Projecting Cities

他者と街を感じながら映画を観る、という共存のかたち:移動映画館〈キノ・イグルー〉がつくる風景

美術館やホテルの屋外、公園に無人島。どこにでもスクリーンを立て、その場所、タイミングにふさわしい映画を選び、空間ごと自由な映画館に変えていく〈キノ・イグルー〉。映画で街と人とをゆるやかにつなぐ活動を20年以上にわたって続けてきた代表の有坂塁さんに、都市の広場の可能性と、移動映画館だからこそできる物語の届け方について聞きました。

TEXT BY Tomoko Ogawa
PHOTO BY Koichi Tanoue

都市の芝生が移動映画館になるとき

——7月11日(金)、12日(土)に麻布台ヒルズ中央広場にて開催された「OUTDOOR CINEMA」では、『真夏の夜のジャズ』と『スタンド・バイ・ミー』が上映されました。作品選びは、どのような点を重視して行われているのでしょうか?

有坂 今回は夏の始まりということで、“Summer Feeling”というテーマで2作品を選びました。実は、日の入りの時間の兼ね合いで、90分以内の作品という制約があり、その尺の中から選んでいます。そして、上映の曜日から客層を想定し、金曜日は場所柄、ワーカー層が多く集まると考えたので、仕事帰りにふらっと立ち寄ってもらえるよう、ニューポート・ジャズ・フェスティバルを記録したドキュメンタリー映画『真夏の夜のジャズ』を選びました。物語のあるフィクションでもよかったのですが、途中からふらっと立ち寄った人も入りやすい、フェスのような映像の方が今回は適していると考えたんです。

——たしかに、フェス感がありました。翌日の上映は『スタンド・バイ・ミー』でした。

有坂 土曜日は、家族連れで来てほしいという思いがありました。お父さんやお母さんが小さいころに観て感動した映画を、今度は子どもと一緒に観てほしい。そんな光景をつくりたかったんです。もちろん、それだけが理由ではなく、麻布台ヒルズの中央広場を、もう一度、人で埋め尽くしたいという目標もありました。去年の秋の上映の際、大勢の人で広場が溢れたことがあったんですね。その光景をもう一度つくり、未来につなげていきたいと思いました。そこで、多くの人が知っていて、世代を超えて楽しめる『スタンド・バイ・ミー』をセレクトしました。

——もともと、麻布台ヒルズにどのような印象があり、野外上映の場として見たときにどんな発見がありましたか?

有坂 まず感じたのは、麻布台ヒルズの中央広場の可能性です。 実は、最初に移動映画館のお話をいただいた時は、六本木や虎ノ門といったこれまでのヒルズのイメージが先行していたんですね。でも、実際に訪れて、他の施設とどう違うのかと考えたときに注目したのが、芝生のある広場の開放感でした。駅から歩いて来ると、まさに東京の中心にいるなと感じさせますが、そんなところに緑に囲まれた開けた広場があるというバランスのよさが際立って、きっといろんな使い道があるという予感がしたんですよね。映画を上映するにはちょうどいいサイズ感ですし、どこにスクリーンを立てたら絵になるだろう、といったイメージが瞬時に湧きました。街とつながっている広場なので、音が街へと広がっていくのも想像できる。例えば、近隣に住んでいる方が何も知らずにベランダに出たら、映画が上映されているのが見えて、ふらっと来てくれるかもしれない。そういう偶然性みたいなものを取り入れられる環境だと感じました。

芝生広場が育む、五感と映画の関係

——実際、屋外上映の取り組みを経て、麻布台ヒルズへの印象は変わりましたか?

有坂 客層に勝手ながらクールでスタイリッシュな雰囲気のイメージを持っていたのですが、想像していたよりもすごくアットホームな雰囲気になっていました。上映が始まったら、僕はビールを片手に会場を歩き周り、映画を観ている人たちを観察するんです。映画館では座席に座っている人の顔は見れないけれど、野外では、正面から見ることができるので。そうすると、みなさんものすごくいい顔をされているんですね。見ているこちらがワクワクしてくるくらい。麻布台ヒルズの芝生のように緑に囲まれた都市で映画を観るという環境はほかにはあまりないですし、木々がさわさわ揺れる音や緑の匂いなど、五感への刺激がほかの施設に比べると強いのかなと。救急車のサイレンの音も聞こえてくるし、映画館とは違う要素を感じさせる。屋外ならではの自由なものをみなさん、無意識に感じているのではないかなと。季節ごとに風景も変わってくると思うので、定期的にできるといいなと思っています。

——野外上映会は、映画館の上映とどう違うのでしょうか?

有坂 映画館だと、どうしても作品と個だけが向き合う時間になってしまいますが、屋外だと、作品は観ているんだけれど、いい意味で気持ちも緩んでいるし、隣の人との距離感も緩やかなので、何かがきっかけで会話が始まりやすいんですよね。例えば、来場者のみなさんも会社だったり、家族だったり、いろんな属性があると思いますが、そういう肩書きや役割から解放され、むき出しの自分で映画と向き合うことができる。表情もリラックスしていて、安心して場を共有している感じがします。隣の人との距離も近いので、人とのつながりが生まれやすいのも野外シネマの醍醐味ですね。

自然と譲り合いの空気が生まれる、会場デザインとは?

