特集虎ノ門ヒルズ ステーションタワー

TOKYO NODE AS A CHALLENGE

建築家・重松象平が写真家・蜷川実花へ突きつけた 「TOKYO NODE」という“挑戦状”

虎ノ門ヒルズ ステーションタワーの最上部に位置する、情報発信拠点「TOKYO NODE」。地上45階、最高天井高15メートル、総面積約1,500平米の日本有数の展示空間を使い、2023年12月5日より大々的な展覧会を開くのは、写真家の蜷川実花だ。写真や映画だけでなく近年表現の幅を広げる蜷川は、この空間は設計を担当した建築家・重松象平からアーティストへの「挑戦状」だと述べた。同施設をプロデュースする森ビル 新領域企画部の杉山央とともに、アーティストと空間の関係性を問うていく。

TEXT BY Shunta Ishigami
PHOTO BY Mie Morimoto
illustration by Adrian Johnson

杉山 森ビルは10月6日(金)に虎ノ門ヒルズ ステーションタワーとその情報発信拠点「TOKYO NODE」をオープンします。開業にあたって、どんなアーティストが最初に展示を行うかは重要な問題でした。虎ノ門から世界に価値を発信したいので日本人のアーティストにしよう、新しい施設なので空間の魅力を最大限引き上げられる展示にしよう、とさまざまな観点から議論するなかで、蜷川さんの新たな挑戦の場をつくりたいというアイデアが浮かんだんです。蜷川さんは写真家であり映画監督でもありますが、近年は空間へのアプローチも進めています。本日はまず蜷川さんの展覧会のコンセプトについてお話できたらと思います。

主語を「私」から「私たち」へ

蜷川実花|Mika Ninagawa 写真家、映画監督。写真を中心として、映画、映像、空間インスタレーションも多く手掛ける。木村伊兵衛写真賞ほか数々受賞。2010年Rizzoli N.Y.から写真集を出版。『ヘルタースケルター』(2012)『Diner ダイナー』(2019)はじめ長編映画を5作、Netflixオリジナルドラマ『FOLLOWERS』を監督。最新写真集に『花、瞬く光』。クリエイティブチーム「EiM:Eternity in a Moment」の一員としても活動している。

蜷川 ありがとうございます。私は写真家ですが、今回はほぼ写真を使わない体験型の展示をつくりたいと思っています。私自身、この数年で作品に対する考え方も発表の仕方も変わりつつありました。コロナ禍で世界が音を立てて変わっていくなかで、クリエイターとしてどんなことができるのか考える間もなく、自分自身が変わっていったんですよね。そんななかで一体何を表現すべきなのか。「再生」だと思いました。

 

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1/5蜷川実花の作品 ❶ ヴァン クリーフ&アーペル「フローラ」展 Hôtel d'Evreux(2021)
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2/5蜷川実花の作品 ❷ 「蜷川実花展-虚構と現実の間に-」 上野の森美術館(2021)
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3/5蜷川実花の作品 ❸ 「Island Shangri-La Hong Kong x Mika Ninagawa」 Art Basel Hong Kong(2023)
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4/5蜷川実花の作品 ❹ 「胡蝶のめぐる季節~ヨルノヨ」 山下公園 おまつり広場(2022)
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5/5蜷川実花の作品 ❺ 「蜷川実花 瞬く光の庭」 庭園美術館(2022)

杉山さんや私は主語を「私」にしてとにかく自分ががんばらないといけない世代でしたよね。私自身もとにかくがんばらなければと思ってきたんですが、ある時ふと、それだけじゃないと思ったんです。誰かと一緒に新しい価値をつくったりコラボレーションしたりしながらものをつくることにこそ、未来があるんじゃないか、と。TOKYO NODEは空間も大きいし、チームで展示をつくる必要がある。いつの間にか主語が「私」から「私たち」になっていきました。だからこそ、リアルな場でいろいろな人がそれぞれの思いをもちながら共感できるような場に惹かれるようになったんです。これまではそんなことに挑戦できる場がなかったのですが、素晴らしいタイミングでTOKYO NODEという場が誕生したなと。

杉山 そう言っていただけてうれしいです。実際に初めて展示空間を見たときはいかがでしたか?

