WHY SYNTHESIS MATTERS
「TOKYO NODE」開館記念企画 第一弾は〈Rhizomatiks × ELEVENPLAY〉!——真鍋大度 & MIKIKOインタビュー
2023年秋にオープンする情報発信拠点「TOKYO NODE」開館記念企画 第一弾となるイベントは、RhizomatiksとELEVENPLAYによる体験型パフォーマンス “Syn : 身体感覚の新たな地平” だ。これまでも幾度となくコラボレーションを重ねてきた両者は、テクノロジーと身体という一見相反するようにも思えるふたつの概念を往復しながら、新たな表現を生み出し続けてきた。果たして今回のパフォーマンスではどんな実験が繰り広げられるのか——Rhizomatiks主宰の真鍋大度とELEVENPLAYを率いるMIKIKOに訊いた。
TEXT BY Shunta Ishigami
PHOTO BY Kaori Nishida
illustration by Adrian Johnson
——TOKYO NODEの開館記念企画として行われるパフォーマンス“Syn : 身体感覚の新たな地平”の制作に向けて、現在おふたりの間でどのような作業が進められているのでしょうか。
MIKIKO 最初にテーマとして設定したいことを大度さんから聞いて、どのように物ごとが起きていくと面白いのかを考えることから始めました。インスタレーションとシアター作品の中間になるような作品をつくろうという話から始まり、どういうふうにお客さんの心情や体験が移り変わっていくといいのか、シークエンスを区切りながら議論の材料をつくっていくんです。そこからはRhizomatiksのみなさんが技術要素について考えていき、大度さんがディレクションを進めています。
現代の「生成」を問う新作公演
——大まかなストーリーをMIKIKOさんが考えたうえで、真鍋さんとアイデアを交換しながらアップデートを行なっていくわけですね。
真鍋 そうですね。普段は劇場型の作品が多いのでもう少しフォーマットが定まっていて役割分担も明確なのですが、今回は複数の空間があるうえにそれぞれが広いので、なにができるのかリサーチしながらディスカッションに時間をかけています。
前作の『border 2021』では観客と演者の境界、現実と仮想空間の境界が曖昧になるような体験をつくることを目的としてアイデアを出していったのですが、今回は身体感覚や生成といった概念がテーマになりそうです。AIツールの進化、例えばChatGPTやMidjourneyのような「生成AI」技術のトレンドも考慮しながら、作品づくりを進めていく予定です。
——今回チャレンジとなった点はどんなところでしょうか?
MIKIKO まだ見たことのない空間でもありますし、なにかと制限の多い普通の劇場と比べると自由度が高いからこそ大変な部分もあります。ゼロからつくるというより、マイナスからつくらなければいけないというか。たとえばお客さんがどう動いてもいいように全方位に注意を払わなければいけないので、通常の作品制作と比べると考えることが多いですね。
——従来のコンサートホールや舞台とはやはり考え方も変わるわけですね。
MIKIKO いつものライブとは注意を払うポイントがまったく違います。もちろん、TOKYO NODEという新しい施設で初めてのことに挑戦できるワクワク感も大きいです。
未来に対する漠然とした不安へのアプローチ
——具体的にはどんな体験をつくっていくのでしょうか。
MIKIKO 着席してダンスを鑑賞するのではなく、異なるスペースを移動しながら作品を鑑賞するような体験になっています。「インスタレーションの中でダンサーを間近で見る」という体験が特別な点になるはずです。普段では得られない、ダンサーの動きや表情、息遣いなどを作品の中に入って直接感じることができます。身体をより深く理解するための貴重な機会になればいいですね。
真鍋 あとは音楽の体験を独特なものにするために試行錯誤していて、空間全体で音楽をどの様に鳴らすべきか工夫を凝らしています。さらに今回は脚本家が加わったことで、新たなエンターテインメントの要素が加わりました。彼の創造力が新しい制作プロセスを生み出していると思いますね。
——鑑賞するというより、作品の中に入って体験するものになるわけですね。
MIKIKO ニューヨークやロンドンで行われている体験型シアターも観に行った上で、東京でやるべきことが何なのか考えています。2023年に新しく東京にできる施設の中で、何が起きるべきなのか。加えて、Rhizomatiksからもらうお題も年々進化していて、AIやChatGPTなど技術的には私が理解するのが難しいレベルになっています。他方で私はずっと、人が人に何かを伝えるという原始的なことをやっている。進化するテクノロジーと生身の人間の掛け合わせが時代感を表す部分で、私はより人間味を表現する必要があると思っています。
——2023年の東京で作品をつくるにあたってはどんなことを考えられていましたか?
