特集麻布台ヒルズ

CERTIFICATION FOR GOOD BUILDING

ヒルズが取得した“人と環境にやさしいビル”というお墨付き——「LEED」と「WELL」を知っていますか?

2024年5月、「麻布台ヒルズ 森JPタワー」と「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」はオフィス・商業区画の共用部分において、建物が人々の健康やウェルネスに及ぼす影響を審査する評価基準「WELL」の最高ランク〈プラチナ〉を獲得しました。また2021年には「LEED」において最上位のプラチナランク* の計画認証を得ています。そもそも「WELL」と「LEED」って何ですか? 2つの認証取得に関するコンサルティングを行う株式会社ヴォンエルフ代表取締役兼CEOの平松宏城さんにお話を伺いました。

*「LEED」の中の「建築設計および建設(BD+C)」と「近隣開発(ND)」のカテゴリーでプラチナランク

TEXT BY Mari Matsubara
Main Photo by Kenshu Shintsubo
illustration by Geoff McFetridge



——まず、「WELL」について説明していただけますか?

平松 「WELL」はアメリカのIWBI(国際ウェルビーイング協会)が基準の設計をし、GBCI(Green Business Certification Inc.)が評価しています。建物の設計や建設、運用が人々の身体と心にどのような影響を与えるか、さまざまな測定や審査を行い、一定基準をクリアした空間に対して認証する評価システムです。人間の精神的、肉体的、社会的な健康に注目しているところが特徴です。具体的には「空気、水、食物、光、運動、温熱快適性、音、材料、こころ、コミュニティ」の10カテゴリーで構成されています。

「WELL」は人中心の建物指標、「LEED」は環境の総合評価指標

左)麻布台ヒルズ 右)虎ノ門ヒルズ ステーションタワー

——具体的にはどういった点を審査するのですか?

平松 たとえば建設時にTVOC(総揮発性有機化合物)を出す塗料や接着剤などを使わないことや、家具・インテリア資材・什器にもそうした物質を含まないものを採用するといったことです。竣工後にも常時、空気の質を計測して確認します。他に、館内の給水設備には浄水機能を取り入れる、照明だけではなく自然光をなるべく取り入れる、サウンドマスクをしてストレスにならない音の環境に気を配る、といった細かい対応も含まれます。建物の中で働いている人々がフィジカルにもメンタルにも健やかでいられる建物であることが求められます。

——次に「LEED」についてご説明ください。

平松 「LEED」とは「Leadership in Energy & Environmental Design」の略で、建築や都市について環境性能を評価するシステムです。アメリカの非営利団体であるグリーンビルディング協会(USGBC)が開発・運営し、GBCIが審査を行なっています。建物のエネルギー性能を高めようとの目的で識者が集まって1993年に設立されました。民間の団体ですが、アメリカのIRS(日本の国税庁に相当)によって公的に非営利組織認定されています。認証件数はアメリカが最も多く、次に中国です。日本は2024年2月現在で260件あります。

2024年2月29日時点  LEED Home:含む LEED CITIES:含まない

——ビルや街のどんなことが評価されるのですか?

平松 評価項目は、「立地と交通」「敷地選定」「水の利用」「エネルギーと大気」「材料と資源」「室内環境」など12のカテゴリーに分かれています。それぞれのカテゴリーの中に細かい条件があり、条件を満たすと獲得できる点数の合計によって上から、プラチナ、ゴールド、シルバー、サーティファイドの4つのレベルで評価されます。「プラチナ」を獲るのは非常に難しく、ディベロッパーや設計者にとっては大変な努力が求められます。

ちなみに「近隣開発(ND)」というカテゴリーでプラチナランクを取得している国内案件は、2024年5月現在、「虎ノ門ヒルズ」(計画認証)と「麻布台ヒルズ」(計画認証)、そして千葉にある「柏の葉スマートシティ」(計画認証)、のわずか3例で、世界的にも他にアメリカ、カナダ、中国、スペイン、フィリピンで13例があるのみです。

公共交通への貢献、生態系への配慮、人々の回遊性の重視

——「虎ノ門ヒルズ」や「麻布台ヒルズ」が高評価を受けたのはなぜでしょうか?

