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知らない地元と共に歩く:『地球の歩き方』編集室、多摩・千葉・埼玉版担当者に訊く——連載|編集できない世界をめぐる対話 ④

私たちが歩けなくなったときに、歩きつづけていた人たちがいた──。コロナ禍で移動が制限されるなか、海外版ガイドブックの刊行で知られてきた『地球の歩き方』の編集室メンバーたちは、国内版の刊行にチャレンジした。しかも、観光地として人気の地域だけではない。2022年3月刊行の「東京 多摩地域」版、同年12月刊行の「千葉」版、そして2023年3月刊行の「埼玉」版など、知っているようで知らない東京近隣地域に目を向けた各版が、思わぬ反響を呼んだのだった。

インタビュー連載「編集できない世界をめぐる対話」第4回は、「編集」を広義において捉えなおしてきた本連載が、初めて狭義の「編集」を語り合う。関東甲信地方の梅雨入りを気象庁が発表した翌日、千葉版担当の清水裕里子、多摩版担当の斉藤麻理、埼玉版担当の金子久美に会うべく、東京・品川区の地球の歩き方編集室を訪ねた。

TEXT BY Fumihisa Miyata
PHOTO BY Kaori Nishida

──「編集」をテーマに、しかも編集室のお三方による座談という変則的なかたちですが、どうぞよろしくお願いいたします。

地球の歩き方編集室・清水裕里子が担当した千葉版

清水 にわかに緊張していますが(笑)、よろしくお願いします。『地球の歩き方』国内版は「Japan」の「J」が頭につく通し番号がふってありまして、編集室では普段「Jシリーズ」と呼んでいるんです。私は海外版を手がけつつ、今回お声がけいただくきっかけとなった「J08」の千葉版のほかに、発売時期は前後しますが「J04」の沖縄版、さらには1056ページというボリュームを編集室ほぼ全員でつくった「J00」の日本版をメインで担当したことから、現在はJシリーズを統括するような立場になっています。

斉藤 同じくJシリーズで、「J01」の東京版と、「J02」の東京多摩地域版を担当しています。私はもともと弊社のなかでインバウンド向けの媒体をつくってきたこともあり、2020年に予定されていた東京五輪に向けて東京版をつくろうというアイデアが社内で出たとき、担当することになりました。私は海外版も含めて『地球の歩き方』ガイドブックをつくるのが初めてだったんです。そのときは国内版自体、今のようにここまでシリーズ化するという話もまったく出ていない状況でした。

金子 私は海外版を編集してきたので、今回初めて「J07」の埼玉版で国内版を担当しました。生まれ育った、そして今も住んでいる埼玉について、一冊のかたちにできたということを感慨深く思っています。今回インタビューをお声がけいただいたご縁も嬉しく、きっと私たち自身が意識していなかったことに気づかされる予感がしています、よろしくお願いいたします。

同編集室の斉藤麻理(上)と、金子久美

──お話があったように、Jシリーズが刊行されていくきっかけとなったのが、東京版ですね。コロナ禍が直撃するという、逆風のなかでのスタートでした。

斉藤 オリンピックも延期になってしまい、準備は進めてきてしまったけれどどうしよう、という状況でした。ちょうど『地球の歩き方』創刊40周年が重なっていたので2020年9月に刊行したのですが、多くの人がステイホームを実践しているなか、「歩き方」だなんていって炎上しないだろうかと、正直ビクビクしながら出したことを覚えています。

清水 都道府県の境をまたいで移動してはいけない、というような状況もありましたね。

金子 当時は、海外版の制作も滞ってしまっていました。取材が済んでいるエリアについては細々と刊行していたのですが、新規の取材はできない。どうしようという悶々とした気持ちを抱きつつも、それでも何かしらは出していかなければといろいろな企画を考える、という時期でしたね。

斉藤 そんななか出した東京版は、旅行に来る方ではなく、東京に住んでいる方々が買ってくださって、ご好評いただけたんです。私たちとしては、まったく予想もしていなかった結果でした。そこから編集室としても、“地元再発見”としてのJシリーズが可能なのではないか、と考えていくようになったんですね。京都、沖縄、北海道といった観光で人気の地域は真っ先に名前が挙がって企画が進んでいったのと同時に、東京版の読者の方々から「多摩の情報が少ない」というお叱りの言葉もいただいていたこともありまして、じゃあ多摩で一冊出してみようか、と。

──その多摩版が、地元を中心にさらなる好評で迎え入れられた、ということなんですね。

斉藤が担当した多摩版

清水 大フィーバーでしたね……!

