Beyond Tradition

400年の歴史の先にある、知のニューウェイヴ:法蔵館文庫の担当者たちに訊く

近年、書店の店頭で見かける機会が増えてきている、新たな「文庫」のレーベルがある。仏教関連の堅実な書籍が多いのが特徴でありつつ、『催眠術の日本近代』『実学思想の系譜』『「あて字」の日本語史』『死者の結婚』など、専門的知識がなくとも思わず手を伸ばしたくなるようなタイトルもそろえた充実のラインナップ。若い世代向けのゲームなどのコンテンツに登場する、古典や原典を手に取ることができることでも知られる。日本を代表する政治学者・宇野重規氏が自身のXアカウント上で「今、最も勢いがある文庫」とポスト(2025年2月28日)した、そのレーベルの名は「法蔵館文庫」という。

インタビュー連載「編集できない世界をめぐる対話」第29回の舞台は、京都。400年以上の歴史をもつ仏教書の出版社・株式会社法藏館が、2019年に創刊した法蔵館文庫にフォーカスする。取材に応じてくれたのは、今西智久・編集長、戸城三千代・編集部 チーフアドバイザー、丸山貴久・副編集長、森江基・営業部長、秋月俊也・営業次長の5名。伝統の先の革新、その試行錯誤のなかに、現代の知の可能性が宿る。

TEXT BY Fumihisa Miyata
PHOTO BY Shinryo Saeki

——営業部の皆さんはいま業務がお忙しい時間帯とのことで、先に編集部のお三方からお話をうかがっていければと思います。まずは編集長の今西さんから、自己紹介をいただけますか。

今西 2025年9月に、戸城から編集長の職を引き継ぎまして、法蔵館文庫も担当しています。当社は仏教書を専門としながら哲学や思想書などを扱ってきた出版社である、という柱がありつつ、刊行物を見ていただければわかるように、それに留まらないものも多くありますし、法蔵館文庫はさらに裾野を広げたラインナップになってきています。そのあたりは徐々にお話しできればと思うのですが、そもそも編集者たちのバックグラウンドも、仏教を専門に学んできた人間ばかりというわけではないんです。私は大学で、中国の歴史を専門に学んできたので、中国に関する単行本や文庫を手がけることが多いのですが。

——そうなんですね。2019年11月に法蔵館文庫を創刊する際に当時の編集長として中心に立ち、現在は編集部のチーフアドバイザーを務めておられる戸城さんはいかがですか。

(写真上)法蔵館文庫のラインナップの一部 (下)今西智久・編集長

戸城 私はかつて仏教とは縁遠く、大学では日本中世文学、特に古典芸能などをテーマに研究していました。版元として400年もの年月のなかで仏教学の王道とでもいえるような知を書籍、特に後年は単行本というかたちで提供してきた法藏館の従来のラインナップは、若い頃の自分にとっては高嶺の花とでもいえばいいのか(笑)、なかなか敷居が高いようにも感じていたものでした。

そこからご縁があって編集者として働くようになると、仏教学も、それらを取り巻く歴史研究などもとても面白く、そうした仏教の内外の感覚が私のなかに同居してきたのだと思います。隣り合うようなジャンルの研究や文章も、どうにか本にできないかと考えつづけてきました。後に法蔵館文庫を立ち上げるにあたっても、この肌感覚は影響していたように思います。

——なるほど。いま副編集長を務める丸山さんも同様でいらっしゃいますか。

丸山 学生時代は日本中世史を学んでいて、たとえば、当時の社会を構成するひとつの勢力として仏教のことを考えてはいました。ただ、経典などではなく、どちらかといえば当時の僧侶たちの公務日記などから分析する研究だったんですね。仏教思想や近代以降の宗教史・思想史などは、働きだしてから書籍を担当するなかで学ばせてもらいました。

——だんだんと、皆さんのさまざまな“顔”が見えてまいりました。そうした社風にあって、斬新なレーベルとしての法蔵館文庫は、どのように立ち上げられたのでしょうか。

(写真上)戸城三千代・編集部 チーフアドバイザー (下)丸山貴久・副編集長

戸城 出版業界全体と同様に、当社でも書籍の売り上げがすこしずつ落ちてきていました。仏教書に限った話としても、かつては知識人や研究者といわれる方々にとって仏教関連書はある種の教養と申しましょうか、専門でない方でも読むといった位置にあったのですが、そうした空気も薄れてきていた。出口を求めていろんな先生方にアドバイスを求めるなかで、「法藏館は自分たちを卑下しすぎている」といわれたことがあったんです。自分たちの力がわかっていない、と。

