彼方の国の英雄、ナポレオンに扮して馬に跨っていると思えば、大正時代の日本画家で自らの女形の姿を描く甲斐庄楠音になって怪しげに視線を送る。フランツ・カフカ、魯迅と洋の東西の文学者の顔。森村泰昌がそこにいる。モリムラしかいない。
TEXT BY Yoshio Suzuki
PHOTO BY Mie Morimoto
courtesy of SHUGOARTS, M@M
大阪の北加賀屋にあるエム・アット・エム(M@M)は、森村泰昌の作品や企画する展示が見られるこぢんまりとした美術館(アートスペース)だ。森村によれば、ここは展示期間でないときには作品製作のために使うこともあるのだという。
森村は美術作品に登場する人物(ときに人間以外にもなる。セザンヌの林檎やゴッホの向日葵の花など)になって、絵の中に入り込む作品を一貫して製作してきた。画家が描いた自画像その人になるシリーズもある。さらに、歴史上の人物(レーニン、ヒットラー、三島由紀夫などなど)や有名人(マドンナ、マイケル・ジャクソン、岩下志麻などなど)に扮する。
美術史、世界史の至るところに森村本人を刷り込ませる壮大なプロジェクトなのか。あるいは歴史の1シーンを森村という一人の人間が引き受けてみようという試みなのか。いやいや、単純に「あの人になってみた」ということなのかもしれない。
六本木のギャラリー、シュウゴアーツでの展覧会「森村泰昌 楽しい五重人格」では「甲斐庄楠音*」、「ナポレオン」、「カフカ」、「魯迅」、そして「ミロの絵画」に森村はなっている。彼らの作品や人生に自身を刷り込ませている。それらの作品について、森村自身が語ってくれた。まずはあの、《サン=ベルナール峠を越えるボナパルト》。
* 「甲斐荘楠音」が本名で「甲斐庄楠音」は画号。ただし、2つの表記に厳密な線引きは存在しない場合も。
馬は跳んだところで、その体の前半分こうなりますよね。でも後ろ足は伸びてしまうんです。ですから体の後ろ半分は、跳ぶ前のシーンを別撮りしています。写真は跳んだ瞬間とか、いろいろいっぱい撮っておく。後ろはまた別です。それを合成して一つにしています。ロデオの馬だったらワンショットでできるかもしれないですがこれは競走馬なのでできませんでした。
この人間(=森村)のところは全部、今いるこの場所(M@M)で撮影しました。いくつか撮っておいて最後にそれも合成します。マントもこんなふうにならないです。軽いウレタン樹脂でウチのチームで自作し固まっているんです。それを羽織っています。それにしてもいくら風が吹いてもこんな絵みたいにはならないです。そもそも山を進軍するときにこんなマントを羽織ったりしませんよね。絵は作りものです。オリジナルが作り物ですから作りものでしか再現できないですね。
それと剣が結構重いんです。ズルっていくんで、さあ、どうしようってね。本当は軽くしたかったんだけど、これ、フランスの当時の剣のレプリカがたまたまうちにあったんです。以前、「ベルサイユのばら」をテーマにしたときにも使った。それを今回も改造して使ったんだけど、そしたらホントにむちゃくちゃ重かった。
前に作った作品のパーツをリメイクして他の作品で使うこともよくあるんです。ナポレオンの帽子もそうです。前に一回使ったのに手を入れて、金のモールを付けたりとか。
額縁もね、建築資材のカタログ、オーナメントみたいなのを活用することもあります。昔は色々な種類の額縁の竿があったんですけど、今はどんどん廃番になっちゃって。今あるそういう製品をいくつか組み合わせてるんです。ここで使用している額縁も、こんなのはもう無いんです。これとこれをこう合わせて加工してとか、最終的にはひとつに仕上げるんですけど、そうやってバリエーションを作っていくという工夫をしています。
ミロは平面にしたときにこういう形になるって考えて、歪みとかを計算しつつ、顔や体にボディペインティングをして撮影しています。なんというか、身体自体がカンバスになるというか。
どういうふうに表すかと考えたとき、このパイプと煙を抽象化した形態の箇所は、オブジェを作るしかやりようはないかなと。なんだか不思議なオブジェができて、面白かったのですけれど、いささか苦労しましたね。
で、撮影を終えたあと、さらにアングルを変えて正面から見たら、全然違うイメージ世界になるのがおもしろくて、もう一点、バリエーションを撮ってみた。ネタバレっていうか、ここからのずらしで別の作品を作っていくっていうか、そういうのよくやるんです。これ、僕の十八番(おはこ)の手法です。
この絵、ちょっとヘンなんですよ。右手がこうはなりません。極端に長い手でなければ。こんなに手が下まで来ませんね。ですから、この右手のパートは、別人の手、ちょっと長めの腕を持つ女性がやってくれてる。まるで二人羽織みたいにしてね。
