クリエイティブディレクターの馬場鑑平が、クリエイターたちの創作の秘密に迫る新連載の第1回は、コーネリアス / 小山田圭吾とともに、「あなたがいるなら」"If You are here"のMV(ミュージック・ビデオ)の制作プロセスを徹底解剖。演出を担当した映像作家の辻川幸一郎、CG・VFXを手がけた犬童宗恒を交えて、つねに時代の最先端の音楽を生み出し続けるアーティストの、ふだんは垣間見ることのできない作品づくりの裏側に触れてみたい。
Direction by Kampei Baba
photo by Kouichi Tanoue
Text by HILLSLIFE.jp

左から、映像作家の辻川幸一郎、ミュージシャンのコーネリアス / 小山田圭吾、クリエイティブディレクターの馬場鑑平、CG・VFXディレクターの犬童宗恒。
コンセプトはどう決まったのか?
馬場 まず始めに、今回の「あなたがいるなら」 “If You are here”のMV(ミュージック・ビデオ)のコンセプトがどうやって決まっていったのか、そのきっかけから教えてください。
辻川 昨年(2016年)末、小山田くんから曲をもらった日の夜に、ぼくから「部屋が波打っているイメージが思い浮かんだ」ってメールをしたのが最初かな。
小山田 その他に「埃が共振する」みたいな指摘もあったね。
辻川 今回の曲では「トレモロ」というエフェクターを使って「波」をイメージしたって、事前に小山田くんから聞いていたんですよね。それで歌詞を読むと、「夜」とか「家」とか「部屋」といったシチュエーションが頭に浮かんできて。曲も音数が極端に少ないから、たとえば部屋の中にあるモノそれぞれにひとつずつ音を対応させていけばうまくいくんじゃないか、といったやりとりをふたりでしたんです。
馬場 その時、10年前に辻川さん自身が手がけて話題になったコーネリアスの「Fit Song」の映像をアップデートしよう、という狙いはありませんでした?
小山田 うん。それはまったくなかったなあ。
辻川 うん、なかったね。むしろ大きかったのは「VR」への展開が前提にあったことかな。
馬場 あっ、最初からVRの制作が決まっていたんですか?
辻川 いや、できたらやりたいかもね、という程度なんだけど。他の曲の映像を担当している中村勇吾さんがVRも視野に入れていたから、もし今後そういう展開になった時にはVRにも置き換えられるように、映像にもVRにもMRにも対応可能なネタを考えました。

コーネリアス / 小山田圭吾 1969年東京都生まれ。89年、フリッパーズギターのメンバーとしてデビュー。バンド解散後、93年、Cornelius(コーネリアス)として活動開始。2017年6月に、11年ぶりのオリジナルアルバム『Mellow Waves』をリリース。自身の活動以外にも、国内外多数のアーティストとのコラボレーションやリミックス、プロデュースなど幅広く活動中。
小山田 別口で「MR(Mixed Reality/仮想世界と現実世界の組み合わせ)」の依頼もあったしね。
馬場 小山田さんにMRを作ってくれって依頼があるんですか?
小山田 なんだっけ、あの人。マジック……リープっていったっけ?
馬場 えーっ!? マジック・リープ(magic leap)から依頼が来てるんですか!?
小山田 そこを辞めたって人だったかな。ぼくもまだ具体的なことは何も聞かされていなくて。ただスゴいスゴいって話をまわりから聞かされているだけで。
馬場 マジック・リープは「これ、ほんとなの!?」って世界的に騒がれている会社で、この2〜3年、自分たちのサイトにあげていたこの映像しか発表していないんですよ。
辻川 このMRなら3Dメガネをかければできると思うけど、裸眼だとなかなか実現は難しいんじゃないかなあ。
僕はVRの体感の面白さの基本は「視差」だと思うんです。今回のMVでいえば、ネックレスのような小さなモノが、ひと部屋ぐらいの閉じたスペースを縦横無尽に浮遊して動きまわって、それを目で追う。それくらいのスケール感で生じる「視差」を感じるのが、実はいちばん効くんじゃないかと。

