WORDS TO WEAR

生まれた自分に逆らって——連載|鈴木涼美「今日はこの言葉を纏う」16

その芸人の女の性のようなものが、母の眉をひくときのものすごい集中力と執念に現れていて、それが凄まじい気迫となって私に伝わり、置いていかれる寂しさと、恐さの感情がないまぜとなってシクシクとやりだすのだ。
——金滿里『生きることのはじまり』より

TEXT BY Suzumi Suzuki
PHOTO BY Ittetsu Matsuoka
hair & make by Rie Tomomori
design by Akira Sasaki

一体何が面白いのか。と、当時ですらうっすらと思っていたのだから、今から思い出してわかるわけがない。何十曲も振付を覚えて、みんなで全く同じ仕方で手をパラパラと動かす。誰が振付を決めているのかなんていうことは考えない。毎週毎週新しい曲が追加されるのだから、思考停止でひたすら覚えるしかない。最初に覚えたのは当時基礎の基礎みたいに全員が踊れた某ネズミのマーチや「Night of Fire」だったと思うけど、最後に覚えたのは何だったか。多分MAXの新曲を、誰よりも先に覚えて後輩の子三人に教えて、何だか満足してしまったのだった。爆音で似たような曲がかかり続けるクラブの中は、実は全員が振付を覚えているわけでは全然なくて、だからなおさら、お立ち台に立って完璧な振付で踊れている自分たちは、同化すればするほど無敵な鎧を纏える気がした。

鎧と言えば私たちの化粧はとても極端で、日焼けした肌に黒くて太いアイライン、パールの入ったアイシャドウに白っぽい口紅、時には目尻にシールまで貼って、元の顔が濃くても薄くても、バランスが良くても悪くても、似たような顔に仕上がるようになっていた。それは明らかに異性の目を惹きつけるどころか拒絶するようなクドい仕上がりだったし、綺麗になりたいと願うようなメイクともかけ離れている。ナチュラルで、より美しく見えるようにうたう化粧品のコピーが泣くくらい、不自然で歪で、写真で見返せば美しいとはなかなか言い難いものだった。

一度、学校の補講が長引いて、十分な戦闘メイクをする時間なしに約束のイベントに向かわざるを得なかったことがあった。不完全な化粧で並ぶクラブの前の列はとても心もとなく、普段大きい私の声はとても小さく、その日は最後まで楽しい気分になれなかった。その頃の私は化粧や髪や完璧に覚えた振付で武装していなければ、街の中に自分の存在価値を見出せないほど脆弱な自信しか持っていなかったのかもしれない。

あの化粧には色々な意味があったと思う。みんなで同じように装うことで仲間意識が生まれたし、何か一つのムーブメントに参加表明するチケットのような役割もあったし、自分の中に残る幼さや素朴さを隠し雑踏に溶け込む術でもあった。でも何より、元の肌の色や顔の造形を全く無視した仕上がりのあのメイクには、自分の生まれや運命に逆らうという意志があった気がする。だから私たちの化粧筆には力が入ったし、決まりきったコードをなぞるような化粧をしているのになぜか自由になれる気がしていた。

今でも忙しさにかまけて化粧をしないで過ごすと姿勢が悪くなったり、卑屈になったりする。だから私はなるべく毎日朝起きると顔を洗って化粧をする。生まれ落ちた自分というものに逆らい、自分で選び取った自分になるために。

障碍者のみのパフォーマンス集団を率いる金滿里さんの著作『生きることのはじまり』が最近増補されて復刊した。数奇な運命とそれに逆らうように自由を求めた戦いの記録ともいえる半生は、彼女と似たような人生とは言い難い私自身をも、心強い気分にしてくれるものだった。そして彼女の幼い頃の母に纏わる記憶もまた印象的で、芸能にたずさわる者として日本へやってきた彼女の母もまた、何かと戦うために眉を引いていたのではないかと想像してしまうのだ。

 

profile

鈴木涼美|Suzumi Suzuki
1983年生まれ、東京都出身 / 作家。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。日本経済新聞社を退社後、執筆業を中心に活動。小説に『ギフテッド』『グレイスレス』(文藝春秋/ともに芥川賞候補作)、『浮き身』(新潮社)、『トラディション』(講談社)。主な著書に、修士論文を書籍化した『「AV女優」の社会学 増補新版』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ〜夜のオネエサンの愛と幸福論〜』(幻冬舎)、『娼婦の本棚』(中公新書ラクレ)など。最新刊に、「源氏物語」を題材とした書簡形式の小説『YUKARI』(徳間書店)。