ENOURA TALE

朝吹真理子が読み解く、杉本博司の最新刊『江之浦奇譚』

現代美術作家・杉本博司の新刊本『江之浦奇譚』が10月9日に発売された。小田原市江之浦に2017年にオープンした〈小田原文化財団 江之浦測候所〉は、杉本氏の作家人生の集大成と位置付けられた作品だ。今もなお造成を続けるこの場所がどのようにして生まれ、形成されてきたか? 不思議な因縁噺の数々が本の中で語られている。以前から杉本氏と交流があり、〈江之浦測候所〉を何度も訪れている作家の朝吹真理子さんに、この地での思い出を交えながら本の感想を語ってもらった。

INTERVIEW by Mari Matsubara
Photo(Portrait) by Manami Takahashi

「初めて〈小田原文化財団 江之浦測候所〉を訪れたのは、オープン間近のころだったと思います。石を使ったすごい場所ができるんだと聞いただけで、よくわかっていないまま訪問しました。近隣のミカン畑に間違えてついてしまったりして、このあたりにいったい何があるのだろう、と化かされるような気持ちでした。着いてみたら、大きな門があって(室町時代に建てられた「明月門」)、ますますわけがわからなくなりました(笑)相模湾の見える広大な敷地に、たくさんの石、それも飛鳥時代から、イタリアのファサードだった石から、いろんな時代の、いわれのある石が据えてあって、面食らいました。杉本さんが配置したとわかっていても、石は以前からそこにずっとあったようにも見えるし、なんだか時間の流れが不思議に思えました。今でこそ、いろんな雑誌などで杉本さんの作品であることが文章になっているので、そうなんだな、と思ってみていますが、最初は、あの場所に立っていたら、時間が混交して、頭がクラクラしました」

私は現代という、神や仏の存在感が希薄になったこの世に生きながら、前近代をさらに遡って、古代の人々の意識の有り様がどのようであったかを追体験してみたいという願いを持った。私は古代人が神殿を造る思いで、この建築群を構想し、設計を始めたのだ。——『江之浦奇譚』

 

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1/2カメラレンズに使われる光学硝子を敷き詰めた舞台。左にコールテン鋼の隧道トンネル。 冬至の朝、太陽は真っ直線に隧道の中を走る。
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2/2元興寺礎石(天平時代)、川原寺礎石(白鵬時代)、法隆寺の若草伽藍礎石(飛鳥時代)が並ぶ「伽藍道」。

「パンフレットに書いてある歴史を辿りながらも楽しめるし、読まないで歩いていると、古代遺跡が発見されたような錯覚におちいって、偽史(ニセの歴史)を楽しむような感覚もあります。杉本さんは写真作品や文章を通じて、時間を行ったり来たりして、太古の時間を写し出したり、人類滅亡後の世界にもでかけていますよね。ぼーっと光学ガラスの能舞台のそばに座っていると、人類がいなくなった後も、この石や舞台が、月に照らされたり、海が光っているすがたを想像してしまいます。悲しいというよりも、心地いい妄想でもあります」

「じぶんの話になってしまいますが、ふだん小説を書くとき、時間の溶けた海に向かって笹舟を流しているようなイメージを持っています。その時間の溶けた海は、『ドラえもん』に出てくるのび太くんの抽斗のような場所です。小説やエッセイを、抽斗にしまうことが、もうこの世にはいない人たちにむけて手紙を送っているような、そんな気持ちで書いています。未来に、日本語を話す人読める人も少なくなったとき、日本語を勉強している奇特な人のもとにも届いたらいいな、と思ったりします。抽斗は、過去にも未来にもつながっているようなイメージです。そういうふしぎな時間の感覚を〈江之浦測候所〉でも感じます」

「たとえば表参道を歩いていても、今はお洒落な街ですが、1945年5月に起きた大規模な空襲で多くの方が亡くなったことをよく思い出します。お洒落な街になったのも、駐留軍人たちが住む代々木のワシントンハイツができたことで、日々の食材やみやげものを買う場所としてお店が建って、いまの表参道のイメージがつくられていったこと、江戸時代には百人町と呼ばれ、大山街道の小さな宿場町だったこと、いまはキャットストリートになった隠田川は縄文時代からずっと流れていて、縄文人たちがその川辺に生を営んでいたことを知ると、ふだん歩いている場所も、風景が全然変わって見えてきます。私は「道の時間」と呼んでいるのですが、土地の薄皮をめくっていくように時間を知ると、今と同じ強度で、もしかしたら今よりも鮮烈に過去が見えてくる。そんなときがあります。同じようなことを〈江之浦測候所〉でも感じます」

