ミニマルなデザインで愛される〈ヒロタカ〉は、2010年にデザイナーの井上寛崇が立ち上げたジュエリーブランドだ。自然をモチーフに、良質な素材を使い日本の職人によるハンドクラフトで仕上げたジュエリーは国内外にファンが多い。麻布台ヒルズでははじめてハイジュエリーを扱う特別なショップ〈メゾン ヒロタカ〉を開いた。
TEXT BY YOSHINAO YAMADA
PHOTO BY TAKUMI Ota
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO
illustration by Geoff McFetridge
幼少時から宝石が好きだったと井上は言う。それが転じて興味は鉱物に向かい、さらに自然の生態に心惹かれるようになった。少年時代は動物学者になりたかったそうだが、アメリカで政治を学んだのちにIT企業で働いた。しかしジュエリーへの思いは時を経るごとに募り、ハイジュエラーの世界に足を踏み入れる。そしてさらなる自由な創作への思いからファッションジュエリーの世界へ。自身を魅了してきた自然界のあらゆるエレメントをデザインソースに、既存のジュエリーにはない魅力を形にするようになった。
ジュエリーが輝く、薄暗い熱帯雨林の森
独自の視点から生まれる抽象化されたミニマルなデザイン、そしてそれを支えるディテールが〈ヒロタカ〉のジュエリーの魅力だろう。その哲学はショップのデザインにも貫かれている。ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』で描かれる世界のように、〈メゾン・ヒロタカ〉の空間にもある種の魔法がかかっている。私たちが迷いこむのは巨大なジュエリーのようなオブジェが散らばる熱帯雨林だ。ショーケースには、花や昆虫を思わせるジュエリーの数々が散らばる。このように想像力をかき立てる世界を設計したのは、建築、インテリア、家具などで幅広く活躍するトラフ建築設計事務所。設計には〈ヒロタカ〉のチームも参加し、対話を重ねながら形にしていった。「美的感覚とともに、それを形にしてくれる建築家」だと井上はいう。
これまでに展開してきたショップはそれぞれにコンセプトは異なるものの、空間デザインに関してはまず床材を決めることから始めるそうだ。それは訪れるゲストに心地よい体験を提供し、その世界を形づくる核となるから。ここではカシミヤ混の絨毯を敷き込み、落ち葉が敷き詰められた腐葉土の森をイメージしたオレンジを選んだ。物語の世界に登場するキノコが輝くような暗い森を想定し、店内は照明を抑えた。一転、ジュエリーを身につけて鏡を覗けば、そこにはゲストだけにスポットが絞られた世界に没頭できる。
抽象化されたデザインのため、一見ではわからないが、ジュエリーを展示する什器の一つは井上が愛する昆虫のツノゼミをモチーフとしている。ユニークなツノをもつ生物に影響を受けたデザインは、まるでアレクサンダー・カルダーの彫刻のよう。「とても不思議な突起をもつ昆虫ですが、これをイメージしてパーツの一つひとつをすべて特注で制作。中央の光る部分は陶器を特別に焼いてもらいました。そもそもこの空間にあるもののほとんどが特注で、カウンターの壁に掛かるアート作品だけある作家によるもの」。
長い時間をかけて洗練された動植物のフォルムこそが美しい
さらに井上は、自身に多くのインスピレーションを与えてくれる動植物の多様性を空間でも表現したかったという。だからこそ什器の数々は一つとして同じものがなく、さまざまな素材で制作した。実はこれらの什器がやや不安定な印象を与えるのにも意図がある。
「私たちが尊敬する生態系はとても小さなことで崩れてしまうもの。ケースがあやういバランスでいまにも倒れそうな印象を与えるのは、そうした危うさを喚起するためでもあります。同時に、やはり自然の造形はアシンメトリーも多い。人間の意図した造形から離れたオーガニックなフォルムをイメージしています」
そして麻布台でははじめてハイジュエリーを扱うコーナーを設け、ゆっくり手に取ることのできる空間をしつらえた。ポップな形状もやはりツノゼミをイメージしたもので、環境負荷の少ないナッパレザーを使用。自然への尊敬から生まれたブランドゆえ、環境配慮は欠かせない。ハイジュエリー、オリジナルラインともども、その多くは花のめしべ、ヘビやスカラベなど、自然界のあらゆる要素を高度に抽象化している。井上は、長い時間をかけて洗練された動植物のフォルムこそが美しいのだという。ここはそうした美を堪能する空間だ。
「森の中を散策し、植物や昆虫を覗き込むような気持ちで楽しめたというコメントをいただくこともあります。まさにそうした気持ちでショップを散策していただきたい。これまでのショップと違い、中に入り込める空間になっていることも特徴です。ぜひ奥まで迷い込んでいただきたいですね」
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