平松 まず「TOD(Transit-Oriented Development)=公共交通指向型都市開発」という点で高評価を得ています。虎ノ門ヒルズ駅という地下鉄新駅開設を伴っており、他駅との接続を考慮した地下通路設計を計画している点などでポイントが加点されています。二番目の大きな理由は生態系の保全に配慮したランドスケープデザインでしょう。麻布台ではガーデンデザインの際に、在来種の植物を調べて積極的に取り入れるなど、取り組みがなされています。また、ランドスケープを作るだけではなく、長期的に維持管理するという計画に明確なビジョンを持っていることも、高評価の理由に挙げられます。

第三に、人々の回遊性を大事にしている点も重視されます。人々が車の走行におびやかされることなく安全に歩け、買い物が楽しめる店舗が並んでおり、さらに緑がたくさんある“ウォーカブルな街”の設計はとても評価されています。第四に、都市利便施設と生活利便施設、学校などがひとつの敷地内にミックスしていること。職住近接で、満員電車に乗らずに職場へ行けることなど、110項目ぐらいある細かい条件をクリアしています。また、建築家のトーマス・ヘザウィック氏が設計した低層ビルには緑化された屋上と壁面が、そのまま歩道と繋がるようなデザインになっており、自然の景観をビルの内外に取り込もうという姿勢が見えます。「LEED」の中に「バイオフィリック」(自然を好み、自然と繋がりたい欲求)という評価項目があるのですが、その評価を得たのは日本企業としては森ビルが初めてです。

加えて、表面的には見えづらいのですが、そもそもの建物のエネルギー使用原単位が極めて小さいことや、テナント企業のカーボンニュートラル化を助けるためのRE100等での再エネ比率の高い電力供給の充実、節水、雨水・中水再利用の徹底などによる水資源の保全など環境面での性能も世界最高水準を実現していることが最高評価プラチナのステイタスを基礎づけています。

——審査や認証の信頼度はどうでしょうか?

平松 「WELL」も「LEED」も、非営利の民間団体や公益財団法人によって仕組みが作られており、透明性が高いです。よく自社の環境性能の向上性を10年前のデータと比較してアピールする企業がありますが、これでは自己評価なので客観的な説得力がありません。そうではなく、第三者がデータを客観的に評価するという点で、より公正かつ厳格です。

人と環境にやさしいビルには、長期的な価値がある

——「WELL」や「LEED」を取得することに、どんな意義があるのでしょう?

平松 2015年にパリ協定が採択(2016年発効)され、温室効果ガス排出量ゼロを2050年までに実現する目標を掲げる国が続々と現れています(2024年2月現在194ヶ国)。日本は現在、2030年までに温室効果ガス排出量を46%削減(2013年比)することを目標に掲げています。

Photo by Kenshu Shintsubo

国レベルだけでなく、世界中の企業も企業年次報告にも気候変動に関する非財務情報の開示が求められるようになり、気候関連・サステイナビリティ情報の開示ルールや統合報告書制度も整備されてきました。

現在は金融機関や投資家が企業と取引をする際に、気候変動に伴うリスクがどのぐらいある会社なのか、またチャンスがある会社なのか、見極めようとします。もし気候変動に対して脆弱な事業計画があると、将来的にビジネスが成立しない不良資産になる可能性が一定確率あるとみなされるかもしれません。逆に、脱炭素やサステイナビリティに取り組んでいる企業は長期的に有利な投資やファイナンスが受けやすいのです。

Photo by Kenshu Shintsubo

また、優秀な人材を確保したい企業にとっては、サステイナブルやエコに敏感なZ世代から就職希望先として求められる存在であることを証明する必要があります。また社員の頭の中をリセットし、企業の運営方針を徹底して周知、理念を浸透させるためにも、「LEED」や「WELL」のようなグローバルに認められている認証を獲得することが大事なのです。また、森ビルのような不動産業態においては、意識の高い海外テナントへの訴求効果もあります。

そのビルが、あるいは企業がサステイナブルであるか、また人々のウェルビーイングに配慮しているかは、直接目には見えませんよね。しかしこうした厳正な審査による国際的な認証を得ることで「見える化」できるわけです。

森ビルは1986年オープンの「アークヒルズ」でカラヤン広場を創設し、緑地化や天候に左右されない歩道の整備、イベントスペースでコミュニティに貢献するなど、時代にさきがけてさまざまなことに取り組んできた企業です。そうした長年にわたる思想とノウハウの蓄積が「LEED」「WELL」における高評価につながっているのだと思います。

profile

平松宏城|Hiroki Hiramatsu
(株)ヴォンエルフ代表取締役。Arc Japan代表取締役 LEEDフェロー、米国グリーンビルディング協会ファカルティ(公式指導員)。1961年静岡県生まれ。大阪外国語大学卒業後、日米の証券会社勤務を経てランドスケープデザイン/グリーンビルディングの世界に転身。環境NPOでの経験を経て、2006年にサステイナビリティ・コンサルティング会社、ヴォンエルフを設立。