特集麻布台ヒルズ

The Conran Shop Tokyo

〈ザ・コンランショップ 東京店〉の、オリジナル商品開発会議に潜入!

2024年に日本上陸30年を迎える〈ザ・コンランショップ〉の最新形が、〈麻布台ヒルズ〉にオープンした。延床面積420坪という広さもさることながら、代表の中原慎一郎が考える、チャレンジングな試みが注目を集めている。そのひとつは、日本のザ・コンランショップとしては初となる店内併設レストランの食器を、岡山の陶芸家・伊藤環がデザインすること。もう一つは、手土産にぴったりのオリジナル菓子を、旧知の菓子研究家・福田里香が開発すること。そこで、3人による商品開発会議に潜入し、内容をこっそりお届け。キーワードは「クラフト」です。

PHOTO BY NORIO KIDERA
TEXT BY MASAE WAKO
ERIT BY KAZUMI YAMAMOTO
illustration by Geoff McFetridge

左から、菓子研究家の福田里香、ザ・コンランショップジャパン代表の中原慎一郎、陶芸家の伊藤環。2024年に日本上陸30周年を迎える〈ザ・コンランショップ 新宿店〉で。

——まずは〈ザ・コンランショップ 東京店〉のコンセプトを教えてください。

中原慎一郎 1974年にロンドンで〈ザ・コンランショップ〉を創業したテレンス・コンランは、森ビルと深い縁があったんです。〈六本木ヒルズ〉レジデンス棟の内装デザインを〈ザ・コンランショップ〉が手がけていたという歴史もあり、〈麻布台ヒルズ〉に店をオープンすることは、僕が代表になる以前から決まっていました。ワンフロアで約420坪と、これまでで最大の規模。ドキドキしています。

福田里香 420坪?! ちょっとした町内並の広さですね。

中原 そう。せっかくなので象徴的な店にしたいと思い、店名に「東京」と入れました。僕が〈ザ・コンランショップ〉に関わるようになって意識しているのは、「その町にふさわしいキャラがある店」にしていくことなので。

伊藤環 それは「東京らしい店」ということですか?

中原 「今の東京につくる〈ザ・コンランショップ〉らしさ」というイメージです。1994年、新宿に日本初の〈ザ・コンランショップ〉が出来た時は、「家具も食器も雑貨もそろう、夢のようにいろんなものがあるお店」というイメージだったと思うんです。いわゆるライフスタイルショップの先駆けです。

福田 みんな憧れましたよね。こういう世界がありえたんだ!って。その後、日本にもたくさんのライフスタイルショップが生まれたくらい、影響は大きかった。

中原 ただ、30年の時がたって、人の暮らしも買い物の仕方もずいぶん変わったでしょう。コンランショップも変化しなきゃいけないと、切実に感じました。「日本でやっていく店であることを、より深く自覚しなくては」って。なので、今年4月に立ち上げた〈ザ・コンランショップ 代官山店〉では、アジアをキーワードにモノ選びをするということに挑戦しています。今までは、イギリス本国がセレクトした商品の中から選んで輸入して紹介するスタイルだったのですが、自分たちの目で選ぶやり方も始めています。

福田 今の話にすごく共感します。私、文化は憧れから始まると思っていて。いつだって、ほかの国や異文化への憧れが新たなカルチャーを生む。でも、それが成熟した後には必ず、自分のルーツに気づくターンが来るんです。

中原 世界中のものが簡単に手に入る世の中だからこそ、自分たちの生活に合うものを突き詰めた店にしないとダメだなって。誰かに託すのではなく、自分たちで選んだ人と一緒に、自分たちのものを作り、店を作る。だから〈ザ・コンランショップ 東京店〉は、代官山で始めた“自分たち発信のモノ選び”と、イギリスから入ってくる文化の要素とを織り交ぜた店にします。今、心の中で思っているのは「極上の普通」みたいなことなんですけど。

伊藤 極上の普通!

中原 なんでも揃うというよりは、自分たちが思う極上のもの、しかも日常的に使えるアイテムが揃う店。それが、今の東京で作る〈ザ・コンランショップ〉らしさですね。

店内にはレストランも併設。器は伊藤環と一緒に考えた「手仕事のプロダクト」

店内併設のレストランのために、オリジナルの器7~8種類を手がける伊藤。試作段階の器を前に「中原さんと一緒にものづくりをする仕事は初めて。すごく楽しいです」

〈ザ・コンランショップ 東京店〉に併設されるレストランの名は〈Orby(オルビー)〉。食器は伊藤のデザインによる特別制作だ。いったいどんな器を作っているのだろう?

