈コンランショップ・ジャパン〉の代表に就任したのが2022年で、そのときにはすでに決まっていた出店でした。ただし、飲食店をやるプランはなかった。麻布台ヒルズに出店する以上、これまでにない新しい形にしないと森ビルさんもお客様も納得されないだろうという気持ちがあり、飲食をやることに。友人で〈D&DEPARTMENT〉の飲食部門ディレクターの相馬夕輝くんにも立ち上げメンバーに加わってもらい、相馬くんを介して当時よく通っていたビストロ〈organ〉のオーナーシェフ、紺野さんに話をしに行ったのです。
紺野 ちょうど一号店の〈uguisu〉をリニューアルし、自分が厨房に立っていた頃でしたね。僕にとっては夢にも思わなかったビッグプロジェクトなのに、直感で「楽しそうだな、やってみたい」と思いました。〈uguisu〉と〈organ〉という自分の店を続けながらですから、イージーな挑戦ではない。でも、飲食業を始めてからずっと、やりたいことだけをやってきた。やりたいことであれば、人から「止めておけ」と言われても「難しいかも」より「どうやったらできるのか」と考える人間なので。
ストリート発のブランドが、東京最先端のスポットへ
——これまでインディペンデントなシーンで活躍されてきたお二人なので、都心の一等地、最新の商業施設への出店に驚いた人は多かったはずです。
中原 商業施設どうこうの話より、会社の代表としてブランドをあるべき形に近づけたいという気持ちでした。僕は大学生だった1990年代、イギリスでミシュランビルに移転して間もない〈ザ・コンランショップ〉に出会ったのだけれど、当時の店はオイスターショップに花屋、その奥にレストランがあり、ようやくインテリアショップというスタイルで、なんて格好いいんだろうと感動した記憶があります。コンランのルーツにも食がある。だから「オリジナルの形に戻す・近づける」ことが、さっき話した「新しい形」になるのかなと。それが出店のタイミングと重なったんです。
紺野 僕はずっと、飲食業界ではオルタナティブでありたいと「マスの対局」にある店づくりを掲げてきた。商業施設への出店のお誘いもずいぶん頂いたけれど、お断りしてきたのはそのためです。でも今回は僕個人の店ではなく〈ザ・コンランショップ〉の店です。自分のキャパシティより遥かに多くの人が関わり、予算規模も桁違い。自分のキャリアプランにはなかった夢物語が目の前に現れた。しかも〈ザ・コンランショップ〉というブランド、中原さんや相馬さんといった信頼できるプロたちとの仕事。決心に時間はかからなかったですね。
——具体的にはどのようなプロセスで店の形を固めていったのでしょうか。
中原 場所は決まっているので、どういう形態にするかというところから3人で話し合いました。ある程度大きい店になるので、その辺りとの兼ね合いも含めて。僕は最初、昼から夜まで開いているカフェのような店をイメージしていたんです。
紺野 そう、最初は70席のカフェをやりたいと言われた。でも現実的に考えると70席は難しい。では何席なら、という話になるわけですが、〈organ〉のキャパがマックスで24席。その二倍までなら僕が目を行き届かせることができるし、スタッフも倍の人数を揃えればなんとかオペレーションができる。それで今の44席という数に行き着きました。
中原 みんな店を作ってきたから、数字の計算はできるんです。一番大切なことは、紺野さんのカラーが発揮できる形態、体制を作り上げること。そこは紺野さんに悩んでもらった感じです。
紺野 料理のイメージはあったのだけれど、その前に苦労したのは人集めですね。僕の〈uguisu〉〈organ〉から連れて来たのはたった1人。20人前後のスタッフを短期間で集めるのは本当に大変で。面接をして働いて欲しい人でも、実際に働き始めるまでには少し時間がかかる、というようなことがあったり。思った以上に苦戦し、人手が足りない状態でオープンし、徐々に人が揃ってきた感じです。
旅で共有した、料理に必要なイギリスのエッセンス
——出したい料理のイメージについても具体的に教えてください。
中原 紺野さんに依頼した一番の理由は、紺野さんが作る料理が好きだったからです。手が込んでいてグラフィカルな美しさもあるのに、食べ手に難しいことを強いる複雑さはなく、リラックスして食べられてしっかりおいしい。ワインのペアリングも楽しい。このカラーが、味の軸としてあるべき、あって欲しいと。あとは〈ザ・コンランショップ〉なので、イギリスのエッセンスを何かしら加えられたらと。それで、一緒にロンドンを旅してもらいました。