——自分たちの力、ですか。

戸城 はい。法藏館の単行本が、他社の文庫レーベルにとっての「草刈り場」になってしまっている、というような声も、かねて聞こえてきていました。せっかく一流の著者の方々にご執筆いただいた本でも、品切れとなってしまった後は、質の高い本であるがゆえに他所で文庫化されていってしまう、と。

法藏館は、他社さんなら数年で断裁・品切れにしてしまうような本であっても、ときには何十年もかけて重版していくのを得意とする出版社ではあります。それでもどうしても品切れになってしまった本が、よそで文庫になる例が数多くありました。それならば、東京の大手出版社さんが手がけておられる文庫なるものを弊社でもやってみようか……という話がではじめたのが、2000年代後半のことです。1990年代半ばぐらいからでしょうか、大手の版元さんも仏教関連の一般書を多く出すようになって、そのブームはいったん落ち着いてはいましたが、読者の裾野が広がっていたことも後押しになりました。もちろん、後に営業部の人間からもきっと話があるように、さまざまなハードルは越えなければならなかったので、10年ほど経った2019年に創刊にこぎつけたんです。

——読者の裾野の広がりとは、具体的にどういうことでしょうか。

社の中庭には、かつて使われた版木が未整理のまま眠る蔵がある。古いものだと、約300年前のものも残っている

今西 先ほどの戸城の話に重ねつつ補足するとすれば、専門的な仏教関連書を専門家が読む時代から、だんだんと一般書としての仏教関連書を多様な読者の方々が手に取る時代に移っていった、という気がします。ビジネスパーソンが読む自己啓発的な内容もあれば、カルチャーとしての仏教を楽しむような本まで、現在の出版市場ではいろいろと刊行されていますよね。法藏館としても、そうした一般向けの単行本をすこしずつですが増やしてきた流れのなかにも、文庫の立ち上げを位置づけることができるように思います。

戸城 「文庫というかたちになったとたん、中身やコンテクストが同じでも、まったく異なる広い海へと知識が流れていくんだ」ということをアドバイスしてくださった方もいました。法藏館はそれまで上製本、いわゆるハードカバーの本を多くつくり、専門性の高い海に流していっていたわけですが、書店の文庫棚という、よりひらかれた知の海を意識して、このかたちにこだわってみたというわけなんです。

——なるほど。そうしたなかで、自社で惜しくも品切れになっていた書籍や、他の出版社のものでも忘れられてしまっていた名著などの文庫化が進んできたというわけですね。本当にさまざまな本が出ていますが、丸山さんが2025年に文庫化を担当された一柳廣孝『催眠術の日本近代』の帯「あなたはだんだん読みたくな~る」を書店で見かけたときには、思わず笑ってしまいました。

2025年9月に法蔵館文庫入りを果たした、一柳廣孝『催眠術の日本近代』

丸山 あの帯については正直、“降りてきた”としかいいようがないですね……(笑)。ただ、最初は著者の一柳先生に、さすがに止められるんちゃうかと思っていました。先生は「法蔵館文庫の充実したラインアップに驚いていました」といって文庫化を快諾くださったんですが、この帯はさすがに厳しいかな、と。でも、思い切ってご提案したところ、「こういきたくなりますよね(笑)。パンチが効いていて良いと思います」とお返事をくださったのでホッとしたのを覚えています。

「法蔵館文庫で『催眠術の日本近代』?」と意外に思われる方もいるかもしれません。ただ、近代には浄土真宗の僧侶が催眠術について論じたりもしていますし、帯に「〈科学・宗教〉と〈オカルト〉の交差点」と書いたように当時の学者たちがそれを「科学」なのか「宗教」なのか、あるいはそのどちらでもないのかを真剣に考えていたんですね。だからこそ、当時の精神史を考えるうえで非常に大事なテーマだと思っています。そうしたある意味で“カオス”な部分に私自身が関心を持っていたというのもありますし、同時期に関連するテーマ性を持つ『谷口雅春とその時代』も文庫化していて、自身のラインアップに、緩やかなパッケージングというか、こっそりとストーリー性を持たせているつもりなんです。法蔵館文庫には今西が手がける中国系の流れなど、担当者ごとにストーリーがあります。読者の方には、それを楽しみながら追っていただけると嬉しいなと思っています。

