ME AND JUMP

「俺とジャンプと拡張現実」#2 -1990年代、発行部数653万部の衝撃-|川田十夢(AR三兄弟)

開発者・川田十夢(AR三兄弟・長男)にとって、1990年代は思春期のど真ん中にあたる。そんな川田にとって、90年代の「ジャンプヒーロー」はどんな存在だったのか。「創刊50周年記念 週刊少年ジャンプ展VOL.2 -1990年代、発行部数653万部の衝撃-」(六本木ヒルズ・森アーツセンターギャラリー)の開催に合わせて寄稿された、珠玉の「私的ジャンプ論」!

TEXT BY TOM KAWADA
PHOTO BY TOMONARI COTANI

「週刊少年ジャンプ」は1994年末に発売された1995年3・4合併号を以って発行部数的なピークを迎える。その数、653万部。黄金期を迎えた「週刊少年ジャンプ」に対して、僕は露骨に落ち込んでいた。ジャンプが推奨してきたヒーロー像にひとつも当てはまらない自分に苛立っていた。男子も女子も急に色めき立ち、どんなに楽しいごっこ遊びを開発しても誰も遊んでくれなくなった。キャラクターの明るい部分だけを真似て、部活や勉強に専念してるほうが良しとされた。ユニークであることや、ユーモアを持ち合わせていることは、二の次とされた。なんてつまらない、一辺倒な世界なんだ。

これから2000字ほどのボリュームで、90年代の「週刊少年ジャンプ」について、どん底の自分を救うヒントになった漫画について、要するに黄金と暗黒の10年について、中学入学から大学卒業にいたる個人的な記憶とともに書き起こしておきたい。

大空翼も孫悟空も、急に大きくなった。変な感じがした

1989年に調布市立第二小学校を首席で卒業した僕は、学区に導かれるまま調布市立第三中学校へ入学することになった。5つの小学校がひとつの中学校にまとまるため、男子の間では入学前から熾烈な覇権争いが行われていた。やがてピン芸人のマツモトクラブとなる松本洋平、そしてやがてAR三兄弟の公私ともに長男となる川田十夢。第二小学校ではヒーロー的な存在だった。学年問わず全教室を巡ってコントを披露したり、放送室をジャックして少年隊のABCを踊りまくったり。当時の放送室にはマイクしか置いてない。だから踊ったところで、誰かに動きが伝わるわけではない。マイク越しにぜーぜーと息が切れる音が微かにするだけ。それでもしっかり笑いを取った。喧嘩とかしないで、ユニークな個性を大切にして楽しく過ごそう。ユーモア政策を学校全体に敷いていたため、争いごとにはめっぽう弱い。二小出身の男子は、もれなくスクールカーストの底辺に位置することになった。

部活にも喧嘩にも明けくれない毎日。不良でもないのに、勉強をする気にならない。闇の思春期。どのキャラクターにも、自分の人生にも没入できないストレスは、並大抵のことではない。青春を謳歌するにも、歌詞カードがない感じ。自意識だけは高くて、程度の低い連中とは関わりたくなかった。机に突っ伏して、誰とも会話しない毎日が続いた。やがてクラスでは透明人間のような存在になり、出力のあてのない想像力をこじらせて円形脱毛症に陥った。

『キャプテン翼』の登場人物たちは、小学校から中学校に上がるときに何の前触れもなく大きくなっていた。大空翼たちが所属する南葛中学サッカー部は全国で2連覇、翼の能力が知らない間に急成長。その過程についてまったく描かれていなかった。『DRAGON BALL』も同じ、ピッコロ大魔王に激似の神様の元で修行をしていた孫悟空は、すっかり大きくなった身体で天下一武道会の会場に姿を現した。いま考えると、少年漫画として成長過程を敢えて見せないという手法は認めるところだが、当時の僕からすると納得がいかなかった。少年から青年へ、心と身体が同時に成長する物語を、その過程を知りたかった。円形に禿げた箇所を指でなぞるとシリコンのように無機質で、跡形もなくつるつるとしていた。

挫折から始まる『SLAM DUNK』、死んでから始まる『幽☆遊☆白書』

90年代に入り、ふたつの連載がはじまった。『SLAM DUNK』は、女の子から振られる場面から始まる。喧嘩はめっぽう強そうなのだが、この物語の舞台はバスケットであるらしい。『ろくでなしBLUES』とは、どうやら主戦場が違うようだ。前作の『カメレオンジェイル』も長くなかったし、すぐ終わりそう。連載当初の大方の予想はそんなものだった。それから6年間をかけて半年間の出来事を描き、やがて単行本の累計発行部数が1億2000万部を数えるほどの大ヒット作となる。売れるか売れないかではなく、僕は第1話からこの物語の可能性を信じていた。なにしろ、主人公 桜木花道が何もできない。試合にも出れない。女の子に振り向いて欲しくて、流川楓が憎たらしくて、バスケットを始める。その動機が、没入してゆくその過程が、思春期の僕にはリアルだった。タイヤが細い自転車に憧れた。髪を切るときは三井寿よろしく、ばっさり行くと決めた。