——そもそも座席というものがないので、レジャーシートが大きければ、「一緒に座ります?」と声をかけたりすることもありそうですよね。

有坂 そうなんです。そもそも自分の場所は決まってないので、レジャーシートを敷いても譲れるし、譲り合いから会話が始まることも。恵比寿ガーデンシネマで最初に野外シネマ「ピクニックシネマ」を企画した際、都会の真ん中であえて人工芝を敷き、ピクニックしながら観るという場を提案したのは、限定しないことが大事だったからで。僕は、基本的に人間はいい人であると考えてはいますが、提供された環境や状況によって、欲深い部分が出てしまうことは誰にでもあると思うんです。だからこそ、決まった席に着くのではなく、譲り合いの精神が自然に生まれる芝生にしたかった。何百人、何千人という規模でも、心地よい一体感をその場につくることができると、数日間、余韻が抜けないようなイベントが出来上がるのだと思ってやっています。

——能動的に、参加者が自然とお互いを気に掛けられるような場づくりが、キーとなるんですね。

有坂 そうですね。芝生に座り、映画が始まる時間が、変に気を使わない空気を生んでいるとも思います。早い人だと3時間も前から来て、ビールを飲んだり、おしゃべりをしたり。『スタンド・バイ・ミー』の上映のときは、午前中から来てピクニックしていた方もいました。昼間の暑い時間からだんだん日が暮れて、涼しい風が吹いてきて、暗くなり、いよいよ始まるという瞬間って、本当にたまらないものがあると思うんですね。その待ち時間も心地よく過ごしてもらえるよう、会場ごとにつくったプレイリストのBGMを流すなど、場の空気をつくることを大切にしています。

——来場者の意識をスクリーンに向けるような流れも意識されていますか?

有坂 集中できる環境を徐々につくっていくことは意識しています。例えば、始まる前に照明を落としたり、ご挨拶をしたり、終わった後に簡単な解説もすることを事前にお知らせしておくことで、「よし、映画を観よう!」と、少しずつワクワクした気分に向かわせるような、スイッチを入れるようにはしています。

自由に映画を楽しむことが、一体感をつくっていく

——観客数も多いのに、穏やかで、治安の良さをすごく感じさせる場になっていますよね。

有坂 来場者の自主性に委ねた結果として、治安の良さが生まれているかなと。 マナーに関しても、こちらからは一切アナウンスしてないんです。映画館では、言われなくても知っているというようなルールがこれでもかと並べられますよね。一方で、僕らは「映画って、こんなに自由に楽しんでいいんだ!」と思ってもらえる場をつくりたい。だから、麻布台ヒルズの屋根がある飲食コーナーも、映画を上映するからと立ち入り禁止にしてしまったら面白みがないですよね。普段のままの状態で、映画を観ている人もいれば、飲食している人もいる。見る、見られるの関係性があるのも、こういった人通りが多い場所ならではですよね。映画を観ている自分を見られている。だからこそ、参加している自分の行動を意識するのかもしれません。面白いのは、映画が始まる前にみなさんの顔を見て話しても、意外と目が合わないことが多いんですけど、上映が終わった後は、みんなと目が合うんです。これが、場の一体感なんだなと、毎回感じます。

——今回の上映では、来場者の方々とどんな交流がありました?

有坂 金曜日は、最前列を陣取っている、熱狂的な『真夏の夜のジャズ』のファンの方やジャズ好きの方が多く、「何度も観ているけれど、外で観るのは初めて!」とおっしゃっている方もいらっしゃいました。土曜日は想定した通り、ファミリー層が多く、お父さん、お母さんが『スタンド・バイ・ミー』好きで来ている方もいれば、「名作過ぎて観ていなかった」という方もいました。「『スタンド・バイ・ミー』って、ドラえもんの映画じゃないんだ」と言っているお子さんもいたりして(笑)。世代によって名作の捉え方が変わってきているし、名作だからといってあぐらをかいていると、忘れられてしまうのだなとも思いました。また、木と木の間から映画を観ている人がいて、話を聞いたら「大自然の映画だから、緑に囲まれて観たかったんです」と。そこに場をつくってしまえば、楽しみ方は本当にそれぞれなんですよね。

街を活性化させる、移動映画館のあり方

——これまで様々な場所で上映イベントをされてきて、特に印象的だった体験はありますか?

