特集麻布台ヒルズ

DX IN CONSTRUCTION

麻布台ヒルズの超難関工事を支えるDXって何?——清水建設の試み

DX(デジタルトランスフォーメーション=デジタル革命)という言葉が様々な分野で聞かれるようになった昨今。建設業界でも設計・施工・管理とあらゆる場面でデジタルの力は欠かせないという。麻布台ヒルズの建設にデジタルがどう生かされているのか? 清水建設・虎ノ門麻布台再開発A街区建設所長の井上愼介さんにお話を伺った。

TEXT BY Mari Matsubara
PHOTO BY Kenshu Shintsubo
illustration by Geoff McFetridge

2023年4月某日。取材陣が向かったのは竣工時には330mの超高層ビルとなるA街区タワー。竣工間近の最終仕上げが行われている中を進んで、某フロアへ。4年にわたる工期のうち約3年間機能してきた「スマートコントロールセンター」を訪ねた。90㎡ほどの部屋に入ると、55インチの有機ELディスプレイが36面、ずらりと壁を覆い尽くしている。まるで「宇宙戦艦ヤマト」のコックピットのような光景だ。

日本最大規模!「スマートコントロールセンター」へ潜入

——ここは何のために作られた部屋なのですか?

井上 ひと言で言えば、工事現場の状況を“見える化”するための部屋です。あらゆる情報や画像、計測データをここに集約してモニタリングし、解析ソフトを用いて検討することで、作業工程を効率化することを目的としています。超高層ビルの建設では、各フロアの工事の進捗状況を確認するだけでも大変な手間と労力がかかります。そこで現場にカメラを設置し、その映像をリアルタイムでここに映せば、足を運ばずとも監視することができます。

今回、延べ床面積46万㎡に及ぶ現場全体にwi-fi網を張り巡らせ、スマホやiPadを通じて作業員さんとのコミュニケーションが図れるようにしました。工事現場では、上空150mを超えるともう携帯の電波が届かないからです。検査記録や現場写真、その他あらゆる情報はwi-fiを通じてこの「スマートコントロールセンター」に集められます。同様の取り組みは他社も着手していますが、たいていはディスプレイ画面が2つ3つほどの小規模なもので、これだけの大がかりな設備での取り組みは弊社としても、業界にとってもおそらく初めてのことではないでしょうか。

パワークレーンを映すディスプレイ

揚重モニタリングシステム

フロア別工事進捗ディスプレイ

——他にはどんなデータを得ているのですか?

井上 屋上に設置された6台のタワークレーンや仮設エレベーターで作業者と資材をいかに効率よく上へ上げるかということが工事に際してとても重要なポイントなのですが、一台のエレベーターが1回でどのぐらいの量の資材をどこの階まで上げているのか、ということを可視化する「揚重モニタリングシステム」を開発しました。これを解析ソフトにかけると、どこに無駄があるのか、もっと効率よく上げるにはどうすればいいのかが分かってきます。これまで建設作業はある意味、属人的でした。ノウハウは実際に工事に携わり経験した人員だけが有するもので、データ化されておらず他者と共有できなかったのです。それがエビデンスとして記録に残るようになったおかげで、工事の進捗状況を全員が目で見て確認することができます。将来的には工期の遅れを察知したモニターがアラートを鳴らすこともできるでしょう。

コロナによる制約がDXを促進

井上 また地下を掘削する際に周囲の地盤が崩れないよう「山留め工事」を行うのですが、周辺の地盤に悪影響を及ぼしていないか、地盤が浮いたりしていないか、計測機器で24時間モニタリングしたデータがここに送られてきます。異変があれば、夜中でも自動的に私の携帯電話に連絡が来るようになっています。それから現場に入退場する車輌ナンバーのチェックも、警察が走行中のナンバープレートの読み取りに用いる「Nシステム」と同様、自動的に行っています。以前はゲートで警備員が1台ずつ確認し紙に手書きで記録していたのです。麻布台ヒルズほどの大規模な現場では日に何百台ものトラックが出たり入ったりするので、DXによって警備の負担を大幅に減らすことができました。また、最多で一日5,000名が働いていた作業員の入退場を顔認証ゲートで管理し、健康状態のチェックにもDXは役立っています。

——この部屋に工事関係者が集まって会議をすることも?

井上 もちろんです。特にコロナ禍での工事となった今回のプロジェクトでは、この部屋が外部とのミーティングに大いに役立ちました。たとえば海外にある石材や鉄骨の工場には、以前は担当者が現地まで赴いて製品検査をしていたのですが、コロナで渡航ができなくなりました。そこで現地にテレビカメラを設置してもらい、画像をこの部屋のディスプレイに映し出し、それを見ながらオンラインで確認するようになりました。壁や床の石材の場合、実際に敷き並べてその見え方をチェックする「敷き並べ検査」があり、昔は高い櫓を建てて登り、目視で確認しなければなりませんでしたが、今ならドローンカメラを飛ばすだけで済みます。画像も向上し、全く問題なく確認できます。現在では石のみならず様々な外装材、鉄骨、ガラス、仕上げ材など多くの資材を海外製品に頼っています。こうしたグローバルな時代にDXは欠かせないものになっていますし、またコロナで様々な制約があったからこそ、DXが多用されるようになったとも言えるのです。

——この「スマートコントロールセンター」は、建設におけるDXを推進するための実験的かつ象徴的なスペースなのですね。

建設のDXにおける3つの柱

ガラスのカーテンウォール(写真提供:清水建設)

