麻布台ヒルズ 森JPタワーのオフィスエントランスに恒久展示されるのは、気候変動に関心を寄せる世界的アーティスト、オラファー・エリアソンの新作だ。作品の意図やパブリックアートの意義について話を聞いた。
interview & photo by Corey Fuller
text by Mari Matsubara
Editorial cooperation by Yoshiko Kogi
illustration by Geoff McFetridge
——これまでのあなたの作品は光、風、水などの自然現象を扱ったものが多いですね。その背景には何があるのでしょうか?
エリアソン 私が生まれた時、両親はとても若かったので、私は祖父母のいるアイスランドで多くの時間を過ごしました。学校に行くようになると母のいるデンマークに移り、夏休みは父が戻ったアイスランドで過ごしました。夏の間、アイスランドでは太陽が沈まず明るい夜が続き、睡眠時間も短くなり、戸外に出る時間が長かったのを覚えています。
見るという行為そのものが芸術作品
特に記憶に残っているのは70年代初頭のオイルショックです。私はアイスランドにいたのですが、ある晩街中に警報が鳴り響き、丘の上の祖父母の家から街を見渡すと、全ての電気が消えました。それはワクワクするような光景でした。白夜なので真っ暗ではなかったのですが、突然、あたりは青い光に包まれるんです。それは、窓の外のはるか遠くにある氷河の背後に回った太陽光の効果でした。当時は厚さ1㎞もあった氷の塊は純度が高いので、青い光だけが透過し、後光のようにあたりを照らすのです。本当に息を呑むような光景でした。家の中では祖母がテーブルの上にろうそくを灯し、その温かい光を囲んで私たちはただ座ってゲームをしたり、祖母は編み物をしたり。外の青い光と、家の中のろうそくの光は対照的でした。その時、初めて子供なりに「石油危機」を知ったのです。
大人になるにつれ、石油危機とは何かがわかってきました。それは美学だけでなく、政治的かつ経済的な問題でもありました。一般的には「アイスランドの自然は素晴らしい」と言われますが、しかしその自然は「自然それ自体」だけで作られているのではありません。何か別のものが結びついてできているのです。私はいつも自然現象に興味がありますが、現象そのものではなく、現象と何かの関係性に興味があり、その興味が私に作品を作らせています。
——自然から取り出したものを、美術館やギャラリーや、街の中にアートとして提示しますね。たとえばかつてコペンハーゲンやパリやロンドンで道の真ん中に氷の塊を置いたように。そのことにはどんな意味があるのでしょうか?
エリアソン たとえば虹を見ると、みんな嬉しくなります。でも霧や気温や日差しと同様に儚いもので、常に変化し、いつの間にか消えてしまい、虹に触れることはできません。あなたが美しいと思った虹の中にある対称性が非物質化しているということは、私たちのものの見方が、見る対称そのものと同じぐらい重要であることを示唆しています。だから私はよく「見るという行為そのものが芸術作品かもしれない」と主張しています。
屋外の自然現象を屋内に取り込み、回転板に反射する光や、水に反射する光など様々な方法で私たちの感覚を活性化させ、夢中にさせるような作品を作ります。それを見る人は、自分の感覚が何かに関与していることをなんとなく体験するのです。そしてその現象を眺めている自分自身の姿を自覚する。そのうち違うものが見えてくるかもしれません。現実とは何かを定義する方法を考え直すかもしれません。現実は自分が関わるものに対して相対的であると考えることもできます。すべては常に変化し、動き、流動的である。そのことが常に私の作品の中核をなしています。
私たちの体内でも常に細胞が生まれ変わり、「昨日の私」は今日の私ではありません。「今日の私」は一体誰なのでしょうね? そう考えると興味深いです。昨今、芸術の世界では「タイムレス」であることが褒め言葉のように使われますが、実に恐ろしいことです。もし何かが本当に時代を超越したものだとしたら、それは私たちが死んでいる、ということですから。過去はなく、あるのは現在だけです。記憶もまた現在なのです。自然現象が素晴らしいのは、あなたがたった今見ている現象以外には存在しないからです。
瞬間ごとに変化するエレメントの集合体
——今回、麻布台ヒルズに置かれる作品について聞かせてください。
エリアソン まず作品が置かれる場所について考えました。メインタワーの吹き抜けのロビーは、毎日オフィスで働くたくさんの人が行き来します。そして窓の外には自然があり季節が巡り、光の変化があります。つまり常に過渡的な空間であると感じました。その中空に彫刻を吊るしました。光沢があったりマットな部分があったりする金属のピースが連なって光を反射し、ある場所からは円や球のように見え、ある場所からは平面的に見えます。この形はある法則に従った数学的な軌道なのです。あなたが電話する時に使っている人工衛星の軌道を思わせるとも言えるでしょう。
