特集麻布台ヒルズ

GREENERY MEETS SHINTO

麻布台ヒルズの屋上で育ったチガヤが、氏神さまの“茅の輪”になりました

都心にもかかわらず、あふれるほどの緑をたたえる麻布台ヒルズ。敷地内はもちろん、道行く人の目を楽しませる低層棟の屋上緑化が意外なところで活用されているのをご存知だろうか? 半年の間に溜まった穢れを落とし、残り半年の息災を祈願する神事「夏越の大祓(なごしのおおはらえ)」。そこで欠かすことのできない“茅の輪(ちのわ)”に生まれ変わる様子を取材した。

TEXT BY YUMIKO IKEDA
PHOTO BY MASANORI KANESHITA
EDIT BY AI SAKAMOTO
illustration by Geoff McFetridge



地面から這い出てきた未知の生命体か、はたまた枝葉を広げて巨大化し続ける植物か……。ここは、ヘザウィック・スタジオが手掛けた有機的なデザインで知られる麻布台ヒルズの低層棟。屋上では、緑が気持ちよさそうに風に吹かれている。

街の風景そして生きもののすみかとしての草地

桜麻通りから、チガヤが屋上に植えられているガーデンプラザB棟を見る。

オフィス、住宅、ホテル、インターナショナルスクール、商業施設、文化施設などからなる麻布台ヒルズのコンセプトは、緑に包まれ、人と人をつなぐ「広場」のような街「モダン・アーバン・ヴィレッジ」。「グリーン」と「ウェルネス」という二つのテーマに基づき、自然と調和しながら、人間らしく健康的に生きられるコミュニティづくりを目指す。

地上から低層棟へとシームレスにつながるグリーン。

豊かな自然が感じられるよう植栽も工夫されている。常緑樹と落葉樹を組み合わせた常落混交並木が四季折々で異なる表情を見せる桜麻通り、温州ミカンやブルーベリーなど11種のフルーツが育つ果樹園、開花期の異なるサクラを配した桜のゲートウェイなど、見どころも多い。新たに植栽された全320種・約40万株のうち、およそ7割が土地固有の在来種。低層棟の屋上に植えられているのも、その一つであるチガヤだ。森ビル設計部の織田圭介さんは、次のように話す。

屋上緑化とは思えない豊かな緑が広がる。チガヤの花穂が出る初夏には、一面が白色に。

繁殖力の強いチガヤは、春と秋の年2回刈り取るという。

「チガヤはイネ科の植物で、長さ60cmほどの細長い葉が空に向かって伸びるのが特徴です。選んだ理由は大きく二つ。一つは、ヘザウィックによる有機的な建築には、風にやさしくなびくグラス(葉が細い植物)系が合うだろうなと思った。目に見えない風を可視化するイメージですね。もう一つは、生きもののすみかを取り戻すのが目的。アークヒルズ仙石山森タワー(2012年竣工)周辺に植えた緑は10年の歳月を経て成長し、バッタ、蝶、トンボなどが生命をつなぐ場として大きな役割を担っています。六本木一丁目付近から麻布台まで、さらには皇居や芝公園、浜離宮公園など周辺の広大な緑地間を生きものが行き交う際、中継地になるようなエコロジカルネットワークの拠点をここに作りたい。そのために、草地を増やしていくことを進めています」

在来植物を屋上緑化に利用

茅の輪用に、鎌を使って根本から切っていく。

チガヤとは、広く日本全国に生息する多年生の在来植物。土手や河原など日当たりのよい開けた場所に群落をつくり、初夏になると白い穂を風になびかせる。その歴史は古く、『万葉集』には、大伴家持をはじめチガヤにまつわる歌が数多く残っているほどだ。かつては食用や漢方に用いられたほか、ちまきを包む材料としても利用されていた。

急斜面での作業は想像以上に大変だ。

集めたチガヤ。中には少し花穂が出ているものも。

自立的な緑の循環を目指す

麻布台ヒルズの開発に合わせて建て替えられた西久保八幡神社。2年の歳月をかけて2021年に完成したが、社殿はいまだ新しい木の香りがする。

そんなチガヤにまつわる神事が、「夏越の大祓」だ。大祓とは半年間の罪や穢れを祓い清めるための儀式で、毎年6月と12月の最終日に催行。それぞれ「夏越の大祓」「年越の大祓」といい、神社によっては、「夏越の大祓」の際にチガヤで作った輪をくぐる「茅の輪くぐり」を執り行っている。

ガーデンテラスB棟から見た西久保八幡神社。ブリッジで麻布台ヒルズとつながる。手前は神輿蔵を模した参集殿。

今夏、麻布台ヒルズのチガヤを使って茅の輪づくりに挑戦したのは、同エリアの氏神さまを祀る西久保八幡神社。創建千年余の歴史ある古社では、かねてよりチガヤを探していたと宮司の多田光武さんはいう。