斉藤 ありがたい限りです。東京版よりも売上の初速がよくて、本当に驚きました。とはいえ、これは失礼のないように申し上げたいのですが……多摩は素晴らしいところでありつつも、その名称すら全国的には知らない方もいらっしゃるでしょうし、発売日までは「本当に多摩だけで一冊にして大丈夫だろうか」と思っていたのは事実なんです(笑)

金子 確かに、多摩がこれだけ受け入れられて、読者の方が喜んでくださるんだというのは、私も本当にビックリしました。

斉藤 恐る恐る出したのですが、まず地元の書店さんがたくさん平積みにしてくださったり、独自のPOPをつくってくださったりして盛り上げてくださったんですよね。そこから、地元愛の強い多摩の読者の方々へと広がっていきました。

──多摩地域に住んでいても、実は普段通る場所以外はよく知らないということもあるかもしれないですね。

斉藤 実際に、そうしたお声はよく聞きました。遊びに行くとしたら都内を東へ移動して新宿へ行く、リフレッシュしに西へ向かうとしても奥多摩や高尾山などがほとんどで、意外とその間、東西南北に広がる多摩地域自体については知らない、と。全30市町村のエリアガイドを満遍なく組んだので、「隣の町にこんな資料館があるとは知らなかったです」というような反応もたくさん頂戴したんです。

清水 ガイドブックで取り上げられるイメージのあまりない市町村がメインとして『地球の歩き方』に収録されることで、さらに地元の方に受け入れていただけるんだと気づいたことは大きかったですね。加えて、取材や撮影を進めるにしても、本当にコロナ禍真っ只中という時期でしたし、多摩版が受け入れられたこともあったので、じゃあ東京から近いところからシリーズを広げてみようということで企画がスタートしたのが、千葉版と埼玉版なんですね。各版でなるべく全市町村を網羅するようにシフトしていったのも、ここからです。

──千葉県と埼玉県にそれぞれ生まれ育ち、現在もお住まいだという清水さんと金子さんが、各地元の版をつくることになりました。

金子 ずっと海外版をつくってきて、いつか国内版にもチャレンジしてみたいという思いは心のどこかにはありましたが、まさかこういうかたちで埼玉版の発行を実現できるとは、思ってもいませんでしたね。

清水 千葉版を担当するにあたって、私は真っ先に手を挙げました(笑)。私自身、コロナ禍がきっかけで地元に目が向くようになったんです。山が好きで、これまでは北アルプスや南アルプスといった遠方へ出かけることが多かったんですけれども、千葉の外へ出ることができないというときに、周囲の低山の魅力に気づいたんですよね。もちろん海の魅力もありますし、後ほどお話しするかもしれませんが、意外と深い歴史をもつ土地であるということにも、改めて発見していくなかで一冊にまとまったという経緯があります。さらには、多摩版でも全市町村を「東部」「北部」「南部」「西部」に区分けして紹介するからこその意外性があったように、千葉版でも「東葛エリア」「北総・成田エリア」など7つの地域にわけながら、それぞれきちんと紹介するようにしていきました。

──埼玉版も、「川越・東松山・小川エリア」「上尾・鴻巣・久喜エリア」「秩父・長瀞エリア」など7つに分けられていますね。

金子 長年埼玉県に住んでいても、知らないところがいっぱいあるんですよね。複数人でチームを組んで編集していくので、作業中も発見がたくさんありますし、私自身がまだ足を運べていないスポットなどもありますから、発売後のゴールデンウィークに自分でいってみて「やっぱり埼玉いいじゃん!」と感じることもあります(笑)

斉藤 わかります! いきたいところのリストをつくりますよね。

金子 近場のお出かけスポットとしても、旅先としても魅力的なんだな、と。埼玉のなかでもっといろんなところにいってみたいな、次はどこにいこうかな、と考えるのが楽しいですね。

金子が担当した埼玉版

──各版を編集していく際、どのようなプロセスを踏んでいくのでしょうか。まずはリサーチですか?

清水 外部の編集プロダクションさんと一緒につくっていくのですが、改訂と完全な新刊では、まったく作り方が異なるんです。元がある改訂の場合は、より深い情報を巻頭で特集として取り上げようとか、このエリアが人気だからページを増やそうか、というような議論になるわけです。一方で新刊のときは、まず全体的な情報収集、いわゆるネタ出しから始まります。とはいえ、市町村を網羅しようとすると、一冊の中頃に置くエリアガイドの部分のページ数はおおよそ決まってくるんです。

斉藤 それだけでも、半分以上のボリュームになります。

清水 そこを確保したうえで、じゃあ巻頭の特集ページはどうしようか、と考えていく。たとえば千葉版でしたら「小江戸佐原の歩き方」というような特集があるように、おおよそ15個前後、多くて20近くの特集を入れていくんですが、そのために編集プロダクションの方々と一緒に何十個とネタ出しをしていきます。