着物もこういう柄のものはどこにもないので、すべて製作します。黒地に銀の桜の模様が染めてある。この珍しい着物の柄を、銀の桜をスタンプを押して製作する。ウチのチームのメンバーがアイデアを出してくれました。さすがに甲斐庄はこういうの選んでるんですね。そこはやっぱりはずせず、再現してみたくなる独特のセンスなんですね。似たようなもんではアカン、それやったら、作らなアカンなみたいなことで作ったりとか。
それから今回大切に考えたのは、カメラレンズの選択でした。撮影には古風な軟調のレンズを使ってるんです。パンフォーカス(全部にピントが合う)にならないように。だから被写体のちょっと後ろになるとふわっとボケてるでしょう。そうならないと甲斐庄が描いた独特のにじみの世界は出ませんね。甲斐庄って、意外と写真的だと思いましたね。
レオナルド・ダ・ヴィンチの追求したスフマートのような、輪郭線がはっきりしてないやり方にチャレンジしてますよね。他の日本画とはかなり様子が違うんです。土田麦僊とかとはね。
中央の顔にピント合わせたら、周囲はボケるでしょ。だからときにはグッと下方の位置する右手にピントを合わせた部分も撮影しておいてあとで合成するとか。ビラビラした簪(かんざし)が光ってる様子とかには、うまく軟焦点レンズの効果が出ていて、いい感じの滲みが表せたと思います。
甲斐庄作品は、もともと掛け軸だった。でもそれを今回は、軸装風の額装にして仕上げてみました。京都の表具師さんと相談して、似合う生地を選んで、軸装仕立ての額装にしてもらいました。
デジタル合成を駆使して仕上げると、パーフェクトな出来栄えになるということは、もちろんよく理解しているんです。綺麗にね、無理なく。そこをあえて“手作りの味”でやる。無理が出てくるのを承知の上でね。そこがね、面白いというか、手応えになってくるというか。完璧じゃなくて、どこかいびつで、どこかもやっととしたわだかまりが残ってくる。そういうところは残しておきたい性分なんです。
写真っていうもの自体、ホントはもう現実じゃないわけでしょう。写真を撮ってプリントするときに、ここを焼き込もうとか、軟調の印画紙を使おうとか。ですから、写真も「真」を「写す」というよりも、むしろ現実の加工なんですよ。それって食べものに例えて言えるかな。美味しい食べもののことを考える。例えば釣ってきた魚ってナマの自然で、あまりにナマナマしい現実で、そのままポンって出されても食べられない。美味しくはない。で、何らかの調理をしないといけない。例えばお刺身とかに。刺身はナマですけど、鱗とって、内臓とって、三枚おろしにして、見事な包丁さばきで切り分ける。ものの見事に加工してるわけですよ。料理によっては焼いたり、煮たりもするでしょう。もともと何の魚だったかわからへんみたいなところまで、加工することもあるでしょう。まあ、僕があれやこれやと試行錯誤しているのは、そういう、どの辺まで手を加えたら、美味しいもんにできるやろかという味の探求なのかもしれませんね。基本的にはできる限りナマな味は残したいと考える料理人に近いのかなあとは感じていますね。
これはいわば「ひとりグループショー」。ひとりだけど5人っていうこと。コンセプトを統一させない。元になるものは、日本画あり、油絵あり、写真ありみたいな。全部フレームも違っているんです。
今回、甲斐庄を手がけたからというわけではないのですが、日本の絵の見直しとかもやっていきたいと思い始めてます。北野恒富とか。村上華岳とかも好きなんです。華岳の観音像ですとか。あと、洋画ですけれど、狩野芳崖の悲母観音。そういうものをあらためて見直しというか。日本美術史の文脈の再編成みたいなことをテーマにできればと。これは今後の大きな課題ですね。
それから最近特に考えるのは、日本の東と西で、文化的土壌や価値観が、かなり違っていることのおもしろさです。端的に言って、僕にはやはり竹内栖鳳の影響が強いような気がするんです。栖鳳センセイ自身というより、栖鳳が評価したもの、後進の画家に君は面白いからそれでやってみたらというふうにアドバイスしたものが重要に思えます。甲斐庄を栖鳳は面白いと言ったようにね。それはやはり、岡倉天心がやってみろと言ったものと違うというか、たとえば、横山大観が見せた方向とはちょっと違う気はしますね。図式化してしまうのも単純過ぎるかもしれませんけれど、このあたりも、おおいに気になっているところ、かな。
鈴木芳雄|Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌「ブルータス」元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。
SHARE