POKÉMON MEETS CRAFTSMANSHIP

株式会社ポケモンCEO石原恒和が語る、工芸とポケモンの「かがく反応」

東京・麻布台ヒルズギャラリーで「ポケモン×工芸展ー美とわざの大発見ー」が開催中。老若男女から愛されるポケモンをテーマに約20名の工芸作家が作品を発表する本展は、ポケモンと工芸を出会わせ「かがく反応」を生み出す異色のプログラムだ。自身も工芸へ関心を寄せ、麻布台ヒルズ ガーデンプラザに構えた工房で作陶にも取り組む株式会社ポケモン代表取締役社長・CEO、石原恒和へのインタビューからは、領域を超えて広がりつづけるポケモンワールドの可能性が見えてきた。

TEXT BY Shunta Ishigami
PHOTO BY Koichi Tanoue

工芸作家一人ひとりと向き合いながら進んだ制作

麻布台ヒルズ内の工房には、石原らがつくった陶器が並んでいる。なかにはポケモンの「タイプ」を表すアイコンがあしらわれた器も(写真中段)。器だけでなくサイコロもつくってみるなど、日々さまざまなプロトタイピングが行われている様子が伺える(写真下段)

——麻布台ギャラリーで開催中の「ポケモン×工芸展ー美とわざの大発見ー」は、2023年に石川県の国立工芸館から始まり国内外を巡回してきたプログラムです。そもそもなぜポケモンと工芸という異色のコラボレーションを企画されたんでしょうか?

石原 これまでもポケモンは現代アートの領域でダニエル・アーシャムさんに作品をつくっていただくなど、さまざまなジャンルとコラボレーションを重ねてきました。ポケモンをテーマに表現できるメディアを探すなかで、以前から工芸も気になっていたんです。

このプロジェクト自体は、2019年に始まりました。当時は東京・北の丸にあった東京国立近代美術館工芸館(現・国立工芸館)に、なにかポケモンと一緒にできないか相談しにいったのですが、工芸課長だった唐澤昌宏さん(現・国立工芸館 館長)が『ポケモン GO』をプレイされていたこともあって、プロジェクトが立ち上がりました。

石原恒和|Tsunekazu Ishihara 1957年、三重県生まれ。株式会社ポケモン代表取締役社長・CEO。1996年に『ポケットモンスター 赤・緑』をプロデュースし、1998年にポケモンセンター株式会社(現・株式会社ポケモン)を設立。以降、ゲームやカードゲームなど多岐にわたってコンテンツを展開するポケモンのブランド全体を統括している。

コロナ禍に入って展覧会の企画を進めづらくなり、国立工芸館の金沢移転・開館があったなかで、打ち合わせを繰り返し、まずはこちらからこういう作家の方々とコラボレーションできないかと提案しました。その後も話し合いを重ねながら、最終的に20人の作家の方々を選定させていただきました。

——そこから作品制作が始まったわけですね。幅広い世代の作家の方々が参加されていますが、みなさんは以前からポケモンをご存知だったのでしょうか?

石原 以前からポケモンをよく知ってくださっていた方もいればアニメだけ見たことある方、名前を聞いたことあるくらいの方など、状況もさまざまだったので、まずはポケモンについていろいろ情報を提供させていただくところからスタートしましたね。私自身は、本企画ではEP(エグゼクティブ プロデューサー)として、なるべく作家の方々と直接お会いしないようにしていたのですが、スタッフのみんなは一人ひとりと伴走しながら作品をつくっていたのでかなり大変だったと思います。

無事にみなさんの作品が完成し、2023年3月に金沢の国立工芸館で展覧会を行ったところ、ジャパン・ハウス ロサンゼルスの方が興味をもってくださり、その後は国内各地での巡回も進んでいきました。もともと巡回ありきで企画していたわけではなかったので、さまざまな方から好意的なリアクションをいただけたのは嬉しかったです。

コロナ禍で高まった工芸への関心

「ポケモン×工芸展」のお茶体験イベントに向けた茶碗制作風景。白と黒、2色の土を1層ずつ重ねながら器がつくられていく。

——近年は海外から日本の工芸に対する注目も高まっていますが、石原社長自身ももともと工芸に興味はあったんでしょうか。

石原 私は筑波大学の芸術専門学群出身だったので、工芸についてもある程度知ってはいたのですが、本格的に関心をもつようになったのはこのプロジェクトがきっかけですね。コロナ禍で外に出づらくなってしまった際に、「菊池寛実記念 智美術館」で観た中里隆先生の展覧会が非常に興味深かったんです。

