桜田通りと桜麻通りの交差点に面した麻布台ヒルズ ガーデンプラザA 2階の一角にあるのが〈ル・サロン・プリべ〉。トーマス・ヘザウィック率いるヘザウィック・スタジオによる独創的な建築を正面に見る場を選んだと語るのは、オーナーパティシエの成田一世さんだ。ジョエル・ロブション、ピエール・エルメら、日本でもよく知られるシェフやパティシエのもとで腕を磨き、帰国後は〈エスキス〉、ロブション時代の同僚であった須賀洋介シェフの〈スガラボ〉でも活躍した。世界で高い評価を受けてきた成田さんが、かつてともに働いた笹川幸治シェフを迎えたレストランはフランスの本質に迫るものだ。
TEXT BY YOSHINAO YAMADA
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO
illustration by Geoff McFetridge
成田さんは桜麻通りを、フランス、パリのフォーブル・サントノレ通りやモンテーニュ通りのように育つポテンシャルを秘めていると語る。ラグジュアリーブランドの本店が建ち並ぶエリアには最上級の品質を知る人々が暮らす。そうした暮らしを理解しているからこそ、「私たちは麻布台で暮らす方々の食事を担っていくことが求められていると理解しています。銀座や田園調布のように完成された街ではなく、これから高級住宅地として成長を約束された土地でともに育っていきたい」と成田さんはいう。
麻布台ヒルズ、という街の未来を見据えて
「同時に街の未来を見つめていくこともできます。パリの街も現在の姿になってから200年も経っていない。この街も同じような時間をかけて育っていくのでしょう。これまでの東京に欠けていた住環境の文化的意識を、ようやく形にした街が麻布台ヒルズではないでしょうか。そこで暮らす人々が生活に求める衣食住の心地よさをどのように形づくるか。良質なものを知る人たちだからこそ、質の低い店にはできない。それを空間で実現できる人物として〈スガラボ〉でもご一緒したインテリアデザイナーの小坂竜さんに設計を依頼しました。彼ならば、私の思いやインスピレーションをデザインという形にしてもらうことができると信じていました」。小坂竜さんは国内外の話題のレストランやホテル、アパレルブランドの空間デザインなどを手掛ける日本のトップデザイナーだ。
空間に滲み出るグランメゾンとしての矜持
成田さんが思い描くのは本物の空間だ。限られた面積でありながら、すべてにおいて最高のクオリティを提供する場にしようと考えた。充実したキッチンをもつ〈ル・サロン・プリべ〉の席数は限られているが、空間を彩る素材も厳選。床、壁、カウンターの腰壁を覆うのはヨーロッパの街並みで見られるトラバーチンと呼ばれる石灰岩の大理石。幾何学上に組んだ黒いスチールのディスプレイシェルフや照明はモダンな印象だが、これは日本の伝統的な空間がもつ柱や梁、鴨居、長押、敷居、畳の縁などに組み込まれたフレーム的な存在をイメージすることで日本文化への尊敬を表現した。同時に日本らしい空間は横のラインよりも縦のラインを強く意識したものだと解釈し、天井や壁にミラーを貼り、フレームのグリッドは鏡に映り込んで縦の空間に広がりを生ませた。カトラリーもマットな黒を選ぶことで黒檀を感じさせ、ワイングラスやテーブルウエアに至るまで美意識を貫く。
家具もまた日本人の平均的な体格でも使いやすいサイズ感、そして日本的な所作を受け止めるあり方を目指した。ヨーロッパのテーブルと椅子では背が高く日本人には使いにくい、そしてヨーロッパの人々が食事中に椅子の背もたれにもたれかかることはないが日本人は多くがもたれかかる傾向にある。こうした所作の違いを自身の経験から感じるという成田さんは、身体を預けても心地よく食事ができるオリジナルの椅子をここで実現した。成田さんは「身体に巻きつくような心地よい椅子ですから、ぜひ深く腰掛けてほしい。張り地も最高級の人工スエードを採用しており肌触りも抜群です」と話す。
「つまりここは私に宿る感覚のすべてを発信している店です。お茶をすること、朝のパンを食べること、食事をすること、持ち帰りのお菓子であっても、そしてそれを楽しむのがテラス席やカウンター、テーブル席、個室であっても、すべてに感じていただけると思います。細かな部分までトータルに整えることで、店全体の印象をまとめあげています。それが小さくともグランメゾンとして力を発揮するために欠かせないことなのです」
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