『幽☆遊☆白書』は、主人公の浦飯幽助が死ぬ場面から始まる。ボールを追いかけて轢かれてしまいそうだった幼い男の子を間一髪で救う。身代わりになったものの、エンマ帳にはボールがクッションとなってかすり傷で済む予定だったと書いてある。無駄な死。どうでもいいやと自分の葬式を省みると、悲しそうな母親。必ず帰ってくると信じている命を救った少年。意外にも、ちゃんと必要とされていた自分。人生をやり直すように、生き返るための試練に挑む。霊丸が登場する前から、すでに初回から、展開に撃ち抜かれた。

どちらも既存の少年漫画のスタイルを踏襲しつつ、自らの作家性を確立させようとする意気込みが感じられた。個性を失い、円形に毛髪を失った僕には、他人事ではなかった。露骨に参考にした。最初から全部できなくていいし、悔しいときは表情に出せばいい。本当に自分が好きなこと、見えている世界のことを明るみにしてゆけばいい。その過程を隠さなくていい。やり直すことは、みっともないことじゃない。ふたつの漫画が人気を獲得してゆくのと比例するように、僕は水面下で自信を取り戻していった。

幽波紋と書いてスタンド、拡張を続けた『ジョジョの奇妙な冒険』

いちばん影響を受けた作品といえば、間違いなく『ジョジョの奇妙な冒険』である。如実だったのは、第三部からのスタンドという概念の登場。連載に登場した当時は、まるで意味が分からなかった。一部から登場していた波紋という技術は、まだ少年漫画の範疇で説明できるものだった。スタンドは、それらとは大きく次元が異なるものだった。作者の荒木飛呂彦先生は、「ベン・E・キングのスタンド・バイ・ミーから名付けた」と後に明かすのだが、それもよく分からない。後にも先にもよく分からないことが、この物語の最大の魅力であると言える。

第四部からの横展開も、ぞくぞくした。強さのインフレが少年ジャンプを席巻していた時代に、杜王町の連中は強さ以外の個性を武器にしていた。キャラクターがもつ脆さは、もれなくスタンド能力に潜む危うさに変換された。どこで生まれて、どんな環境で育ったのか。設定資料を読み込むように、事件の鍵を探すように、読者はページを読み進める。僕は僕で中学校のマドンナ的な存在の女性に急に告白したり、いざ付き合ってみてもマドンナと付き合うプレッシャーが凄くて一言も会話できなかったり、よく分からないと高校へ進む前に振られたり、その反動でよく分からないということを売りにできるように人前でマイクを握るようになったり。90年代後半にはすっかりいまの活動の前提が出来上がっていた。

やがてゼロ年代を迎えるジャンプ

「週刊少年ジャンプ」という名前である以上、メインターゲットは少年である。もはや中年である僕と「少年ジャンプ」には、自ずと距離が生まれている。『HUNTER×HUNTER』『ONE PIECE』『暗殺教室』『ボボボーボ・ボーボボ』など。気になるタイトルは山ほどある。18年間のブランクを埋めるべく、まずは新世代の物語を読み込む時間をいただきたい。それともうひとつ。2000年代に入ると、いよいよ拡張現実をひっさげて、荒木飛呂彦先生と直接会話を始めることになる。これについては次回、触れることにしよう。

※ 川田十夢さんによる本連載は、今夏開催予定のVOL.3(「創刊50周年記念 週刊少年ジャンプ展VOL.3 2000年代〜、進化する最強雑誌の現在」 )に合わせて更新予定です。お楽しみに!
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創刊50周年記念 週刊少年ジャンプ展VOL.2 -1990年代、発行部数653万部の衝撃-
「週刊少年ジャンプ」の創刊から現在までの歴史を振り返る展覧会を3回にわけて開催。VOL.2では、『DRAGON BALL』『SLAM DUNK』『幽☆遊☆白書』『遊☆戯☆王』などが登場。時代を代表する名作の貴重な原画の数々と会場限定の映像シアターは必見です 期間 〜6月17日(日) 会場 森アーツセンターギャラリー 時間 10:00~20:00(※4/28(土)~5/6(日)のみ9:00~21:00 ※最終入館は30分前まで) 料金 一般/学生 ¥2,000、高校生/中学生 ¥1,500、4歳~小学生800円

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川田十夢|Tom Kawada
1976年生まれの開発者。公私ともに長男。1996年中央大学へ入学。のちに同じ大学の文学部に新海誠監督がいたと知る。1999年大学在学中にミシン会社に就職。2009年からAR三兄弟として独立。荒木飛呂彦先生と2度共演。やがて通りすがりの天才と名乗り、毎週金曜日22時からJ-WAVE『INNOVATION WORLD』を放送。WIREDとTVBros.で連載を持っていた時期もあったが、どちらもいったん終了。5月にテクノコント vol.1 メロー・イエロー・マジック・オーケストラの公演を控えている。好きな超人はブロッケンジュニア、好きなスタンドはムーディー・ブルース。