——たしかに、仏教という版元としての明確な柱がありつつ、編集の皆さんの個性やバックグラウンドを起点にしたさまざまな流れが渦巻いている文庫レーベルでもあるわけですね。

編集部では、これから出る書籍の作業が静かに進んでいた

今西 若い世代の方に手に取っていただく機会も、ありがたいことに増えてきました。実在の文豪たちがキャラクターとして登場するDMM GAMES『文豪とアルケミスト』というゲームに、夏目漱石の門下生である小説家・松岡譲が出てくるのですが、彼が1920年代に著した代表作『法城を護る人々』は80年代に弊社が再び単行本として出して以来、品切れの状態がつづいてしまっていたんです。ぜひいまの世代の方々に読んでいただきたいと2024年の法蔵館文庫創刊5周年にあわせて上・中・下巻を文庫化し、帯には松岡譲のゲームキャラクターを載せましたところ、これまで法藏館のことを知らなかったゲームのプレイヤーの皆さんにとても喜んでいただけました。それで調子に乗って編集部でゲームとタイアップしたオリジナルマグネットやノートを制作するといった、これまでにないプロジェクトに発展していきました(笑)

『原典訳 マハーバーラタ』(上村勝彦訳)は世界最長の叙事詩のサンスクリット原典訳で、長らく新刊として読むことができない状況が続いていました。実はこれも人気ゲームである『Fate/Grand Order』のなかで、マハーバーラタに由来するキャラクターが何人も登場しているということがあり、原典を読みたいという声が多くあったんですね。全8巻を2025年11月から文庫として復刊させ、2026年にかけて刊行をつづけてきているのですが、幸い大好評をいただいて既刊の巻から重版が決まってきています。

戸城 法蔵館文庫史上、最速で重版が決まりましたもんね。一度口にしてみたかった「たちまち重版」というフレーズを社のSNSアカウントで初めて使える、思ってもみなかった日が訪れました(笑)

——文庫創刊7年目に入り、多方に展開を見せているわけですね。ただ、先だって「さまざまなハードル」が存在してきたという戸城さんの言葉があったように、創刊当初も現在も、さまざまな困難があるのではないでしょうか。文庫という形態自体、既に大手出版社が多く手がけており、現在の市場も決して芳しい状況とはいえないわけですし……。

(写真上)屋上には龍のロゴマークと社名が掲げられている (下)社屋1階にある法藏館書店は、仏門の関係者から一般の読者まで幅広い層が訪れる

丸山 創刊直前に営業担当と書店さんをめぐったとき、「いよいよ人文書の出版社になるんですね」といわれたのをすごく覚えています。こちらとしてはもとから人文書の出版社のつもりだったわけですが、書店さんからはそう見えていなかったんですね。仏教書一本でやってきた法藏館が、いよいよ他ジャンルに挑戦しよるなという受け止めが、業界の一部ではあったようです。

決してポジティブな反応だけじゃなかったんですよ。「絶対やめたほうがいい」と止められたこともありました。文庫という形態は、刊行点数も部数も多い薄利多売の商売ですし、従来の弊社の刊行ペースともまるであわない。それに、学術文庫自体の部数が全体的に減っていることも、書店さんは当然ご存知でした。この状況のなかで新たに文庫をはじめるというのは、普通はありえへんけどね……と、本当にいろんな方からいわれました。東京の書店さんにお話しした際の反応もだいたい同様ですね。

戸城 本当に、無謀だという厳しい声をたくさんいただきました。あえて言葉を選ばずにいうのですが、外回りから帰ってきた社員からも「営業しにいったらボロカスいわれてきたわ」「やめなはれっていわれてきましたわ」と報告があって……(笑)。それでもなんとか創刊して、つづけてきているというところなのですけれど。

——当然といえば当然ではありますが、なかなかに手厳しい意見があったのですね……。ちょうど営業部長の森江さんがいらしたので、実際のところをうかがってみてもよろしいでしょうか。

戸城チーフアドバイザーの斜に座るのが、森江基・営業部長

森江 まず、文庫創刊のすこし前から、書店の人文書や文庫売り場の担当者の方にご挨拶するようにしていたんです。ただ、むやみに文庫創刊を公言するわけにもいかず、先方としてもこれまでほとんどかかわりのない仏教関連書の出版社の営業がニコニコと挨拶に来るので、怪訝な表情をされる方もすくなからずいらっしゃいました(笑)