MIKIKO 海外の体験型シアターのなかには、「最後の晩餐」や「トロイの木馬」といった過去の物語がモチーフになった作品が多いように感じていました。加えて西洋の彫刻のように美しいダンサーの方々が目の前で踊ってくれる生々しさが体験の核にあって、それはたしかに素晴らしいものではあるんですが、東京で同じことはできないだろうと思ったんです。
まず過去の物語をモチーフにするのではなく未来に向かう作品をつくろうと考えましたし、パフォーマンスについても生々しさを打ち出すというより、ときには、現代社会において人間がどのような存在になっているかを考えるような作り方をしています。その未来には漠然とした不安も含まれていますが、自分自身でその不安を取り払ったり確認したりすることで、街なかを歩いている人々が一人ひとり心をもっていることを思い出せるような、よりパーソナルな体験になればいいなと思っています。
身体が生む“ノイズ”にアートの面白さがある
——今回は人間の感覚にフォーカスされているとのことですが、技術的にはどんなことを考えられているのでしょうか。
真鍋 日々実験を行なっていて、昨日は視覚に関する実験をしていました。例えば人間は網膜から視覚情報を取り入れるという同じ仕組みを通じてモノを見ているわけですが、脳の中で処理される時には違うものになっていきますよね。同じ場所で同じモノを見ているけれど違う体験をしている。そのことを普段よりも自覚できるような体験をつくれないか考えています。視覚に限らず、聴覚を考えてみても年をとったら高周波が聴こえづらくなるし、絶対音感や共感覚をもつ人は音の受け取り方が変わりますよね。同じ情報を受け取っているのにそれぞれが違うものを捉えているところが機械とは異なる人間の面白さです。
——同じモノを見ているけれど受け取り方が異なっているというのは、いまの社会で起きていることとリンクしているようにも思えます。
真鍋 私自身はずっと同じような問題に取り組んでいる気もします。2008年に『electric stimulus to face』という、顔につけた電極から音楽を流して表情を変化させる作品を発表したときも、人間の顔面はディスプレイじゃないので同じ電気信号を送っても表情が一人ひとり異なっていることに面白さを感じていました。身体という装置の複雑さや、器官を介することで情報が変わってしまう面白さについてはこれまでの作品でも取り扱ってきたテーマなのだと思います。
——とくにELEVENPLAYとのコラボレーションにおいては、パフォーマンスに落とし込んでいく上でも身体がキーとなりそうですね。
MIKIKO 実際に大度さんと話すなかでも、なんでもかんでもテクノロジーを取り入れるのではなく、ダンサーが介在することでしかできないよりよい体験を生み出せないか検討していますね。やはり生身の人間と進化するテクノロジーの掛け合わせがこのコラボレーションの面白さだと思うので、テクノロジーのことだけを考えたりテクノロジー中心のパフォーマンスをつくったりするのではなく、人が人に伝えることの意味を考えつづけたいと思っています。
——身体は『border 2021』がテーマとしていた「境界」のような存在でもありますよね。自分の脳や内面と外の世界をつなぐインターフェースの役割を身体が担っているというか。
真鍋 脳の中の世界と現実世界は同じくらい複雑なものだと思いますが、その境界になっている身体は解像度が低いですよね。センサである五感もアクチュエータである筋肉も解像度が低い。しかし、それこそが面白いところですよね。身体が表現を邪魔しているとも言えるし、身体のおかげで芸術表現が生まれているとも思います。身体が生む不自由さにこそ、アートの面白さがある。身体をどう扱うか考えていくところが難しい部分でもあり、チャレンジングなところでもあると思っています。
