IKUKO’S METHOD SPECIAL

特別対談:地曳いく子×龍淵絵美——都市とファッション、その未来

ファッションのご意見番ことスタイリスト地曳いく子さんが、独自の視点で切り込むオトナ女史のためのスタイル術「IKUKO’S METHOD」。今回は連載100回を超えた記念の特別企画として、ファッション・ディレクターの龍淵絵美さんをお迎えしました。表舞台から裏側まですべてを知る、ファッションのスペシャリストたちによる対談をお届けします。

TEXT BY MIHO MATSUDA
PHOTO BY SHIN KIMURA
EDIT BY AKANE MAEKAWA

90年代から現在へ。ファッションのプロが語る、トレンドの変遷

地曳 龍淵さんが3月に上梓した『ファッションエディターだって風呂に入りたくない夜もある』を楽しく拝読しました。思えば、私たちは20年以上の付き合いになりますね。

龍淵 ニューヨークコレクションや、展示会やパーティでもご一緒しましたが、印象深いのは、いく子さんとセレブのファッションスナップのページを一緒に作ったこと。いく子さんは、海外のトレンドに詳しく分析力も抜群、しかも、セレブ事情にとても詳しくて。

地曳 私は根っからのミーハーなんですよ(笑)。カルチャーやゴシップにも目を光らせていましたから。気がつけば私たちもファッション界の古株になりましたね。今日は、そんな視点から、ファッションと都市の変遷について振り返ってみたいと思います。龍淵さん、この30年でファッションの潮流を変えたものは何だと思いますか?

龍淵 大きな転換点がいくつかありました。まずは90年代からの大まかな流れから。90年代前半は、カルバン・クラインなどのニューヨークブランドが台頭。94年には、トム・フォードがグッチのクリエイティブ・ディレクターに就任しました。ドリス・ヴァン・ノッテンなどの「アントワープの6人」、マーク・ジェイコブスをはじめとするデザイナーズブームがあり、プラダやグッチのようなミラノブランドが日本でも大人気に。2000年代に入ると、バレンシアガの〈ル・シティ〉やクロエの〈パディントン〉などの「イット・バッグ」旋風もありましたね。

地曳 ファッション界は、まるでお祭り騒ぎのような時代でした。

龍淵 2010年ごろに「ノームコア」と呼ばれる、ベーシックでカジュアルの潮流が登場し、2013年にヴァージル・アブローがオフホワイトを始動。その影響でストリートが主流になるかと思いきや、2015年にアレッサンドロ・ミケーレがグッチのクリエイティブディレクターに就任。

地曳 ミケーレは、グッチのラグジュアリーな世界観に、ヒッピーやレトロ、LAの富裕層が好むジャンキーテイストを上手に落とし込みました。モデルの多様化も進み、個性を尊重するスタイルが花開いた一方、「なんでもあり」のカオスな気配も。

龍淵 2018年、HBOのドラマ『メディア王 〜華麗なる一族〜』をきっかけに「クワイエット・ラグジュアリー」が本格化。ベーシックで品質の良いものを纏うこのトレンドは、2023年のグウィネス・パルトロウの法廷ファッションで一気に加速しました。この流れは90年代のキャロリン・ベセット=ケネディのミニマルな装いの再解釈なのではないかと見ています。

地曳 たしかに、このトレンドは「ロング&リーン」なシルエットです。彼女が広報を務めていた90年代のカルバン・クラインが、まさにそうでした。

龍淵 クワイエット・ラグジュアリーのトレンドは、そろそろ収束すると言われながらも、まだまだ継続中です。特にコロナ以降は、エターナルな本物に価値を見出そうという意識の変化があり、ザ・ロウの人気がとどまるところを知りません。

地曳 ステイホームのときに、みなさん自分を省みたのでしょうね。私の人生はどう生きたらいいんだろうか、どんなものにお金をかけるべきか、と。

龍淵 その影響もあって、ジュエリーの需要が高まりました。金価格の高騰もあって、資産的な価値のあるものにお金をかける人が増えたのだと思います。

大変革をもたらした「インスタ」

龍淵 それから、ファッションに大きな転換をもたらしたのは、2010年に登場したインスタグラムです。それ以前は、「デザイナー→スタイリスト・バイヤー・編集者→一般層」という「川上から川下へ」という流れ。それがSNSで誰もが発信者になり、ファッションが「みんなのもの」に。ファッションショーの座席も、インターナショナルモード誌の編集長を筆頭に、序列がありましたが、フォロワーの多いインフルエンサーに取って代わりました。