円形舞台に放射状に敷き詰められたのは京都市電の敷石。ここは隧道の出口で、正面の石に冬至の日の朝日が当たる。

私が先ず目をつけたのは市電の敷石だった。京都には昭和五十三年(一九七八)まで市電が走っていた。開業は明治二十八年(一八九五)なので、古いものは八十三年ものあいだ馬車や大八車、その後は自動車によって踏みつけられ摩耗して、得も言われぬ味が付いている。——『江之浦奇譚』

「本を読んで、かつて京都市電の敷石に使われていた石を長い年月をかけて買い集めたということを初めて知り、びっくりしました。人を運んでいた路面電車が自動車道に変わることによって敷石は剥がされて不要となり、その後は駐車場に使われていたなんて。でも、車を寝かせる場所に敷かれるよりも、江之浦にやって来て、円形石舞台というハレの場に使われることになって良かったなぁと思います。いや、石にとってはそんなのはどっちでも良いのかもしれませんが(笑)」

 

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1/2法隆寺若草伽藍の礎石。若草伽藍とは寺の創建(606または607年)から、670年の焼失までの間の伽藍のこと。
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2/2福島県の巨大な滝根石を、石の能舞台の橋がかりに見立てた。ひと筋入った割れ目は自然の割れ目。

狂気の妄想力と、緻密な実現力

「誰も見向きもしなかった市電の敷石があるかと思えば、法隆寺の若草伽藍礎石が据えられていたり、2つに割れてしまった23トンもの巨大な滝根石が石舞台の橋がかりに使われたり。これは石よりも、運搬費用の方がとびきり高額だったともききました。割れた石の迫力、ほんとうに美しいです。あの割れ目のところからもののけがでてきそうだなとも思います。杉本さんによって選ばれた、ものの取り合わせが面白いです。杉本さんは、数寄者なのだなと思います。妄想を実現させる力がすごいですね。一人では抱え切れないような狂気のある妄想があって、同時に、石を探したり買ったり、設計図を描いて、細部をピシッと収める緻密さも持ち合わせている。石ひとつ置く場所が寸分でも違えば、雰囲気がガラッと変わってしまうと思います。

「シュバルの理想郷」として知られている、フランスの郵便配達人のシュバルさんが、ひとりで石ころを積み上げてつくった石の城も、思い出します。彼は道ばたの石ころに心を奪われたひとなので、石の種類は違いますが、石に取り憑かれてただ集めたり積んだりしただけでは理想郷は決して完成しません。彼がひたすら石を積み上げた狂気ばかりが取り上げられますが、シュバルもかなり細かな設計図をひいて、それは石を拾うたびに、設計図も書き換えていた、と本で読んだことがあります。狂気と緻密さ、一見矛盾しそうなエネルギーが同居していて、すごいです」

私の武器は資金ではなく妄想を伴う観念なのだ。——『江之浦奇譚』

化石コレクションを展示した〈化石窟〉。手前の大きな2つの化石はウミユリ。奥の大きな化石は三葉虫。

「私が〈江之浦測候所〉で大好きな場所は、竹林を下ってたどり着く《化石窟》です。ミカン農家の農具小屋だったところを改装して、化石コレクションが展示されています。5億年前のウミユリや三葉虫の化石を見ると、人類が誕生する前にいろんな種が繁栄と滅亡を繰り返していたのだと感じます。人類だけが滅亡しないわけがないですよね。杉本さんは本の中で化石と写真の相関についても書かれていますが、本当にその通りだなと思います」

なぜ私は化石を集めるようになったのだろう。それは化石と写真が同じ原理によって機能しているからだ。どちらも時間の痕跡を写すのだ。化石の潜む石を割ってみる。綺麗に割るとネガとポジのように二つに割れる。写真と同じなのだ。– 『江之浦奇譚』

朝吹真理子 1984年生まれ。2011年、『きことわ』で芥川賞受賞。18年に七年ぶりの長編小説『TIMELESS』が話題となる。近著にエッセイ集『抽斗のなかの海』。