中原 テレンス・コンランって、実は飲食からキャリアを始めた人なんです。家具やインテリアの店より先にレストランを手がけていたし、インテリアショップの中にカフェを併設するスタイルもいち早く実践した。なぜなら、生活のものが並ぶお店の魅力を表現するには、飲食の場が必要だと考えていたからです。そのマインドを受け継ぐ意味もあって、今回はどうしてもレストランを作りたかった。ジャンルはフレンチですが、「モダンクラフトダイニング」としています。名前は〈オルビー〉。テレンスのミドルネームです。

福田 モダン「クラフト」ダイニングなんですね。器を伊藤さんに依頼した理由もそこに関係がありそう。

中原 理由のひとつは、僕自身が使っていること。コロナ禍を機に、自分でも料理をするようになり、伊藤さんの器を使い始めたんです。使い勝手がいいし、古いものともなじむ。仕事とは関係なく、岡山にある伊藤さんの工房まで行ったり、自分仕様の器をオーダーしたりするようになりました。で、ふと、思ったんです。新しい店でやろうとしている「自分たちが使いたいものを作り、提案する」ことって、伊藤さんの器との付き合い方の延長線上にあるんじゃないかと。それに伊藤さんは、料理家やレストランから頼まれて器を作る仕事もたくさん経験しているから。

伊藤 僕は若い時、九州の実家の窯元で焼き物を作って日銭を稼いでいたんです。お客さんは、「この鉢じゃ深さが足りない」「違うなあ、皿はもっと小さく」って言いたい放題(笑)。そういうおじちゃんおばちゃん一人一人に応じて、その場でロクロを引いて器を作っていました。だからなのか、誰かの欲しいものに応えることと自己表現のせめぎ合いの中で、よりよい落としどころを探るという感覚が、今もずっと続いているんですよね。さまざまな制限や条件の中で最善の策を調整していくやり方は、陶芸家というより建築家に近いのかもしれません。

中原 伊藤さんは作家活動と同時に、〈1+0〉というプロダクトブランド名で、量産の器作りも手がけているでしょう? その強みも、声をかけたひとつの理由でした。

伊藤 僕がデザインと監修をして、職人さんにロクロで制作してもらっています。意識しているのは、量産であってもどこかに人の手の跡が残るような作り方。

中原 今回もそのやり方で、「手で作るプロダクト」を実現できたらいいな、と話しました。

福田 料理はフレンチですよね。シェフは紺野真さん。

伊藤環 はい。フレンチは食器のデザインに一定の約束ごとがあるので、むしろ作りやすいはずなのですが、中原さんも紺野さんもなかなか手厳しくて……。

中原 紺野さんも器が大好きだから。

伊藤 たとえば縁のある平皿を作る場合、ロクロだと縁が少しずつ広がるように立ち上がるんです。でも、紺野さん的には、縁のギリギリまで立ち上げをつけず、フラットな部分を広く作ってほしい、と。

「これはセカンドサンプル。シェフの紺野さんからは、もっと縁ギリギリまで平らな部分を広げてほしい、と希望がありました。職人さんと相談して頑張ります」(伊藤)

福田 フレンチはソースが重要だから、フラットな面が必要なんでしょうね。でもロクロで平らな皿は難しい。私の妹も陶芸家なので、よくわかります。

中原 なので、3人の想いを具現化してくれる窯元を探して、有田や岐阜にも行きました。そうしてたどりついたのが、栃木県の益子。益子には今も500近くの窯元があって、昔からの手の技術が残っているし、量産もできる。ただし、依頼する/されるという関係性だけじゃなく、一緒に作っていく過程が、窯元の新しい技術や文化を育てることにも繋がるといいな、という気持ちもありました。

伊藤 そうなんです。効率化が進むと手の文化が置き去りにされがちですが、そこに目を向けることも、今回の使命だと感じています。

福田 そうやって作ったレストランの食器を、お店でも販売するんですよね? 素晴らしいと思います。お店や作り手の立場から見れば、提案したい器やカトラリーをいちばん素敵に見せることができるのがレストラン。「このナイフ&フォーク使いやすいな」とか「このお皿のサイズ、ちょうどいい」って、実際に使ってもらえることの説得力たるや。

