2022年に閉館したお台場の「チームラボボーダレス」が、2024年2月9日(金)に「森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス」として麻布台ヒルズで復活を遂げた。テクノロジーを取り入れた数々のアート作品がつくりだす、境界のないひとつの世界。自身と世界とを一体化させる“ボーダレス”な体験によって、何を感じ取り、発見してもらいたいのか? チームラボ代表・猪子寿之氏に訊きました。
TEXT BY Shunta Ishigami
PHOTO BY mie morimoto
illustration by Geoff McFetridge
すべての事柄は、連続してつながりあって存在している
人間には、放っておくと境界がないところに境界をつくりだしてしまう習性があります。言語や論理は最も顕著な例でしょう。たとえば地球と宇宙の間に明確な境界はないはずなのに、「地球」という言葉を使うとまるで境界があって独立したものとして地球が存在しているかのように認識してしまう。本来すべての事柄は連続して存在しているはずなのに。生命だってそうですよね。人間を密閉された箱の中に入れておいたら数日後には死んでしまうし、数カ月経てばドロドロになってしまうでしょう。生命は自ら構造を持っていない。
ただ、人間はこれまで石ころのように箱の中に入れても存在できるもの、つまり自ら安定した構造を持つものをつくってきたから、あたかもすべての存在が独立して存在しているかのように考えてしまう。実際には、海の渦は連続する水の流れの中に存在し、その渦の構造は水の流れが生み出し、構造を定常させているように、ぼくたちは連続した流れの中にしか存在していないんです。
人間は食べものから栄養を得て生きていると思われているかもしれないけど、排泄しなければ死んでしまう。食べることだけで存在しているわけではなく、流れの中に存在しているわけです。だから「自分」という存在の輪郭も、海の渦と同じように、明確な境界があるわけではありません。
人間は言語や論理によってこの世界を切り刻み、独立したものとして扱うことでこの複雑な世界をある程度理解できるようになったといえる。でも、その結果、すべてが境界なく連続して存在していることに気づけなくなってもいる。
だから、すべての世界が境界なく連続しながら影響しあっている場、連続しているさまそのものを美しいと感じられるような場をつくりたいと思っていました。自分と世界の連続性はもちろんのこと、一見独立して見える複数の作品が関係しあっていたり、空間の境界が曖昧だったり、重なりあったりしているような体験をつくりたかったんです。
意思をもった身体で歩き回れるような空間芸術を
ボーダレスというコンセプトは、チームラボの設立時から考えつづけてきたことでもあります。ぼくらはずっと映像の作品をつくっていましたが、「映像作品」をつくりたかったわけではありませんでした。映像をつくろうとしたら空間をレンズで切り取るわけですが、レンズで切り取られた映像は視点が固定されてフォーカスが狭く、境界面が生まれていく。ディスプレイなどの境界面の向こう側にレンズで切り取られた空間が現れ、ディスプレイの境界面のこっち側に自分の身体があります。
レンズで切り取った世界は、画面が境界になり、視点も固定される。視点が固定されるため身体も失われてしまう。映画館に椅子があるのもテレビの前にソファがあるのも、視点が固定され身体を失ってしまうからです。実写の映像ではなくCGだったとしても、CGの多くはレンズと同じ構造で世界を切り取っているので、同じことが起きてしまう。
人間は本来非常に広い範囲の視野をもっているけれど、レンズで切り取ったものはフォーカスが1点で狭く、そのため意志のない状態に入る。ぼくとしてはレンズとは違った空間の認識方法、つまり境界が生まれず、視点が移動できるために身体的知覚ができ、視野が広い空間の切り取り方を模索したいと思っていました。だからチームラボを設立したころからそういう空間認識の論理構造を模索し、その論理構造による映像をつくってきました。
ぼくたちがつくる映像は、境界が曖昧だから映像の世界の中に自分の身体もあるかのように振る舞い、身体を失わないから、映像を見ながら歩く。フォーカスが1点に集中しないから、意志をもった状態になる。映像世界の中を意思をもった身体で自由に歩き回りながら体験していく身体的な空間芸術を生み出したかったんです。
そもそも世界の見方、つまり認知が人間の行動を決定します。人は見えている世界を認知しているわけではなく、認知している世界を見ているし、その結果行動も変わっていってしまう。多くの人はテレビの前で無自覚に座るけれど、ぼくらの映像の前では無自覚に歩きます。認知が行動を変えるから、自然と自由に歩きながら映像を見るような体験が生み出されている。人間がこの世界をどう認知しているか、そういうことに興味があったのです。
テクノロジーやアートで人間の認知構造を拡張していく
今後、街がもっと文化的コンテンツ中心になっていくでしょう。ぼくらにとって面積の大きさというのはとても大事だと感じています。たとえばNetflixがここまで大きくなったのはコンテンツファーストでサービスを展開してきたからでしょう。アートに限らず、すべてはコンテンツファーストでなければいけない。
他方で、美術館しかり都市開発しかり、これまでの取り組みの多くはアートファースト、コンテンツファーストではなく、決まった建築やインフラを前提としてつくられているのも事実です。だからこそ、アートファーストで自由に空間をつくっていけるといいなと思っていますね。
2023年4月だけで見れば、日本に訪れている外国人の10人に1人が豊洲の「チームラボプラネッツ TOKYO DMM」を訪れているんですよ。沖縄を訪れる人よりもたくさんの人が来てくれているんです。
この冬には麻布台ヒルズにオープンしますが、今後世界中にチームラボの常設展ができていきます。ぼくはアートが人間の認知を拡張してきたし、今後もしていくんだと思っています。
歴史を振り返ってみても、アートによって認知している世界が広がり、見えている世界が変わり、行動が変わってきたと思っています。チームラボボーダレスも、認知が広がるような体験にしたいと思っています。
麻布台ヒルズから、ボーダレスなアートが街へと広がる
ここ数年、認知上の存在というコンセプトで様々な作品をつくっています。先ほどお話ししたとおり、人間は認知している世界だけを見ているので、物理上存在しなくても認知上存在すれば「存在する」ともいえますからね。たとえば実際の物理的な光の現象ではなく、認知上存在するような光の現象を、いまたくさんつくろうとしているんです。
麻布台ヒルズのチームラボボーダレスでも、認知上の新しい光の現象を取り入れた作品が展示されます。認知上存在するけれど実際には存在していない壁もつくろうとしていたり。まあこれは、壁があるとみんなが認知してしまうので、誰も触らず一生気づいてもらえない可能性もあるんですけど(笑)
猪子寿之|Toshiyuki Inoko
アートコレクティブ、チームラボ代表。2001年東京大学工学部計数工学科卒業と同時にチームラボ創業。2018年「チームラボボーダレス」「チームラボプラネッツ」を開館。ニューヨーク、ロンドン、パリ、シンガポール、シリコンバレー、北京、メルボルンなど、世界各地で常設展示およびアート展を開催。PHOTO BY Ryo Yoshiya
SHARE