ロケハンで得た情報をもとに作成された、プロップ制作向け資料の一部
それと、今回の曲はボーカルがとにかく独特で、「みー・てるだけー・で、なぜ、わ・けー、も・なく」といった具合に——。
小山田 間の取り方がすごく変わってるんだよね。
辻川 あんなふうに、伸びたりつっかえたりする音像を描いた映像って今まで見たことがなくて。それをやるとしたら、リボン状のものが伸びたり縮んだりしながら向こうからやって来て、止まって、凸凹(おうとつ)を描くように動いて、ぐるっとまわる、みたいな感じがふさわしいんじゃないか。そう思って、まず犬童くんと曲にあわせてテスト映像を撮りながら検討を始めました。
● 制作スケジュール
2016年末 小山田から辻川に曲が届き、企画スタート
2017年1〜3月 辻川・犬童がテスト映像を撮りながらプリプロダクションを進める
4月3日(月)、4日(火) 実写撮影
4月4日(水)、5日(木) オフライン編集
4月10日(月) CG・VFXの作業開始
5月10日(水) 完パケ納品
繰り返される検証と修正作業
犬童 まず辻川さんが歌詞のひと言ひと言、各楽器のひとつひとつの響きを拾って、それらに合ったモノとその動きを考えた演出コンテを描き下ろしていくのですが、その時点でちょこちょこCGでどんなことやったら面白そうか、可能そうかという相談を受けました。それを受けてCGテストを始めて、その後完成まで何度も繰り返されることになる検証、修正のサイクルがスタート、という感じです。

辻川による演出コンテ(部分) #1

辻川による演出コンテ(部分) #2

辻川による演出コンテ(部分) #3

辻川による演出コンテ(部分) #4

辻川による演出コンテ(部分) #5
小山田 すごい! ここまでひとつひとつの動きを描き出してたんだ!
辻川 最初に譜割りを分析して、次にネックレスその他のモノにダンスのように動きを振り付けてコンテに起こします。でも所詮は僕の頭の中だけで想定してイメージしたものだから、実際に犬堂くんがCGでデモ映像にしてみると、動きが多すぎたり、思いのほか忙(せわ)しなかったり。それで動きをぐんと減らして配置や位置関係を考え直して、物理シミュレーション(コンピュータプログラムで可視化すること)を混ぜながら同じ作業をさらに詰めていきます。
馬場 でも最終的なスタッフクレジットを見ると、カメラマンの重森(豊太郎)さんの名前があるじゃないですか。ということは完成版には実写も入っているってことですか? このMVって全編CGでできているんじゃないんですか?
辻川 だって全部CGだったら舞台になってる部屋とかリアルに作れないんですよね。
馬場 うーん、いや、でもCGでもつくれないかなあ……じゃあ、後半の映像が回転し出すあたりもあれは実際にカメラを回転させているんですか?
辻川 そうそう。もちろんフルCGの空間の方が動きも滑らかでカメラワークも自在なんですが、そうするとやっぱりリアルさが全然出ない。すべてが思い通りになると仕上がりがゲームの画面みたいになっちゃうから。
