Holy Cow

「五木田智央」はいかに発見されたのか?——タカ・イシイギャラリー 東京(〜4/15)

六本木の「タカ・イシイギャラリー東京」がいつにも増して盛況だ。2000年以降目覚しい活動を通して、世界中に熱烈なファンを獲得してきた画家、五木田智央の展覧会が開かれているからだ(4月15日まで)。コレクターやアートファンばかりでなく、音楽シーンやストリートにまで影響を与える注目の画家は、現代美術シーンにおいていかにして独自の居場所を確保してきたのか?——連載|フクヘン 鈴木芳雄のアートの見方 ①

TEXT BY Yoshio Suzuki
PHOTO BY Kenji Takahashi / Courtesy of Taka Ishii Gallery

《下着モデル》(部分)2017 145.5×122cm

画家・五木田智央について語るとき、ついて回るのは「才能は発信するものではなく、発見されるものだ」という事実である。

左/《舌のある植物》2017 80.3×80.3cm 右/《下着モデル》2017 145.5×122cm

2000年に五木田は初の作品集『ランジェリー・レスリング』を出版し、それ以降、海外のギャラリーや展覧会から声をかけられる。それらを積み重ねていた彼だが、あるとき大きな転機が来る。今は有名になった話なのだが、それはこんな具合だ。アーティストのKAWSの家にニューヨークの有名ギャラリスト、メアリー・ブーンが遊びに来たとき、壁に飾ってあった1枚のペインティングに目が留まり、それを指して聞いた。「これ、誰の絵?」。KAWSは答える。「知らないのかい? 日本人のだよ」

メアリー・ブーンは新表現主義、ニュー・ペインティングのムーヴメントを最先端で牽引してきた伝説のギャラリストだ。コンセプチュアルアートやミニマルアートの波が収まった頃、彼女は彗星のごとく登場し、次々に魅力的なアーティストを世に送り出した。彼女にとって美術は難解なものではなく、もっと直感的で欲望的なものなのかもしれない。ジュリアン・シュナーベル、バーバラ・クルーガー、デビッド・サーレらと併走してきた。シュナーベルが監督した映画『バスキア』の中にアンディ・ウォーホル(デヴィッド・ボウイが演じていた)が登場し、メアリー・ブーンにまだ無名だったジャン=ミシェル・バスキアを紹介するシーンがある。彼女はアーティストと同じくらい華々しい人物で、そのギャラリーで活動することはアーティストにとっては成功を約束されたようなものだ。

左/《目玉のある植物》2017 91×72.7cm 中/《付け髭女王》2017 162×130cm 右/《妖怪のような植物》2017 100×100cm

2014年に五木田の大規模な個展を開催したDIC川村記念美術館の学芸員、鈴木尊志によれば「五木田の絵画的発展は、先ず青春期にジャン=ミシェル・バスキア、ジュリアン・シュナーベルなどの80年代ニュー・ペインティングのアーティストたちの洗礼を受け、そこからキュビスム、シュルレアリスム、象徴主義、構成主義、抽象表現主義、ポップアート、シミュレーショニズム、コマーシャル・デザイン、商業写真、イラストレーション、タイポグラフィーなど実に多様な造形要素を自己流に取り込みながら見事に昇華している」と説かれる。

マーク・ロスコ、ジャクソン・ポロック、アド・ラインハートら抽象表現主義の画家の名作を日本で最も多くコレクションするDIC川村記念美術館が五木田の美術館初個展を開催したことは美術史的にある意味、約束されたことであり、五木田を世界マーケットに通用する画家としてメアリー・ブーンがレプリゼンティブを買って出たのもアートビジネスにおける必然のように思える。

五木田は昨年9月、メアリー・ブーン・ギャラリーで2度目の個展を開いたが、出展した作品12点がオープニングレセプションを待たずにたちまちソールドアウトした。五木田が到着したのは作品が売り切れた後だったという逸話がある。ここまで来ると、歴史は既定路線に沿って動いているかのようだ。