蜷川 デカすぎる、と(笑)。なんでこんなに大きいんだろうと驚きました。でも、そういう場を与えられた方が発想も広がります。強制的にこれまでとは違うことを考えなければいけませんから。しかも重松さんが設計されたビルだと知って、すごく面白いなと。恐怖を感じるような広さの空間だったんですが、徐々にドキドキがワクワクへと変化していきました。

重松 TOKYO NODEは美術館でもギャラリーでもないし、難しいですよね。しかも壁面の片方はガラスになっていて、抜けには都市が見える。六本木ヒルズ展望台の東京シティビューも街並みが見える空間でしたが、ここまで外の景色が見える展示空間はなかなかないでしょう。

リアルとフィクションが隣り合わせ

重松象平|Shohei Shigematsu Office for Metropolitan Architecture(OMA)パートナー/NY事務所代表。代表的なプロジェクトに中国中央電視台(CCTV)新社屋、コーネル大学建築芸術学部・新校舎、ファエナ・アーツ・センター、サザビーズNY、ニューミュージアム新館、ケベック国立美術館新館ほか。先頃は東京都現代美術館「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展の空間設計が大きな話題に。

蜷川 それがすごく面白くて。これまで私は虚構やある種のファンタジー、非日常的なものに偏愛があって、だからこそ映画もつくっていました。実家も演劇の家庭だったので常に虚構と背中合わせ。現実と虚構のどちらに軸足があって、今自分はどちらの空間にいるのかわからなくなることもありました。でも、単に虚構の世界に浸っているのではなく、そこから戻ってきたときにどうリアルとつながるのかが重要なテーマだと思っています。特に今は現実との接続を考えたい時期でもあったので、TOKYO NODEから街が見えるのはすごくポジティブなことです。もちろん展示を考える上では難しくもあるんですが、この装置によってさらに発想が広がりましたね。

杉山 展示空間が閉じられているわけではなく、外の世界とつながっているわけですよね。

重松 この空間が展示と現実の都市や、フィクションとリアルの結節点になっている。TOKYO NODEの「NODE(結節点、交点)」という言葉とも呼応していますよね。そう考えていただけるのは嬉しいですし、今後TOKYO NODEでさまざまなアーティストが作品を発表する上でひとつの指針になっていきそうです。

 

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1/5タワーの高層階に誕生する、イベントホール、ギャラリー、レストラン、屋上ガーデンなどが複合するまったく新しい情報発信拠点。ビジネス、アート、テクノロジー、エンターテインメントなどの領域を超え、リアルとデジタルの垣根を超えた発信ができる舞台となる。
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2/546階にあるメインホール「TOKYO NODE HALL」。皇居を臨む東京の眺望を背景に、全世界に向けた発信ができる。リアルの会場とヴァーチャル配信をハイブリッドで行うようなXR時代を想定した最新のホールとなる。
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3/5GALLERY 360度の没入感を演出できるドーム型天井の「ギャラリーA」、1,000㎡を超える大空間の「ギャラリーB」、天高12mの「ギャラリーC」など、それぞれのギャラリーの特徴を活用することでアートの展示から体験型展示まで幅広いイベントに対応することができる。
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4/5SKY GARDEN & POOL 地上250mという都内随一の高さにあるオープンエアガーデンとインフィニティプール、世界トップレベルのシェフが手がける2つのレストランを配する屋上では、ファッションショーやパーティなど様々なイベント開催が可能です。東京を見渡せる、唯一無二の環境を提供する。
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5/5TOKYO NODE LAB クリエイターとの研究・共創の場として開設されるラボ。XRライブ配信が可能なボリュメトリックスタジオを備え、新たな都市体験やコンテンツを創出するプロジェクトが計画されている。TOKYO NODEは単なる施設ではなく新しいものを生み出す「組織」であり「活動体」でもある。©Canon Inc.

蜷川 みんな同じように苦悩すると思います(笑)。これまでの表現をアップデートしたり現実空間と向き合ったりしなければ、いい展示を実現できないと思う。自分でコツコツがんばるだけでは乗り越えられない課題を場として突きつけてくる。挑戦状みたいな場ですよね。でも、それってすごく大切なことで、サディスティックにアーティストを成長させてくれる場所だと思いました。

重松 ドSな空間ですよね(笑)

杉山 重松さんはこれまで蜷川さんの活動をどう捉えていたんですか?

重松 もちろんこれまでの展示や映画も拝見していますが、実花さん本人を知っていることもあって、確固たる蜷川ワールドをもっている印象が強いですね。しかもそれは日常生活の延長にあるような自然なものでもあるし、同時に説得力もある。個人的な表現がここまで強い説得力をもつことはないでしょう。そんな実花さんが「挑戦」という言葉を使ってくれたのは嬉しいですね。成功したアーティストが巡回展を行うようなスペースではなく、新しいことに挑戦できるスペースになっているわけですから。

杉山 新しい蜷川さんを見られる展示になりそうで楽しみです。

蜷川 蜷川実花の“第二章”開幕ですね。テーマも「再生」ですから。私だけでなく、どんなアーティストでもこの空間に対峙したら刺激されると思います。だって天井高が15メートルもあるんですよ。重松さんなんでこんな高くしちゃったのって思っちゃうでしょう(笑)

「舞台演出」としての建築家

蜷川 以前から重松さんの建築や空間を拝見していて、いつかご一緒できたらと思っていたんですよね。東京都現代美術館で行われているディオール展[編注:『クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ』展]も重松さんの空間設計が素晴らしかったです。ファッションの展示からこんなに大きなビルまで異なるスケールを扱っていて、しかも全部強度がある。すごいですよね。