地曳 インスタは大きなトリガーでした。スマホでショーをライブ配信し、瞬時に世界に拡散。情報のスピード感が加速しました。

龍淵 一方で、情報が上書きされるスピードも速まり、ファッションの鮮度が短くなっているように感じます。それから「2010年」は、日本の名目GDPが世界第2位から転落し、中国に抜かれた年。そこから、アジア各国が存在感を増していった象徴的なタイミングでもありました。

「推し活」が消費の新たな原動力に

地曳 アジアが盛り上がる中、東京は落ち込んでいったかというと、実はそうではなかった。それについては後で話しましょう。他にファッションを変えたものはありますか?

龍淵 「推し活」です。2018年前後から、ファッション雑誌の表紙にK-POPアイドルや俳優が起用され、売り上げを飛躍的に伸ばしました。今は男性が表紙の女性誌も珍しくありません。

地曳 ほんと、猫も杓子も「アンバサダー」! 日本では、韓国の俳優やK-POPグループが躍進しました。しかも、韓国のセレブリティはハイファッションをさらっと着こなしてしまう。コスメも推しが広告をしていれば即買いです。

龍淵 雑誌を作る側からしても、彼らをフィーチャーしたときの反響の大きさに驚かされます。「推し活消費」は、ファッションの新たな原動力です。

ファッション・ディレクター 龍淵絵美さん

地曳 「気候変動」も大きいですよね。2003年のヨーロッパでの猛暑を境に、権威のあるパリの老舗ホテルでも、カジュアルOK。もう夏は暑すぎて、きちんとした服装ではいられませんよ。

龍淵 「推し消費」と同時期に、温暖化の影響が顕著になりました。

地曳 この連載は2017年にスタートしたのですが、その頃は夏にサマーウールのワンピースを選んだり、今よりもっと自由に紹介していました。今は気温が高すぎて、実用性も考慮しなくてはいけない。以前だったら、お盆が過ぎたら季節を先取りして秋冬モノを紹介していたけれど、今は少し落ち着いた色目で秋を感じつつも、ノースリーブや半袖のアイテムを選んでいます。

龍淵 健康意識の高まりもカジュアル化を推し進めましたよね。90年代以前からストリートの流れはありましたが、スニーカーやアスレジャーがファッションの中心に躍り出ました。

地曳 ハイヒールが定番だったヴィクトリア・ベッカムが、自分のショーでモデルたちにスニーカーを履かせたのは衝撃的でしたよね。このあたりから、ジムやマシンピラティスに通うことが「おしゃれ」とされて、トラックスーツにスニーカー、片手にスムージーというスタイルが憧れの対象に。

龍淵 90年代は、ファーを着てタバコを燻らせながらクラブでたむろすることがクールでしたが、時代は変わりましたね。コロナ以降、私自身も「なぜ買うのか」を考えるようになりました。以前は、ファッションエディターの職業病で、毎シーズン、トレンドのバッグを買っていましたが、今は年に1度程度。大きな変化です。

地曳 ファッション関係者でも、コロナを機に考え方をシフトした人は多いですよね。

龍淵 過剰生産・過剰消費に疲れを感じ始めたところに、物価上昇、円安ですから。私たちのような、ファッションエンゲル係数の高い人でも、健康的な生活や地球環境に目が向くようになったのだと思います。

東京のインバウンド消費、都市生活者の週末を変えたヒルズ

地曳 ファッションから見た「都市」についてはどうですか? 中国や韓国がアジアのラグジュアリー市場として伸びる一方、日本のプレゼンスも健在です。ブランドのパーティが、東京や大阪、京都で開かれることも多く、日本の魅力は衰えていないばかりか、海外からの観光客は、地方都市にまで足を運んでいます。今日も、麻布台ヒルズにはインバウンドのお客様がたくさん。日本がこれだけ世界の人を惹きつけるのは、「編集力」の高さが理由なのでは?