今回、東京・六本木のタカ・イシイギャラリーで新作個展が開催され、ギャラリーを訪れる人は通常の150%〜200%になっている。オリジナリティあふれる魅力的な作品群と彼のパワフルな活動は多くの人を惹きつけてくれる。

左/《抱擁》2017 194×164cm 右/《ベッドに座る女》2017 194×162cm

ニューヨーク・タイムズ紙の批評家、ロバータ・スミス氏は五木田についてこう述べている。

「ドローイングを知り尽くす五木田智央は、2005年、ファウンド・フォトを元にしたグワッシュのペインティングに転じた。用いる色はシャープな白とベルベットのような黒、そしてグレーの無数の階調のみである。その作品群は、観るものを不安にさせる強烈な視覚的インパクトを放つ」(2016年10月21日)

五木田はプロレスの雑誌やポルノ雑誌などの図像や古写真にインスピレーションを得て、作品を制作してきた。モノクロームで描かれ、顔はしばしば抽象的に塗りつぶされていたり、コミックキャラクターの眼だけが与えられることもある。その場に差す光には豊かなグラデーションが有り、影はメタリックで、ディテールの描写は行き届いてはいるが描線はシンプルである。部分的にデフォルメされた表現、コントラストやトーン、テクスチャーは観るものに強い印象を与えてくれる。絵を前にして人々は独特の絵画世界に引っぱり込んでくれたことに喜びを見出すのである。

左/《踊る植物》2017 60.5×50cm 右/《怪物》2017 41.5×41cm

「才能は発見される」という話に戻ろう。
小学生のときに友だちの影響でプロレスにハマった。五木田の描いたプロレスラーの絵がプロレスの試合で売られるパンフレットの投稿欄の常連になった。それを皮切りに『テレビマガジン』から『POPEYE』まで様々な雑誌にイラスト投稿をしていく。次々にイラストが掲載され、ちょっとした賞金稼ぎの気分だったろう。それぞれの編集部には毎日毎日、読者からのイラストが送られてくるがその中の宝石を編集者は見逃さないものだ。

親の言いつけに従って、美術の専門学校に入ったものの、中退をする。そのとき、教師は五木田が学校をやめることを残念がった。才能を持て余した本人、目の当たりにしてしまったけれどどうすることもできなかった教師。そういうこともあっただろう。その後、クラブのパーティのフライヤーや雑誌のインタビューページに掲載する絵を頼まれ、それが評判を呼び、きっかけとなり、次の仕事が依頼され、またまた仕事を呼ぶという連鎖が起こる。雑誌の記事ページ用に描いた作品が急遽表紙を飾ることになったり、あるいは別の雑誌が五木田の特集を組んだりした。作品集が出版されて、作品や名前の伝わり方も多様になり、目に触れる機会も頻繁になる。

右/《孤独な植物》2017 33.5×24.3cm

世の中を歩き出した才能はもう孤独でいることは許されない。成果物として、または発見の喜びとして人々は共有したがる。未だ見たことのないもの、今までに見た以上のものに出会ったとき、人はそれを見過ごしたりすることはない。そうやって感動を得てきたし、人類は進化発展してきたのだから。その最も身近で進行中の事例を五木田は見せてくれている。

五木田智央「Holy Cow」展

五木田智央|TOMOO GOKITA
アーティスト/1969年東京都生まれ。90年代後半に鉛筆、木炭やインクで紙に描いたドローイング作品で注目を集め、2000年に作品集『ランジェリー・レスリング』を出版。ニューヨークでの展覧会を皮切りに、これまで国内外で多数の個展を開催。2012年にDIC川村記念美術館にて開催された「抽象と形態:何処までも顕れないもの」展に参加し、2014年には同美術館にて個展「THE GREAT CIRCUS」を開催している。現在東京を拠点に活動。Photo by Yoshimitsu Umekawa


五木田智央「Holy Cow」展
会期:4月15日(土)まで
会場:タカ・イシイギャラリー 東京(同ビル1階のビューイングルームにも展示あり)

profile

鈴木芳雄|YOSHIO SUZUKI
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌ブルータス元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。