伊藤 世の中にあふれるプロダクトと呼ばれるものは、平面図と断面図があれば作れちゃう。情報は全部そこに書いてあるから。でも、僕たちが作る器には、職人さんの技術やものづくりの文化のような、図面の情報だけでは伝えきれないものを盛り込みたい。それを伝えるためにも、レストランの存在が本当に大きいんです。レストランは、SNSでは共有できない何かを、臨場感を伴って味わえる場だから。

これらが完成バージョン。ショップでも販売している。手前上のリムプレート16cm ¥4,950、手前下のリムプレート21cm ¥6,600、右奥下のリムプレート25cm ¥8,250、右奥上のディーププレート16cm ¥6,930、左奥のディーププレート21cm ¥7,920

福田里香さんと考えたオリジナルのお菓子——「クラフテッド・トリーツ」って何だろう?

中原とは20年来の付き合いになる福田里香。〈ザ・コンランショップ 東京店〉のオリジナル菓子を、コンセプトはもちろん、パッケージやネーミングまで考案。

レストランを計画する一方で、中原は考えた。「お客さんが気軽に買って持ち帰れる食べ物も作りたい」と。相談相手としてまっさきに浮かんだのは福田里香。

中原 僕、海外でいいお菓子を見つけると、「これ福田さんに買っていこう」ってすぐ顔が思い浮かぶんです。

福田 中原さんってお菓子の趣味がずば抜けて良いんですよ。いつも、困っちゃうくらいかわいいお菓子を持ってきてくれる。

中原 福田さんは、お菓子のおいしさやビジュアルだけじゃなく、ものづくりの背景までわかって、さらに深堀りしようとしてくれるから。

福田 そんな中原さんからご依頼をいただいた企画書の中に、「クラフト」というキーワードがあったんですね。すごくいいなって思いました。気負わずに買えてお土産にもできるものって、お店にとって最高の宣伝ツールになる。いわば食べるフライヤーです。だから、ザ・コンランショップが作るなら、お菓子屋さんのお菓子じゃなく「クラフトを感じるお菓子」だろう、と。

伊藤 なるほど!

福田 私からは「トリーツ」という言葉を提案しました。スイーツじゃなくてトリーツ。「何かいいもの」とか「ちょっとしたごほうび」「おやつ」みたいな意味があって、イギリス圏でよく使われる言葉です。このふたつを合わせて、「クラフテッド・トリーツ」というテーマが決まりました……で、さっそくですが、こういうものを考えています(と、試作品のキャンディをお披露目)。

キャンディを詰めた瓶を手にした中原。「クラフト感があって、とてもいいですね」。ガラス瓶やカラフルなタグも試作中。

「キャンディは一つ一つ手作業で詰めています。瓶に入れた時の佇まいもすごく重要」と福田。ショップでは12月以降販売を予定。

伊藤 わ、かわいいですね!

福田 でしょう? もともと、鹿児島の種子島で作られているガジュマル飴というものがありまして。私も数年前に初めて見た時、イギリスのクリスマスで飾られるミントキャンディーみたい!って興奮したんです。今回、せっかくなので中原さんの出身地である鹿児島のお菓子がいいな、と思い出して作り手を訪ねました。実は先代のご主人が、島内の人々のためのおやつとして考案したもので、材料のサトウキビもご自分で育てている。しかも、薪で飴を炊いて、柔らかくしたのを伸ばして、種子島鋏で切って……それって工芸のガラス作りとほぼ同じ技法なんです。

中原 僕も一緒に行きましたが、秤も使わず目分量でねじって切って。まさにハンドクラフトでした。

福田 そもそも、工芸で使われる多くの技法は、お菓子にも使われているんです。パウンドケーキなどの焼き菓子では、よく砂糖ごろもを「上掛け」するのですが、これは焼き物で釉薬を「上掛け」するのと同じ。2色の生地を市松模様にしたチェッカークッキーは、陶芸で数種類の粘土を組み合わせる「練り上げ」技法と同じ。この飴もガラスと同じ作り方なんだと知って、本当のクラフテッド・トリーツだ!ってしびれました。

「一本一本の長さが揃いきっていなところも、手作りならではの魅力」と、長さ7cmほどのキャンディを試食。味の感想は……?