井上 清水建設としては、DXを駆使したものづくりに3つの柱があると考えています。1つ目は「デジタル・ファブリケーション」です。麻布台ヒルズはペリ・クラーク・アンド・パートナーズが外観デザインを手がけたA街区タワーも、トーマス・ヘザウィックがデザインした全街区の低層部のランドスケープも、どちらも過去に前例がないほど複雑な設計で、施工が極めて困難な建物です。それを可能にしたのがBIM(Building Information Modeling)と呼ばれる、コンピューター上で立体モデルを再現できるシステムでした。

A街区のタワーは単純な直方体ではなく、真ん中が膨らんだ樽型をしていますよね。ということは外装を形成するガラスのカーテンウォールも一枚一枚、少しずつ幅や高さが異なるわけです。そしてコーナー部分は3次元曲面になっています。すべて微妙に異なるサイズのカーテンウォール鉄骨を発注し、複雑な形状をした部位の納まりを検討し、それらを施工するのにもBIMデータがなくてはならないのです。

ガラスのカーテンウォールの設置作業(写真提供:清水建設)

工事中の大屋根(写真提供:清水建設)

また森タワーのエントランスには、ヘザウィックのデザインによる、地上のランドスケープと高層タワーをつなぐ雲のような、アート性が高く街のアイコンとしての大屋根が設置されていますが、450トンもの鉄骨をたった3本の柱で支えています。あれを作った職人さんたちの類稀なる技の賜物でもありますが、それ以前に施工にはデジタルの計測システムが不可欠であり、もうすでに建設のあらゆる場面にデジタルは活用されているのです。

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1/4自動搬送ロボット(写真提供:清水建設)
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2/4溶接ロボット(写真提供:清水建設)
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3/4溶接ロボットによる溶接部分(写真提供:清水建設)
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4/4床施工ロボット(写真:清水建設)

DXの2つ目の軸が「デジタル・ロボット」です。麻布台の現場では4種類のロボットが稼働しています。まずは「自動搬送ロボット」。ある階で荷物を持ち上げ、エレベーターに乗ってある階へ移動し、所定の位置で荷物を下ろす作業をするロボットです。現段階では人間が行うスピードより速くはないのですが、夜間でも継続して搬送作業ができるのは大きなメリットですし、人員も少なくて済みます。

井上 実は鉄骨の溶接には高い技量が必要で、資格取得も難しく、技能者が減ってきているのが現状です。それを「溶接ロボット」が代わって作業できるようになりました。まだ台数は少なく、スタートしたばかりですが。

井上 主にオフィス空間は、床下にネットワーク配線を網羅させるために二重床にする「OAフロア」を採用しますが、この床をセットする「床施工ロボット」もあります。どちらかというと単純作業なのでロボット向きではありますね。それから「耐火被覆ロボット」。建築基準法により、ビルのすほぼべての鉄骨を耐火性の強い材料で覆わなければならないのですが、その作業をしてくれるロボットです。現在は石綿アスベストに代わる身体に害のない材料を吹き付けますが、それでも埃まみれの現場なので夏でもゴーグル、マスク、防護服が必須となる過酷な作業ですから、なり手も少なく、ロボットに代わってもらえるのは大変助かります。

清水建設とソニーグループによる、建設現場における巡回・監視などの施工管理業務の効率化を目的としたロボットの実用化に向けての共同実証実験の様子

——建設現場でこれほどロボットが活躍しているとは知りませんでした。

井上 すべての作業がロボットにとって代わるとは考えていません。現段階では溶接ロボットを稼働させるための段取りに2〜3日かかり、結局は人間がやるより効率が悪かったりもします。また自動車工場や物流倉庫のように塵ひとつないクリーンな空間で、定位置にあるロボットの前を製品が流れていくのであれば導入もしやすいと思いますが、建設現場ではそうはいきません。雨風、時には雪、塵埃にさらされますし、床面は段差だらけで、扱う資材のサイズも形も千差万別。そんな環境の中でロボットを運用するのは至難のわざです。ロボットがいかに優秀でも、やはりまだ人間の手の感覚や判断力には勝りません。しかしそれでもDXを今のうちに推し進めておかないと、業界の5年後、10年後が見えてこない。これからの少子高齢化社会、人材不足、工事の大規模化を見据えて、やはりロボットの導入は必須なのです。1社だけではロボット開発などできないので、他社とも連携をとって協力しながら、業界一丸となって最初の一歩を踏み出したところです。

井上 DXの3つ目の柱が「デジタル・マネージメント」で、それを象徴する場所がここ「スマートコントロールセンター」だと言えるでしょう。330mの上空にある現場は、施工に関わる者全員、誰も経験したことのない未知の世界であり、その環境をモニタリングし管理するのにデジタルの力に負うところが大きかったです。DXは出来高管理、品質管理、安全管理にも大きな役割を果たします。しかし正直なところ、現状はまだデータ化の第一歩に過ぎません。今時点で日本一の現場とも言える麻布台ヒルズでの経験と実績を足がかりにしながら、今後集まってきたデータをどう分析し、現場の生産性向上にどのように活かすのかを検討していきたいと考えています。

profile

井上愼介|Shinsuke Inoue
清水建設 虎ノ門麻布台再開発A街区建設所長。1966年生まれ。大学で建築を学び88年4月清水建設入社。2001年より現所属の東京支店。入社後から現在まで一貫して建築施工管理に従事。これまで超高層オフィスビルや大型商業施設をはじめとする多様な用途の建築工事を経験する。子供のころから大学まで水泳、水球に打込み、今もマラソンやトライアスロンなど体を動かすことが趣味。