その際、中里先生と直接お会いしてお話していたら「つくりに来てみたらどうですか」と言われたので、何回か先生の工房にお邪魔するようになり、実際に自分で作陶を始めるようになりました。当時は書についても勉強していまして、いまでは「ポケモン言えるかな?」という歌に登場する、初代151種のポケモンの名前を中国語で書けるようにもなりました。コロナ禍の時期は内向きに作業するのに適した時期でもあったので、集中してものをつくったり考えたりできる工芸はちょうどよかったんです。

工房の壁には、コロナ禍中に石原が書いた書が飾られていた。これらはすべて中国語表記のポケモンの名前だ。

──実際にご自身でも工芸作品をつくってみると、工芸との向き合い方も変わってくるものでしょうか。

石原 私がつくっているものと今回参加してくださっている作家の方はあまりにもレベルが違うので比べられませんが、作陶は自分が関わっている仕事ともつながっていると感じました。たとえば最近は商品をつくろうとしたら3Dプリンターでプロトタイプをつくって手触りや感触、大きさを検証していくのですが、手で土を捏ねながら器をつくっていくのはそんな作業と似ていると思ったんです。この工房では東京藝術大学出身の若い作家の方々も働いているので、いろいろつくるなかではスタッフのみなさんからアイデアをいただくこともあります。

東京藝術大学出身の若手アーティストとともに石原は日々制作に取り組んでいるという。

茶碗を焼成する前に、モンスターボールを模した印花を押す様子。ポケモンのタイプを表す印花のなかには、工房内の3Dプリンターを使って出力されたものも。

自分で手を動かしながら作品をつくっていると、現代アートの作品と工芸作品は大きく異なるものだと感じるようにもなりました。現代アートはアーティストがつくった作品のコンセプトやビジョンを鑑賞者が味わうような鑑賞形態が一般的で、作品と鑑賞者の間には一定の距離がありますよね。ただ、工芸作品は実際に手にとってみたり使ってみたりしたくなるものですし、作品と鑑賞者ではなく作品とユーザー(使い手)のような関係性を生み出している。それがポケモンとユーザー、ポケモンとトレーナーの関係性のようなものに近いと感じましたし、親和性に気づかされました。

──今回の展覧会期間中に行われるお茶体験イベントでは、石原社長がつくられた茶器も使われるそうですね。

石原 工芸は生活文化に根ざしたクリエイティブだと思うのですが、今回展示される作品は高価ですし実際に手にとっていただくことが難しいですよね。でも機能を知らなければその本来的な美しさもわかりにくいと思うので、茶会を通じて工芸品がなぜ生まれ、どう使われるものなのか知っていただけるといいなと思ったんです。ただ、いざ始めてみたら意外と大変でした(笑)。最初は3個くらいあればいいかと思っていたら、35個もつくることになってしまって、現在はちゃんと手分けしながら量産しています。

焼き上がった器は、このような仕上がりに。(写真提供:株式会社ポケモン)

世代を超えてポケモンと工芸を知る機会を創出

——作家の方々がつくられた作品を最初に観たときはどう感じられましたか?

石原 作家さん一人ひとりがこんなふうにポケモンを読み解いているんだなと驚かされました。私は工芸の初心者ではあるもののポケモンについてはプロだと思っているんですが、作家の方々のアプローチを通じて、自分自身もべつの角度からポケモンを再発見できたのがうれしかったですね。

吉田泰一郎《 サンダース》《イーブイ》2022年 個人蔵 ©吉田泰一郎 撮影|斎城卓

たとえば吉田泰一郎さんの作品は彫金によって一つひとつパーツをつくりながら、大きいものでは10,000個を超えるほどのパーツを組み合わせてサンダースとシャワーズ、ブースター、イーブイという4種類のポケモンをつくりだしています。そういった途方もない作業によって、ポケモンのコンセプトが体現されている。一人ひとりの作家さんが自分の世界観や技術をどう活用すればポケモンを表現できるかものすごく考え抜いてくださっているんですよね。工芸作家のなかには、自分は現実に存在している花鳥風月を精緻に表現してきたから架空の生物をつくることはありえないと思っていらっしゃる方もいます。でも、そんな方が葛藤しながらポケモンを表現してくださるわけです。

満田晴穂《自在ギャラドス》2022年 個人蔵 ©満田晴穂 撮影|斎城卓

——工芸に限らずポケモンはさまざまなジャンルのコラボレーションを行ってきていますが、単に美しいものや楽しいものをつくるだけではなくて、ポケモンがどう解釈されているか見られているわけですね。