——これから文庫化していきたい書籍の権利関係もおありだったでしょうから、性急に創刊を喧伝するわけにもいきませんもんね。

森江 徐々に創刊が近づくなかで、次第に打ち明けていったときに「やめておいたほうがいい」という正直な反応を、方々でいただきました。もちろん「応援するよ」という声も頂戴したのですが、それでも大手出版社さんがしのぎを削る文庫売り場に新規参入するならば必ずやはじき出されてしまう、と危惧されまして。要は、そこで動いている数字の桁が違うわけですね。

だから、文庫であることを前面に出すのではなく人文書として売り出せばいいのでは、そうすればウチでも人文書売り場の担当が対応できるけれど……というようなお話でした。もっと厳しく、文庫売り場に参入するならば、書店の売り上げにどれだけ貢献できるのかを問うような声もいただきました。そうしたすべてを会社にフィードバックして、さあどうしていこうかな、とみんなで悩んだわけなんです。

戸城 当時は、勝算が1ミリも感じられませんでした(笑)。文庫という出版形態は刊行点数が多いという話は先ほど出ましたが、とにかく自転車操業になっていくわけなので、「想定しうるこの赤字は、何年飲むことができるだろうか……」なんていう算段ばかりで。

——営業次長の秋月さんもここから取材にご参加いただきますが、創刊時はいかがでしたか。

詩吟と煙管を嗜む、秋月俊也・営業次長

秋月 そうですね、当時の私たちとしては、「どないして進めたらええんか分からん!」という状態やったんです。まったく新しいジャンルで、誰に何を相談しに行けばいいのかも見当がつかない。また、単行本とは違って初刷り部数が非常に多いわけですが、そもそもぎょうさん刷る本の流通のさせ方について、私たちは得意としてないわけですよ。

森江 出版流通の業界には取次会社さんによる、いわゆるパターン配本などと呼ばれる仕組み(編注:取次が出版物のジャンルや部数と、書店の規模などを鑑みて配本するシステム)もあるのですが、それもまた大きな部数を刷る出版社さんに限ったものであるようで、我々のような小さな版元が文庫を立ち上げるといっても、おいそれとお願いできないみたいなんですね。

——やはり、そもそものスケールが違う、と。

秋月 まるっきり違う印象でしたね。もうほんまにいろんな角度から何年も議論を重ねたんですが、なかなか走り出す勇気が出んかった、というのが本音やったと思います。でも、とにかくまずは最初のラインナップ(3点)を刊行してみよとGOサインを出してくれたのが、社長の西村明高やったんです。それで2019年11月に、3点を刊行することからはじまったというわけなんですね。

——2008年に社長に就任、2025年に法藏館第六代並びに丁子屋第十六代「西村七兵衛」を襲名された、創業家の方ですね。

版木蔵の横には、西村七兵衛の紋が入った蔵も

秋月 点数が増えていくなかで、置いてくださるお店もすこしずつ増えてきたなと実感しはじめたのが、刊行3年目くらいでしょうか。そこで創刊3周年フェアを2022年の暮れ近くから展開したのですが、これも普通は書店さんの本部にお願いして、取りまとめておられる各店舗に発信していただく、というのがセオリーなんです。

だけど、私たちはそれすら不慣れ(笑)。選挙のようにドブ板だった……などといったらもしかしたら響きが悪いかもしれませんが、森江と私で顔を存じ上げている書店員さんに一通一通、お手紙を差し上げたんです。ありがたいことに、それでまたすこしずつ輪が広がっていきました。「石の上にも三年」ではないですが、それだけつづければ何かが動き出すもんやな、と思いましたね。

——東京など首都圏の書店で法蔵館文庫を度々見かけるようになっていったのが、その頃以降だというように個人的には記憶しています。

丸山 ちょうど同じ頃、いまから4、5年前くらいからですかね。森江と私で、神保町ブックフェスティバルに法藏館のブースを出しているんです。もちろん大人気のイベントだとは知っていたのですが、参加した初年は、自分たちの本はそんなに売れないだろうと思っていたんです。返本されてきて傷んだカバーを外した法蔵館文庫を一冊500円均一で売ろうとしたんですが、「まあ、これだけあれば足りるやろ」と、段ボール箱ふたつくらいしかもっていかなかったんですよ。