重松 ありがとうございます。多くの場合、建築家には機能性と合理性が求められますが、ディオール展では非日常性を演出してほしいと言われたんです。テーマごとに部屋が分かれていて、テーマがシナリオ、マネキンとドレスが演者だとすると、ぼくは舞台を演出するイメージです。建築家が展覧会に関わるときって自分の爪痕を残そうとしがちですが、今回はディオールのテーマを空間できちんと表現する方向に振り切りました。建築家ウケのいい展示ではないかもしれませんが、みなさんに喜んでいただけて嬉しいです。

蜷川 重松さんの寄り添い力と理解力を感じさせられました。ディオールの歴史やこのブランドが大事にしてきたことをきちんとインプットしたからこそつくることができた空間だとわかるんです。チケットがぜんぜんとれない状態が続いていますが、それは重松さんの力だと思いますね。だってどんなメゾンの展覧会でもこんなことは起きませんから。あの美術館には何度も行ったことがありますが、これまでとはまったく異なる体験だったんですよね。建築家の力をまざまざと見せつけられたというか。

重松 ありがとうございます。あの展示では意図的に壁も天井も床も見せないようにしていて、非日常性や没入感、イマーシブをキーワードにしていました。近年は「Superblue Miami」のように体験型のアートも増えているので、そんな流れも意識しながら体験を設計しましたね。ただ、日本の施工精度が高いからこそあのレベルの空間が完成したのだと思います。

蜷川 空間自体が美術品のような精度の高さでしたからね。

杉山 壁の仕上げひとつとってもすごく美しかったです。ほかの国では実現できなかったかもしれないですよね。

重松 ディオールの日本に対するリスペクトがあったからこそ実現したのだと思います。いろいろなタイミングがうまく重なりましたね。

未来へ挑戦するためのための場所

杉山央|Ou Sugiyama 森ビル株式会社 新領域企画部。学生時代から街を舞台にしたアート活動を展開し、2000年に森ビル株式会社へ入社。2018年「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」室長を経て、現在は2023年に開業する文化発信施設の企画を担当している。一般社団法人Media Ambition Tokyo理事。2025年大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちのあかし」計画統括ディレクター。祖父は日本画家・杉山寧と建築家・谷口吉郎、伯父は三島由紀夫。

杉山 せっかくなので、重松さんにもどこかで展示プランを見ていただきたいですね。

重松 ぜひ拝見したいです。最近は2カ月に一度くらいのペースで日本に戻っているので、次の機会にアトリエへ遊びに行けるといいですね。

杉山 今回の展示はほとんどが撮り下ろしの作品で構成していただきますし、見たことのない空間になると思います。ぼくの夢のひとつは、世界中から多くの人を惹きつける常設の「蜷川実花ミュージアム」をつくることですから。

重松 今回の展示の先にはそんな未来も見えそうですよね。

蜷川 実際、TOKYO NODEは私のキャリアにとってもすごく重要なものになりそうです。これまでつくってきた作品を経て、次の表現へどう進んでいけるのか。重松さんの空間でそんな挑戦を行えるのは嬉しいですね。

杉山 ぜひ新たな表現にトライしていただきたいです。さらに展覧会会場だけでなく、例えば、屋上プールの演出もお願いできたらキレイなんじゃないかと思っています。一種のパブリックアートとして蜷川実花のナイトプールをつくってもらいたいな、と。重松さんとも何か一緒につくりたいですよね。

重松 実花さんの作品は柔軟でいろいろなところに入り込めるのが魅力的ですよね。ランドスケープにもエスカレーターにも入り込める。虎ノ門ヒルズをジャックしてみてほしいです。

蜷川 言われてみるとたしかにそうですね。最近はガーデンのような空間そのものをつくることもあれば、iPhoneケースをつくることもあるし、気づいたら写真も映像も使ってないことさえあります。

杉山 建築そのものとのコラボレーションも面白そうです。

重松 実花さんは映画のセットなども考えられていたので、空間に対するリスペクトがあるし、うまく空間を使っているイメージがあります。ぼく自身もTOKYO NODEとはずっと関わっていきたいですし、ぜひコラボレーションしたいです。

蜷川 ありがとうございます。「ぜひコラボレーションしたい」って、ちゃんと記事に記録を残しておいてもらいますね(笑)

TOKYO NODE 開館記念企画 第二弾
“蜷川実花展 : Eternity in a Moment”

 
写真家・映画監督の蜷川実花がクリエイティブチームEiMとして挑む、圧倒的スケールの空間体験型の展覧会。
 
開催期間=2023年12月5日(火)〜2024年2月25日(日)
開催場所=TOKYO NODE 45F GALLERY A/B/C
主催=TOKYO NODE