美術史上初の動く彫刻、「モビール」を発明したアーティスト、アレクサンダー・カルダー(1898〜1976)の、東京では35年ぶりとなる大規模展が麻布台ヒルズ ギャラリーで開催中です。大学院で美術史を学んだアイドルの和田彩花さんがその魅力を体感しました。
PHOTO & MOVIE BY MASANORI KANESHITA
EDIT & TEXT BY MARI MATSUBARA
illustration by Geoff McFetridge
「アレクサンダー・カルダーのモビール作品を国内の美術館で見たことはあるのですが、詳しいことは知らず、数もたくさん見たわけではないので、今回の展覧会を楽しみにしていました」と和田さん。約100点もの作品が集まった、国内では過去最大級の規模となるカルダー展を、森ビル・新領域事業部の政木良太さんの解説と共に見て回ります。
“動く彫刻”の発明者、カルダー
和田 モビールと聞くと、赤ちゃんが寝ているベットの頭上に吊り下げられた、ゆらゆらと揺れる知育玩具を思い出しますが、その始まりがモビール作品だったのですか?
「そうなんです。彫刻とは動かないものという認識が当たり前でしたが、その常識をくつがえしたのがカルダーでした。最初カルダーは平面作品や絵画からスタートしますが、1930年代初頭からワイヤーを使った立体の、ゆらゆらと動く彫刻を作り始めます。その作品を見たコンセプチュアルアートの祖であるマルセル・デュシャンが『モビール』(フランス語で“動く”)と名づけたのです」(政木)
和田 カルダーさんは動く彫刻を初めてアート作品として作った人なんですね。モビールって、今でこそインテリアの装飾としてふつうに雑貨屋さんなどでも売っているものですが、当時は画期的なことだったでしょうね。
まず展示室の入口に置かれているのは、幅4mを超える巨大なモビール作品! カラフルな色と、その大きさに圧倒されます。「この作品の姉妹作となるものが名古屋市美術館の屋外に展示されているのですが、風を受けるとぐるぐると勢いよく回ります」(政木)
「赤い壁にかかっている2点の油彩は、1956年に東京・日本橋で開催された現代アートのグループ展に出展されたものです。右のほうはカルダーのスタジオの内部を描いた作品《My Shop》(1955)で、画中に描かれた作品の何点かが本展で実際に展示されています。左の抽象画《Seven Black, Red and Blue》(1947)とは全く違うタッチですよね。白い壁に展示しているのはカルダーが彫刻を作る前の初期作で、動物園に通って描いたスケッチです」(政木)
和田 うわっ、かわいい猫ちゃん! サルやラクダもいますね。黒インクを使ってひと筆描きしたようなタッチはどこか《鳥獣戯画》みたいで、日本のテイストを感じさせますね。でもこの線の伸びやかさや美しさが、のちのモビール作品のワイヤーのラインにつながっているんじゃないかと感じます。
カルダーと日本の関係性
「カルダーはアメリカ・ペンシルバニア州で生まれましたが、1926年にパリに移り、7年間過ごしました。その頃に藤田嗣治やイサム・ノグチと交流したようです。カルダー自身が日本に行く機会はありませんでしたが、父親が彫刻家、母親が画家で、両親ともに日本の浮世絵や屏風をコレクションしていたそうで、幼い頃から日本のエッセンスに触れていたのかもしれません」(政木)
和田 これも日本美術からの影響を受けているから、こういうタイトルなのですか?
「はっきりと本人が言ったわけではありませんが、カルダーの孫にあたり、現在カルダー財団の理事長であるアレクサンダー・S.C.ロウワー氏によると、赤と黒が歌舞伎の隈取りを想像させたり、あるいは扇子の骨や鶴にも見えるということで、このようなタイトルになったのかもしれないとのことです。いずれにせよカルダーは思うまま、手が動くままにモビール作品をたくさん作ったようですが、手元に置いたまま20~30年以上経ってからタイトルを付ける場合もあったようで、無題となっている作品も数多く出展されています」(政木)
和田 こんなに大きな作品があるんですね! クリスマスツリーみたいに見えますが……
「タイトルは《Pagpda》(パゴダ)、中国や日本の仏塔を意味します」(政木)
和田 なるほど! 私たち日本人から見ると「これが仏塔?!」と思ってしまいますが、カルダーさんにはそう見えたのでしょうか。そのギャップが面白いです。あと、彫刻は360度ぐるっと周りを回って鑑賞できるのがいいですね。見る角度が変わると、全然違ったフォルムが現れます。
計算よりも感覚的な作品づくり
和田 サステナブルという意識がそれほど浸透していない時代から、すでに身近な素材を使ってこんなに素敵なものを作っていたのですね。戦争を経験しているから、ものの大切さを身にしみて感じていたのでしょうか。あと、モビールは支点の位置をよーく考えて作らないと、吊り下げられたオブジェがバランスを保てないですよね?
「カルダーはアートスクールに進学する前に工学系の大学で機械工学を修めたので、緻密な構造計算をしてモビールを作っていると思われがちですが、どちらかというと思うがまま、本能的にモビールを作っていたそうです。ワイヤーを切ったり、軸を削ったり、微調整しては吊り下げてみる、という手作業を繰り返してバランスを見極めていたようです」(政木)
作品も自分も動き、新たな形が現れる楽しさ
——和田さん、今回のカルダー展をご覧になって、いかがでしたか?
和田 以前、ある美術館の中にカルダーの作品がポツンと1点だけ置かれているのを見た時は、クールだなぁと思いましたが、今回のようにこれほどたくさんのモビールやスタビル、抽象絵画が一堂に集まっていると、すごくカラフルでポップな印象を受けました。まるで子供部屋の中にいるような楽しさがあったのが驚きでしたね」
和田 そしてモビール自体が時折、空調の風を受けてゆーっくり動いている姿には、思わずじーっと見入ってしまいます。それは赤ちゃんがベビーベッドから、頭上のモビールおもちゃが揺れ動くのを飽きもせず眺めているのと同じ感覚だと思います。作品自体が動き、形を変え、その周りを鑑賞者である私も移動して眺める。そうすると歩を進めるごとに、一瞬一瞬、唯一無二の姿を見せるんです。急に奥行き感が生まれたり、かと思えば、全てのパーツが重なって平面的に見えたり。
和田 ふつう、アート作品には“完成形”があって、作品のこの部分をこの角度で見てほしいという見どころが決まっている場合が多いですよね。でもモビールはいろんな角度から自由に見ていいし、正解がないところがすごく楽しい。見る側に解釈をゆだねられているという気がします。
和田 図録や写真集を眺めるだけでは当然、モビールは動かないので(笑)、その動きは想像するしかないですよね。どんなふうに動くのか、またディテールはどんなか、実際に展覧会に足を運んでこそわかることがあると思います。今回も「わあっ、こんなふうに見えるのか!」と、予想もしなかった動きをするモビールがたくさんあって、驚きました。またピエト・モンドリアンに影響を受けたという抽象絵画とモビール作品とのつながりも理解することができて、勉強になりました。
和田彩花|Ayaka Wada
1994年群馬県生まれ。2009年アイドルグループ「スマイレージ」(のち「アンジュルム」に改名)で活動開始。2010年メジャーデビュー、第52回日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。2019年にアンジュルムを卒業。大学院で19世紀フランス絵画を学び、特にエドゥアール・マネが好き。
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