犬童 技術的にいえば、CGだとまずアニメーターがフレームの位置や姿勢などを決めるキーフレームをつくり、それをもとにコンピュータで補間しながら他のフレームをつくっていくんです。実写だと偶然映り込んでくる細かいエラーや情報がリアルさの一因となるのですが、CGの場合はそのエラーを意図して入れ込んでいかなければならず、限られた作業時間の中では実写に迫る情報量をつくり込むことが難しい。結果、キーフレームが少なくなってCGっぽさが出てしまう原因になる。ひと言で言えば、人工感がバレてしまうんですね。
馬場 なるほど! そういうことなんですね。じゃあ、たとえば次の映像のネックレスの動きなんかはどうやっているんですか? プログラムされているような、いないような……ネックレスのお尻の方が追随しているようで、なんとなくちょっと揺れてもいるようだし。うーん、作り方がまったくわからないんだけれど……。
辻川 ここも手付けのアニメと物理シミュレーションのミックスですね。
犬童 実はこれは原理としてはシンプルな作りで、ネックレスの頭の方は手付けのCGの動きなんだけど、お尻の方にいくとだんだん物理的な要素が大きくなる仕組みに落とし込んでいるんです。とはいえCG上で実装するのはなかなか難しいんですが……。
馬場 そうか! でも、ということは、そういう「ペンダント・モーション・エンジン」みたいなものもすべて、犬童さんがそのつど必要に応じて自分でつくっていくんですか?
犬童 そうなんですよね。それからふだんは3DCGソフトとして「3ds Max」を使っているんですけど、昔からある「Houdini」というソフトのバージョンアップが最近割といい感じで。物理シミュレーションが得意なソフトだから、今回はそれで全部やり切ってみようという話になって、そんな挑戦もしてみたんです。
2Dの平面に、いかに3D空間を立ち上げるか
辻川 最初に馬場さんが「Fit Song」の映像を意識しなかったのかって聞いたでしょ? 実はこの段階あたりで一瞬、舞台が「Fit Song」と同じように「部屋の中」だから、これはどうしても似てきちゃうだろうなって頭によぎったんです。でも作業を進めてみたら既視感どころか方法論がまったく違うし、「Fit Song」の時より空間の把握の仕方がめちゃくちゃ難しくて、何もかも進化せさないと絶対にできないって分かった。それで振り切れました。
犬童 言いかえると、今回は「自由度が高すぎる」ということなんですよね。音像の配置にしても、結局どこに、何の音を、どの大きさで、みたいなことから探っていかないといけない。最初はそれぞれの音に対応するモノをランダムに出現させていたんだけれど、バラバラすぎると訳がわからなくなる。それでバスドラの音は手前の方にするとか、それでも大きすぎる場合は、最初は画面の中に入れておくけど途中から薄っすら感じさせるぐらいに絞っていくという具合に、細かく細かく調整していくようにしました。