「当社の茅の輪は、長く出入りの業者さんが作ってくれていたのですが、10年ほど前からはチガヤが手に入りづらいこともあり、やむなく人工のものを使っていたんです。せっかくであれば自分たちで作りたい。しかし、チガヤを入手するルートがない。そんな時、麻布台ヒルズの屋上にチガヤが植わっていると知り、旧知の森ビルのスタッフに聞いたところ、奉納してくれることに」

森ビルのスタッフからチガヤを受け取り、早速感触を確かめる多田さん(右)

多田さんが、小さな茅の輪を作ってくれた。「チガヤを使ったワークショップなどできるといいですよね」

隣接する神社からの思いがけない申し出。森ビル設計部で外構・土木を担当した安本洋輔さんは、チガヤが茅の輪の材料になることなどまったく念頭になかったと驚くと同時に願ってもない幸運だったと振り返る。

「施設が開業し、これから緑をどう育てていこうか、どう広げていこうかと考えていた時期だったので、もちろん二つ返事でお受けしました(笑)。緑化は、植物を植えて終わりではなく、むしろそこが始まり。例えば、剪定や草刈りで出る枝葉や雑草をいかに利活用するのか? “グリーンサーキュレーション”と僕らは呼んでいますが、そんな緑の循環のことを考え始めています。今回のように、チガヤが日本伝統の神事に使われたのは本当にラッキーでした。緑を通じた地域交流の好例として、今後もぜひ続けていければと思っています」

初めての茅の輪づくり

チガヤの葉の向きを整え、束にしていく。

かくしてスタートした初めての茅の輪づくり。まずは、低層棟屋上で風にそよぐチガヤを刈り取ることから始まった。通常は草刈り機で一気に行うが、茅の輪用は葉の向きを一定方向に揃えるため、鎌で丁寧に刈っていく。

イメージトレーニングのおかげか、初めてとは思えないほど、スムースに作業が進む。

芯となるチューブにチガヤの束を巻き付けていく。

共同作業を通して、結束も強まる!?

ほどよい太さになったら、紐で本締めする。

目にも鮮やかな緑の茅の輪が完成した。皆、どこか誇らしそう。

今回用意したのは10㎡分。あらかじめ用意しておいた直径1.8mほどの芯に、束にしたチガヤを巻き付けていくことから始める。芯が見えなくなるまで均一に巻いたら、紐で仮どめ。全体のバランスを見ながら太さを調整した後、本締めする。

「大勢の関係者が手伝ってくれたおかげもあり、1時間もかからず完成しました。想像以上にキレイなできあがりでうれしいですね。おかげさまで、来年以降のメドもたった気がします。地域の子どもたちに参加してもらったり、小さな茅の輪づくりのワークショップをしたりするのもいいですね」(多田さん)

緑を通じた地域との交流・連携

夏越の大祓当日。茅の輪は、左回り→右回り→左回りと8の字を描くようにして3度くぐり抜ける。

迎えた夏越の大祓当日は、曇り後雨のあいにくの天気ながら、参拝客はひきもきらない。中には、麻布台ヒルズから足を伸ばしてくる外国人観光客も多く、日本語で書かれた参拝方法をアプリで翻訳しながら、楽しそうに茅の輪をくぐっている。

夏らしく、白い狩衣をまとった宮司の多田さん。

夏越の大祓式の前に、茅の輪をくぐる神職ら。

16時からは、大祓式が執り行われた。神殿で催行の報告をし、宮司ら3人の神職が茅の輪をくぐった後、参集殿へと移動。あらかじめ参拝者が納めた、半年分の罪や穢れを遷した形代(かたしろ/人の形をした紙)を祓い清める。

『古事記』や『日本書紀』に見られるイザナギノミコトの禊祓(みそぎはらい)を起源とし、宮中でも古くから行われたとされる大祓。その歴史ある神事の一端を、麻布台ヒルズ育ちのチガヤが担ったと思うと感慨深い。

夏越の大祓式が厳かに始まる。

大祓式では、紙でできた「形代」に遷した罪や穢れを祓い清める。

参加者に授与された茅の輪。

「今回のトライアルで、必要なチガヤの量もつくり方もおおよそわかったので、ぜひ茅の輪づくりを周辺の神社にも広げていきたいですね。当社同様、チガヤを探しているところは多いんです。そもそも神社は信仰の対象以外に、地域のコミュニティの中心的存在でした。今の時代だからこそ、いろいろな人たちが集える場になれるといいなぁと思っています」(多田さん)

緑で地域とつながり、新しいコミュニティの場を創出する。麻布台ヒルズの試みは今始まったばかりだ。

西久保八幡神社


住所=東京都港区虎ノ門5-10-14 電話=03-3436-2765
photo ©Nishikubo Hachimanjinja