紺野 ヴィジョンを共有する、大事な旅になりました。実はロンドンは初めてだったので〈セント・ジョン〉や〈ロシェル・キャンティーン〉はやっぱりすごいと思いました。料理はざっくりとして見えて芯を捉えた旨さがあり、雰囲気はカジュアルなんだけれど、ダイナミックさやリズムがあって、店独特の空気を醸している。1990年代、開業したばかりの頃の原宿〈オーバカナル〉や渋谷〈ドン・チッチョ〉の空気を思い出したりして、それは飲食人としての僕の原風景でもあるんです。
中原 〈セント・ジョン〉は、ぜひ見て欲しかった店の一軒です。気取りのないシンプルな形でイギリスの伝統料理を上手くおいしく出している。店舗数は増えているけれど、ブランド力が薄まることなくどこも賑わっていて、いろんな使い方ができる。商業施設内の店は、とにかくいろんな層のゲストの来店が予想されるから、ある種のわかりやすさや間口の広さも必要だと思っていて。その辺りの落とし込み方についても、旅の間にあれこれ話をしましたね。
紺野 自分の料理のベースはフランス料理で、そこは崩せない。でも国は違っても、土地で食べ継がれた伝統の味への敬意みたいなものは、先の二軒に代表される店の料理からはしっかり感じられて。中原さんが言う「イギリスのエッセンス」を考えるヒントが見えた気がしました。それから、何料理である以上に自分が大事にしているのが、きちんとした食材を選び揃え、一から手をかけて一皿、一皿を仕上げること。商業施設の大箱だろうが、新人中心のチームであろうが、そこは譲れない点です。
厨房が中心、上質を知る大人のプライベートキッチン
——空間づくりは、どのように進められたのでしょうか。
中原 当初はロンドンのチームがデザインを担当していて、本国の店同様、青がベースの、どこかデコラティブな空間が描かれていた。でも最終的には自分たちでやることになりました。僕は、紺野さんのキャラクターを空間にも生かしたく、主役はキッチンに。そのとき、テレンス・コンランの大邸宅を思い出したんです。食を愛したテレンスのプライベートダイニングも、やはりキッチンが主役だった。同じ頃、ネットフリックスの『ピーキー・ブラインダーズ』というドラマシリーズにハマっていて。第一次世界大戦後のイギリスを舞台にしたギャングものなんですが、親分の家がテレンスの家を彷彿とさせ、悪だくみは必ず地下の厨房で企てられる(笑)。そのイメージはベースにあります。
紺野 厨房自体の設計や設備は、すべて僕が考えさせてもらいました。アイランドの作業台を中心に据え、ガスは使わずIH調理器で統一。メンテナンスも楽ですし、ヨーロッパの星付きでも、今やIHに加えて薪や炭などの直火がスタンダードです。〈ザ・コンランショップ〉ブランドの店ですからルックスも重要。劇場のように見える厨房内は、ガスコンロの五徳さえないフルフラットさが似合います。これまでの僕の店づくりは、何かしら制約のある古い物件を借り、内装も極力DIYで作るという苦労満載な(笑)ものだったので、リクエストがほぼ叶うゼロからの店づくりは贅沢な体験で、このプロジェクトに参加したから得られた貴重な経験です。
中原 この店は「極上のふつう」であることを目指しています。極上の家具やプロダクトを十分に知った人たちが一番心地よく、ちょうどいいと感じて選ぶのは、どんなものだろうと。超有名店、高級店が軒を連ねる中「普段はここがいいんだよ」と、誰か大事な人を連れてきたり、自分一人でくつろいだりできるプライベートのシェフズテーブルのような。そのイメージを内装に落とし込みました。料理人の動きが見える厨房、どこか温かみのある左官仕上げのカウンターテーブル、オープンな食器棚。プレートも益子で作ったオリジナルです。
紺野 陶芸家の伊藤 環さんの協力を得て作ったプレートで、僕も製作の段階から携わらせてもらった。シンプルだけど手の跡や独特の風合いを感じられる仕上がりで、どんな料理も映えて気に入っています。ゲストがレストランで使って気に入ったら、ショップで買って家でも使ってもらえる。そういう提案も、僕個人の店では決してできないこと。
中原 〈ザ・コンランショップ〉の最初のロゴは、テレンスが敬愛する芸術家でありデザイナーのエリック・ギルが手掛けているんですね。ロンドン郊外のディッチリングにコミュニティを築き、アートとクラフトの世界を牽引したギルの存在は、濱田庄司が益子に拠点を構えるきっかけになったといわれています。ロンドンとディッチリングにならい東京という都市で使う器なら、工芸の産地である益子で作りたいと思った。すべてのプロダクトを、そんなストーリーを頭に描いて選んでいます。カトラリーも、椅子やテーブルなどの家具も。そしてそれらすべて買うことができる。レストランという食のシーンから衣食住、暮らしの全体を考える。テレンスが考えた“上質な日常”の提案がここから広がればいいなと思います。