石原 そこが面白いところですからね。池本一三さんはガラスの大きな作品[編注:ゲームソフト『ポケットモンスター ソード・シールド』の舞台であるガラル地方で、ポケモントレーナーの少年が、ポケモンと共に冒険する物語をエナメル描法で綴った三章だての立体絵巻]をつくってくださったのですが、これは学生さんたちと一緒に最後までプレイしたガラル地方の思い出を表現したものだそうです。この作品を観たとき、まさにこれは池本さんのプレイの痕跡だなと感じました。やはり一人ひとりのポケモンとの向き合い方が作品から浮かび上がってくることが面白いし、その多彩さが今回の展覧会の魅力でもあります。

池本一三《湖のほとりで》2022年 個人蔵 ©池本一三 撮影|斎城卓

池本一三《殿堂入り》2022年 個人蔵 ©池本一三 撮影|斎城卓

作家さんのなかには、ほかの作家の作品を見て「負けました。自分の取り組みはちょっと甘かったかもしれない」とおっしゃる方もいましたね(笑)。やはりそれぞれが自分なりのアプローチを試みているからこそ、真剣勝負の場にもなっているんだなと感じました。

──展覧会の反響はいかがでしたか?

石原 親子で来てくださったお客さんのなかには、子どもがポケモンのディテールやメカニズムを説明して、お父さんが工芸の技法について子どもに教えるなど、世代を超えてそれぞれの立場から楽しんでくださっているのを見たときは嬉しかったです。ポケモン好きはポケモンの視点で見るし、工芸が好きな方は工芸の視点から見る。多様な方々が混ざりあった展覧会になっているわけです。そしてお互いがポケモンと工芸両方に詳しくなっていただくことで、価値のある展覧会になったと思いました。

ポケモンは現実世界と仮想世界を豊かにする

——今後もポケモン×工芸のプロジェクトは続いていくんでしょうか。

石原 続けていきたいですね。ありがたいことに、これまで参加してくださった作家の方々が「もうひとつ作品をつくりたい」「次はこのテーマで作品をつくってみたい」と言ってくださるんです。いまポケモンは1,000種類以上いますから、もっとたくさんの作家さんに参加いただいて、「ポケモン×工芸」展の新作としてどんどん新しいポケモンが加わっていくようなことができれば、ポケモンワールドらしいプロジェクトになっていきそうです。

——単発のコラボレーションで終わらず世界が拡張されていくようなかたちは、まさにポケモンだからこそ生み出せるプロジェクトですね。工芸に限らず、今後もさまざまなジャンルとコラボレーションを予定されているんでしょうか。

石原 まだ言えないこともたくさんあるのですが、これからもさまざまな展開を企画しています。個人的には、ゲームボーイの白黒4階調のドット絵から始まったポケモンがカラーになり、カードになり、アニメになり……と広がってきたなかで、改めて原点に立ち返ったうえで新しいものづくりにチャレンジできるといいなと思っています。もちろん、ゲームとしてのポケモンも常に新作をつくらなければいけないので、大変なことではあるのですが……。

——石原社長がおっしゃるように、ポケモンはどんどん新たなフィールドへと広がっていて、いまやプラットフォームとも呼べるような存在になっていると感じます。石原社長は今後ポケモンをどのような存在にしていきたいと思われますか?

石原 ポケモンという会社は「ポケモンという存在を通して現実世界と仮想世界の両方を豊かにする」をミッションステートメントに掲げています。たとえば『ポケモン GO』は現実世界にポケモンワールドのレイヤーを重ねることで、新しいモノの見え方や世界のあり方を提示するものでもあります。最近はMixed RealityやAugmented Realityなど現実世界に仮想世界の情報を重ね合わせるテクノロジーも発展していますし、今後もポケモンワールドを通じてこの世界を豊かにしていけたらと思っています。

ポケモン×工芸展ー美とわざの大発見ー


人間国宝から注目の若手まで、現代日本の工芸を代表する20名のアーティストが、ポケモンをテーマに多種多様な素材と技法で作品を制作!

会期=開催中〜2025年2月2日(日) ※12月26日より展示替えあり
会場=麻布台ヒルズ ギャラリー(ガーデンプラザ A MBF)

お茶体験イベントについて

会期中、「日本の伝統をやさしく、ふかく、おもしろく。」をコンセプトに掲け゚るNPO法人和の学校とタック゚を組み、お茶体験イベントが開催される。展示作品にある茶碗、棗(なつめ)、水指(みずさし)などの茶道具が、どのように用いられるのかを知らない方も多い。お茶や茶菓子を味わいながら、こうした作品とお茶文化の繋がりを学べるイベント。お茶は石原工房の茶碗で、七條甘春堂の「ポケモン京菓子」と共に供される。

※お茶体験イベント付きチケットは完売しております。予めご了承ください。