犬童宗恒 株式会社MARK代表取締役。熊本県出身。東京大学工学部建築学科卒業後、ゲーム会社、CGプロダクションを経てフリーのCGディレクターとして多数の作品に参加。2012年、株式会社MARKを立ち上げ、TVCMを中心にMV・映画・イベント映像等のCG・VFXを手がける。
辻川 「Fit Song」では具体的なモノを動かしていたから、厳密にいえばあれは「現実にありえる世界」なんですよね。でも今回の曲では、突然現れては消える音にモノを対応させたい。ということは映像にする際も、「モノを動かす」ではなくて、「モノを出現させて、消す」ことが求められる。でもそれって現実世界ではありえない現象だから、どこまで追求してもリアルにはなりえない。
犬童 見てもらえればわかるように、全編通して「溶けてなくなる」という動きが頻出しますよね? あれも、もうちょっとねばってゆっくり溶けた方がいいのか、すーっと溶けた方がいいのか——。
馬場 映像ではあっさり溶けていきますよね。
犬童 そう、シミュレーションしてみてわかったんですけど、あっさり溶けて消えてくれないとマズいんですよ。見る人の意識が溶ける動きに引っ張られて、溶けているところで音が鳴ってるように感じとってしまうから。
辻川 エフェクターの「トレモロ」の波は振動だから、部屋の中にも振動するモノを置いたり、上の方に無理やり別なスピーカーを置くことで説明したり。でもやっぱり波そのものも欲しいから「リップル(波紋)」を立てたり。ほんと、誰にも気づいてもらえないような細かいことをたくさんやりました(笑)。
犬童 周波数が低めのベースやバスドラなんかは振動をプルンッて大きくして、他の音は気づくか気づかないかぐらいの細かな振動にするとかね。音とモノの親和性によって震え方もかなり変えているんです。
馬場 ものすごく基本的なことだけど、個々のモノの揺れには何かルールがあるんですか?
犬童 原則としては、映像の冒頭に登場する「レスリースピーカー(低域、高域の2つのホーンを回転させて、それぞれに立体的な揺れを作り出すスピーカー)が起こす波が伝わって揺れる」というルールですね。
馬場 でもだとしたら、その程度の波で揺れるはずのない重たい家具なんかも揺れているのはおかしい、とはならない?
犬童 原則はあくまで原則として、あまり縛られすぎると面白くなくなりますからね。音や映像の流れの中で少し崩したりしていくんです。
辻川 その一方、計算した上で入れ込んだ波が安っぽいエフェクトに見えちゃうケースなんかもあって。たとえば、現実の建物のスケールに対してリップルのスピードが速くなりすぎると、仕上がりが軽く見えて色気がなくなっちゃうとかね。だからその波をちょっとずらして、揺らぎのようなものを加えてみたり。
小山田 昔さ、ジック(辻川のニックネーム)が見せてくれた「しゃべると振動する映像」ってあったの覚えてる? 10年以上前のやつ。あれって何だったっけ?
辻川 ’Bang & Olufsen’のCMで、音の振動を可視化した気持ちいい映像でしたよね。今回も最初の時点で小山田くんと一緒に参考になりそうな映像をけっこう見ましたよね。
たとえばオスカー・フィッシンガー(1900-1967/ドイツ出身の映像作家。「抽象映像芸術」や「ビジュアル・ミュージック」の先駆者と呼ばれる)の「Study No.6」を見ながら、たくさんの要素を適当に空間に散らしても意外とうまくいく感じをつかんでもらったり。今回の映像は、空間に対するモノの配置が独特なんだけれど、その理由はヘッドフォンで曲を聴いてもらえれば一発でわかるように、そもそも音像が中心と後ろと前とに偏在しているんですよね。もちろん映像だとそこまでは追いきれないんだけど。
犬童 映像だと後ろは見えないですからね。
辻川 そうそう、映像ではど真ん中に音があることすら表現できないから。だけどそこは映像的に嘘をついて、空間の隅々に音が配置されていることを表現するためにバラバラにモノを配置して、四方に音がある感じを作り出してみたり。
犬童 サイズ感や遠近感は、鍵とかコーヒーカップとかタバコとか、大きさをイメージしやすいモチーフを使うことでなんとなくつかめるようにしたし、あとはフォーカスをぼかしたりして奥行きや深度も感じられるようにしています。
ところがフォーカスのぼかしを入れるレンダリングの作業はすごく時間がかかるから、すべての作業が終わった後にしか行えない。だから最終的な動きを実際の映像で確認できたのは、納品日の2日か3日前。ぼくらは3Dソフトでつくっているから立体空間の中では仕上がりを確認できているけれど、最終的に2Dの映像でどう見えるかはやってるぼくら自身にもその段階までまったくわからない。これで本当に大丈夫なのかなあ……ってずっと不安で不安で仕方なかった(笑)。
馬場 しかも登場するモノはすべて浮遊しているから予測もしづらいですものね。そこはもう自分の経験則で判断していくしかないんですね。
辻川 超優秀で、かつ気心も知れてるスタッフが結集したとはいえ、一カ月でこれだけのものに仕上げられたのは奇跡だから多くは望めないけど、でも本当のことを言えば、せめてあともう2回は仕上げに費やす時間を確保したかったね。