森江 恥ずかしながら、本当に場を侮っていましたねえ……(笑)

丸山 ねえ……。そうしたら、ふたりでは捌ききれないくらい、人が来てくださったんです。ちょっと恐怖を覚えるくらい、皆さんの手が伸びてくる光景が目に焼きついています(笑)。SNSでも「法蔵館文庫が500円で売ってるぞ!」といったポストをいただいて、すぐに売れ切れてしまってからもまたお客さんが来るような状態でした。法蔵館文庫を創刊して以来、SNSでの反応や弊社アカウントのフォローも増えてきていたのですが、出版社としての見られ方が変わったんだ、ということを肌で感じましたね。

——自分たちの想定を上回るほど、読者層に厚みが出てきたということなんですね。

森江 書店さんの規模などにもよるのですが、売り場がかなり変化していくタイプのお店だと、法蔵館文庫が棚のなかにおかれるようになったり、面出し(編注:表紙カバーを見えるように置くこと)してくださっていたりするような場面を見かけるようになってきました。確実に読者が増えてきたんだなと嬉しく感じつつ、どこまでこれを営業として維持しつづけられるよう工夫できるのか、欲が出てきた段階でもあります。

——2024年に法蔵館文庫に入った市川白弦『仏教者の戦争責任』は戦後80年を見越してのことだったと思いますし、他の本も思わぬ現代性を獲得しているように見えます。たとえば2025年文庫化の勝浦令子『女の信心 妻が出家した時代』には、8~9世紀に「官人貴族層の女性」が入った尼寺の「老年期女性の収容と死」をめぐる機能を考える必要があると書かれていて、老人介護施設とジェンダーをめぐる記述のようにも読めます。

戸城 そう読んでいただけたなら、嬉しいです。仏教書という弊社の柱は単行本を含めて引き続き非常に重要なものではありますが、一方で私たち社員も長らく「法藏館らしさ」に縛られていたところがあったのは否めないと思います。文庫は、そういう勝手な線引きをなくしていくところがあるというか、その埒外で編集者たちの興味と現代を結びつけることができる場になっていますね。

——会社自体が変わっていっている、と。

今西 これまでの単行本の会議だったら「これは法藏館らしくないよね」という言葉がすぐ出てきましたよね。いや、いまでも実際は出ていますし、その「らしさ」も大事ですから一概に否定はできないんですが。

戸城 出ていますね、でも少なくなってきた気がします。

今西 文庫をはじめたからこそ、そうした変化が出てきている感覚がありますね。

丸山 たしかに。至るところにいるはずの潜在的な読者の方に訴えかけていく本をつくりたいと、いつも念頭に置いていますね。

森江 私も、法藏館の“顔”になるような本を市場に残していかなきゃいけない、と思っているところなのですが……じゃあ、最後に秋月から、ぜひ一言。

秋月 改めて、文庫の世界というのは薄利多売です。ぎょうさん刷って市場に出すと、その分返ってくる本も多い。そして文庫の場合はヨレヨレで返ってくることが多いので、カバーをかけ替えてどうにかなるものでもなく、結局は処分せざるを得ない本もあります。だから、絶えず自転車操業に近い状態です。また昨年6月に成立した、いわゆるトラック新法も施行されていって、運賃はもちろん、紙代も上昇することが確実視されています。現実的には価格転嫁を考えていかなあかん状況にはなっています。

——綺麗ごとだけ口にしているわけにはいかないですよね。

秋月 それでも、なんとかつづけられている。これはひとえに読者の方のご声援に支えられているのはもちろん、他社さんからも「法藏館、最近よう頑張っとるな」といってもらえることもあるんです。「儲かってるんちゃう?」といわれることもあって。全然そんなことはないんですが(苦笑)。

ただ、「法藏館が文庫?」といわれた頃に比べると、イメージがきちんと定着して、会社の強みになってきたことは間違いないでしょう。今年、来年と、これから何を仕掛けられるか、ネタを探さなあかんと思っているところです。……ちょっと、カッコつけすぎましたかね?(笑)

profile

宮田文久|Fumihisa Miyata
1985年、神奈川県生まれ。フリーランス編集者。博士(総合社会文化)。2016年に株式会社文藝春秋から独立。2022年3月刊、津野海太郎著『編集の提案』(黒鳥社)の編者を務める。各媒体でポン・ジュノ、タル・ベーラらにインタビューするほか、対談の構成や書籍の編集協力などを担う。