新たなムーブメントの生まれる場に向かって
——今回のパフォーマンスはコロナ禍以降初の取り組みになると思います。コロナ禍を経て多くの人々のライフスタイルが変わりましたし、エンタメのあり方も変わってしまいましたよね。やはり作品制作においても変化は生まれるものなのでしょうか。
MIKIKO コロナ禍のせいでその時その場で体験できる感動を味わえる場が数年間ありませんでしたが、最近になって声出しが解禁され、誰もがその当たり前だった感動を思い出しているタイミングだと思います。その感動が恋しくなっているのかな、と。今年TOKYO NODEで披露する作品も、来年にはちょっと違った感じられ方になるかもしれません。もっとも、時代が変わっても変わらない価値を提供したいとは思っていて、私自身としては演出を始めたころから観客が自分自身の存在を肯定できる、アイデンティティを確認できる体験を生み出せたらいいなと思っています。
——TOKYO NODEもまた、コロナ禍を経た現代の都市における文化施設のあり方を提示するものになっていくのかもしれません。おふたりはTOKYO NODEにどんな可能性を感じられますか?
真鍋 たとえばニューヨーク・ブルックリンの「ダンボ(Down Under the Manhattan Bridge Overpass=マンハッタン橋高架道路下)」では、アーティストやアートにまつわる取り組みが増えたことで地域の雰囲気が変わっていきましたし、同じような事例は世界中で増えていますよね。ただ、商業施設には難しさも感じます。とくに東京は至るところに商業施設があるし、ハード的な側面ではどんどん似たような風景が増えていると批判されることもある。他方でソフトウェアやコンテンツはそれぞれ異なっているはずで、森ビルさんがTOKYO NODEのような場所をつくることで虎ノ門エリアそのものが変わっていくんじゃないかと思いました。
MIKIKO 個人的にも、挑戦的な作品を発表する場所がないことが悩みでもあって。今回こうした形で自由に作品をつくれる機会をいただけたことは奇跡のようなことだと思いました。海外では行政がパフォーマーを支援する仕組みも充実していますが、日本ではアーティストが仕事で稼いだお金を元手に作品をつくるしかないような状況もありますから。そういった状況が変わるきっかけになる場所になっていくといいですよね。とくにダンスシーンは国内より国外の方々の方が積極的にアーティストを招待してくれる状態ですが、TOKYO NODEでは海外からたくさんの人が見に来てくれるような環境をつくれたらいいな、と。
真鍋 海外にはアルスエレクトロニカのように技術と表現が同じところで育まれるような環境がありますが、いまの日本や東京には少ないのが現状です。かつての東京にはアーティストたちが実験的な表現に挑戦できる場がいくつかありましたが、TOKYO NODEから新しいムーブメントが生まれてきてほしいですね。
真鍋大度|Daito Manabe
アーティスト、プログラマ、DJ。2006年Rhizomatiks設立。身近な現象や素材を異なる目線で捉え直し、組み合わせることで作品を制作。高解像度、高臨場感といったリッチな表現を目指すのでなく、注意深く観察することにより発見できる現象、身体、プログラミング、コンピュータそのものが持つ本質的な面白さや、アナログとデジタル、リアルとバーチャルの関係性、境界線に着目し、様々な領域で活動している。
MIKIKO
演出振付家。ダンスカンパニー「ELEVENPLAY」主宰。Perfume、BABYMETALの振付・ライブ演出をはじめ、様々なMV・CM・舞台などの振付を行う。メディアアートのシーンでも国内外で評価が高く、新しいテクノロジーをエンターテインメントに昇華させる技術を持つ演出家として、ジャンルを超えた様々なクリエーターとのコラボレーションを行っている。
SHARE