現在、東京シティビューで開催中の「ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築」。スタジオを率いるトーマス・ヘザウィックと面識があり、彼の作品をよく知るというファッションブランドCFCL代表兼クリエイティブディレクターの高橋悠介は、この展覧会からどんなものづくりのヒントを得たのか。本展の見どころと合わせて話を聞いた。
PHOTO BY SATOSHI NAGARE
TEXT BY MASANOBU MATSUMOTO
きっかけは、1枚のシャツだった。高橋悠介が前職のデザイナーを勤めていた当時、アーティスト、ボスコ・ソディのアトリエを訪れると、ISSEY MIYAKE MENのシャツを着用した人物がいた。「僕がデザインした服を着てくださっていて、ありがとう、と挨拶すると、その方がトーマス・ヘザウィックさんでした」と高橋は回顧する。「その後、調べていくうちに、自分の記憶に残っているプロダクトや建築のいくつかを、実は彼が手がけていたことを知りました。知らず知らずのうちに影響を受けたクリエイターのひとりです」
高橋が手がけるCFCLは、3Dコンピューター・ニッティング技術を駆使した、機能的でコンフォートなウエアを展開するブランドだ。ブランド名にも込められたコンセプトは「現代生活のための衣服」。ニットというカジュアルなアイテムの可能性を広げ、またサステナビリティに配慮したものづくりの面でも高い評価を獲得している。2022年には、日本のアパレルブランドで初めて「B crop(社会課題や環境問題に配慮した公益性のある事業を行う企業に与えられる認証)」を得た。
トーマス・ヘザウィックは、いま世界で最も注目を集める建築家・デザイナーのひとりだ。彼が率いるヘザウィック・スタジオは、《上海万博英国館》、《ロンドン・オリンピック聖火台》、ニューヨーク・ハドソン川の水上公園《リトル・アイランド》など、世界各地で大規模なプロジェクトを手がけている。2023年秋にオープンする「麻布台ヒルズ」の低層部も彼らがデザインを担当した。
——ヘザウィック・スタジオにはいつぐらいから注目していたのですか?
高橋 はじめてトーマスさんの作品を知ったのは、足のない回転する椅子《スパン》です。ご本人と出会う前でしたが、ロンドン留学中の2000年代後半に訪れた展覧会で見ました。建築家がつくる椅子は、合理的でミニマルなもの、あるいは視認性が強いもののあまり機能的ではないものが多いように思います。そのなかで《スパン》は、造形的にも新しく、また合理性と視認性の両方がバランスよくデザインされていて、深く印象に残りました。実際に、今回の「ヘザウィック・スタジオ展」では《スパン》に座ることができます。トーマスさんが後々に語っていたことですが、座ってみると、表面のうねうねとした印象的なテクスチャーが、滑らないように、座り心地を考えて採用されているのがわかります。完成形に至るまでの試行錯誤も面白いと思いますし、そうしたテクスチャーへの執着、愛情のようなものも、共感が持てます。実はテクスチャーと全体のバランス感は服づくりにおいても、難しいものなんです。
——今回の展覧会で、特に興味を惹いたものがあれば教えてください。
高橋 スタジオが手がけた様々なプロジェクトはもちろんですが、個人的に興味を惹いたのは、会場の最初のスペースに置かれている、トーマスさんが学生時代に試作したタイル、また大学時代に工場見学をして興味を持ったという“押出成形”の製品パーツなど。トーマスさんが昔からどのようなものに惹かれてデザイナー、建築家としてのキャリアを歩んだのかがわかるものです。僕も学生時代にコンピュータープログラミングニットに出会い、いまもその可能性を追求していますが、興味や関心を持続しながら、新しいアイデアを展開していくこと、自分のクリエイション史をどのように一本の線で引けるかということは、クリエイターがものをつくる際の説得力になる。また、こうした学生時代からの関心が、実は他のブースで紹介されている大規模なプロジェクトにも反映されていたりして、ひとつの見どころだと思います。
展示されている押出成形のパーツは、はじめにグニョっと出た、本来切り捨てられる部分。つまり、不要なものですが、それを面白がる視点やデザインに活かそうとする発想が、彼らしい。服をつくる際も、工場や職人から、デザイン画とは違うサンプルが上がってくることがあります。ただ、それが案外「いいね」となる場合も少なくありません。そういうハプニングのようなもの、偶発性を楽しむこともクリエイションに大切だと僕自身は信じているので、今回の展示物に後押しされたところがあります。
——本展が企画した森美術館の片岡真実館長とトーマスさんのトークイベントも聴かれたそうですが、改めて気づいたことがあれば教えてください。