「私が好きな化石は生痕化石といって、虫が這いずった痕が化石化したものなんです。生物の死骸ではなく、動いた痕跡が偶然、火山の爆発か何かで封じ込められてしまったもの。太古の昔に生きて動いていた物の証を私たちは見ているわけです。石や、明月門をみていても、生きている人間よりも、物の命の方がよっぽど長い。江之浦でそんなことを考えさせられます」

 

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1/2利休の茶室〈待庵〉の寸法を忠実に写した茶室《雨聴天》。屋根はトタン波板、沓脱石は光学ガラス。
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2/2茶室内部。屋根裏のトタンが露出している。掛軸は杉本氏の筆で「日々是好日」ならぬ「日々是口実」。

「茶室の《雨聴天》は、トタン屋根です。ここは利休作の茶室《待庵》の写しですが、屋根を古いミカン小屋の錆びたトタンで葺いて、雨が屋根に落ちるパラパラという音を聴いて楽しむという茶室。実は私、安い工業用の素材や製品が好きなのです。たとえばブルーシートとか、波型のトタン板とか。自分の仕事机のそばに透明な塩ビの波板を置いて、メモを貼る場所にしているぐらいです。雨の日に茶室に入ったことがないので、ぜひその音を聴いてみたいです。杉本さんがその音を、可愛らしい和歌にしていますね」

目もくらむ稲妻の裂くしづけさやぱらぱらばらばばらばらずどん——『江之浦奇譚』

「本の中には杉本さんが好きな地口、言葉遊びがたくさん出てきて面白いです。江之浦にまつわる物や出来事一つ一つについて数ページずつ書かれた文章がつながっている構成なのですが、それぞれの話の冒頭に自作の短歌が添えられています。歌があって物語が続くという歌物語の形式をなぞっているのかなと思いました。

そして、杉本さんがつるはしをもって、毎日新幹線で通って何時間も江之浦にいた理由が、本を読んでいて、少しわかる気がしました。紙の上の「空想」は、まちがえると「空みたことか」になるという言葉が印象に残っています。実際には建たなかった「茅葺屋根能舞台」の章もおもしろかったです。

杉本さんはこれまでの著作で、本の内容によって文体を変えていらっしゃるようで、いつも本によって文章のグルーヴが違う。落語や義太夫の調子が体にあるから、それが独特のウィットやグルーヴを産むのかもしれません。杉本さんの雅号は《呆気羅漢(あっけらかん)》ですしね(笑)」

うつゝ世をさまよひきてやはぐれ道どこからきたん江之浦奇譚——『江之浦奇譚』

魯山人旧蔵の古信楽井戸枠。

「〈江之浦測候所〉には不思議としか言いようがない縁でいろんな物や石が集まってきます。どうしてここにたどり着いたのか? この本を読むとその来歴が詳細に書かれています。もともと誰が所有していて、誰の手に渡り、どこに移され、なぜここにあるか、因縁は複雑に絡み合っていて恐ろしくなるぐらいです。古信楽の井戸枠にまつわる話は、魯山人、小林秀雄、秦秀雄から古美術商の「瀬津雅陶堂」、そしてニューヨークのMOMAやジャパン・ソサエティ、熱海のMOA美術館まで。骨董は人間が売り買いをする物だけれど、実は物自体が行き場所を決めていて、私たちは一時的に物を預かっているだけなのだと、骨董商の方から聞いたことがあります。江之浦にある門や礎石や塔も様々な偶然や因縁が重なってここにやって来たことを、本を読んで初めて知り、何度も行って知っているはずの〈江之浦測候所〉にまた駆けつけていろいろ確かめたくなりました」

キャンティレバーで崖の上にせり出した《100mギャラリー》の突端に立つ杉本博司。夏至の日に朝日がこのギャラリーを直進する。©️ODAWARA ART FOUNDATION

杉本博司『江之浦奇譚』(岩波書店)本体2,900円 森美術館で来年1月3日まで開催中の「STARS展」で杉本氏の作品も展示中。ミュージアムショップでは『江之浦奇譚』の著者サイン本を販売(なくなり次第終了)。サイン本はミュージアムショップと「小田原文化財団 江之浦測候所」だけの限定発売。

STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ 会場 森美術館  日程 開催中 ~ 2021年1月3日(日)