辻川幸一郎 映像作家。CDジャケットや本の装丁などのアートディレクターとして活動をはじめ、友人のミュージシャンのMV制作を頼まれた事から映像制作をはじめる。現在ではCM、MV、ショートフィルム、などの映像作品を中心に、webやグラフィックなどの企画など様々なジャンルで国内外問わず制作中。
試行錯誤の跡を見てみよう
辻川 じゃあここで、作業日程順にテスト映像をいくつか見てみましょうか。
辻川 これはなかなか痛々しい映像ですが(苦笑)、でもこの作業が本当に重要で、これがないとカメラワークが決まらないんだよね。しかもこの動きを犬童くんが横でチェックして、この速さならCGで自然に動かせるとか動かせないとか、次へのつながりを含めてその場で判断してくれたからね。

コーネリアス『あなたがいるなら』”If You’re Here”(2017)より
犬童 たとえばこの女性にしても、彼女の足が伸びている方がいいか閉じている方がいいか、抱え込んだ方がいいか、抱え込むと逆に女性らしさが失われるか、もうちょっと色気があった方がいいかとか。ひとつひとついろんな可能性を洗い出して検討するんです。
辻川 実はこの女の人をめぐる作業がいちばん大変でした。
犬童 CG的には髪をアップにした方がネックレスと絡ませやすいというんでアップにしたら、今度はお風呂上がり感がすごく出ちゃったりして(笑)。
辻川 もともと小山田くんから、ヌードを入れてくれって絶対的な命題があったんですよ。でもこの映像の流れの中にヌードを入れるのってやっぱりかなり難しかったね。
犬童 だから女性の質感を変えてモノに寄せることにしたんです。
馬場 というか、そもそもぼくがYouTubeの画質で見ていたからかもしれないけれど、この女性はイラストだとばかり思ってました。まさか3Dでモデリングしてたとは……。
辻川 この時期の打ち合わせがいちばんきつかったね。ひとつの空間にこんなにバラバラに音像が浮かんでいたら、見ているひとは絶対に追いつけないって悩んでた頃だね。
馬場 でもこれがもう4月20日ですよ。
辻川 ヤバいよねえ(笑)。
犬童 それをなんとか整理してできたのがこれですね。
辻川 ああ、これでだいぶ見やすくなった。
犬童 それでここからサイマティクス(流体、粒子等の物体による音の可視化)を入れていくんだけど、結局もっともっとモノの数が多くてもいいねって、これを見ながら話したんですよね。
馬場 そういうエンジンなんかもやっぱり犬童さんがすべて自分でつくるんですか? それともまわりのスタッフの方がやってくれるんですか?
犬童 先ほどお話したHoudiniというソフトに元々入っている機能であればスタッフが作業します。たとえば「溶ける」といった液体的な表現もビルトインで対応しました。一方、こうしたサイマティクスのような、音像を形にする作業は実際のサイマティクスで起きていることをぼくが自分で調べてそこに落とし込んでいきます。三角関数(サイン波)などを使った数学的な作業になりますからね。
小山田 犬童くんみたいに数学脳と音楽脳の両方を持っている人って、ほんとなかなかいないよね。
辻川 たしかに。犬童くんはドラマーだもんね。
犬童 あれ? でも馬場さんもドラマーですよね?
小山田 ああ、じゃあ意外といるのかも(笑)。

馬場鑑平 株式会社バスキュール エクスペリエンスディレクター。広告、アトラクションイベント、教育、アートなど、さまざまな領域のインタラクティブコンテンツの企画・開発に携わる。近作は「HERMES:エルメスのちいさな絵本」、タブレットの上で動く知育ロボット「TABO」、クリエイターを育てる学校「BAPA」など。「HILLS LIFE DAILY」のアートディレクターも務める。
馬場 いやいや、数学脳と音楽脳を持って、さらにそれを映像に定着できる犬童さんのような人って世の中にそうそういないですよ。
追求すべきもの、とは?
犬童 それで、ここからCG上の物体に振動表現を入れていくわけですが、1秒24フレームの中にうまく振動を入れ込むのが問題で。現実は何千ヘルツ(ヘルツ=1秒あたりの振動数)とかいう世界なのでなかなかうまくいかないんです。実写ではその細かい振動が残像としていい感じに撮影できるんですが、CGではフレーム単位(1秒24枚=24ヘルツ)の情報しか無くて全然足りないので、そこに工夫が必要になります。
辻川 そうだね、あの振動が最後までなかなかできなかったんだよね。
犬童 結局すごく小さな振幅なんだけど、モーションブラー(動くものをカメラで撮影したときに生じるブレ・残像)を強めにかけることで高速に振動しているように見せる工夫をして、24フレームの中でいかに速さを表現するかに腐心しました。
馬場 えっ、でもこの映像がそもそも24フレームなのはなぜですか? どうして普通に60フレームでつくらないんですか?
辻川 だって60フレーム分のレンダリングをするとなると、労力的にも時間的にもめちゃくちゃ大変になるじゃない。
馬場 なるほど、たしかにそこは問題ですよね。半分の30フレームでもまだむずかしい?
犬童 いや、30フレームならぜんぜんありなんですけれど、ポイントはコストではなくて24フレームが持つ味わいなんです。描きすぎないっていう、ね。
辻川 30フレームだと、ビデオライクで生っぽい雰囲気になる。
馬場 ああ、逆に。
犬童 60フレームのヌルヌルした映像の感じの良さもあるんだけれど、この曲の独特な感じはやっぱり24フレームの動きの方が合っているから。
辻川 このMVは小山田くんの音楽と一体になるための映像でしょ?映画のワンシーンでもなければCMでもない。そこで問われるリアリティというのは、あくまで音像に対するリアリティなんです。大切なのは、音楽を反映した世界観かどうか。単にリアルを追求した空間のビット化ではなく、音に準拠した世界観をどうやってつくるかが最大の目的ですからね。