斉藤 すごく白熱するんです。埼玉版も盛り上がっていましたね。

金子 埼玉出身や在住、かつて住んでいたことがあるといった、ゆかりのある人たちがスタッフのほとんどでしたので、自分の思い入れのあるテーマをみんなでバンバン出していくんですね。たとえばサッカーJリーグ・浦和レッズやプロ野球パ・リーグ埼玉西武ライオンズの熱狂的なファンがスタジアムを取材したり、お酒好きだから酒蔵を特集したいという人がいたり。

清水 誰もが一家言あるんですよね(笑)

金子 はい、そのなかで取捨選択していきます。

斉藤 定番のものと、変わり種の特集と、バランスを見ていきますよね。グルメばかりに偏らないように、とか。

金子 バランスはとりつつ、どうしても熱が入ってしまうところもある、という感じでしょうか。私は高校時代、友人と何時間も過ごしていたピザハウス「るーぱん」はどこかに必ず入れたいと思っていたので、巻頭特集ではなく後半のグルメの章で埼玉発祥チェーン店を取り上げるページをつくりました(笑)

斉藤 「るーぱん」の意味を先方に取材しても、実は特にない、という答えなのがまたいいですよね(笑)

金子 あと『地球の歩き方』海外版ではもともと、巻末に投稿用紙が付いていて読者の旅の体験談が郵送で編集室に届いていたのですが、今はホームページなどでご投稿いただけるようになっています。今回も埼玉のあるあるネタやおすすめスポットなどを教えていただくことが多々ありました。

斉藤 取材先でも、「ランチにどこにいきます?」などと質問することがあります。たとえば織物の職人の方に、「そこの蕎麦屋が美味いよ」と教えていただけると、じゃあそのお店を取材しようか、情報だけでも欄外に入れようか、といった次の動きにつながっていくんですよね。

金子 海外も含めて、やはりできるだけ私たち自身が旅しながら歩いて取材するということが基本ですので、先ほどのお蕎麦屋さんの話のように、書ききれないほどの情報がどんどん集まってきちゃうところはあるかもしれないですね(笑)。はみだしネタも、ページの隅々まで詰め込んであります。

斉藤 海外版との違いということでいうと、関東近郊の取材だと日帰りでいったりきたりできるので、職人さんにお話をうかがった2週間後に、「オススメいただいたあそこのお蕎麦屋さん、来週アポ入れてみよう」というように、小回りがきくということはあるかもしれません。

清水 国内でも遠方の場合は、たとえば一カ月ウィークリーマンションを借りて取材というかたちになるので、細かく往復しながらというのは難しいですよね。そのあたりは今回新鮮でした。何なら急に必要になった写真も、「すぐ私が撮ってきます!」と駆けつけるようなことができたんです(笑)

──『地球の歩き方』の、ガイドブックとしての既存のフォーマットというものは、今回新たなチャレンジを進めるにあたってどのように機能したのでしょうか。

金子 海外版の『地球の歩き方』にも親しんでいただいてきた読者の方から、同じようなつくりになっているのがすごくいい、というような声を頂戴しましたね。

清水 人口や面積といった基本情報や祝祭日、気候などをまとめた巻頭の「ジェネラルインフォメーション」のページから、巻末に置く「旅の準備と技術」の章まで、真面目にオマージュしています。東京版では、山手線の路線図などをびっしり載せる試みもしましたよね。

斉藤 海外版だと路線図は大事ですから。もともとはオリンピックということもあって、都民の人じゃなくても大丈夫であるように懇切丁寧につくろう、ということからはじまっているんです。もちろん日本に住んでいる人なら自分で乗換できたり、スマートフォンで検索して調べたりできるかもしれないですが、やはりこれは載せようと。

清水 これ一冊もって旅にいけば何とかなる、安全に帰ってくることができるというのが海外版の『地球の歩き方』の骨子でもあるので、そこは真正面から則っていますよね。

金子 「旅の準備と技術」の章には「習慣とマナー」という項目があるのですが、埼玉版を買ってくださった方の、「『埼玉独自の習慣やマナーはほとんどない』とあって爆笑した」というツイートがすごくバズっていたのにも驚きました。私たちとしては事実をサラッと書いたつもりなんですが(笑)、そこを面白がっていただけるんだ、という発見がありましたね。

斉藤 実は「習慣とマナー」は、ちゃんと日々アップデートしないといけない項目なんです。たとえばエスカレーターの乗り方にしても、2021年に東京版を出したころは左側に立つと書いたのですが、徐々に状況が変わってきていますので。

金子 埼玉県では2021年10月に日本で初めてエスカレーターの歩行を禁じる条例が施行されたので、その点は目立つように明記してあります。

──なるほど。国内版を手がけるにあたって苦労された点はありますか?

