麻布台ヒルズ レジデンスAの1階〜13階に〈アマン〉の姉妹ブランドとなるラグジュアリーホテル〈ジャヌ東京〉がオープン! 客室、ウェルネス&スパ、レストラン&バー、レセプションなどすべてのインテリアデザインを担った「デニストン設計事務所」代表のジャン=ミッシェル・ギャシー氏が語ったデザインコンセプトとは?
TEXT BY Mari Matsubara
PHOTO BY Mie Morimoto
illustration by Geoff McFetridge
あの〈アマン〉が2020年に発表した新しいホテルブランド〈ジャヌ=JANU〉。その世界初のオープンとなるのが〈ジャヌ東京〉だ。これまで世界各国12軒のアマンホテルを手がけた実績をもつ「デニストン」が設計デザインを担当している。2023年2月、工事現場を視察するため来日した「デニストン設計事務所」の代表、ジャン=ミッシェル・ギャシー氏に、客室の先行ルームでお話を伺った(※ 写真の先行ルームはプレミアルーム(65㎡)、竣工時の仕上がりと異なる場合があります)。
ミニマリズムとフレンチスタイルの融合
——今回の客室デザインのコンセプトを聞かせてください。
ギャシー 〈アマングループ〉会長兼CEOのヴラッド・ドロニン氏から依頼を受けたとき、「純然たる日本風ではない雰囲気にしてほしい」と言われました。確かに、日本らしいインテリアのホテルは他にもありますし、地方に行けば素晴らしい和風建築の旅館がたくさんあります。〈ジャヌ東京〉においては、都会に滞在しながら、少しだけ日本の文化や風情に触れながら、なおかつどこかにエッジが効いたものをというリクエストがありました。そこでヨーロッパ的なエッセンスと、日本の伝統的なディテールを融合させるようなスタイルを目指しました。
たとえば室内の壁は、モールディングで装飾的な縁をつけたフランス風の壁を思わせる仕上げになっています。宮殿やシャトーなど伝統的なフレンチスタイルでは、木材に彫刻がほどこされたもっとデコラティブなものになりますが、ここではエレガントな直線ラインで表現しています。これは客室だけでなく、共用スペースの壁にも共通するものです。
そこはかとなくヨーロッパを感じさせるシンプルな装飾枠に、日本の伝統的な建築に見られる土壁を組み合わせています。藁や砂利を混ぜ込んで左官が塗った手触り感のある和風の壁と、フランス風のネオクラシックな趣が、うまく融合しています。
——東西の融合というコンセプトは家具にも言えることでしょうか?
ギャシー 今回、ソファやベッド、テーブルやアームチェア、照明にいたるまで全ての家具を私たちでデザインしており、当然我々のコンセプトを反映したものになっています。たとえばベッドサイドの壁付けのランプを見てください。昼間、部屋の中に外光が入る状態で電源をオフにしたランプを見ると、四角いボックス状のカバーシェードだけが見えます。極めてミニマルな印象です。しかし夜になってこのランプに明かりを灯すと、四角いカバーの内側にフレンチルネサンス様式の典型的なプリーツシェードが透けて見えるのです。ここにも、ミニマリズムとフレンチスタイルの融合があるわけです。
光のコントロールとカラートーン
——昼と夜でインテリアの印象が変わるのですね。
ギャシー 照明をコントロールするだけで部屋の雰囲気は大きく変化するので、光はとても重要です。ベッドのあるリビングと、バスルームやエントランススペースの間に間仕切りの引き戸があるのですが、比較的狭いピッチで天井まで届く枠を入れたプロポーションは、フランスのアーティストのアトリエによく見られる縦長のガラスをつなげた窓を想像させます。しかしガラスの間に和紙のような半透明の素材を挟んであるので、日本の障子のようでもあります。
部屋の中が暗い状態でこれを閉め切ると、引き戸は明度を落とした一枚の壁面のようになります。しかしバスルーム側のライトをつけると、引き戸は明るく白っぽい壁へと変化するのです。また、部屋のコーナーライトやベッドサイドライトなどを一つずつ調光する必要はなく、たった一つのボタンで一度に全ての灯りをバランスよくコントロールできる。つまりユーザーフレンドリーな仕組みになっています。