小さな店で積み重ねた大事な価値観を、広く伝える場に
——森ビルは麻布台ヒルズに「グリーン&ウェルネス」というコンセプトを掲げています。
紺野 僕は〈Orby Restaurant〉が、ウェルネスを体現する場所のひとつになれたらいいなと考えています。特に、麻布台ヒルズを生活の場にする方々にとって。商業施設内、44席という規模ではなかなか難しいことなのですが、きちんとした料理をお出ししたいと、すべての料理を店の厨房に立つスタッフが一からここで作っている。昼も夜も開いていて、ウォークインでの利用も可能です。ビールやワイン1杯で立ち寄れ、日本の食材でブラッシュアップさせたパブフードをお楽しみ頂けるバーもある。ゆくゆくは、カフェタイムも営業したい。中原さんの当初の希望であり、先に言われた「間口を広げる」ことにもつながる。今のチームを見ていると、まだまだ成長しながら色んなことに挑戦できると思います。
中原 森ビルとの仕事は、単なる場所の貸し借りではなく、一緒に街を作ろうというもの。初期段階で、飲食店ができるかどうかの話し合いに時間はかかったけれど、やることに決まってからは僕らの考えを理解し、バックアップしてくれた。担当者が変わらず、ずっと同じ人と対話を積み重ねられる環境にも助けられましたね。
紺野 僕が驚いたのは、森ビルの方々のリサーチ力です。僕がどんな経歴で、うちの店で働いていたスタッフたちがどんな土地で、どんな店をやっているかなど、事細かなことまで知っている。僕が思っていたよりはるかに料理そのものやレストランシーンに関しても深い知識を持っていて。料理人、レストランオーナーである自分を理解した上で、一緒に事を進めようという熱意は伝わりました。
中原 僕や紺野さんのような個人で店作りをしてきたストリートの人間がいて、僕が入る前からどこであれ自分たちの店を作ってきた〈ザ・コンランショップ〉という組織と中の人々がいて、森ビルのスタッフがいて。結局、人同士がきちんと結びついて運命共同体になれば場所は関係ないな、と。やっぱり人から始まるのが一番おもしろい。コンセプトから始まるよりずっと。一番効率悪くて難儀だけれど。僕はこの仕事を通じてようやく“社会人”になった気がする。自分の好きなことを会社にして、共感してくれる人が集まって仲間を増やしてやってきた仕事とは、色んな面で違った。もしかして紺野さんもじゃないのかなって。それは紺野さんも僕も、これまでの仕事で培ってきた価値観や、大事な誰かから受け継いだものを、少し広い場所で伝えて、次の代に繋げる、そんな役目を果たす時期に来ていたのかなと思っていますし、それが出来れば、この場に関わった意味があると思います。
中原慎一郎|Shinichiro Nakahara
〈コンランショップ・ジャパン〉代表取締役社長/1971年鹿児島県生まれ。〈ランドスケーププロダクツ〉ファウンダー。学生時代からアンティーク家具を扱う店でアルバイトをし、2000年に〈ランドスケーププロダクツ〉を設立、ミッドセンチュリーの家具や民藝ブームを牽引する。カフェ〈Tas Yard〉を始めとする飲食店も展開、企業とコラボレーションしたプロダクトデザインなども手掛ける。2022年4月より〈コンランショップ・ジャパン〉代表取締役を務める。www.conranshop.jp
紺野 真|Makoto Konno
三軒茶屋〈uguisu〉、西荻窪〈organ〉オーナーシェフ/1969年東京生まれ。高校時代に家族の転勤でアメリカに移住し1987年から10年間ロサンゼルスで過ごす。現地の飲食店で働いた経験から食の世界に進み、帰国後、カフェやレストラン勤務を経て、2005年〈uguisu〉、2011年〈organ〉を開業。ナチュラルワインのシーンをリードしてきた。フランスのレストランでのスタジエなどを通じブラッシュアップした料理は、ワイン生産者や同業の料理人も信頼を置く。ワイン、料理に関する著書も。2023年11月〈Orby Restaurant〉開業時にヘッドシェフに就任。
佐々木ケイ|Kei Sasaki
フードライター・エディター/出版社勤務を経て、2004年よりフリーランスとして活動。主な分野は食で、飲食店(東京、ローカル、ファインダイニングから大衆食堂まで)、生産者(農業、漁業、加工品)、酒類(ワイン、スピリッツ、ビール等)について幅広く取材、執筆する。
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