モニターに映し出される映像を前に、質問と解説が止まることなく行き交う。
2017年のリアリティと過剰な不在
馬場 今回、「Fit Song」と「あなたがいるなら」のMVを見比べてみて、あらためてどんなことを感じました?
辻川 最初に指摘したように、VRとかMRを視野に入れたことで「あなたがいるなら」の方向性が決まったところはあります。これまで同様に四角いフレームで切り取られた映像として作りながら、VRやMRなど画角の制限のない展開も可能にする構造。部屋という舞台も、そこで動くモノの数やサイズも、後にVRやMRで再配置できるように計算しています。それがあって、音の仕組みの可視化が徹底されました。でも根本はやはり「あなたがいるなら」の音像が特殊だったから。今回の曲はすごく少ない音しか鳴ってない。でも、音は少ないんだけど、その少ない音と音の間に隙間はなく、何かが揺らいでいたり、その間が動いているような気配があって、それをいかに表現するかがテーマでした。
小山田 「Fit Song」も音数は少ないんだけど、もっと点と線のような感じだったんだよね。全部の音を点で追っていけば成立するんだけど、「あなたがいるなら」はまず空間があって、その中に音があるみたいな感じだから。音と音が切れているんだけど、でもずっと持続してトレモロが鳴っていたりする。だから映像にするなら、同時にいろんなことが起こっていることを表現しないといけないんだよね。
辻川 そもそも「あなたがいるなら」というタイトル自体が「あなた」の不在を意識させるわけでしょ? 誰もいなくなったがらんとした部屋を舞台に、「あなた」を思わせるものを動かすことによって、不在の「あなた」を感じさせるという。
犬童 そこに幻を浮かび上がらせるような、ね。
辻川 一方、「Fit Song」の映像は子供の記憶そのもので、グローブがあったりキン消し(キン肉マン消しゴム)があったり。子供時代のサイケデリアのビビッドな感覚を、小山田くんの音楽と結びつけようとしたんです。
小山田 そういう意味で、ぼくの中年感がぐっと深まったというのが大きいというか(笑)。「Fit Song」の時もすでに十分中年だったけど、さらに10年たってけっこういい感じでリアリティが出てきた。前回はキッズライクというかキュートな感じだったけど、今回はやっぱり曲調が違うからね。
馬場 小山田さんの活動としても、ふたつの作品の間には『攻殻機動隊ARISE』(劇場用アニメ映画。コーネリアスが音楽を担当)なんかもあって、「リアルとは何か」みたいな問いがけっこう今回の映像に反映されているのかなと思ったりもして。「消える」とか「隠れる」という意味で言えば、「外は戦場だよ」(『攻殻機動隊ARISE』のエンディングテーマとなった「青葉市子 コーネリアス」名義の楽曲)の歌詞でもふっと人が消えていくじゃないですか。ぼくの中ではあそこで消えた人たちがここにいるんじゃないか、みたいな何かそういうストーリーのつながりすら勝手に想像したんですけれど。
辻川 自分では意識していなかったけど、「外は戦場だよ」も「あなたがいるなら」も坂本(慎太郎)さんが歌詞を書いているからどこかでつながっているのかもね。坂本さんの歌詞のインパクトは凄いので。
小山田 うーん、でもまあ単に年相応なだけなんだけどな(笑)。
辻川 あとアルバム・ジャケットにもなっていて、MVの中にも出てくる中林(忠良)さんの版画の影響も大きいんじゃないですかね。

Cornelius『Mellow Waves』アルバム・ジャケットより
馬場 そこなんですけれどもね、あの版画に描かれた乳首が飛ぶのはなぜなんですか? 何をどう意図するとああなるんですか?
辻川 何となくの思いつき。でも何となく乳首を飛ばそうと思いつけるかどうかはかなり大切なポイントで、何となく思いつくために、意図的に白昼夢の中にいるような感覚になって版画をずっと見つめたりしました。乳首がとれてクラゲみたいに浮き沈みするタイミングが音にシンクロするとか、そういう動きの基本は幻覚なんですよね。さらに言えば、やっぱり小山田くんのこの曲そのものが聴き込むほどに幻覚を呼び覚ますところがあると思うんです。音数も少なくてシンプルな曲に聴こえるのに、聴けば聴くほどディープで脳が蕩(とろ)けそうになる。危険な曲でもあります。だからそのあたりの過剰さもしっかりMVの世界に出しておかないと。原理だけを形にしても、まだほんの少し足りないので。
高度な演出を実現させたもの
馬場 一見するとシンプルなモノが動いているだけの映像で、それこそひとつ間違えば習作映像にすらなりかねない設定でありながら、それが物悲しい空間、不在を感じさせる空間を生み出し、ストーリーを深く感じさせているのは本当にすごいですよね。しかも1フレームずつ止めて見ても、すべてがちゃんと成立しているんですからね。
辻川 そうだよね、ぐるぐるまわっている立体空間の各所に、いろんなモノをいい感じに配置するなんて芸当は犬童さんじゃなければ無理。制作中に、水滴のついた瓶が見切れすぎているから、「音がまだ鳴っているんだからこんなに早く見切れちゃダメなんじゃない?」って指摘したら、めちゃくちゃ辛そうな顔をするんだけど(笑)、次のタイミングではちゃんと(瓶が消えずにに)奥に残っているんだよね。どうやって空間を認識してその軌道を修正しているのか想像もできないし、それができちゃうのが不思議で仕方ない。