引き戸はもちろん日本の伝統的な住宅からの引用ですから、間仕切りにもフランス風と日本風の両方の要素が入っているというわけです。この引き戸は開け放てば、ひと繋がりの大空間となり開放的ですし、就寝時に締め切ってリビングのライトを落とせば、バスルーム側の空間を感じさせない、プライベート感のある落ち着いたベッドルームを演出します。
——室内に使われる色のトーンも落ち着いていますね。
ギャシー ホテルというのは、第一にリラックスする場所でなければなりません。仕事や観光を終えてここに帰ってくる人にとって、びっくりするような派手な色づかいや、エキセントリックなインテリアでは心も身体も休まらないでしょう。私たちは色を扱うとき、「レイヤー」を大事にします。ヴェルサイユ宮殿には様々なトーンのグレーが使われているように、ここでもピースフルなオイスターグレー、ライトグレー、ブラウンなど似通ったトーンの色を重ねています。ヨーロッパでは“ボボ・シック(ブルジョワ・ボヘミアン的な上品さ)”な色や、経年変化で錆びたようなシャビーな色を多く使いますが、そうした色調が日本でも、世界的にも好まれていると思います。そしてグレートーンは土壁の色とも非常に相性がいいですし、人間の顔色を健康的に見せる効果もあるのです。
——その他の家具にも工夫がありますか?
ギャシー 座ってみるとお分かりになると思いますが、テーブルの高さが標準的なダイニングテーブルよりも低く抑えられています。ルームサービスをとるお客様が、よりリラックスしたムードでお食事ができるように設計されています。椅子もいわゆるダイニングチェアよりは低く、ソファも座面の奥行きが深いので、ゴロリと横になれるようなカウチスタイルになっています。
居心地の良さの秘訣は「バランス」
——〈ジャヌ〉という新しいホテルブランドについて、そして麻布台に〈ジャヌ東京〉が誕生することの意義をどう捉えていますか?
ギャシー 〈ジャヌ〉は〈アマン〉の姉妹ブランドですが、しかしそれは“姉より劣っている妹”を指し示しているのではありません。〈アマン〉がより誇り高く、エレガントで、静寂さとプライベート感に満ちているとすれば、〈ジャヌ〉はもう少し人々の間の交流があり、活気があるイメージです。
以前、私は大手町のホテルを手がけたことがありますが、同じ東京といえども、大手町はビジネス色が強いのに対し、麻布台は人々の居住エリアが近くにあり、生活感のあるコミュニティが存在し、にぎやかです。たとえば麻布台ヒルズのレジデンスにお住まいの方が、友人を招いて一緒にランチやディナーに出かけることもあるでしょう。そのために〈ジャヌ東京〉には魅力的なレストラン&バーが8つも備えられていますし、ショップももうけられています。ここを訪れるゲストと街のコミュニティを結び、活力をもたらすような場所になるでしょう。
——ギャシーさんが客室インテリアの設計で大事にされていることとはなんでしょう?
ギャシー たった一つの豪華な家具が際立って見えるような、いわゆる見どころとなるハイライトをもうけるのではなく、全体の統一感が重要であると考えています。すべてはバランスの問題なのです。落ち着いた色の取り合わせや、家具の高低差のバランス、光のコントロール。異なる素材同士の取り合わせ、東西文化をバランスよくミックスさせること。我々が全ての家具をオーダーメイドで製作することで、こうした全体のバランスが取ることが可能なのです。
ジャン=ミッシェル・ギャシー|Jean-Michel Gathy1955年ベルギー生まれの建築家兼インテリアデザイナー。マレーシアを拠点とする「デニストン・インターナショナル」を1983年に創立。以来、世界の名だたるホテルプロジェクトを手がけている。代表作に、アマンヤラ(カリブ海 タークス&カイコス諸島)、アマンワナ(インドネシア)、シュバルブラン(モルディブ)、パークハイアット・サニーベイ(中国)、フォーシーズンズホテル東京大手町、フォーシーズンズホテルバンコク(タイ)など。2022年オープンのアマンニューヨークではデザイナーに起用された。
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