見る人が歩き回るごとに視点が刻々と変わり、違った形に見えますが、どのポイントから見る形も等しく重要です。瞬間ごとに変化する無数のエレメントが集合した形だとも言えます。
作品の素材の85%は亜鉛でできています。亜鉛の金属分子は煙突から吐き出されるスモッグの中に存在しますから、この作品は私たちが日々呼吸する空気から取り出したもの、あるいはリサイクルされたもので作られているとも言えます。私たちがどこかで目にした物質や素材が集められ、型に流されて、彫刻として取り付けられています。
都会の大気汚染や光化学スモッグについて私たちはよく話題にしますが、それは目に見えないと思われがちです。しかし、関心を持つことや鋭く観察することが大事で、しっくりこない問題があった場合、それは自分たちの生き方によってもたらされているのだということを知るべきです。
私たちは変わることができます。工場の煙突の稼働を止めて、金属を取り出して別のことに使う必要があるのです。気候変動が現実に起きている今、すべてを考え直さなければなりません。この彫刻は、自分がどう生きたいかを考え直すきっかけを与えるでしょう。そのきっかけを利用しない選択肢もありますが。そして、どう生きるかを教えるのではなく、ただあなたに語りかけているだけなのです。
作品はより良い明日を目指すためのコミットメント
——社会におけるアーティストの役割とは何だと思いますか?
エリアソン 私は他の人と同じ普通の人間ですが、同時にアーティストでもあります。普通の人には言えないようなおかしなことをたくさん言うことができます。たとえば「木々の話し声が聞こえる」とかね。「そんなはずはない」とすぐ否定されますが、実際多くの文化圏で木々は会話していると認識されていたのです。日本には禅の思想がありますから、それほど不可思議に感じられることはないでしょう。市場経済や公的なセクターから切り離されたものに注意を向けさせたり、忘れ去られたものに対する関心を再び引き寄せたりすること、それがアーティストの果たす役割だと思います。
私は常に先住民や科学者や、社会の様々なセクターから学ばせてもらっています。それらを一カ所にまとめて、芸術的なステートメントとして発表することができます。アーティストという立場で、区分けされ出会うことがなかった分野の人たちを集め、統合することができます。そうして出来上がったアートワークに厳密なオリジナリティを主張することはありません。誰の作品なのかを議論するよりも、一緒に座って質の高い会話をすることが大事です。
——最後に、公共の場にアートを置き、人々が毎日アートに接することにどのような意義があると思いますか?
エリアソン 今回のプロジェクトにおけるオフィスエントランスとは、公共空間と私的空間の間の中間的なスペース、緩衝材と言えます。そのような空間には儀式的な、あるいは祝祭的な性質があると思います。企業としてのプライドを保ちながらお客様をお迎えする空間だからです。同時に、ここを訪れる人に快適さを感じさせなければなりません。どの空間にも意図が込められており、その中で私はアーティストとして作品を提供します。これまで長年にわたりアートに多大な貢献をしてこられ、物語を紡いできた森ビルのプロジェクトで、作品を通じて物語を語る機会を与えられたことをとても誇りに思い、感謝しています。このロビーに足を踏み入れたら何かが見える。次に来たときにはまた別のものが見えてくるでしょう。その目に応えられるよう、全てのディテールにおいて最高のクオリティを保っています。
この作品は、昨日よりも良い明日の一部になることを目指そうという一種のコミットメントです。それを人々に示す場所として公共空間や、パブリックからプライベートへと移行する中間スペースはより有効だと思います。
オラファー・エリアソン|Olafur Eliasson
1967年生まれ。デンマークとアイスランドで育ち、現在はベルリンとコペンハーゲン拠点。1995年にベルリンで「スタジオ・オラファー・エリアソン」を設立。以来、職人、建築家、アーキビスト、リサーチャー、美術史家、シェフ、プログラマーなど多様な分野の専門家集団に発展した。2014年にはアートと建築のための「スタジオ・アザー・スペース」を建築家のセバスチャン・バーマンと設立。この間、金沢、東京を含む世界各地の主要美術館で個展を開催、主要国際展にも頻繁に参加する傍ら、気候変動に対する意識喚起という観点からも現代アート界を牽引。2019年には国連開発計画の親善大使に任命された。 Photo: Brigitte Lacombe, 2016 © 2016 Olafur Eliasson
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