有坂 東京ではないのですが、愛知県の岡崎市で定期的にイベントをやっていた時期があって。岡崎から一時的に映画館がなくなってしまった時期に、カフェのオーナーから「映画の灯を消したくない」と相談を受け、2カ月に一度、カフェで上映イベントをしていました。後からわかったことですが、岡崎にはデザイナーやミュージシャンなど、個性的な人が多くて。みんな顔と名前は知っているけど、話したことはない、という方たちがたくさんいたんです。でも、映画という同じ物語を共有した後は、自然と会話が生まれていきました。僕たちも、そのつながりから、町全体を使って映画祭をやりたいと思い、町の7カ所を会場にした回遊式の映画祭を企画しました。街歩きを楽しんでほしかったので、チケットをビールのジョッキにくっつけて、参加者は飲みながら次の会場を回るようなかたちにしたんです。町中に給水ポイントも用意して、すれ違った参加者同士が乾杯しているのを見た地元のおばあちゃんから、「今日何やってるの?」と声をかけられたり(笑)。映画がきっかけで、町の人々の交流が生まれて、町の人も喜んでくれて、町全体が映画館になっていくような体験でした。

——移動映画館は、街を知るきっかけにもなりますか?

有坂 そうですね。自分が普段映画を観に行く前は、その土地でカレーを食べたり、コーヒーを飲んだり、上映後には酒場を探して歩くのが好きなんです。移動映画館も同じで、僕らのイベントは場所がどんどん変わっていきますし、映画館がない地域でも開催しているので、町歩きとセットで楽しんでもらえるといいなと思っています。かつてはどの町にも映画館がありましたけど、今はどんどんなくなって、映画館のある町のほうが珍しくなってしまいましたよね。最近では、神奈川県・藤沢市にある映画と本とパンの店「シネコヤ」 のような個人経営のマイクロミニシアターも増えている。作品を観て終わり、ではない、新しい楽しみ方が生まれてきている、と感じますね。

——海外の移動映画館には、どのような面白い取り組みがあるのでしょう?

有坂 人工湖の水上ボートや浮き輪に揺られて映画『ジョーズ』を鑑賞する企画や、ヨットの帆をスクリーンにしてビーチで映画を観るイベントなど、映画の内容と場所の特性がリンクしたものがたくさんあります。また、集合場所だけ決まっていて、上映作品や上映場所といった事前の情報を一切シャットアウトして楽しむ「シークレット・シネマ」と呼ばれる企画も開催されていたり。日本の野外上映は、今回のように企業が主催するケースが多いですが、海外では行政が主体となって継続的なイベントとしてその土地に定着していると感じさせます。それが日本との決定的な違いですね。

予期せぬハプニングがもたらす4D体験こそ、オーダーメイドな移動映画館の醍醐味

——移動映画館だから届けられる物語という体験は、どんなものだと思いますか?

有坂 一つひとつがオーダーメイドのイベントだと思ってつくっていると、風や雨といった予測できない外部の環境が、映画の世界とシンクロすることがあるんです。それは、ある意味、4D体験だと思っていて。『雨に唄えば』を上映したときに、始まる直前に雨が降り出したことがあったんです。これはいいぞと思っていたら、まさかのゲリラ豪雨で上映を途中で中断せざるを得なくなってしまった。ジーン・ケリーのタップダンスのシーンまではなんとか漕ぎ着きたいと思ったけれど、無理でした。そのときに、最前列でずぶ濡れになっている学生の方に「大丈夫ですか?」と声をかけたら、「いや、映画が映画なので、濡れてなんぼですよ!」と返してくれて。結局、10分後に上映を再開できたのですが、誰も帰ることなく、タップダンスのシーンでは盛大な手拍子と指笛が鳴り響いて。終演後のトークで、思いついた言葉が「世界初の4D上映はいかがでしたか?」でした(笑)。映画を撮影した聖地で上映したり、料理とペアリングする上映イベントなども企画しているのですが、そうやって場所や時間をデザインすることで、映画を観るという行為が、より深く、特別な体験に変わっていくと思っています。

——最後に、麻布台ヒルズの中央広場、あるいはそれを取り囲む空間に、今後どんな広がりを期待されていますか?

有坂 広場は「これをしなきゃいけない」という理由がない、余白の空間ですよね。今の都市にあるものの多くは、すべて理由があってつくられています。でも、麻布台ヒルズの中央広場は、そこに緑と芝生があるだけで、その使い方は僕たちに委ねられている。お膳立てされているものに自分を合わせていくのではなく、「この場所で何をしよう?」と、矢印を自分に向けられる場所です。とは言っても、巨大なタワーが建ち、洗練された施設に囲まれていると、芝生にシートを敷いて座っていいのかなと迷ってしまう人も現実には多いと思うんですね。だからこそ、映画上映の光景が日常的なものになっていくと、あの広場をもっとのびのびと楽しめる人も増えていくのではないかなと思います。

OUTDOOR CINEMA


有坂塁と渡辺順也が設立した移動映画館キノ・イグルーが「秋を味わう映画」をテーマにセレクトした映画を、心地よい秋風と緑の香りを感じる中央広場でお楽しみいただけます。映画館やご自宅で観る映画とは一味違う、ここでしかできない映画体験をご堪能ください。

場所=麻布台ヒルズ中央広場
日時=10.10(金)〜13(月祝)17:45~
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