斉藤 最初に東京版を出すとき、特集の選び方にすごく悩みました。東京にかんしては雑誌や書籍はもちろん、SNSでの発信もウェブの記事もたくさんある。みんな既に知っていることがいっぱいあるなかで、何を特集したら面白がってもらえるのか、知らなかったと思ってもらえるのか、すごく難しく感じたことを覚えています。

金子 たしか東京版にかんしては、「ノータピオカ」と決めていたんですよね?

──「ノータピオカ」……?

斉藤 制作を進めていった2019年は、まさにタピオカブームの全盛期だったんです。今までのガイドブックの概念からいうと、最新情報、流行っている旬の情報を扱うというイメージがありますよね。海外旅行について編集する場合もその点は大事な場合があると思うのですが、東京でそれをやってしまうと、たとえばタピオカだったら一カ月後にはもう流行っていないかもしれない、一年後にその店はないかもしれない、ということがありえるので……。それよりは老舗ですとか、東京といえばここというような代表的な場所をしっかり掘り下げよう、という方向に舵をとりました。

清水 地元の方に愛されているですとか、誇りをもっていらっしゃるような物件はできる限り掲載する、というのはベースの姿勢としてありますよね。あとは、“あえて”を入れ込むのが『地球の歩き方』らしさなのかもとも感じました。たとえば千葉版ですと、巻頭特集のなかに「貝塚で知る千葉」「チバニアンって何?」という企画を入れています。あえてこれを巻頭で入れる、という。

──日本有数の「貝塚の宝庫」としての側面と、さらに太古の地層として近年注目を浴びたチバニアンの特集でしたね。歴史的な深度がグンと増すページでした。

金子 そういえば、読者の方にすごくご好評いただいているのが、歴史年表なんです。海外でもよく掲載しているんですが、国内版でも各地域に特化した年表をつくっているんです。それこそ東京版でつくったのが最初ですよね。

斉藤 そうなんです。編集した立場ではあるのですが、読者の皆さんからすごく人気があって、「えっ?」と(笑)

清水 「こんな小さな字の年表なのに……?」って(笑)

2021年刊行の東京版より、「年表でみる東京の歴史」

斉藤 地域のできごとを中心に掲載しつつ、そこに他のページで取り上げたお寺や神社といった物件や、版によってはその年に創業した老舗を紐づけています。ガイドブック的な要素も入れ込んだ年表といえばいいでしょうか。すると皆さんも「自宅から10分のあの店の創業と、このできごとが同じ年なのか」と、遠い昔の、自分にはあまり関係ないと思っていたような歴史がちょっと身近になるといいますか。歴史の本や雑誌を好きな方はたくさんいらっしゃると思うのですが、特にそうではない方にも「これなら読んでもいいかな」と感じていただけるのもまた、ガイドブックの醍醐味かもしれません。国内でも海外でも、初めての土地を歩くと、そこの歴史ってちょっと知りたいなと思いますよね。

──同時代的な、地域の“横”目線の興味が、やがて歴史的な“縦”の関心へとつながっていくわけですね。

斉藤 媒体としての性質もあるのかもしれませんが、年表への意外な反応のように、読者や取材先の方々とキャッチボールしている感じが、手がけていて楽しいと感じるところですね。一方的にオススメを発信して終わるのではない、といいますか。そもそも多摩版が世に出ることになったのが、そうしたキャッチボールのおかげですから。

金子 まさに、読者の方の意外な声が届きやすい、反映されやすいということはありますね。

斉藤 編集の仕事の面白さも、そこにあるかもしれませんね。たとえば大規模な組織をもつメーカーさんが新しいプロダクトを手がけるとなると、もちろん大きなやりがいがあると共に、ひとりの方の意見を全体に反映させるのは大変だろうと想像します。私たちの場合は、「この特集、ちょっとここに入れちゃおうか」ということができますよね(笑)。もちろん少人数であるぶん、大変なことも多いですが。

清水 自分の愛が届けやすい、ということはあるかもしれないですね。これからも国内版は、札幌・小樽、愛知、世田谷、四国、あとは神奈川などの刊行が予定されています。お気づきの読者の方もいるように、実は現在「J06」が欠番になっていて、これが神奈川版です。企画は早めにスタートしたのですが、私たちの上司である編集長の地元への思い入れゆえの状況ですので、もうすこしだけお待ちください(笑)

 

profile

宮田文久|Fumihisa Miyata
1985年、神奈川県生まれ。フリーランス編集者。博士(総合社会文化)。2016年に株式会社文藝春秋から独立。2022年3月刊、津野海太郎著『編集の提案』(黒鳥社)の編者を務める。各媒体でポン・ジュノ、タル・ベーラらにインタビューするほか、対談の構成や書籍の編集協力などを担う。