Alberto Giacometti

ジャコメッティがつくる人物像はなぜあんなに細いのか?

20世紀、最も成功した彫刻家の一人。しかもとても特徴的で一度見て覚えたら、もう忘れられない。人間の形はしているけれど、極限まで細く長く研ぎ澄まされた身体。いったいなぜそこまでシェイプしてしまうのか。そして、その現実にはありえない形を提示して、なぜ「見えた通り」などと言い切ってしまうのか。その上、「見えた通り」などと思っていない私たちはなぜ、彼の彫刻に惹かれるのか。

TEXT BY Yoshio Suzuki
Photo Courtesy of THE NATIONAL ART CENTER, TOKYO

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彫刻家アルベルト・ジャコメッティについて書かれた文章をいくつか読むと、たとえば「ジャコメッティは初期から晩年に至るまで、人物をいかにして見える通りに表現するかという命題に挑み続けた芸術家である」(「ジャコメッティ展カタログ」p.62)みたいに書いてあるものがある。

一時期、とても小さい彫刻を作っていた彼だったが「高さを取り戻しますが、現実に近づこうとすると、今度は細長くなっていきます」(ジャコメッティ展プレス資料「ジャコメッティの歩んだ軌跡」)。

「見える通りに」? あの細長い人間が見えた通りなの? あんな細長い人なんているの? スイスやフランスにはいるの? いないでしょ。現実に近づけたらあんなに細くなったって?

ジャコメッティが細長い人体を作ったことにはもちろんなにか深い意味があったはずだけれど、「見える通りに」表現したのだと言ってしまって、それでいいの?

ジャコメッティについて書かれたものは有名な哲学者の言葉を引いていたり、実存主義の文脈で語られたりしがち。そもそもジャコメッティってどんな人なのか、おさらいしてみよう。

アルベルト・ジャコメッティは1901年という20世紀の始まりの年の10月10日に、スイスのグラウビュンデン州(フランス語読み:グリゾン州)のボルゴノーヴォという村で生まれ、近郊のスタンパ村で育った。2つの3,000メートル級の山に囲まれていて、なんと12月初めから2か月間は太陽が昇らないのだそうだ(そんなところってあるのか!)。

父親はスイスの印象派の画家ジョヴァンニ・ジャコメッティ。アルベルトの一歳下の弟のディエゴは当初、アルベルトのモデルをつとめたりしていたが家具デザイナーになった。パリのマレ地区にあるピカソ美術館の家具などはディエゴのデザインだ。末弟のブルーノは建築家である。

《犬、猫、絵画》1954年 リトグラフ、ヴェランダルシュ紙 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館、サン=ポール・ド・ヴァンス Photo Claude Germain –Archives Fondation Maeght, Saint-Paul de Vence (France)

アルベルトは12歳で油絵、13歳で彫刻を始めた。20歳でパリに出て、彫刻を学んだ。人物全体を捉えることは不可能だと悩み、写生はあきらめ、記憶とイメージをもとに制作することにしたという。詩人ポール・エリュアールらによって、シュルレアリスムの作家として評価されるようになった。

34歳のとき、複数の人体を構成した彫刻を試み始める。この頃、画家アンリ・マティスの息子で画商のピエール・マティスにこんな手紙を送っている。「(モデルを前にした制作をして)再び記憶による仕事をはじめた。(中略)私が見たものを記憶によって作ろうとすると、怖ろしいことに、彫刻は次第次第に小さくなった。それらは小さくなければ現実に似ないのだった。(中略)デッサンを重ねることによって私はもっと大きな彫像を作りたいと思うようになった。が、今度は、驚いたことに、細長くなければ現実に似ないのだった。」

現実を表現しようとすれば、小さくするしかなくなって、葛藤したあと、結局細長くすることで収束していく。削ぎ落とされた実体、滑らかでない表面をもったオブジェ。

46歳の頃、《歩く男》など細長い彫刻にスタイルとしてたどり着いていく。細長く作られた彫刻作品を見た人が痩せすぎでしょうというと、ジャコメッティは「人体の空虚さを表すとこうなるんだ」と答えたという。あの細さは人体の空虚さを形で表していたのだ。

そうやって見ていくと少しずつわかってくる気がする。たとえばデッサンも、描かれる人物や空間をそのままに描くのではなく、ジャコメッティがいう「本質的なもの」を描いた現れなのである。空間は、それがどんなものであれ、つねに他者の存在を前提としている。その空間は、社会的、人間的、身体的、精神的構成と、存在のどうしようもない孤独とを等しく包み込んでいる。

空間でさえそうなのだから、人間の身体の空虚さ、あるいはそれ以外にもその体で包み込んでいる懊悩や宿命を身体とともに形にしようとするときのジャコメッティが出した答えがあの細長い人間の姿だったのではないか。

ジャコメッティが「見える通りに」というのは実はその見えた外観の通りに表面的に表現するということではまったくなく、人間の空虚さや弱さも含めて人間の姿で、それは自ずと目に見えてきてしまうようなものだから。それをキャッチして表現したのがジャコメッティの作品で、それでああいうふうに細長いものになった。

空虚さを抱えた人間を形にするということは、目の前にいる人間の外観そのものを形にすることではなくて、人間であって人間でない、ひょろっとした身体を作り上げることがその人間を表すということ。ジャコメッティにとっては、それが外観という見た目の面と、人間の内部を観察した結果を織り込んだ「見える通り」の人間なのだと言いたかったのだろう。

Portrait of artist Alberto Giacometti surrounded b Photo by Gordon Parks (Gettyimages)

ジャコメッティ本人の人生や創作に関しても、単純明快ではない。一見相容れない正反対のものごとが両立している。たとえば、世捨て人のような生活をしているかと見える一方で、社交家のような一面も見せる。活躍していた当時、売れっ子で最も収入の高い彫刻家でありながら、まるで浮浪者のようなお構いなしの身なりだった。1926年から亡くなる1966年まで、パリ、イポリット=マンドロン通り46番地の質素と言っていい仕事部屋で彫刻、油彩画、ドローイングを制作し、世の中に送り出していた。

1922年、スイスから移って以来、ジャコメッティはパリで学び、パリで活躍した芸術家ではあるが、夏には毎年数カ月の間、故郷であるスイスの田舎町を訪れるのが習わしであった。1966年1月11日に急逝するのだがその前年も里帰りし、読書する母親の絵を描いたりしている。

スイスの紙幣(スイスはEUに加盟していないし、通貨はスイスフラン)には芸術家や建築家の肖像が描かれているが、100フラン紙幣の表にはジャコメッティの顔、裏には作品《歩く人》が描かれている。


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ジャコメッティ展|Alberto Giacometti: Collection Fondation Marguerite et Aimé Maeght
会期:2017年9月4日(月)まで 会場:国立新美術館 OPEN:10:00〜18:00 毎週金曜日、土曜日は20:00まで ※入場は閉館の30分前まで 休館日:毎週火曜日

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鈴木芳雄|YOSHIO SUZUKI
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌ブルータス元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。