龍淵 アニメなどのカルチャーから、ファッションやグルメまで、あらゆる「いいもの」が揃い、しかも物価が安く安全というのは、他の国にはない魅力です。

地曳 なかでもヒルズエリアは、「東京」の魅力を体現しています。例えば、麻布台ヒルズは、チームラボやギャラリーがあって、ショップやカフェ、レストランも充実。日本に初めて来た人も、とりあえずここに来れば楽しめます。

龍淵 ヒルズはかなり「編集力」が高いですよね。私も子どもが小さい頃は、六本木ヒルズにかなり助けられました。六本木ヒルズに行けば、ランチをして、映画を見て、買い物をして、1日過ごせる。車なら駐車場が直結だから、雨でも大丈夫。

地曳 私も海外から友人が来たら、ひとまずヒルズに案内します。六本木ヒルズは、展望台や美術館、レストランまで揃っている。ファッションの面では、各ヒルズにあるブランドの傾向が異なるところも面白くて。表参道ヒルズは、モードでエッジィなブランドが集まり、六本木ヒルズや麻布台ヒルズは、ラグジュアリーでクオリティの高いもの。虎ノ門ヒルズは、ビジネスなどワークシーンでも役立つものがある。それから、各ヒルズに共通するのは、きちんと装って行きたい特別感のあるレストランが揃っていること。服を買ったら、着ていく先まで用意してくれるなんて、ありがたい存在です。

龍淵 同僚や友達と集まるとき、大切な人と過ごすときにも、ヒルズにはぴったりのお店がある。ヒルズは都市生活者の週末の過ごし方を変えたと思います。

スタイリスト 地曳いく子さん

ファッションのプロが注目する、次世代クリエイター

地曳 最後に、今注目のクリエイターについても聞かせてください。

龍淵 ディオールのジョナサン・アンダーソン、シャネルのマチュー・ブレイジーです。

地曳 私はセリーヌのマイケル・ライダーにも注目しています。7月に発表したデビューコレクションがとても良かった。

龍淵 彼らは次世代を担う存在ですよね。ジョナサンが1977年生まれ、マチューとマイケルは1984年生まれ。フィッシュネットのバレエシューズとバレルジーンズをヒットさせた、アライアのピーター・ミュリエも40代です。

地曳 日本の若手では、ケイスケヨシダ。エストネーション六本木ヒルズ店での2026年春夏のショーが素晴らしくて

龍淵 30〜40代の彼らがこれからのファッションを牽引するのでしょうね。

地曳 本当に楽しみ! それから、今回名前の挙がったザ・ロウやアライアなどのブランドも、ヒルズで購入できるんです。ぜひ、これからの連載でも、フレッシュなファッションをお届けしていきたいと思っています。

龍淵絵美|Emi Tatsubuchファッション・ディレクター。モード誌のエディターとして出版社勤務を経てフリーランスに。2025年8月現在、ブランド・ディレクション業でも活躍。15歳、12歳の女の子のママ。『VERY NaVY』にて「1970年代以降生まれの新・Beautiful Aging 50代のロールモデルがいない!?」を連載中。2025年3月に、モード編集者としての日常を綴った『ファッションエディターだって風呂に入りたくない夜もある』(集英社インターナショナル)を上梓。

profile

地曳いく子|Ikuko Jibikiスタイリスト/1959年東京生まれ。数々のファッション誌で活躍し、女優や著名人のスタイリングも数多く手がける。大人の女性を美しくみせる的確な理論に基づくスタイリング術に定評を持ち、執筆も多く手がける。現在は、ファッションアイテムのプロデュースほか、テレビやラジオに出演するなど多方面で活躍。著書に『服を買うなら、捨てなさい』『着かた、生きかた』(ともに宝島社)『おしゃれは7、8割でいい』(光文社)『大人の旅はどこへでも行ける 50代からの大人ひとり旅』(扶桑社)など多数。最新刊に『ババアはツラいよ! 番外編 地曳いく子のお悩み相談室 2』(集英社文庫)。