ここで試作品を食べてみることに。ガジュマル飴の作り手にいくつか試作してもらった中から、最終的に福田が選んだのは、あるフレイバーを加えてアレンジした2種類の味。

福田 ベルガモットと柚子、2種類を作りました。ベルガモットはイギリスの紅茶アールグレイのフレイバー。質のいいオーガニックの天然香油を見つけたので、それを使っています。

伊藤 ヨーロッパの味がします(笑)。種子島から一気に海外へ飛んだ印象。都会の味。

中原 食感も軽いですよね。

福田 空気を含ませながら形づくるので、ふわっ、カリッてなるんです。

伊藤 柚子は酸っぱくておいしい!

福田 国産柚子の香油と黒砂糖を使っています。

中原 砂糖の味がやさしいな。日本っぽくまとまっていていいですね。

福田 そうです、そうです。ベルガモットと柚子、つまり、イギリスと日本を象徴するものを意図しました……そうだ、中原さん、ちょっと手に持ってみてください(と、試作品を手渡し)。ほら、やっぱりよく似合う。

伊藤 ほんとだ、似合いますね。

中原「どう?」。伊藤「よく似合ってます」。福田「かわいい!」

福田 この飴をザ・コンランショップの代表である中原さんが持っている姿に違和感がない、なじんでいるっていうことが、とても大事だと思うんです。世の中に素敵なものはたくさんあるけれど、中原さんが持った時に似合うことが重要なアイデンティティになる。もちろん、お菓子はかわいくなくっちゃということも意識しました。

伊藤 わかります。僕も、中原さんの店の器は、お洒落に作りすぎちゃいけない、ある種のかわいさを目指したいって思っていたんです。切れ味があるけど、どこか親しみやすい野暮ったさもある、みたいな。だからクラフテッド・トリーツのお話を聞いて腑に落ちました。僕の器がめざす着地点は、それを見た中原さんがニヤッと笑ってくれることなんだなって。

福田 私も同じ。器とお菓子の共通点ですね。

中原 そのかわいさがたくさんの人に伝わることを願います。

profile

伊藤環|Kan Ito
1971年福岡県生まれ。京都の陶芸家集団「走泥社」の創始者・山田光に師事した後、陶芸家の父・橘日東士と共に作陶。2006年神奈川県で独立、2012年に岡山県へ移住。骨董や古物からもヒントを得ながらも、現代の生活や料理シーンになじむ陶芸作品で人気。「都会のまん中だからこそウェルネスとグリーンを大切にするという〈麻布台ヒルズ〉の考え方には、モノづくりをする上でのヒントも感じました。効率化や量産化が進む器の世界で、あえて効率の悪いハンドクラフトを作る意義とも結びつくような気がしています」

profile

福田里香|Ricca Fukuda
1962年福岡県生まれ。菓子研究家。レシピ開発など食にまつわるモノ・コトのディレクションを手掛ける。クラフトとお菓子を〝技法〟という共通項で紹介する『民芸お菓子』(Discover Japan)など著書多数。『フード理論とステレオタイプフード50』(文藝春秋)が2024年1月に発売。「今、新しい暮らしやすさを求めて都市に人が戻ってきているような気がするんです。〈麻布台ヒルズ〉も、都会の中で、人と人、自然と人とが、どう折り合いをつけ、既にある環境をリテイクしていくかという、素敵で前向きな実験のように感じています」

profile

中原慎一郎|Shinichiro Nakahara
1971年鹿児島県生まれ。〈ランドスケーププロダクツ〉を設立し、インテリアショップ〈Playmountain〉やカフェ〈Tas Yard〉などを手がける。2022年4月、イギリスを本国とする〈ザ・コンランショップ〉の代表取締役社長に就任。2023年4月の代官山店オープンに続き、〈麻布台ヒルズ〉内の東京店もオープン。「〈麻布台ヒルズ〉という環境でお店づくりをするにあたって、〝共存共栄〟ということを意識しています。グリーンとの共存もそうですし、クラフトの世界における作り手と使い手の共存もそう。周りとのバランスがすごく大事だなと思っています」