1フレームごとに映像を静止しながら画面の隅々まで確認していく。
犬童 いや、このレベルになってくると、それはもうトライ&エラーでしかないんです。でも、そのトライ&エラーにすばやく対応できる仕組みは徹底してつくりました。少なくとも、もうちょっとこうしたら良さそうという指摘に対していちいち手で対応していたらマズいので、けっこうがんばって自動化するプログラムを書いたし、レンダリングの際に、何フレと何フレと何フレって数字を羅列するとそのフレームに出るプログラムも書きましたしね。
馬場 えっ、そのフレーム指定のツールがどんなものか想像できないんですけど。もうちょっと具体的に教えてもらえませんか?
犬童 音が出るタイミングさえ指定してあげれば、そのタイミングで物体がある軌道上に順番に振動しながら現れて、ランダムにゆったり回転して……みたいなプログラムです。この作品にとって重要な「出現のタイミング」や「振動」の部分の調整を数ステップでできるようにすることで、迅速なトライ&エラーを繰り返してクオリティを上げられるようになりました。
馬場 そうか、やっぱりこのエモーショナルな演出の裏にはそういう最適化されたツール類がいっぱい動いていたわけですね。「Fit Song」は現実の世界の記憶に結びついた映像だったけど、今回は、自分を取りまく環境自体をバーチャル空間の中でどう表現していくかが前提だった。そこがやっぱり「Fit Song」から10年経っているってことなんですね。でも犬童さん、4月10日から5月10日までの一カ月間はこの作業しかしてないんじゃないですか?
犬童 そうですね。しかもディレクションじゃなくて、本当に寝ないで作業し続ける人としてがんばりました(笑)。
辻川 でもこの曲のMVの制作にかかわれて本当に光栄でした。日本の音楽史上でもなかなか出てこない一筋縄ではいかない名曲だし、今回のアルバム『Mellow Waves』を聴いてあらためて小山田くんは天才だと。このアルバム、歴史に残る奇妙な超名盤だと思います。
STAFF
プロデューサー 浅野早苗(GLASSLOFT)・矢野健一(Spoon.) 制作 広野拓・藤本麻子(Spoon.) 演出 辻川幸一郎 撮影 重森豊太郎 撮影チーフ 丸山秀人 特機 小塚和也(HIGH KING) 照明 中須岳士 照明チーフ 中川のどか(マジックハンド) 美術 柳町建夫(TATEO) 美術チーフ 河野梓(TATEO) オフラインエディター 瀬谷さくら(オクトパス) カラリスト 長谷川将広(カンフー・スカル) オンラインエディター 格内俊輔 CG・VFX 貞原能文・古畑達也・犬童宗恒・斉藤壮平(MARK)

Cornelius『Mellow Waves』
コーネリアス名義でのオリジナル・アルバムは、2006年の『SENSUOS』以来11年ぶり。これまでのコーネリアス・サウンドに、エモーショナルな世界が加わった傑作。「あなたがいるなら」 “If You are here”を含む全10曲を収録する。ジャケットまわりに使われている銅版画は、日本を代表する版画家で、小山田の叔父にあたる中林忠良・東京芸術大学名誉教授の1960年代後半から70年代前半の作品から。現在「MELLOW WAVES TOUR 2017」を開催中。10月9日の新潟・新潟LOTSを皮切りに、11月4日の福岡・DRUM LOGOSまで、全国10カ所のライブハウスで展開される。東京公演は10月25日と26日の2日間、新木場STUDIO COASTにて。
SHARE