高橋 トーマスさんの話で印象深かったのは、《ロンドン・オリンピック聖火台》のエピソードです。曰く、過去のオリンピックを振り返っても、聖火台がどんなだったか、多くの人はあまり思い出せない。唯一覚えているのは、弓矢で火を灯したバルセロナオリンピックのとき。それは聖火台のかたちそのものでなく、アクションや体験がともなう瞬間のデザイン。それが人々の記憶と結びついていると。また、《上海万博英国館》についての話も面白く、実際に与えられたスペースや予算の制限があり、そこまで建築物も大きくない。また万博は期間限定なので会期が終了すると取り壊されてしまう。そこで、写真に綺麗に収まるかどうかも配慮して、トーマスさんは建物のプロポーションを決めたそうです。出来上がったものだけでなく、そこに行き着くまでの思考もユニークで、人を惹きつけるものがあると改めて思いました。
実際に、今回の展覧会では、大規模な建築物やプロダクトだけでなく、スタジオが自分たちのために制作したクリスマスカードなども展示されていますが、小さなプロダクトから建築まで、一貫してコンセプトが明確で人間味もある。また《スパン》についてお話ししたように、すべてのプロジェクトにおいて、細部と全体、機能性と視認性が分断されずに、シームレスにうまく統合しながらデザインされているのがよくわかります。
——麻布台ヒルズの低層部にできるインターナショナルスクールもヘザウィック・スタジオが設計に携わるのですが、古い煉瓦造りの郵便局だった場所で、トーマスさんは、そのレンガを使いたいと考えたそうです。最終的に、当時、採用されなかったレンガが見つかり、それを使用するそうですが、歴史や時間が経ったものを愛する感覚も彼ららしさなのかもしれません。
高橋 《上海万博英国館》では、何万本ものアクリルスティックの先端に、英国のキューガーデンから提供された植物のタネが入っています。ディテールにも、さらにコンセプトを深めるような試みが取られていて、それが、親しみやすさにつながっているのだと思います。加えて言えば、トーマスさんのデザインの魅力の一つは、その人柄による部分もあるように思えます。ロンドンの《コール・ドロップス・ヤード》は、屋根のかたちに何度も試行錯誤したそうです。そのときクライアントの案を取り入れたら、うまくいったと聞きました。素材、技術だけでなく、柔軟にいろんな人の意見を取り入れながらいいものをつくりあげていくのも、彼ららしさだと思います。
——親しみやすさ、ワクワク感が、人を惹きつけ、愛され、長く使われるようになり、結果サステナビリティにもつながると、トーマスさんは発言していますが、CFCLもサステナブルなものづくりで世界から注目を集めています。共通するビジョンを感じますか?
高橋 共通点というとおこがましいですが、僕の場合も、ワクワクすること、服があることで生活を快適にすることがクリエイションのスタート地点にあります。サステナビリティは、現代においてはものづくりの基本的な姿勢。それだけが目的になるのではなく、まずは、ワクワクすること、人の生活をよりよくすることを考えていた結果、より愛され、長く使えるものが出来上がるというトーマスさんの考えには共感できます。
——今回の展示を経て、クリエイターとして触発されたことがあれば教えてください。
高橋 ファッションの場合、半年に一度のサイクルで新しいものを発表していきます。この数年を振り返っても、ライフスタイル自体がものすごいスピードでアップデートされています。それを考えると半年に一度、ライフスタイルにあった服を提案していくことは、実は今の世の中にフィットしているのでは、と思うようになりました。ただ、定期的に新しいものを発表する際、どうしても奇をてらいがちで、本質からずれてしまう可能性がある。その点で、今回の展覧会は、デザインの本質と向き合いながら、どうアイデアを発展させていくか。その姿勢を再認識する機会になった気がします。服もプロダクトも建築も、デザインする上での本質は同じだと思います。生活者のためにデザインすること。そこにどれだけ魂を込めて向き合えるか。それは、トーマスさんが、展覧会の英題に「BULDING SOULFULNESS(ビルディング・ソウルフルネス)」に込めた考えにつながるものだと思います。
高橋悠介|Yusuke Takahashi
1985年東京生まれ。2010年、文化ファッション大学院大学を終了後、三宅デザイン事務所に入社。13年ISSEY MIYAKE MENのデザイナーに就任。20年、自身のブランドCFCLを設立。2022-23年秋冬シーズンよりパリコレクションに参加。
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